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工房の自室に戻り、ガンツさんと再び製本について考える。
「さて、改めて考え直しじゃな。教科書の内容は、十頁から三十頁くらいの範囲内で済ませるとしてだ。製本の方法は、どうするかじゃな」
「え? それって、見開きを重ねてホッチキスで閉じるってことに落ち着いたんじゃないの?」
「それじゃ!」
「え? なに?」
「その『ホッチキス』ってのはなんじゃ? どういう物じゃ? 用途からなんとなくは想像がつくがな」
「あ!」
知らず知らずに口に出してたか。これはどうしたものかな。なんとなくだけど作れそうだし、作ってみるかな。
「まあ、なんとなくあったら便利だなあって、思い付いたものだし、作りながら説明するね」
まずは本体を前世の記憶を探りながら、作っていく。
「確か、持ち手がこうで……針を押し込む部分があって……うん、本体はこんなもんで。問題は針だよな」
ステンレス鋼を薄く細くした物を横にして接着すると三センチメートルくらいの大きさで切り揃えるとコの字型に折り曲げて本体にセットする。
「ガンツさん、出来たよ!」
「ほう。で、どうやって使うんだ?」
「じゃあ、適当にメモ紙二枚を挟んで」
『カチャン』と音がすると、二枚のメモ紙がホッチキスの針でしっかりと止められている。
「ほう、これがホッチキスか」
「どう? 便利でしょ?」
「ああ、いいな。これも事務方に喜ばれそうじゃな。三男のアイツにも持っていってやろうかの」
「あ~じゃあさ、俺も欲しいし、クリス兄さんや学校にも欲しいから……」
「分かった。下に行くか。それでまた怒られるのか?」
「う~ん、これはそれほど急がないからいいんだけどね」
「そうは言うてもじゃな……はぁ」
ガンツさんと二人で、また下に行く。気分的には余命宣告をする医者みたいな気分だ。

「ボビー! イーガン! いるか!」
ガンツさんが大声で二人を呼ぶと、会議室代わりの部屋から二人が出て来る。
「なんだよ。まだ物は出来てないぞ。ん? 親方よ、その手に持っているのはなんだ? まさか、また追加か?」
「もう、いつになったら家に帰してくれるんですか!」
「まあ、そういうな。ほれ、ボビーよ。この紙を見てみろ」
「なんですか? このメモ紙がどうしたってんですか? ……え、離れない」
「ボビーさん、どうした?」
「イーガンさん、メモ紙が離れないんですよ。ほら!」
「なんだい、ただくっついているだけじゃないのか? ったく、なにをそんなに……親父! これは?」
「気付いたか? ケイン、説明してやれ!」
「もう、ドヤ顔で出たんなら、説明までしてよね」
「まあ、作ったのはお前なんじゃから、お前がするのがすじじゃろうて」
「まあ、いいけどさ。ボビーさん、イーガンさん。このメモ紙を止めたのはこのホッチキスの針です。ほら、ここ! メモ紙を止めている針金みたいなのがあるでしょ?」
「「ああ」」
「それをこのホッチキスで、こうやって……」
二枚のメモ紙を挟むとホッチキスの持ち手を握り込み『カチャン』と音がする。
「ほら、こうやって紙を閉じることが出来ます」
「「……」」
「お~い、聞いてます?」
「ダメだ」
「ええ、ダメですね」
「「なにが?」」
ボビーさんとイーガンさんの言う『ダメ』の意味が分からずガンツさんと問い返す。
「ここじゃ対応出来ません。前の工房の設備も入れたばかりですが、もう空きがありません」
「そうだな、ボビーさんの言う通りだ。もう、ここの工房は一杯一杯なんだよ」
「別に急がないから、いいんだけど?」
「ケイン君、そういう訳にはいきません。先ほどのタイプライターもそうですが、この手の物は事務方にとっては大変、ありがたいものなんです」
「分かった、分かったから、少し離れて。ね?」
「あ、すみません」
少しばかり興奮したボビーさんが、俺にくってかかろうとしていたが、なんとか宥めて止めてもらう。
「こりゃ、困ったな。製本もあるってのにな」
「なんだよ、その製本ってのは?」
イーガンさんが、ガンツさんの呟きに反応する。

「ん? 言ってなかったか?」
「聞いてねえし! 言われてないから! まだ増やすのか?」
「親方、なにをなさるつもりなんです?」
「あ~ガンボが、学校を始めるのは知っているか?」
「ああ、話には聞いている」
「私は知りません」
「そうか。でな、その学校で必要になるのが、教科書だ。後は勉強するために必要な帳面だ」
「それは言いんだが、それをなんでウチでやるんだ?」
「なんでって、ウチしか出来ないからだろ? おかしなことを言うな~」
「それは確かにそうかもしれないが、なんでそこまで学校に肩入れをする必要があるのかって聞いているんだよ」
「ああ、そこからか。それはな、話せば長いが要は三男を助けるためだな」
「分からん。ケイン君、悪いが説明を頼んでもいいかい?」
「まあ、確かにそうですよね。じゃあ、少しばかり補足を」
「ああ、頼む」

「今、工房が活気付いて、現場の皆さんだけでなく事務方も忙しいのはご存じですか?」
「そうなのか?」
「そうですよ。イーガンさん、たまには気にしてくださいよ」
初めて聞いたようなイーガンさんと違って現場と事務の両方から板挟みなボビーさんはちゃんと分かっているみたいだ。

「まあ、事務の人達が多忙なのは分かった。だけど、それがなんで三男の……サンガンを助けることになるんだ?」
「そこから?」
「な、なにが不思議なんだ。なんでボビーさんまで、俺をかわいそうな目で見るんだ?」
「イーガンさん、事務の人達が忙しい理由はなんだと思います?」
「なんでって、そりゃ人が足りないからだろ?」
「じゃ、なんで人が足りないんですか? 雇えばいいでしょ?」
「お前な~簡単に雇えばと言うが、そもそも……人がいない?」
「やっと気付いたみたいですね。そう、基礎的な読み書き計算が出来る人は、もう他のところに雇われていますからね。だから、少ないのなら増やせばいいってことで、学校です」
「長い! 長いが、親父のやりたいことは分かった。だが、それでも期間が長すぎる!」
「ああ、その辺は基礎能力に不安な大人も対象にしているので、即戦力になれる人もいるかもしれないと言うことで」
「希望的観測ってやつだな」
「だけど、なにもしないよりはマシでしょ?」
「まあな。これじゃ反対なんて出来ないな。仕方ないボビーさん、もう少し頑張ろうか」
「ハァ~分かりました。しかし、いただく物はしっかりと頂きますよ? それはいいですね?」
「なんじゃ、そんなことでよければ、いくらでも用意しよう。じゃが、対価はしっかりもらうがな」
ガンツさんがボビーさんにニヤリと笑って見せる。
「私、なにかとんでもないことを言ってしまった気がします。今日、家には帰れるのでしょうか」
「ボビーさん、頑張ってね」
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