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◆そこが痒かった

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工房の自室に戻り、ソファに座りくつろぐ。
「はぁどうしようか、マサオ」
『なにが?』
「なんか暇になっちゃったね~」
『珍しいね。でも、今までが忙しかったんだからいいんじゃないの』
「まあ、回答待ちが多いからなんだけどね。こっちから返事を聞きに行くのも急かしているようで気がひけるし」
『へ~ケインなりに考えているんだね』
「え~なにそれ!」
まるで俺がなにも考えずに突っ走っているみたいにマサオが言う。
『だって、今までがそうじゃない。でも、それがケインだから、遠慮するのはちょっと違う気がするな~』
「くっ……犬に諭される俺って……」
『だから、犬じゃないからね。そうだ、犬って言えばさ、この辺りも魔物は減ったけど、野犬が結構いるんだよ。知ってた?』
「え、そうなの? なら、ヨサックさん達が困るじゃん。どうしよう……」
『ふふん、そこは俺に任せなさい!』
「マサオに任せるって、どうするんだ?」
『まあ、見せた方が早いよね。じゃあ、山の麓までよろしく!』
「結局、外に出るんだ」
『文句を言わない。ほら、早く!』
「はいはい」
マサオに言われるままに山の麓近くに転移ゲートを繋いで、出る。
「来たけど、どうするの?」
『まあ、見てなって。ウォォォ~ン』
山の麓に来て、なにをするのかとマサオに尋ねるとマサオが自信ありげに遠吠えをする。
すると、今度は山のあちこちから、返事代わりの遠吠えが聞こえる。
『うん、まだ俺の地位は安泰みたいだな』
「マサオって、家族はいないんじゃなかったの?」
『家族はいないが、仲間はいるんだな』
「なにそれ」
『なにって、そのまんまの意味だよ。今、呼ぶからウゥゥゥオォォォ~ン』
マサオが遠吠えをすると、また山の方から遠吠えが聞こえてくるが、今度は地鳴りのような音も一緒に聞こえてくる。
『来たみたい』
「来たって、なにが……まさか」
『そう、俺の仲間達!』
ドドドッと地鳴りに似た音が山の方から響き渡り、その音の正体が形となって現れる。
『兄貴! 元気でしたか? で、そっちの人間は俺達への土産ですか?』
『『『兄貴! 今夜はご馳走ですか!』』』
『落ち着け、お前ら。それに今まで人なんて食ったことはないだろうが』
『そうですが、兄貴がいなくなってから、大型の魔物を狩ることも出来ず……』
『そうだったのか。まあ、いい。そこの人間には手を出すなよ。俺でも敵わなかった相手だからな。じゃ、行ってくるな』
『兄貴! どこへ?』
『どこって、ちょっと狩りにだよ』
『『『『『兄貴~!』』』』』
「あれ、マサオ本当に行くの?」
『ああ、俺の縄張りで他のに大きな顔をさせとくのは我慢出来ないからな』
「そう、気を付けてね」
『ああ、じゃな』
マサオは野犬の群れにケインを一人残すと山の中へと消えて行った。
「さて、どうしようかな。この子達は野犬と言うけど、大きさはマサオより小さいし可愛いかな?」
一番、近くにいた野犬に手を伸ばし、首の後ろを軽く撫でる。
「うん、ちょっと毛が硬いね。洗ってもいいのかな?」
『この人間はなにを言ってるんだ? まあ、触られるのは悪い気がしないからいいが……』
マサオとはなにもしなくても普通に話せていたけど、この子達とはどうやったら話せるのかな。ちょっと試してみるか。
手持ちの持ち物で首から下げる形の魔道具を作成する。
「ねえ、ちょっと着けてみるけど暴れないでね」
とりあえず断りを入れてから、首に手を回し魔道具を装着する。
『なにするんだ!』
「うん、ちゃんと聞こえる。問題ないみたいだね。こっちの言うことは分かる?」
『分かる……え? なんでだ?』
『『『ジョン!』』』
『心配するな。まだ、大丈夫だ』
「こっちの言葉も分かるみたいだね。それは『意志を言葉にする』ってのと『聞いた言葉を理解する』って魔法陣を組み込んだ魔道具だよ。いやなら、外すけど?」
『いや、いい。しばらくはこれでいい』
「そう。じゃ、マサオが来るまで君達を洗ってもいいかな?」
『『『『『洗う?』』』』』
「そう、洗うんだよ。君達もマサオの毛並みを見たでしょ?」
『ああ、見た。サラサラで兄貴に相応しいと思ったよ。で、それが?』
「あれは、俺のおかげなの。どう、洗われてみない?」
『……分かった。やってくれ!』
『『『ジョン!』』』
「ねえ、君の名前を教えてくれない? いつまでも君じゃ呼びづらいよ」
『ジョンだ。俺の名前はジョンだ』
「ジョンね。分かった、じゃ早速だけど洗うね。溺れないようにね」
『へ?』
ジョンが水球に取り込まれ、顔だけが出ている状態になる。
「じゃ、ここからは溺れないようにしてよ。『攪拌』」
『うわっ』
水球に引き摺り込まれ、頭まですっぽりと水球に覆われる。
『ぐっゴボッ』
ジョンを包んでいた水球が茶色に汚れた頃に水球が解除され、ジョンが一息つくと俺に向かって吠える。
『殺す気か!』
「だから、溺れないようにって注意したじゃない」
『だからって、これはあんまりじゃないのか?』
「そう? 今一回目が終わったところだから、これから二回目が始まるんだけど?」
『え? ちなみに何回までの予定なのかな?』
「何回って、水が汚れなくなるまでだけど?」
『え? もうキレイになったと思うけど、まだなのか?』
「うん、じゃあ二回目いくね。『水球』&『攪拌』」
『うわっぷ』
こんなやりとりを繰り返すこと五回で、水球の水が濁らなくなったのでジョンはやっと解放される。

『ぷっ、全くひどいことをしやがる。覚えてろよ!』
「うん、綺麗になったね。じゃ、乾かしながらブラッシングするから、こっちへおいで」
『なんだ、まだなにかするのか?』
「そんなに身構えないでよ。乾かすだけだからさ。ほら、こっちにおいでって」
ジョンを近くに呼ぶと扇風機の前に立たせ、ブラシで毛並みを整える。
「どう? 痒いところとかない?」
『スゥ~スゥ~』
「あれ、もしかして寝ている? じゃあ、次の子いこうか? じゃあ、君ね」
『え? 俺なの? ちょ、待って! 待ってって言ってるのに~』

「やっぱり、他の子も言葉は分からないね。こっちの言葉も分からないみたいだけど、まあいいか。でも、これだけの数だと時間がかかるね。じゃあ、まとめてやっちゃおうか?」
『こいつ、ヤル気だ』
『ああ、そうみたいだな』
『逃げるか?』
『あいつらはどうすんだ?』
『仕方ない、忘れることにしよう』
「なにを言ってるのかは知らないけど、いくよ! 『水球』&『攪拌』」
『ぎゃ、なんで』
『逃げ遅れた……』
『さっさと逃げてれば……』
『ゴポッ』
『あ、気持ちいいかも……』
三十匹近くの野犬を一斉に水洗いした後は、一匹一匹を丁寧にブラッシングしていくと、いつの間にか、そこら中で野犬がへそ天で寝転がっている状況となった。
そんなことになっているとは知らずにマサオが魔物を抱えて戻ってくる。
『ただいま~って、なんじゃこりゃ!』
「あ、マサオおかえり。それが魔物なの? じゃあ、収納しとくね」
マサオが咥えて来た魔獣をインベントリにしまうと、返り血を浴びて汚れたマサオにクリーンをかける。
『ありがとうな。っていうか、どうしてこうなった?』
「ん? 単に水洗いして、ブラッシングしたらこうなっただけなんだけどね」
『こいつらもやられちまったか。俺の居場所もなくなるのかな……』
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