上 下
14 / 53

第14話 宿は『梟の巣』

しおりを挟む
「ほら、ここが俺のお勧めの宿だ。料金も心配することはないよう便宜してくれるはずだ。宿の場所なら、ドリーが知っているだろう。なあ、ドリー。あと、これは宿の女将に渡してくれ」
「どれ。ああ、『ふくろう』か。なら、ワシも知っている宿だ。ありがとうなギルマス」
 ドリーがギルマスから宿の名前と地図が書かれたメモと紹介状を受け取る。
「礼はいい。だが、明日の朝の訓練には遅れるなよ」
「「「「……はい」」」」
 ギルマスの言葉に恒達が返事をするが、その様子はなんとなく重い。そして、その様子を感じ取ったギルマスが気休めとも取れることを口にする。
「まあ、一週間の辛抱だ。それに訓練の成果次第では一週間より早くなるだろう。逆に成果が見られなければ、訓練期間の延長か……冒険者ライセンスの剥奪になるからな。気を付けろよ」
「「へぇ~」」
「「ヤバ……」」
 ギルマスの言葉に恒と明良はなんとなく訓練を早く終わらせられるかもと安堵し由香と久美は逆に不安になる。そして、由香と久美の様子から不安を感じ取ったギルマスが、そんな二人に声を掛ける。
「心配するな。訓練の成果は、ある程度の攻撃力と防御力があることを確認するだけだ。余程のことがない限り、落ちこぼれることはないぞ」
「なんだ~よかった~ね、久美」
「……」
「久美?」
「どうしよう。由香……私、自信がない」
「だから、そんなに悩むことはないと言ってるだろ。まずは軽い気持ちでやるんだな。こっちだってほぼ初心者のお前達を相手にするんだ。そんなに無茶なことはしないし、させない。取り敢えずは初日の基礎訓練を無事に終わらせることだな」
「無事にって……何をするつもりなの?」
「まあ、それも明日の楽しみだ。じゃあな、ほら出てった出てった」
 ギルマスがニヤリと笑った後に『シッシッ!』と追い払うような仕草で恒達をソファから立たせると執務室から追い出す。

 執務室から出ると、受付のお姉さんからそれぞれの冒険者ライセンスのカードを受け取る。カードの色はドリーと違って、冒険者初心者の『Gランク』を示す緑色だ。
「やっぱりな。これがラノベなら『うぉ! いきなりAランクだと!』とかなるんだけどね。現実はそうはならないよねぇ」
「由香、いつまでもラノベと混同していると痛い目にあうぞ。それに定番の絡みもなかっただろ?」
「まあ、そうよね。恒の言う通りよね。ラノベの中なら『おう! 姉ちゃん、酌でもしろよ』って絡まれるところなんだけどね」
「まあ、そうだな。だけど、絡まれているのは久美だけみたいだぞ。ほら」
 そう言って、脳内ドリームを語っていた由香に対し、恒が久美の方を指差すと由香は複数の男に絡まれている久美を目にする。
「え? なんで久美が?」
「さあ? 相手にも好みがあるんだから、その辺は知らないよ」
「そうか……じゃなくて、なんで助けないのよ! ああ見えても久美も女の子なんだよ!」
「落ちつけ、由香」
「明良まで……もう、あんた達最低!」
「だから、落ち着いてよく見ろとワタル達も言っているだろ! それなのにコイツは……」
「ドリーまで、そんなに悠長に……久美が助けを求める声が聞こえないの?」
「「「全然?」」」
 恒だけでなく、明良もドリーも身も知らぬ男の集団に絡まれている久美のことを心配する様子も見せず、ましてや助けようともしないのに由香は苛立ち、ならば自分がと、その集団に対し行こうとしたところで声を掛けられる。
「もう、いい! こうなったら私一人でも「どうしたの? 由香?」……え? 久美……無事なの?」
「何言ってるの由香? ほら、私のどこを見たらそんな風に思うの?」
「え? でも、さっきたくさんの男の人に絡まれて……」
「ああ、あれ? 別になんてことないわよ。そりゃ、最初はいきなりのことでビックリはしたけどね。でも、よく話を聞くと絡んできているんじゃなくて、『もし何かあったら俺に言え!』とか『何か食べたい物があれば、なんでも奢ってやるぞ!』とか『あっちのお兄さんを紹介して』とか、そんなんばっかりだったから、全然平気だったよ」
 由香の問い掛けに久美はあっけらかんとした様子で答えるが、ドリーだけが慌てる。
「いやいやいや、待て! クミよ。最後のはなんだ? 『お兄さん』ってワシのことか?」
「多分、そうじゃないかな。ちゃんとドリーの名前と宿の名前は伝えといたから、後は男の人同士で友情を深めてね」
「……マジ?」
「うん、マジ! やったね、ドリー。これで友達確保だよ!」
「……」
 ドリーが無言で久美に言い寄っていた男の集団に目を向けると、一人の男がドリーに向かってウィンクをしてくる。
「ワシだけ宿を替えようかな……」
「そんなこと言って、お金なんてないでしょ! ドリー、しっかりしなさいよ。大人なんでしょ!」
 意趣返しとばかりに全てを察している由香がドリーに対し何かを期待しているような視線を向ける。
「くっ……覚えてろよ!」
「覚えられる様なことをしたらね」
「くっ……ワタル、今日は一緒の部屋で寝てくれないか?」
「へ? 何言ってるの? 俺は一人じゃないと寝られないから無理!」
「そんな……じゃあ、明良は?」
「俺だって、イヤだよ。何が悲しくておじさんと同室なんて……」
「くっ……このままじゃワシの……が」
「はい、ドリー。諦めなさい。それより、早く宿に案内してよ。場所を知っているのはドリーだけなんだからさ。ほら、早く!」
「くっ……この小娘が!」
 ドリーは右手に持つメモ紙をクシャリと握りつぶすと「こっちだ」といい、冒険者ギルドから出ると宿を目指し、恒達を引き連れて行く。

「ここがギルマスから紹介された『梟の巣』だ。いいか、ここの女将は少々気難しいからな、暴れて怒らせるようなことはしないでくれよ」
「「「「はい!」」」」
「返事はいいんだよな~」
「ちょっと、そこの! デカい体で入口を塞がないでくれるかい。営業妨害だよ!」
 ドリーの背後から威勢のいい女性の声がしたので、ドリーが振り向く。
「久しぶりだな。女将よ」
「ドリー……」
 どうやら、この威勢のいい女性が宿の女将らしいと恒が感じた瞬間、その女将がドリーの頬に平手打ちを放つ。
「何するんだ、女将」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

悪役令嬢の私は死にました

つくも茄子
ファンタジー
公爵家の娘である私は死にました。 何故か休学中で婚約者が浮気をし、「真実の愛」と宣い、浮気相手の男爵令嬢を私が虐めたと馬鹿げた事の言い放ち、学園祭の真っ最中に婚約破棄を発表したそうです。残念ながら私はその時、ちょうど息を引き取ったのですけれど……。その後の展開?さぁ、亡くなった私は知りません。 世間では悲劇の令嬢として死んだ公爵令嬢は「大聖女フラン」として数百年を生きる。 長生きの先輩、ゴールド枢機卿との出会い。 公爵令嬢だった頃の友人との再会。 いつの間にか家族は国を立ち上げ、公爵一家から国王一家へ。 可愛い姪っ子が私の二の舞になった挙句に同じように聖女の道を歩み始めるし、姪っ子は王女なのに聖女でいいの?と思っていたら次々と厄介事が……。 海千山千の枢機卿団に勇者召喚。 第二の人生も波瀾万丈に包まれていた。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

処理中です...