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第三章 遺跡の役目

第11話 訓練場にて

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訓練場に着くとなにやら騒がしい。どうやら、先程のやり取りを見ていた冒険者が暇な冒険者を誘って、リリス達ではなく絡んできた冒険者のやられっぷりを期待して見にきたようだ。

「やっと、来やがったか」
「待たせすぎだ!」
「誰からやられるんだ?」

ギルドからソルト達に担がれ逃げることも言い訳することも許されず、訓練場まで連れて来られた冒険者達の顔が青ざめる。『どうしてこうなった……』そう言いたげな顔をしているが、これだけの冒険者に現場を抑えられてしまっては言い訳どころか逃げることすら難しい。

「……やるしかないのか」
「お前、本気で言ってるのか?」
「あの姉ちゃん相手なら、なんとかなりそうだけど……」
「でも、さっきの……あの兄ちゃんから声を掛けられてからは気を取り直したみたいだぞ」
「そうだよ。声を掛けたときならなにかあってもイケると思ったけどよ。今は……」

リリスが訓練場の中央に武器を携えて出てくる。持っているのは少し長めの木剣だ。ソルトの持つ刀に合わせて少しだけ反りがある。

「こちらはいつでもいいですよ?」
リリスが冒険者達に声を掛けると、冒険者達は顔を付き合わせて相談する。
「おい、どうする?」
「どうするって、お前が声掛けたんだろ! なら、お前が逝けよ!」
「そうだそうだ。全部お前が相手して来いよ!」
「そうだな。見たところ全員ギルドに登録したばかりみたいだし。お前でもなんとかなるんじゃないか?」
「最後のオバさん以外は、ソワソワしていたしな。お前一人で片付けて来いよ!」

リリスに最初に声を掛けた男として、責任を取らされることになった冒険者がリリスと向き合う。
「なあ、本当にヤルのか?」
「ええ、それがお望みでしょう。そんなに心配しなくても天井のシミを数えている内に終わりますから」
「「「ブッ!」」」
リリスの言葉を聞き、ソルト、ゴルド、ギルマスが吹き出す。
「誰だ! リリスに余計なこと吹き込んだヤツは!」
ソルトがレイ、エリスと順に顔を見ていくが、サッと顔を逸らすレイがいた。
「お前か……まったく耳年増が……」

一方、それを言われた冒険者はポカ~ンとした顔でリリスを見ていた。
「お前、自分でなにを言っているのか分かっているのか? それにここには『天井』なんてねえ!」
冒険者の男はリリスがさっき言ったことの正しい使い方を懇切丁寧に説明するとリリスは『あら』『まあ』と言う度に顔が赤くなり、レイの方をキッと睨み付ける。

「と、まあこんなところだ。だから、それを女の子が言うのは感心しないな」
「ご忠告ありがとうございました。ですが、それはそれ。これはこれですので、改めて、お相手をお願いします」
「はぁ~やっぱり、流されてはくれないか。いいぜ相手になってやる。いつでもいいから……」
「では、参ります」
冒険者の男が言い終わる前にリリスは駆け出すと袈裟切り一閃で冒険者の男を切り飛ばす。

「ぐっ……」
飛ばされた先で顔を上げると、視線の先にはリリスが木剣の切っ先を突きつけていた。
「まだ、やれますか?」
「すまんな。ちょっと……折れたみたいだな……イタッ」
冒険者の男が顔を苦痛で顔を歪めるとリリスがしゃがみ込み、男の腹に手を当てここですねと言うと『ヒール』と魔法を発動する。

「ん? 痛くない?」
「では、もう一度いいですか? 先程のは余りにも早すぎて実感がなかったものですから」
「ったく。あまり、男に『早い』とか言うもんじゃないぞ」
「ん? なぜでしょう?」
「それはな……」
冒険者の男がリリスにその理由を話すと、リリスの顔がまた見る見るうちに赤くなる。
「な、なんてことを言うんですか!」
「聞いてきたのはそっちだろ。俺は悪くない」
「だとしても……」
「ほら、そう言うのが知りたいなら、後で俺が手取り足取り教えてやらんでもないぞ?」
「ふん! そういうのは私に一撃でも当ててからいうことですね」
「ほう、言うね。さっきはいきなりだったから、戸惑いもあったが、今度はそう簡単にはいかないぞ?」
「そうですか……では、先手を譲りましょう。さあ、いつでもどうぞ」
「余裕だな。まあ、腕はそれなりにあるみたいだが、こういうのはどうかな?」
「?」
冒険者の男は走り寄りながら、リリスに向かい手に握っていた砂を投げつける。
「なっ!」
咄嗟のことに顔を腕でかばいがら空きになった胴に衝撃が走る……ハズだったがリリスの木剣で冒険者の剣が弾かれる。
「へ?」
「随分、姑息な手を使うんですね。ですが、いい勉強になりました」
リリスはそう言うと、冒険者の男に正面から蹴りを繰り出す。
「ガハッ……」
リリスは冒険者の男に近寄ると『ヒール』と呟く。
「では、もう一度おねがいしますね」
そう言って、ニコリと笑うが冒険者の男は首を横にフルフルと振るだけで言葉すら発さない。
「はい。もう体の傷は癒えましたよ。じゃ、立って下さい」
「イヤだ!」
「もう、私に手取り足取り教えてくれるって言ったじゃないですか!」
「あ、バカ!」
リリスが興奮気味に少しだけ大きめに発した言葉に観戦していた冒険者達からブーイングが起こる。

「リリス、選手交代だ。もう十分、満足しただろ」
「え~私はまだ満足していません。だって、あの人、早いばかりでとても満足なんて出来ません!」
「ぷっ! 早いって……だっさ! あいつは『早撃ちマック』だな。ぎゃはは」
リリスの言葉に観戦していた冒険者達から、嘲笑が漏れる。

聞いているソルトは頭を抱えたくなるが、レイだけは腹を抱えて笑っていた。
「誰のせいだと思ってるんだか」
ソルトは頭の中でレイへのお仕置き候補を並べていく。

カスミが不満たらたらのリリスと交代すると、絡んできた冒険者達に言う。
「私の相手は誰だい?」
木製のメイスを肩に担いだカスミがそう言うと、冒険者達の間でまた会議が始まる。
「どうすんだよ。あいつら全員を相手にするまでは、ここから出られないみたいだぞ」
「さっきの姉ちゃんもそうだが、この姉ちゃんもそれなりってことだろ?」
「そうだろうな。見かけ通りってことはないよな」
「なあ、どうするんだよ。さっきから、手招きしてるのが怖いよ……」

「なあ、決まらないんだったら、五人纏めてでもいいぞ」
カスミが言ったことにリリスが反応する。
「あ~その手があったの忘れてた~」
そして、そんなリリスを見てレイが言う。
「リリス、変わっちゃったね」
そして、そのレイをソルトが目を細めて見る。

「来ないのなら、こっちから行くけどいいかい?」
カスミの言葉に冒険者達が一斉に身構える。
「準備はいいみたいね。で、どうする? 私から? それとも、そっちから?」
冒険者達は顔を互いに見合わせると、一斉に頷きカスミ目掛けて走り出す。

「ふふふ、そういうのは嫌いじゃないよっ」
遅いか掛かる冒険者達に怯むことなくメイスを振り回すと、五人が五人ともそれぞれの方向へとはじき返される。

「ぐふっ」
「がっ」
「ごぼっ」
「ぐあ!」
「げぼっ」

「思ったほど飛ばなかったね。でも、散らばったからメンドいね」
カスミは心底面倒くさそうな顔をしながら、冒険者の一人一人に『ヒール』を掛けて回る。
「これでよし! じゃ、もう一回な。今度は出来ればさっきのとは違うやり方でな」
「「「「「……」」」」」
「ほら、来いよ。来ないならこっちから行くぞ?」
「あ~もう、どうにでも……ぐふっ……」
それからはカスミがメイスを振る度に冒険者達が空を飛ぶ。そして、冒険者の着地点にカスミが行きヒールを掛けて戦うというパターンを繰り返す。

「すみませんでしたぁ! もう勘弁して下さい!」
「「「「すみませんでしたぁ!」」」」

絡んできた冒険者達はボロボロの状態でリリスとカスミに対し土下座でお願いする。
「え~もう終わりなんですか~手取り足取りで教えてくれる約束だったじゃないですか~」
「そ、それは……」
「それを言ったのはコイツなんで、コイツだけで勘弁して下さい! お願いします!」
「でも、この方は早いから、出来ればカスミと同じ様に皆さんでお願いしたいんですけど……ダメですか?」
リリスが両手を胸の前で組み、上目遣いで冒険者達に終え害するが、冒険者達は誰一人として首を縦に振ることはなく、『勘弁して下さい!』とだけ言って訓練場から足早に去って行く。

「なんだ、もう終わりか」
「でもよ、あの姉ちゃん達『ヒール』使ってたよな?」
「『ヒール』だと? バカいえ、ありゃ教会限定の魔法だろ。ないない」
「でも、確かにそう聞こえたし……」
「いいから。もし、そうだとしても忘れろ。なにかあれば教会の連中が押し寄せてくるぞ。そんなのはイヤだろ? だから、もし見たり聞いたとしても忘れるのが一番だ」
「あ、ああ。分かった。そうする。でも、いつかは俺も……」
『いつかは俺もあの彼女に癒して欲しい!』そう願った男は、遠くない内にひょんなことからその願いが叶うことになる。
だが、それは『聖女』ではなく単に聖魔法が使えるようになったオジサンの手によってだが。
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