23 / 132
第一章 それぞれの道
第9話 特別注文なんて聞いてない!
しおりを挟む
店から出たソルトは買ったばかりのバッグからメモ帳とペンを取り出し『五月二十五日 水曜日 レイ 金貨一枚』と書いてかあ、バッグにしまう。
「で、次は?」
エリスに聞かれたソルトは、武具と防具を揃えたいと話す。
「そうだったわね。じゃ、私の行きつけでいいわよね」
「はい、それで」
エリスに案内されて、ソルト達は武具の店へ向かう。
目的の店に着き、ここがそうよとエリスが、その店の扉を開けると声を掛けられる。
「おう、エリスじゃねえか。どうした?」
「ボリス、久しぶりね。今日は、この子達に武器を見繕って欲しいの。お願い出来るかしら?」
「新人か。そういや、さっきゴルドが剣の刃が欠けたからって、補修に持ってきたんだがな。なにを切ろうとして、こうなったのか聞いてみたんだよ。俺の剣はそんな柔だとは思えないんでな。そしたらよ、ゴルドがとんでもない新人のせいだって言うじゃねえか」
「まあ、新人のせいともいえない訳じゃないわね」
エリスがチラリとソルトの方を見る。
「それでだが、まさかそいつじゃないよな?」
「あら、意外と鋭いわね。そうよ、注目の新人のソルト、またの名を『殲滅の愚者』よ」
「そいつが? 俺には、のほほんとした兄ちゃんにしか見えないがな」
ボリスが物珍しい物を見るようにソルトの体格、体付きを確認する。
「それに、こいつはちゃんと振れるのか?」
「振れるわよ。二人ともゴルドと互角に打ち合ってたからね」
「二人? ってことは、この嬢ちゃんもか?」
「そうよ。お願いね」
「ふん、まあいい。で、お前さん達の希望する種類は?」
「俺は刀が欲しいです」
「私は、お任せでお願い」
「エリス……」
ボリスが二人の要求にエリスに助けを求めるが、エリスは全てをボリスにお任せする気だから、なにも口出しはしない。
「はぁ、兄ちゃんは刀だったな。ちょっと、待ってろ。嬢ちゃんは、その辺の剣を振ってみて、確かめてくれ」
ボリスはレイにそういうと奥に引っ込む。
「エリス、勇者がいたのなら刀はあると思ったんだけど、違った?」
「あるわよ。確か、ボリスもある程度は作れたと思ったけど」
数分後、ボリスが大小二振りの刀を携えて戻って来た。
「ほれ、今うちにあるのは、これだけだ。ちょっと、振ってみろ」
ソルトが大きい方を受け取ると鞘から抜き、刀身を確かめボリスが言うように軽く振ってみる。
「ふん、悪くはないな。重心はどうだ?」
「そうですね。まずは実戦で確かめてからにします」
「ふん、口だけは一丁前だな。で、防具はどうする?」
「防具もあるんですか。なら、動きを阻害せずに一撃に耐えれるような防具ってあります?」
「新人のくせに細かい注文だな。そうだな、動きを阻害しないとなると、全身鎧とかじゃなく胸と腹への攻撃を防ぐ感じか。なら、この辺の革鎧だな」
ボリスが一つの革鎧を手に取り、ソルトに着てみろと渡す。
ソルトが革鎧を受け取り試着すると、ボリスが革鎧の腰周り、胸元の革の張り具合などを確認し、多少の余裕を残して弛みが出ないように調整する。
「こんなもんだな。他はあるか?」
「なら、素材採取用のナイフと、投擲用のナイフか棒手裏剣が欲しいです」
「素材採取用なら、この辺から好きなのを選びな。で、あとは棒手裏剣って言ったか?」
「はい、あります?」
「すまんが、それがどんな物か聞いたことないな。説明してもらえるか?」
「そうですね、手の平に収まるくらいの釘みたいな物を平たくした感じと言えばわかりますか?」
「分からん。言葉じゃなく具体的に絵で説明してくれないか?」
「ちょっと、待ってください」
ソルトがバッグからメモ帳とペンを取り出すと、メモ帳に棒手裏剣の絵を描きボリスにこんな感じでと見せる。
「ふむ、諸刃のナイフの細身の刀身だけって感じじゃな。これはどうやって使うんだ。いや、投擲と言ったな。じゃ、投げて仕留めるのが目的か、なら、刃先だけ鋭くすればいいんじゃな」
「そうですね。もし、作ってくれるのなら、その棒手裏剣に魔石を埋め込める用にして欲しいんですけど、出来ますか?」
「出来るかと言えば、出来るがな。使うのは、どんな魔石だ?」
「とりあえずはゴブリンの魔石を使おうかと考えています」
「それだと、刀身より大きくなるから、重心が悪くなるぞ」
「そうですか」
ソルトの要望に対しボリスが暗に無理だと言い、落ち込んでいるところにルーから、アドバイスされる。
『ソルト……さん、魔石を砕いて混ぜ込んでも、スキルの付与は一つ二つくらいまでなら出来ると思いますよ』
『へえ、なら試してもらおうかな。ありがとうルー』
ソルトはバッグの中に手を入れると無限倉庫からオークの魔石を取り出し、ボリスに見せる。
「ボリスさん。このオークの魔石を砕いて、棒手裏剣に混ぜ込むことは出来ますか?」
「出来るかどうかと言われれば、出来るが、兄ちゃんの望む形になるかどうかは確約出来んぞ」
「いいですよ。その時はまた、別の方法を考えますんで」
「そうか。なら、やってみよう。少し時間をもらうがいいか?」
「ええ、構いません。どのくらいをみとけばいいですか? あと、それまでに投擲用として、数打ちのナイフとかあればお願いします」
「そうだな、とりあえず三日くれ。それと数打ちなら、そこのカゴに入っているのがそうだ。好きなだけ持っていけ」
「じゃあ、とりあえず五本だけ。これでいいかな。じゃあ、これで俺の分のお会計をお願いしますね」
「そうか、おい! 会計を頼む」
「は~い」
ボリスが奥に声を掛けると、若い男が出てきた。
カウンターの向こうで、その若い男がソルトに声を掛ける。
「お兄さんの分でいいんだね」
「はい、頼みます」
「え~と、刀が大小二振りと、今着ている革鎧に数打ちのナイフが五本と、で合計が金貨十五枚に銀貨三十枚、それと数打ちが五本だから」
店員が指を折って数え出す。
「あの、この数打ちって一本いくらなんですか?」
「それは一本、銅貨七枚で五本だから、七と七で……」
「じゃ、銅貨三十五枚追加ですね」
「え? お兄さん、計算出来るの? エリスさん、合ってます?」
「ええ、合ってるわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、金貨十五枚に銀貨が三十枚と銅貨三十五枚ですね」
「はい、じゃここに置くから数えてくださいね」
ソルトがカウンターの上のトレイに指定された金額の硬貨を並べる。
店員がそれを数え終わると、確かにとトレイの上の硬貨をしまう。
「あと、ボリスさんに頼んだ分があるんだけど、それがいくらか聞いてないんです。悪いけど、確認してもらえますか?」
「あ~またやったんですね。もう、ちゃんと金額を確認してからにしてくれって言ってるのに」
「また?」
「あ、すみません。ボリス親方は自分の好奇心が勝っちゃつと値段のことを気にせずに突っ走る時があるんです。ちょっと、確認してくるんで待ってもらえますか?」
「あ~じゃあ、ここに金貨を五枚置いていくんで足りなかったら言って下さい。それでいいですか?」
「それは助かりますが、いいんですか?」
「いいですよ。それにエリスのことは分かるんでしょ。なら、エリスに連絡してくれてもいいですし」
「分かりました。では、そうさせてもらいます。ありがとうございます」
店員がソルトにお礼を言って、金貨五枚を預かることになった。
「ねえ、私も武器を選んでみたんだけど、誰も確認してくれないの?」
「あら、決めたのね。なら、そこで振ってみなさい」
「ここで振るのね」
エリスの指示で、レイが言われた通りに振ってみる。
昨日のドーピングで剣術スキルを取得したおかげで、意外と器用に振れている。
「いいんじゃない」
「分かった。じゃ、武器はこれにして……防具は私もソルトと同じのでいいわ」
店員がレイに頼まれるが、少し顔が赤くなっている。
「どうしたの? 選んでくれないの?」
「いえ、その前にサイズを確認したいのですが、僕が計測するんですか?」
「当然でしょ? 店員はあなた一人みたいだし」
「エリスさん……」
「分かったわ。メジャーを貸して。私が測るから」
「お願いします!」
エリスがまだ赤面している店員からメジャーを受け取るとレイの胸囲、腰回りを計測し店員に伝える。
「え? そんなに」
エリスから伝えられた店員がまた赤面するが、気を取り直して在庫のサイズを確認する。
「あ! やっぱり」
「ねえ、どうしたの?」
「すみません。今、在庫を確認したんですが、サイズが合う物が見つかりませんでした。申し訳ありません」
「ねえ、サイズオーバーなら、直せるんじゃないの?」
エリスが店員に確認するが、店員が言うにはレイのサイズを上回るのはないとのことだった。
「ふふふ、エリスなら選び放題なのにね。あ~なんでこんな罪作りな体になってしまったのかしら」
「別にどっちでもいいけど、レイの分は俺に借金だからね」
「……はい」
レイがエリスを挑発するように言うが、ソルトの言葉にレイが冷めてしまう。
「あのお姉さんのを作るのなら、特別注文という形になってしまいますので、料金の方も……少々高くなりますが」
「どうするの、レイ? 本当に罪作りな体ね~」
エリスがさっきのお返しとばかりにレイを挑発する。挑発されたレイは、ぐっと堪えるとソルトの方を見る。
「店員さん、それでいいので注文をお願いします」
「分かりました。では、三日後にはお渡し出来ると思います」
ソルトがレイの分の会計を済ませると、メモ帳を取り出し『五月二十五日水曜日 レイ 金貨五枚 銀貨三十五枚』と記入する。
ボリスの店を出ると、少しお昼を回ったくらいの時間になった。
「ねえ、お腹減った」
レイがそう呟くが、ソルトとレイの二人はなにも聞こえないかのように先を歩く。
「ねえ、お腹が減ったって言ってるの!」
レイが再度、語気を強めてそう言うとソルトが立ち止まって振り返り、屋台を指差し勝手に食えとだけ伝えると、ギルドに向かって歩き出す。
ソルトに言われ、奢ってもらうつもりだったレイはバッグの中に入っている革袋の中身をこっそりと確認する。
「銅貨ばっかり。これでなにが食べられるってのよ!」
一人憤慨するが、屋台で売られているのもなんの肉なのか、レイにはさっぱり分からないので下手に手を出すのも怖くなる。
「あ~もう、分かったわよ!」
なにが分かったのかは分からないが、今の状態ではまともな食事が取れないと言うことだけは分かったので、先を歩くソルト達に追いつこうと少しばかり早足になる。
その時、レイは少し柄の悪い冒険者風の四人の男とすれ違う。
「お、姉ちゃん待ちな!」
「……」
「おい、お前だよ、お前!」
「……」
「この野郎、兄貴が呼んでるだろうが!」
「……」
「いいから、止まれって! 止まって下さい!」
「……」
「こいつ、とことん無視する気だな! いい度胸じゃねえか!」
「……」
レイは後ろの騒ぎが少しずつ大きくなるのが気になるが、今はソルト達に追いつくのが先と考え、後ろの騒音は気にせずに少しだけ早くする。
ギルドにソルト達が入る前にレイが追い付くと、一緒にギルドへ入る。
「おう、遅かったな。ソルトはちゃんと防具も装備してきたか。ん? 嬢ちゃんはどうした? 剣だけか?」
「私のは特別注文になるから、時間がかかるって言われたの!」
「そうか、まあいい。で、どうする? 依頼を受けるか?」
「あ、その前に飯いいですか?」
「飯だと」
「ええ、ダメですか?」
「まあ、いいか。俺も付き合おう。それに俺の剣も補修中だしな。じゃあ、今日はやめとくか」
「あ、それと後で、ゴルドさんとギルマスに聞いてもらいたい話があるんですけど、いいですか?」
「話か。それは面倒なことか?」
「まあ、概要だけなら食事しながら話しますよ」
「そうだな」
ゴルドと軽く話してギルド内の食堂へと向かうソルト一行に声を掛ける連中が現れる。
「待てって、言ったのに……ハァハァ」
「「「ハァハァハァ」」」
しかし、ソルト達は気にすることなく食堂へと向かうが、息が荒い一人の男がレイの肩を掴み待てと言う。
「なに、この変態!」
いきなり『ハァハァ』と息が荒い男に肩を掴まれたら、レイの反応は正しいと言えるだろう。
だが、レイに振り向き様に平手打ちを喰らった男は、そのままギルドの床を転がりカウンターにぶつかりようやく止まる。
「なんだ? レイ、揉め事なら勘弁だぞ」
「あんな変態、知らないわよ!」
「そうか? でも、向こうはお前のことを知ってるみたいだぞ?」
「え~こんなところでストーカーなの?」
「見たところ、相手も冒険者のようだな。だが、来たばかりのお前らの知り合いとも思えんな。おい、嬢ちゃんになんのようだ?」
「「「げ、ゴルド!」」」
「ほう、俺のことは知っているようだな。で、もう一度聞くが、嬢ちゃんになんの用だ?」
警備隊隊長のゴルドの顔はこの街の住人であれば、一度は見たこともあるだろうし、覚えていても不思議ではない。
だが、ゴルドの方は特に特徴もなにもない、単に少しガラの悪い四人組の男など覚えているはずもなく。
「いや、俺達は別に……」
「そ、そうだぞ。兄貴はそこのおん……お嬢さんに一目惚れしたからお茶に誘いたかっただけだし」
「そうだぞ、おじさんじゃなく、おん……お嬢さんに用事があるだけだ。おじさんは引っ込んでろよ!」
「ほう」
ゴルドが威圧混じりに男達の顔を見回す。暗に顔は覚えたからなと言う様に。
「ふぅ。まあ、このままじゃ引かんだろうな。おい、レイ!」
「なに? ゴルド」
「レイって言うんだ……」
「「レイちゃん……」」
ゴルドになに名前バラしてるのかなと、怒気混じりに返事をするレイ。
「そこの特訓場で、こいつらの相手をしてやれ。お茶よりもそっちの方が、こいつらも嬉しいだろうしな」
「え~なんで私が! もう、お腹が減って動きたくないくらいなのに!」
「こいつらの相手をして、無傷で終われば俺が昼飯を奢ってやろうじゃないか。どうだ?」
「それ、本当?」
「ああ、本当だ。証人なら、ここに腐るほどいるしな。どうだ?」
「分かった! ほら、あんた達、訓練場に行くわよ!」
「「「へ?」」」
「後、そこの寝てるのも忘れない様にね。返事!」
「「「はい!」」」
「行くわよ!」
「「「はい!」」」
ソルトとエリスは、レイ達の騒ぎを見ていたが、訓練場の方に消えたので、ソルト達も食堂へと向かう。
ゴルドはソルト達も訓練場へ行くものと思っていたから、その様子に驚き声をかける。
「ソルト、心配じゃないのか?」
「ゴルドが見てくれるんでしょ? それに今のレイなら即死以外は心配することはないから、大丈夫でしょ。じゃ、俺達は昼飯なんでお願いしますね」
「ゴルド、ちゃんと見て後で解説してね」
「……」
ソルト達の態度に少し呆気に取られながらも、まあ心配するだけ無駄かとゴルドもソルト達を引き止めずに訓練場へと向かう。
訓練場に向かうとレイが手に剣を持っていたのを見たゴルドが、レイに木剣を使えと言う。
「え~なんでよ。買ったばっかなんだし、試したいじゃん!」
「試すのはいいが、あんなのでも殺したらお前も罪に問われるんだぞ。それが嫌なら、木剣にしとけ」
「捕まるのはイヤだな。しょうがないか~」
レイが剣を鞘に収め、訓練場の端に用意されてある木剣を手に取り、訓練場の中央の位置へ戻る。
「木剣だと!」
「「「兄貴、どうします?」」」
「あ~お前らは、そのまま自分の武器を使ってもいいぞ」
「な、ゴルド! お前まで俺達を馬鹿にするのか!」
「馬鹿にする訳じゃないが、木剣だと折られるか、切られるからな。一応、忠告はしたぞ。じゃ、始めてもいいか?」
「待て! 今、順番を決めるから」
「いらん、全員で行け」
「「「「はぁ?」」」」
「聞こえんかったか? 順番なぞ気にせずに四人で、まとめてかかれと言ってるんだがな」
「おい! ゴルド! いくら俺達でも女相手にそんな卑怯なことは……」
「なにを言ってるんだ? 男四人で女一人に声を掛ける時点で、立派な卑怯者だろうが。それに訓練場に呼び出されたと言っても、そこの嬢ちゃんが相手することは分かっていたんだから、それも男が女に仕掛けるのは、十分卑劣な行為と言えるだろう。だから、今更汚名の一つや二つ、増えても構わないだろうと思って、親切心で言ってるんだから素直に受け取っておけ。それに嬢ちゃんも問題ないようだぞ」
ゴルドに言われ、男達がレイの方を見ると、全員でまとめてかかると言うのに、なにも気にすることなくあくびまでしている。
「ねえ、まだなの~早く済ませて、お昼にしたいんだけど?」
「ほれ、ああ言うとる。早く、仕掛けんか!」
「くっ、こうなりゃ意地でも勝たなきゃ恥の上塗りだ!」
「「「兄貴……」」」
「そう、心配するな。いつも通りの手順だ。な、今まで通りにやるだけだ。後にはあのご馳走が待ってるんだからな。へへへ」
「「「そうだった。へへへ」」」
男達がレイの体を舐め回すように見ると、ゴルド達に挑発され、昂っていた気持ちを落ち着かせ、レイと向き合う。
「じゃ、いいんだな?」
「ああ、いいぜ」
「よし、では始め!」
ゴルドの掛け声と共に男達がレイを目がけて剣を抜き走り出す。
そしてレイはと言えば、それを目にしてもやっと来たと少し構え直す程度で、男達が迫って来るのを待つだけだった。
やがて、一番小柄な男がレイの前で飛んだかと思えば、その身を宙でくるりと回転させると背中を切りつけようと、剣を振るうが振るった先にいるはずのレイが、いつの間にか男の背面に立ち、そのまま木剣を横に振り払う。
「まずは一人」
「チッチがやられた!」
「まずいな。今までチッチの攻撃が外れたことはなかったのに……」
「兄貴、どうします?」
「所詮、女だ。数には叶うまい。俺はこのまま正面から仕掛ける。お前達は左右から挟み込め!」
「「へい!」」
レイが散開する男達を見て、少しは頭を使うのねと不敵に笑うとレイは右の男に向かって走り出す。
「へ? こっちに来る」
「誰も動かないとは言ってないわよ?」
男は慌てて、走りながらも剣を振りかぶるが、そのガラ空きになった胴をレイにそのまま振り抜かれ、チッチと同じように地面を転がり続ける。
「これで二人。で、残りも二人」
レイがそう呟くと今度は左側から迫って来る男の方へと走る。
「げ、こっちに来やがった」
男が慌てて剣を上段に構えようとするが、さっきやられたばかりのルーザーを見てたので上段はやめ、正眼に構え直す。
「へえ、ちょっとはやるみたいね」
レイはそういうと、正眼に構えた剣を木剣で弾き飛ばす。
「へ? あれ? 俺の剣……ぐっ」
レイが振り抜いた木剣を返して胴を振り抜くと、剣を飛ばされ呆然としていた男は今までの男と同じように地面に転がる。
「これで三人。で、残りはあんた一人ね。どうする? そっちが仕掛ける? それとも私から行く? どっちでもいいわよ」
「ぐっ」
男は一瞬、剣を持つ手をだらりと下げると、逆の手でナイフを投げる。
レイがそのナイフを木剣で弾き、危ないと思っていると、男がレイのすぐ側まで迫っており、まさに剣を振り下ろそうとしていた。
「甘いわね」
「ぐっ」
レイが言うと同時に振りかぶりガラ空きになった胴に木剣を叩き込み、そのまま振り抜く。
「これで終わりっと。ゴルド、見てたよね? これで、お昼は約束通りご馳走してもらうわよ」
「ああ、なんでも食え」
レイはゴルドに約束の昼食を確認すると鼻歌交じりに訓練場を出ようとしたところで、『キン』と背中で金属音がしたことに気付き振り返ると、そこにはナイフが転がっていてレイがそれを持ち上げると、刀身になにやら液体が塗られているのが分かった。
レイはそのナイフを持ったまま、兄貴と呼ばれた男に近付く。それを見たゴルドはヤバいと思い、近くにいた男に守備隊の連中を呼んでくるように頼むと急いでレイの元へと駆け出す。
「ねえ? これってなんのつもり」
「知らねえ。俺はそんな物は知らない!」
「そう。じゃあさ、これでちょっと切ったら、正直になれるかな? ねえ、どう思う?」
「ひ、人殺し!」
「なんで、単にナイフでちょっと切るだけじゃないの。あ! もしかして、このナイフに塗られているのがなにか知っていたりとかする?」
「し、知らない。そんなのは知らないって言ってるだろ!」
「あれ? でも、さっきちょっと切るって言っただけなのに私のことを人殺しって言ったわよね?」
「い、いやそれは……」
レイの詰問に男が口ごもる。
「なんだ、話してくれないんだ。じゃあ、やっぱり体に聞こうかな?」
ナイフを振りかぶろうとしたレイの手をゴルドが抑える。
「その辺にしとけ。今、警備隊の連中が来る。そのナイフの件といい、こいつらには聞きたいことが山ほどある。出来れば、殺すのは待ってほしい」
「もう、遅いわよ! もう少しで私が人殺しになるところだったじゃない!」
「悪かった」
「ゴルド隊長、お待たせしました!」
「おお、来たな。寝転がっているそいつらを捕縛してくれ」
「こいつらですか? でも、罪状は?」
「これだ」
若い守備隊の隊員にゴルドがナイフを渡す。
「証拠品だからな。後、毒が塗られているから扱いには気を付けるんだぞ」
「毒ですか?」
「ああ、前に女の冒険者が乱暴され、毒殺される事件があっただろ?」
「ありましたね。その冒険者は腕が立つと評判だったので、皆が不思議がっていたのを覚えています」
「確か、背中に大きな傷跡があったな?」
「ええ、ありましたね。幸いにも発見が早かったので、魔物に襲われることもなく遺体もなんというか綺麗な状態だったので。で、それがなにか?」
「さっきな、俺が面倒を見ている嬢ちゃんが、しつこく声をかけてくるこいつらと立ち会ったのよ。俺は嬢ちゃんの訓練のつもりだったんだがな。こいつらは『いつものようにやるだけだ』って言ってたんだ」
「へ~それじゃ、こいつらは無謀にも隊長の前で、そのやり口を晒したって訳ですか」
「そういうことになるな」
「分かりました。では、連行しますね」
「頼むな」
ゴルド達のやりとりを黙って見ていたレイがゴルドに尋ねる。
「もしかして、悪い奴だった?」
「ああ、それもとびっきりな」
「へ~私ってば、やるもんだね~」
「相手が弱すぎただけだ。さっきも背中から食らっていたら、今ごろは墓の中だぞ」
「そうだよね。あいつが投げたナイフが硬い所に当たるなんてね。私ってばなんて運がいんだろうね」
「そうじゃないだろ……」
ゴルドがソルトのお陰だろうと言いたかったが、まあいいかと約束通りに昼飯を奢るためにレイと一緒に食堂へと向かう。
「で、次は?」
エリスに聞かれたソルトは、武具と防具を揃えたいと話す。
「そうだったわね。じゃ、私の行きつけでいいわよね」
「はい、それで」
エリスに案内されて、ソルト達は武具の店へ向かう。
目的の店に着き、ここがそうよとエリスが、その店の扉を開けると声を掛けられる。
「おう、エリスじゃねえか。どうした?」
「ボリス、久しぶりね。今日は、この子達に武器を見繕って欲しいの。お願い出来るかしら?」
「新人か。そういや、さっきゴルドが剣の刃が欠けたからって、補修に持ってきたんだがな。なにを切ろうとして、こうなったのか聞いてみたんだよ。俺の剣はそんな柔だとは思えないんでな。そしたらよ、ゴルドがとんでもない新人のせいだって言うじゃねえか」
「まあ、新人のせいともいえない訳じゃないわね」
エリスがチラリとソルトの方を見る。
「それでだが、まさかそいつじゃないよな?」
「あら、意外と鋭いわね。そうよ、注目の新人のソルト、またの名を『殲滅の愚者』よ」
「そいつが? 俺には、のほほんとした兄ちゃんにしか見えないがな」
ボリスが物珍しい物を見るようにソルトの体格、体付きを確認する。
「それに、こいつはちゃんと振れるのか?」
「振れるわよ。二人ともゴルドと互角に打ち合ってたからね」
「二人? ってことは、この嬢ちゃんもか?」
「そうよ。お願いね」
「ふん、まあいい。で、お前さん達の希望する種類は?」
「俺は刀が欲しいです」
「私は、お任せでお願い」
「エリス……」
ボリスが二人の要求にエリスに助けを求めるが、エリスは全てをボリスにお任せする気だから、なにも口出しはしない。
「はぁ、兄ちゃんは刀だったな。ちょっと、待ってろ。嬢ちゃんは、その辺の剣を振ってみて、確かめてくれ」
ボリスはレイにそういうと奥に引っ込む。
「エリス、勇者がいたのなら刀はあると思ったんだけど、違った?」
「あるわよ。確か、ボリスもある程度は作れたと思ったけど」
数分後、ボリスが大小二振りの刀を携えて戻って来た。
「ほれ、今うちにあるのは、これだけだ。ちょっと、振ってみろ」
ソルトが大きい方を受け取ると鞘から抜き、刀身を確かめボリスが言うように軽く振ってみる。
「ふん、悪くはないな。重心はどうだ?」
「そうですね。まずは実戦で確かめてからにします」
「ふん、口だけは一丁前だな。で、防具はどうする?」
「防具もあるんですか。なら、動きを阻害せずに一撃に耐えれるような防具ってあります?」
「新人のくせに細かい注文だな。そうだな、動きを阻害しないとなると、全身鎧とかじゃなく胸と腹への攻撃を防ぐ感じか。なら、この辺の革鎧だな」
ボリスが一つの革鎧を手に取り、ソルトに着てみろと渡す。
ソルトが革鎧を受け取り試着すると、ボリスが革鎧の腰周り、胸元の革の張り具合などを確認し、多少の余裕を残して弛みが出ないように調整する。
「こんなもんだな。他はあるか?」
「なら、素材採取用のナイフと、投擲用のナイフか棒手裏剣が欲しいです」
「素材採取用なら、この辺から好きなのを選びな。で、あとは棒手裏剣って言ったか?」
「はい、あります?」
「すまんが、それがどんな物か聞いたことないな。説明してもらえるか?」
「そうですね、手の平に収まるくらいの釘みたいな物を平たくした感じと言えばわかりますか?」
「分からん。言葉じゃなく具体的に絵で説明してくれないか?」
「ちょっと、待ってください」
ソルトがバッグからメモ帳とペンを取り出すと、メモ帳に棒手裏剣の絵を描きボリスにこんな感じでと見せる。
「ふむ、諸刃のナイフの細身の刀身だけって感じじゃな。これはどうやって使うんだ。いや、投擲と言ったな。じゃ、投げて仕留めるのが目的か、なら、刃先だけ鋭くすればいいんじゃな」
「そうですね。もし、作ってくれるのなら、その棒手裏剣に魔石を埋め込める用にして欲しいんですけど、出来ますか?」
「出来るかと言えば、出来るがな。使うのは、どんな魔石だ?」
「とりあえずはゴブリンの魔石を使おうかと考えています」
「それだと、刀身より大きくなるから、重心が悪くなるぞ」
「そうですか」
ソルトの要望に対しボリスが暗に無理だと言い、落ち込んでいるところにルーから、アドバイスされる。
『ソルト……さん、魔石を砕いて混ぜ込んでも、スキルの付与は一つ二つくらいまでなら出来ると思いますよ』
『へえ、なら試してもらおうかな。ありがとうルー』
ソルトはバッグの中に手を入れると無限倉庫からオークの魔石を取り出し、ボリスに見せる。
「ボリスさん。このオークの魔石を砕いて、棒手裏剣に混ぜ込むことは出来ますか?」
「出来るかどうかと言われれば、出来るが、兄ちゃんの望む形になるかどうかは確約出来んぞ」
「いいですよ。その時はまた、別の方法を考えますんで」
「そうか。なら、やってみよう。少し時間をもらうがいいか?」
「ええ、構いません。どのくらいをみとけばいいですか? あと、それまでに投擲用として、数打ちのナイフとかあればお願いします」
「そうだな、とりあえず三日くれ。それと数打ちなら、そこのカゴに入っているのがそうだ。好きなだけ持っていけ」
「じゃあ、とりあえず五本だけ。これでいいかな。じゃあ、これで俺の分のお会計をお願いしますね」
「そうか、おい! 会計を頼む」
「は~い」
ボリスが奥に声を掛けると、若い男が出てきた。
カウンターの向こうで、その若い男がソルトに声を掛ける。
「お兄さんの分でいいんだね」
「はい、頼みます」
「え~と、刀が大小二振りと、今着ている革鎧に数打ちのナイフが五本と、で合計が金貨十五枚に銀貨三十枚、それと数打ちが五本だから」
店員が指を折って数え出す。
「あの、この数打ちって一本いくらなんですか?」
「それは一本、銅貨七枚で五本だから、七と七で……」
「じゃ、銅貨三十五枚追加ですね」
「え? お兄さん、計算出来るの? エリスさん、合ってます?」
「ええ、合ってるわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、金貨十五枚に銀貨が三十枚と銅貨三十五枚ですね」
「はい、じゃここに置くから数えてくださいね」
ソルトがカウンターの上のトレイに指定された金額の硬貨を並べる。
店員がそれを数え終わると、確かにとトレイの上の硬貨をしまう。
「あと、ボリスさんに頼んだ分があるんだけど、それがいくらか聞いてないんです。悪いけど、確認してもらえますか?」
「あ~またやったんですね。もう、ちゃんと金額を確認してからにしてくれって言ってるのに」
「また?」
「あ、すみません。ボリス親方は自分の好奇心が勝っちゃつと値段のことを気にせずに突っ走る時があるんです。ちょっと、確認してくるんで待ってもらえますか?」
「あ~じゃあ、ここに金貨を五枚置いていくんで足りなかったら言って下さい。それでいいですか?」
「それは助かりますが、いいんですか?」
「いいですよ。それにエリスのことは分かるんでしょ。なら、エリスに連絡してくれてもいいですし」
「分かりました。では、そうさせてもらいます。ありがとうございます」
店員がソルトにお礼を言って、金貨五枚を預かることになった。
「ねえ、私も武器を選んでみたんだけど、誰も確認してくれないの?」
「あら、決めたのね。なら、そこで振ってみなさい」
「ここで振るのね」
エリスの指示で、レイが言われた通りに振ってみる。
昨日のドーピングで剣術スキルを取得したおかげで、意外と器用に振れている。
「いいんじゃない」
「分かった。じゃ、武器はこれにして……防具は私もソルトと同じのでいいわ」
店員がレイに頼まれるが、少し顔が赤くなっている。
「どうしたの? 選んでくれないの?」
「いえ、その前にサイズを確認したいのですが、僕が計測するんですか?」
「当然でしょ? 店員はあなた一人みたいだし」
「エリスさん……」
「分かったわ。メジャーを貸して。私が測るから」
「お願いします!」
エリスがまだ赤面している店員からメジャーを受け取るとレイの胸囲、腰回りを計測し店員に伝える。
「え? そんなに」
エリスから伝えられた店員がまた赤面するが、気を取り直して在庫のサイズを確認する。
「あ! やっぱり」
「ねえ、どうしたの?」
「すみません。今、在庫を確認したんですが、サイズが合う物が見つかりませんでした。申し訳ありません」
「ねえ、サイズオーバーなら、直せるんじゃないの?」
エリスが店員に確認するが、店員が言うにはレイのサイズを上回るのはないとのことだった。
「ふふふ、エリスなら選び放題なのにね。あ~なんでこんな罪作りな体になってしまったのかしら」
「別にどっちでもいいけど、レイの分は俺に借金だからね」
「……はい」
レイがエリスを挑発するように言うが、ソルトの言葉にレイが冷めてしまう。
「あのお姉さんのを作るのなら、特別注文という形になってしまいますので、料金の方も……少々高くなりますが」
「どうするの、レイ? 本当に罪作りな体ね~」
エリスがさっきのお返しとばかりにレイを挑発する。挑発されたレイは、ぐっと堪えるとソルトの方を見る。
「店員さん、それでいいので注文をお願いします」
「分かりました。では、三日後にはお渡し出来ると思います」
ソルトがレイの分の会計を済ませると、メモ帳を取り出し『五月二十五日水曜日 レイ 金貨五枚 銀貨三十五枚』と記入する。
ボリスの店を出ると、少しお昼を回ったくらいの時間になった。
「ねえ、お腹減った」
レイがそう呟くが、ソルトとレイの二人はなにも聞こえないかのように先を歩く。
「ねえ、お腹が減ったって言ってるの!」
レイが再度、語気を強めてそう言うとソルトが立ち止まって振り返り、屋台を指差し勝手に食えとだけ伝えると、ギルドに向かって歩き出す。
ソルトに言われ、奢ってもらうつもりだったレイはバッグの中に入っている革袋の中身をこっそりと確認する。
「銅貨ばっかり。これでなにが食べられるってのよ!」
一人憤慨するが、屋台で売られているのもなんの肉なのか、レイにはさっぱり分からないので下手に手を出すのも怖くなる。
「あ~もう、分かったわよ!」
なにが分かったのかは分からないが、今の状態ではまともな食事が取れないと言うことだけは分かったので、先を歩くソルト達に追いつこうと少しばかり早足になる。
その時、レイは少し柄の悪い冒険者風の四人の男とすれ違う。
「お、姉ちゃん待ちな!」
「……」
「おい、お前だよ、お前!」
「……」
「この野郎、兄貴が呼んでるだろうが!」
「……」
「いいから、止まれって! 止まって下さい!」
「……」
「こいつ、とことん無視する気だな! いい度胸じゃねえか!」
「……」
レイは後ろの騒ぎが少しずつ大きくなるのが気になるが、今はソルト達に追いつくのが先と考え、後ろの騒音は気にせずに少しだけ早くする。
ギルドにソルト達が入る前にレイが追い付くと、一緒にギルドへ入る。
「おう、遅かったな。ソルトはちゃんと防具も装備してきたか。ん? 嬢ちゃんはどうした? 剣だけか?」
「私のは特別注文になるから、時間がかかるって言われたの!」
「そうか、まあいい。で、どうする? 依頼を受けるか?」
「あ、その前に飯いいですか?」
「飯だと」
「ええ、ダメですか?」
「まあ、いいか。俺も付き合おう。それに俺の剣も補修中だしな。じゃあ、今日はやめとくか」
「あ、それと後で、ゴルドさんとギルマスに聞いてもらいたい話があるんですけど、いいですか?」
「話か。それは面倒なことか?」
「まあ、概要だけなら食事しながら話しますよ」
「そうだな」
ゴルドと軽く話してギルド内の食堂へと向かうソルト一行に声を掛ける連中が現れる。
「待てって、言ったのに……ハァハァ」
「「「ハァハァハァ」」」
しかし、ソルト達は気にすることなく食堂へと向かうが、息が荒い一人の男がレイの肩を掴み待てと言う。
「なに、この変態!」
いきなり『ハァハァ』と息が荒い男に肩を掴まれたら、レイの反応は正しいと言えるだろう。
だが、レイに振り向き様に平手打ちを喰らった男は、そのままギルドの床を転がりカウンターにぶつかりようやく止まる。
「なんだ? レイ、揉め事なら勘弁だぞ」
「あんな変態、知らないわよ!」
「そうか? でも、向こうはお前のことを知ってるみたいだぞ?」
「え~こんなところでストーカーなの?」
「見たところ、相手も冒険者のようだな。だが、来たばかりのお前らの知り合いとも思えんな。おい、嬢ちゃんになんのようだ?」
「「「げ、ゴルド!」」」
「ほう、俺のことは知っているようだな。で、もう一度聞くが、嬢ちゃんになんの用だ?」
警備隊隊長のゴルドの顔はこの街の住人であれば、一度は見たこともあるだろうし、覚えていても不思議ではない。
だが、ゴルドの方は特に特徴もなにもない、単に少しガラの悪い四人組の男など覚えているはずもなく。
「いや、俺達は別に……」
「そ、そうだぞ。兄貴はそこのおん……お嬢さんに一目惚れしたからお茶に誘いたかっただけだし」
「そうだぞ、おじさんじゃなく、おん……お嬢さんに用事があるだけだ。おじさんは引っ込んでろよ!」
「ほう」
ゴルドが威圧混じりに男達の顔を見回す。暗に顔は覚えたからなと言う様に。
「ふぅ。まあ、このままじゃ引かんだろうな。おい、レイ!」
「なに? ゴルド」
「レイって言うんだ……」
「「レイちゃん……」」
ゴルドになに名前バラしてるのかなと、怒気混じりに返事をするレイ。
「そこの特訓場で、こいつらの相手をしてやれ。お茶よりもそっちの方が、こいつらも嬉しいだろうしな」
「え~なんで私が! もう、お腹が減って動きたくないくらいなのに!」
「こいつらの相手をして、無傷で終われば俺が昼飯を奢ってやろうじゃないか。どうだ?」
「それ、本当?」
「ああ、本当だ。証人なら、ここに腐るほどいるしな。どうだ?」
「分かった! ほら、あんた達、訓練場に行くわよ!」
「「「へ?」」」
「後、そこの寝てるのも忘れない様にね。返事!」
「「「はい!」」」
「行くわよ!」
「「「はい!」」」
ソルトとエリスは、レイ達の騒ぎを見ていたが、訓練場の方に消えたので、ソルト達も食堂へと向かう。
ゴルドはソルト達も訓練場へ行くものと思っていたから、その様子に驚き声をかける。
「ソルト、心配じゃないのか?」
「ゴルドが見てくれるんでしょ? それに今のレイなら即死以外は心配することはないから、大丈夫でしょ。じゃ、俺達は昼飯なんでお願いしますね」
「ゴルド、ちゃんと見て後で解説してね」
「……」
ソルト達の態度に少し呆気に取られながらも、まあ心配するだけ無駄かとゴルドもソルト達を引き止めずに訓練場へと向かう。
訓練場に向かうとレイが手に剣を持っていたのを見たゴルドが、レイに木剣を使えと言う。
「え~なんでよ。買ったばっかなんだし、試したいじゃん!」
「試すのはいいが、あんなのでも殺したらお前も罪に問われるんだぞ。それが嫌なら、木剣にしとけ」
「捕まるのはイヤだな。しょうがないか~」
レイが剣を鞘に収め、訓練場の端に用意されてある木剣を手に取り、訓練場の中央の位置へ戻る。
「木剣だと!」
「「「兄貴、どうします?」」」
「あ~お前らは、そのまま自分の武器を使ってもいいぞ」
「な、ゴルド! お前まで俺達を馬鹿にするのか!」
「馬鹿にする訳じゃないが、木剣だと折られるか、切られるからな。一応、忠告はしたぞ。じゃ、始めてもいいか?」
「待て! 今、順番を決めるから」
「いらん、全員で行け」
「「「「はぁ?」」」」
「聞こえんかったか? 順番なぞ気にせずに四人で、まとめてかかれと言ってるんだがな」
「おい! ゴルド! いくら俺達でも女相手にそんな卑怯なことは……」
「なにを言ってるんだ? 男四人で女一人に声を掛ける時点で、立派な卑怯者だろうが。それに訓練場に呼び出されたと言っても、そこの嬢ちゃんが相手することは分かっていたんだから、それも男が女に仕掛けるのは、十分卑劣な行為と言えるだろう。だから、今更汚名の一つや二つ、増えても構わないだろうと思って、親切心で言ってるんだから素直に受け取っておけ。それに嬢ちゃんも問題ないようだぞ」
ゴルドに言われ、男達がレイの方を見ると、全員でまとめてかかると言うのに、なにも気にすることなくあくびまでしている。
「ねえ、まだなの~早く済ませて、お昼にしたいんだけど?」
「ほれ、ああ言うとる。早く、仕掛けんか!」
「くっ、こうなりゃ意地でも勝たなきゃ恥の上塗りだ!」
「「「兄貴……」」」
「そう、心配するな。いつも通りの手順だ。な、今まで通りにやるだけだ。後にはあのご馳走が待ってるんだからな。へへへ」
「「「そうだった。へへへ」」」
男達がレイの体を舐め回すように見ると、ゴルド達に挑発され、昂っていた気持ちを落ち着かせ、レイと向き合う。
「じゃ、いいんだな?」
「ああ、いいぜ」
「よし、では始め!」
ゴルドの掛け声と共に男達がレイを目がけて剣を抜き走り出す。
そしてレイはと言えば、それを目にしてもやっと来たと少し構え直す程度で、男達が迫って来るのを待つだけだった。
やがて、一番小柄な男がレイの前で飛んだかと思えば、その身を宙でくるりと回転させると背中を切りつけようと、剣を振るうが振るった先にいるはずのレイが、いつの間にか男の背面に立ち、そのまま木剣を横に振り払う。
「まずは一人」
「チッチがやられた!」
「まずいな。今までチッチの攻撃が外れたことはなかったのに……」
「兄貴、どうします?」
「所詮、女だ。数には叶うまい。俺はこのまま正面から仕掛ける。お前達は左右から挟み込め!」
「「へい!」」
レイが散開する男達を見て、少しは頭を使うのねと不敵に笑うとレイは右の男に向かって走り出す。
「へ? こっちに来る」
「誰も動かないとは言ってないわよ?」
男は慌てて、走りながらも剣を振りかぶるが、そのガラ空きになった胴をレイにそのまま振り抜かれ、チッチと同じように地面を転がり続ける。
「これで二人。で、残りも二人」
レイがそう呟くと今度は左側から迫って来る男の方へと走る。
「げ、こっちに来やがった」
男が慌てて剣を上段に構えようとするが、さっきやられたばかりのルーザーを見てたので上段はやめ、正眼に構え直す。
「へえ、ちょっとはやるみたいね」
レイはそういうと、正眼に構えた剣を木剣で弾き飛ばす。
「へ? あれ? 俺の剣……ぐっ」
レイが振り抜いた木剣を返して胴を振り抜くと、剣を飛ばされ呆然としていた男は今までの男と同じように地面に転がる。
「これで三人。で、残りはあんた一人ね。どうする? そっちが仕掛ける? それとも私から行く? どっちでもいいわよ」
「ぐっ」
男は一瞬、剣を持つ手をだらりと下げると、逆の手でナイフを投げる。
レイがそのナイフを木剣で弾き、危ないと思っていると、男がレイのすぐ側まで迫っており、まさに剣を振り下ろそうとしていた。
「甘いわね」
「ぐっ」
レイが言うと同時に振りかぶりガラ空きになった胴に木剣を叩き込み、そのまま振り抜く。
「これで終わりっと。ゴルド、見てたよね? これで、お昼は約束通りご馳走してもらうわよ」
「ああ、なんでも食え」
レイはゴルドに約束の昼食を確認すると鼻歌交じりに訓練場を出ようとしたところで、『キン』と背中で金属音がしたことに気付き振り返ると、そこにはナイフが転がっていてレイがそれを持ち上げると、刀身になにやら液体が塗られているのが分かった。
レイはそのナイフを持ったまま、兄貴と呼ばれた男に近付く。それを見たゴルドはヤバいと思い、近くにいた男に守備隊の連中を呼んでくるように頼むと急いでレイの元へと駆け出す。
「ねえ? これってなんのつもり」
「知らねえ。俺はそんな物は知らない!」
「そう。じゃあさ、これでちょっと切ったら、正直になれるかな? ねえ、どう思う?」
「ひ、人殺し!」
「なんで、単にナイフでちょっと切るだけじゃないの。あ! もしかして、このナイフに塗られているのがなにか知っていたりとかする?」
「し、知らない。そんなのは知らないって言ってるだろ!」
「あれ? でも、さっきちょっと切るって言っただけなのに私のことを人殺しって言ったわよね?」
「い、いやそれは……」
レイの詰問に男が口ごもる。
「なんだ、話してくれないんだ。じゃあ、やっぱり体に聞こうかな?」
ナイフを振りかぶろうとしたレイの手をゴルドが抑える。
「その辺にしとけ。今、警備隊の連中が来る。そのナイフの件といい、こいつらには聞きたいことが山ほどある。出来れば、殺すのは待ってほしい」
「もう、遅いわよ! もう少しで私が人殺しになるところだったじゃない!」
「悪かった」
「ゴルド隊長、お待たせしました!」
「おお、来たな。寝転がっているそいつらを捕縛してくれ」
「こいつらですか? でも、罪状は?」
「これだ」
若い守備隊の隊員にゴルドがナイフを渡す。
「証拠品だからな。後、毒が塗られているから扱いには気を付けるんだぞ」
「毒ですか?」
「ああ、前に女の冒険者が乱暴され、毒殺される事件があっただろ?」
「ありましたね。その冒険者は腕が立つと評判だったので、皆が不思議がっていたのを覚えています」
「確か、背中に大きな傷跡があったな?」
「ええ、ありましたね。幸いにも発見が早かったので、魔物に襲われることもなく遺体もなんというか綺麗な状態だったので。で、それがなにか?」
「さっきな、俺が面倒を見ている嬢ちゃんが、しつこく声をかけてくるこいつらと立ち会ったのよ。俺は嬢ちゃんの訓練のつもりだったんだがな。こいつらは『いつものようにやるだけだ』って言ってたんだ」
「へ~それじゃ、こいつらは無謀にも隊長の前で、そのやり口を晒したって訳ですか」
「そういうことになるな」
「分かりました。では、連行しますね」
「頼むな」
ゴルド達のやりとりを黙って見ていたレイがゴルドに尋ねる。
「もしかして、悪い奴だった?」
「ああ、それもとびっきりな」
「へ~私ってば、やるもんだね~」
「相手が弱すぎただけだ。さっきも背中から食らっていたら、今ごろは墓の中だぞ」
「そうだよね。あいつが投げたナイフが硬い所に当たるなんてね。私ってばなんて運がいんだろうね」
「そうじゃないだろ……」
ゴルドがソルトのお陰だろうと言いたかったが、まあいいかと約束通りに昼飯を奢るためにレイと一緒に食堂へと向かう。
35
お気に入りに追加
1,984
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。

知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。
そんな状況で生き抜く方法は?

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

不登校が久しぶりに登校したらクラス転移に巻き込まれました。
ちょす氏
ファンタジー
あ~めんどくせぇ〜⋯⋯⋯⋯。
不登校生徒である神門創一17歳。高校生である彼だが、ずっと学校へ行くことは決してなかった。
しかし今日、彼は鞄を肩に引っ掛けて今──長い廊下の一つの扉である教室の扉の前に立っている。
「はぁ⋯⋯ん?」
溜息を吐きながら扉を開けたその先は、何やら黄金色に輝いていた。
「どういう事なんだ?」
すると気付けば真っ白な謎の空間へと移動していた。
「神門創一さん──私は神様のアルテミスと申します」
'え?神様?マジで?'
「本来呼ばれるはずでは無かったですが、貴方は教室の半分近く体を入れていて巻き込まれてしまいました」
⋯⋯え?
つまり──てことは俺、そんなくだらない事で死んだのか?流石にキツくないか?
「そんな貴方に──私の星であるレイアースに転移させますね!」
⋯⋯まじかよ。
これは巻き込まれてしまった高校17歳の男がのんびり(嘘)と過ごす話です。
語彙力や文章力が足りていない人が書いている作品の為優しい目で読んでいただけると有り難いです。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる