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第1章 ここが異世界

閑話 失踪した男

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 お話の途中ですが、お気に入り数が500を突破した記念で閑話です。

 本筋とは絡ませるかどうかはまだ未確定ですが。

 そういうことなので興味が無い方は読み飛ばしても問題ありません。

 では……空田広志が異世界へと旅立った後のお話です。



 その日、私はいつもなら私よりも早く出社して「おはようございます」と挨拶を交わす隣の後輩の席を見ながら「珍しいこともあるのね」と、今日の予定を確認していると「ちょっといいかな」と上司に呼ばれた。
「また、面倒な案件を押し付ける気なのかな」と嘆息まじりに椅子から立ち上がり上司の前で「なんでしょうか。忙しいんですけど」と腕を組みながら、横柄な態度で応対するが、上司は信じられないことを口にする。後輩である『空田 広志そらた ひろし』が失踪者として警察が捜査していると言うのだ。

「えっと、すみません。もう一度いいですか?」
「いやね、私も今朝総務から連絡を受けたばかりで、まだ何も詳しいことは分かっていないんだけどね。直属の上司である君には一応、報告を入れておいた方がいいと思ってね」
「だから、そうじゃなくて誰の話ですか!」
「え? だからほら、後輩で君の隣の席の空田君だよ」
「……」
「あれ? あ、ちょっと……おい! 誰か、来てくれ!」

 次に目を覚ましたのは社内にある保健室のベッドの上だった。私は上半身を起こし「えっと、確か……」と上司の前で聞いた報告を反芻し「ホントなのかな」と考える。

 だって、昨日も少し遅くなったけど「お疲れ様。また明日」と声を掛け、アイツも「分かりました。お先に失礼します」と明るく手を振り、会社最寄りの駅の前で分かれたことを思い出す。そんな風に笑って分かれた空田のことを思い出すが失踪する程、思い詰めた様子はなかった。ならば、どうしてと考えてみるが、いくら考えても答えなんか出て来ない。

「じゃあ、どうして……」と思わず口から出てしまったのが聞こえたのか「起きたの?」と勤務医がベッドの周りカーテンを開け、声を掛けて来る。

「あ……すみません」
「いいのよ。で、身体の方は大丈夫?」
「……」
「ん~身体の方は問題なさそうね。何かショックなことを聞かされて気が付いたらここにいたって感じなのかな。じゃ、私が聞いた状況を説明しようと思うけど、いい?」
「……はい、お願いします」
「じゃ、話すね」

 勤務医の女性が話すには私が覚えていた内容とそれほど変わりはなかった。私は上司から空田を警察が捜査していると聞いた後に上司の前でその場で膝から崩れ落ちてしまい、ここへ運ばれたらしい。

「そっか……私、好きだったんだ」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
「そう。でもさ、不思議だよね」
「え? 何がですか?」
「だから、その……空田君だっけ? 彼が失踪した話よ」
「え? なんであなたまで?」
「あら、知らないの? ネットでも結構、噂になっているわよ。ほら」
「え?」

 勤務医がそうやって私の前に持っていたタブレットを差し出せば、そこには『若いリーマン、謎の失踪……その先は異世界か!』とキャプションが付いた動画が映されていた。

「はい? 異世界? なんで、そんなことになっているの?」
「それがね、ほらコレ」

 そう言って勤務医が見せたのは、店内の防犯カメラと店の前を映していた防犯カメラの映像が並べて表示されていたが、店内では空田がレジ袋を提げて自動ドアから出るところを映していて、店外の防犯カメラにも空田が出ようとしているところが映っていた。でも「ココが問題の箇所よ」と勤務医がよく見てねと言えば、外に出ようとしている空田の先には昼間の様に明るい草原が映されていて、店外の映像には空田のつま先から先が消えて映されていた。そして、空田はその異様な状況に気付くことも無く普通に自動ドアを潜るが、店の外にはその姿は映されてなかった。そして、店内の防犯カメラも空田が自動ドアを潜った瞬間にどこかの草原の映像から、通常の空間……つまりは店内から見た店外の映像が映っていた。

「え、これって……」
「ね、不思議でしょ?」
「……ええ、確かに不思議ですね」
「それでね、このコンビニも今は異世界への扉がいつか開くかもってことでね異世界に行きたい人達で溢れかえってしまって、営業出来なくなったらしいの。それに警察も現場検証したいから、普通にムリよね。あ~あ、私も行きたかったなぁ~」
「……」

 私はまだ自分の頭の中を整理出来ずにいたが、さっき見せられたのは間違いなく空田だった。本当なら、今頃は自分の隣で頭を悩ませながら「せんぱ~い」と甘えた様子で質問しているハズだったのにと思えば、思わず涙が溢れ出す。

「あら、ごめんなさいね」
「……」

 勤務医はまだ私の気持ちが落ち着く前にマズいことをしたと思ったのか、カーテンを閉めると「お大事に」と声を掛け、離れていった。

 そして、一人になりさっきモヤッと考えていたことを改めて感じてしまう。間違いない、私は後輩としてではなく一人の男として『空田広志』のことが好きだったんだと。

 もうあの狸のような丸っこく人懐っこい朗らかな彼の顔を見ることが出来ないんだと考えるだけで胸の奥が熱くなり、涙が止まらない。やがてそれは嗚咽となり、私はなぜもっと早く自分の気持ちに気付けなかったのかと後悔する。

「会いたいよ……ねえ、会いたいよ、空田ぁ~また、笑った顔見せてよ、センパイって甘えた声を聴かせてよ! ねぇ空田ぁ!」
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