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◆チーズは偉大でした

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翌朝、ガンツさんと工房でいつものように軽く打ち合わせを始める。
「ねえ、ガンツさん。そろそろ家の引っ越しも済ませたいんだけどさ。お願いしてもいいかな? モグモグ」
「そんなん勝手にすればいいじゃろ? ワシになにを頼むと言うんじゃ? ボリボリ」
「あれ? 忘れてる? 家の周りをシートで覆い隠すから足場を組んで欲しいって頼んでいたじゃん。パリパリ」
「ん? ああ、そういやそうだったな。じゃが移転よりはお前が作った方が早いんじゃないのか? ガツガツ」
「まあ、それは俺もそう思ったんだけどね。う~ん、家の方はもう一度相談して間取りを決めれば早いか。で、元の家は保管しておけばいいし。ポリポリ」
「その方がいいとワシも思うぞ。ペロペロ」
「でも、足場はお願いね。まだ、向こうで大っぴらに魔法を使うのはまだ、抵抗があるからさ。パリパリ」
「ここでは、無節操に使っているのにのぉ。ボリボリ」
「それはそうだけどさ。カリカリ」
「あの~」
「なんじゃ? ジョシュアよ。ペロペロ」
ガンツさんと話しているとジョシュアさんが話しかけてくる。
「話し合っているのは分かるんですけど、なにを食べながら話しているんですか? それにそのガンツさんとマサオが舐めているのは見たこともないお菓子みたいですけど?」
「あ、ごめんね。はい、ジョシュアさんもどうぞ」
「どうも……じゃ、ないですよ! なんですか! これは!」
「いらない?」
「いります! いりますよ」
そう言って、ジョシュアさんがアイスをスプーンで掬って口に入れる。
「冷た~い、うま~い! なにこれ~」
「気に入った?」
「なんですか! これは?」
「アイス。これに載せても美味しいよ。はい」
ジョシュアさんに焼き菓子を渡すと、ジョシュアさんが早速と焼き菓子の上にアイスを掬って乗せると急いで口の中に放り込む。
「うんま~い! じゃないですよ! これも新しい魔道具で作ったんでしょ! また、置いてきぼりにして……」
「そうだよ。早くジョシュアさんもライセンスを取らないとね」
「ぐっ……あと少しなのに……なんで、あんな坂道なんかで……」
「あ~坂道発進で止まっているんだね」
「なんじゃ。情けないの~」
「そうは言いますが、あのヒュッと一瞬下がる感覚が慣れなくて……」
「じゃあ、下がる前に出ればいいじゃない」
「それが出来ればそうしています!」
「教官にはなんて言われているの?」
「怖がらずにアクセルをグッと踏み込めと」
「ああ、そりゃ教官の言う通りだわ」
「でも、ガンツさん。それをやると急発進になってしまうから……」
「ああ、分かった。ジョシュアよ。今日はワシが面倒を見てやろう。いいか? ケイン」
「俺はいいよ。がんばってね」
「ガンツさん、お願いします」
「ああ、ジョシュアが早く取ってくれんとワシも酒が飲めんからの」
「え? なんのことです?」
「いいから、いいから、ワシに任せろ。じゃあのケイン」
「うん」

ガンツさんを見送るとマサオに話し掛ける。
「じゃあ、俺達も行こうか」
『どこに?』
「まずはドラゴさんのところに言って、チーズのお礼とお裾分けでしょ。それからは菓子店に寄って、製作の依頼かな?」
『また、お菓子を買うのか?』
「惜しい! 今度は新作を作ってもらうんだよ」
『新作?』
「そ! 多分美味しいから、期待していいよ」
『行こ! 早く行こうよ!』
「分かったから、慌てずに。あと、喋らないようにね。昨日は声に出てたでしょ?」
『分かった……注意する』
「よし、じゃ行こうか」
王都の港の倉庫にゲートを繋ぐと倉庫の中へと潜っていく。

倉庫を出るとまずはドラゴさんのところに向かう。
途中の串焼き屋で買うのも忘れない。
「おう、また来たか。買ってけ、買ってけ」
「もちろん! あ、そうだ。おじさん、これを挟んで焼いてもらっていいかな?」
「なんじゃ、こりゃチーズか?」
屋台のおじさんに少しだけレンガ大のチーズを渡す。
「これを挟んで焼くのか? 構わないがデカすぎないか?」
「もう、そのまま挟めるわけないでしょ! 横に一センチくらいの厚さで切って二本の串焼きで挟んで焼いてみてよ」
「まあ、そのくらいなら……」
屋台のおじさんにチーズを挟んで焼いてもらっているのを見ていると次第にチーズの焼ける匂いがしてくる。
「坊主、これウチで出しても構わないか?」
「まだ食べてもいないのに?」
「お前、これだけの匂いだぞ。美味いに決まっとる! ほれ、焼けたから食ってみろ!」
「ありがと。マサオもはい」
渡された焼き串を口に咥え、マサオの口元にもう一本を近付けるとマサオがバクッと串から器用に外して咀嚼する。
俺も咥えただけで味わってなかったと、口の中の焼き串を齧る。
「うんま~」
『う……』
「うまそうだな。なあ、このチーズで俺も焼いていいか?」
「うん、そのチーズはあげるからいいよ」
「そうか、悪いな。まあこっちが貰いすぎとは思うが、その焼き串分のお代はいらないからな」
「うん、ありがとう。その代わりチーズの宣伝はよろしくね」
「ああ、分かった。だが、チーズはそう簡単に手に入らないぞ。欲しい時はどうするんだ?」
「ドラゴさんの酒屋は知ってる?」
「ああ、こう見えても俺もお得意様の一人だ」
「ふふふ。じゃあそのドラゴさんに『ケインに伝えてくれ』って言えばいいよ。あ、ケインは俺の名前ね」
「分かった。ケインだな」
「そう、じゃあね。串焼きご馳走様!」
「ああ、こちらこそだよ」
そう言って、屋台の前から離れようとしたら、前から集団が近付いてくる。
「いた! あそこだ! この匂いの元はあそこに違いない!」
「本当だ! よし、俺が先だ!」
「なんの、負けるか!」
どうやら、チーズの焼ける匂いに釣られて集まってきたらしい。
「ごめんね、おじさん……」
『いいのかよ?』
「じゃあ、今から助けに行く?」
『俺はごめんだ』
「だよね」
『……』
屋台の方から聞こえる怒声を気にせずにドラゴさんの店へと向かう。

「こんにちは~ドラゴさんいますか~」
「おや、坊ちゃん。旦那なら……」
「ケイン! よく来た! さあおいで!」
「いいです。少し話せませんか?」
「なんじゃ、冷たいの~」
ドラゴさんが諦めてくれたようなので、応接室に案内してもらう。
応接室に入りソファに座るとすぐにチーズをいくつか出す。
「昨日、ヨサックさんに会うことが出来ました。チーズも思ったより買うことが出来たのでお裾分けです。どうぞ」
「こんなにか。じゃあ遠慮なく」
「あ、それとね。ここに来る途中の串焼き屋にチーズが欲しかったら、この店に俺を訪ねるように言ってるから、来たら対応して欲しいんだけど、ダメ?」
「串焼き屋か……あそこは確か……テリーだったな。それでなんでテリーがここに来るんだ?」
ドラゴさんにテリーさんにチーズを挟んだ串焼きの試作を作ってもらったことを話す。
「お前、そんなことをしたのか?」
「だって、食べたかったし」
「まあな。気持ちは分からんでもないが」
「あとね、もう一つあるんだけど」
「なんだ? あまりいい感じはしないが……」
「ヨサックさんのことでね」
「なにかしたのか! あれほど悪さはしないようにと言っただろ!」
「もう、なんで俺がしたことが前提なのさ。ひどいよ!」
ドラゴさんが俺が言う前に俺がなにかしたと決めつけて来たので抗議する。

「違うのか?」
「違うよ! 話を聞いてくれないのなら、帰る!」
「まあ、待て。悪かった。謝るから、ヨサックのところでなにがあったのかを話してもらえないか」
本当に帰ろうかとソファから立ち上がりかけたが、ドラゴさんも聞いてくれるようなので座り直す。
「じゃあ、話すね」
そう言って、ヨサックさんと村長の考え方の違いと、拗れたら俺がヨサックさんを引き受けることまで話す。
「待て! そうなったら、あの村のチーズが食えなくなるじゃないか!」
「でしょ。だから、なんとか説得出来ればいいんだけどね。まあ、拗れても俺には有難いんだけどね」
「お前……やっぱり悪さしているんじゃないか」
「そう? ちょっと商売のお話をしただけでしょ? それに今はヨサックさんと何人かはドワーフタウンに移るんじゃないかと思っているんだ」
「もう、そこまで話を進めているのか」
「まあね、チーズも欲しいけどさ牛乳も欲しいんだよね」
「牛乳? あんな傷みやすいのを?」
「もう、ドラゴさん。忘れたの? これ」
テーブルの上のチーズを指す。
「これ……あ! そうか、お前のところは冷蔵庫があるんだったな」
「そういうこと。それにね、牛乳からはこんな物も出来るんだよ」
ドラゴさんにアイスを皿に乗せて出す。
「これは?」
「ま、いいから食べてみてよ」
スプーンをドラゴさんに渡し食べるようにすすめる。
「うま!」
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