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第一章 それぞれの道

第9話 特別注文なんて聞いてない!

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店から出たソルトは買ったばかりのバッグからメモ帳とペンを取り出し『五月二十五日 水曜日 レイ 金貨一枚』と書いてかあ、バッグにしまう。
「で、次は?」
エリスに聞かれたソルトは、武具と防具を揃えたいと話す。
「そうだったわね。じゃ、私の行きつけでいいわよね」
「はい、それで」
エリスに案内されて、ソルト達は武具の店へ向かう。

目的の店に着き、ここがそうよとエリスが、その店の扉を開けると声を掛けられる。
「おう、エリスじゃねえか。どうした?」
「ボリス、久しぶりね。今日は、この子達に武器を見繕って欲しいの。お願い出来るかしら?」
「新人か。そういや、さっきゴルドが剣の刃が欠けたからって、補修に持ってきたんだがな。なにを切ろうとして、こうなったのか聞いてみたんだよ。俺の剣はそんな柔だとは思えないんでな。そしたらよ、ゴルドがとんでもない新人のせいだって言うじゃねえか」
「まあ、新人のせいともいえない訳じゃないわね」
エリスがチラリとソルトの方を見る。
「それでだが、まさかそいつじゃないよな?」
「あら、意外と鋭いわね。そうよ、注目の新人のソルト、またの名を『殲滅の愚者』よ」
「そいつが? 俺には、のほほんとした兄ちゃんにしか見えないがな」
ボリスが物珍しい物を見るようにソルトの体格、体付きを確認する。
「それに、こいつはちゃんと振れるのか?」
「振れるわよ。二人ともゴルドと互角に打ち合ってたからね」
「二人? ってことは、この嬢ちゃんもか?」
「そうよ。お願いね」
「ふん、まあいい。で、お前さん達の希望する種類は?」
「俺は刀が欲しいです」
「私は、お任せでお願い」
「エリス……」
ボリスが二人の要求にエリスに助けを求めるが、エリスは全てをボリスにお任せする気だから、なにも口出しはしない。

「はぁ、兄ちゃんは刀だったな。ちょっと、待ってろ。嬢ちゃんは、その辺の剣を振ってみて、確かめてくれ」
ボリスはレイにそういうと奥に引っ込む。

「エリス、勇者がいたのなら刀はあると思ったんだけど、違った?」
「あるわよ。確か、ボリスもある程度は作れたと思ったけど」

数分後、ボリスが大小二振りの刀を携えて戻って来た。
「ほれ、今うちにあるのは、これだけだ。ちょっと、振ってみろ」
ソルトが大きい方を受け取ると鞘から抜き、刀身を確かめボリスが言うように軽く振ってみる。
「ふん、悪くはないな。重心はどうだ?」
「そうですね。まずは実戦で確かめてからにします」
「ふん、口だけは一丁前だな。で、防具はどうする?」
「防具もあるんですか。なら、動きを阻害せずに一撃に耐えれるような防具ってあります?」
「新人のくせに細かい注文だな。そうだな、動きを阻害しないとなると、全身鎧とかじゃなく胸と腹への攻撃を防ぐ感じか。なら、この辺の革鎧だな」
ボリスが一つの革鎧を手に取り、ソルトに着てみろと渡す。

ソルトが革鎧を受け取り試着すると、ボリスが革鎧の腰周り、胸元の革の張り具合などを確認し、多少の余裕を残して弛みが出ないように調整する。
「こんなもんだな。他はあるか?」

「なら、素材採取用のナイフと、投擲用のナイフか棒手裏剣が欲しいです」
「素材採取用なら、この辺から好きなのを選びな。で、あとは棒手裏剣って言ったか?」
「はい、あります?」
「すまんが、それがどんな物か聞いたことないな。説明してもらえるか?」
「そうですね、手の平に収まるくらいの釘みたいな物を平たくした感じと言えばわかりますか?」
「分からん。言葉じゃなく具体的に絵で説明してくれないか?」
「ちょっと、待ってください」
ソルトがバッグからメモ帳とペンを取り出すと、メモ帳に棒手裏剣の絵を描きボリスにこんな感じでと見せる。

「ふむ、諸刃のナイフの細身の刀身だけって感じじゃな。これはどうやって使うんだ。いや、投擲と言ったな。じゃ、投げて仕留めるのが目的か、なら、刃先だけ鋭くすればいいんじゃな」
「そうですね。もし、作ってくれるのなら、その棒手裏剣に魔石を埋め込める用にして欲しいんですけど、出来ますか?」
「出来るかと言えば、出来るがな。使うのは、どんな魔石だ?」
「とりあえずはゴブリンの魔石を使おうかと考えています」
「それだと、刀身より大きくなるから、重心が悪くなるぞ」
「そうですか」

ソルトの要望に対しボリスが暗に無理だと言い、落ち込んでいるところにルーから、アドバイスされる。
『ソルト……さん、魔石を砕いて混ぜ込んでも、スキルの付与は一つ二つくらいまでなら出来ると思いますよ』
『へえ、なら試してもらおうかな。ありがとうルー』
ソルトはバッグの中に手を入れると無限倉庫からオークの魔石を取り出し、ボリスに見せる。
「ボリスさん。このオークの魔石を砕いて、棒手裏剣に混ぜ込むことは出来ますか?」
「出来るかどうかと言われれば、出来るが、兄ちゃんの望む形になるかどうかは確約出来んぞ」
「いいですよ。その時はまた、別の方法を考えますんで」
「そうか。なら、やってみよう。少し時間をもらうがいいか?」
「ええ、構いません。どのくらいをみとけばいいですか? あと、それまでに投擲用として、数打ちのナイフとかあればお願いします」
「そうだな、とりあえず三日くれ。それと数打ちなら、そこのカゴに入っているのがそうだ。好きなだけ持っていけ」
「じゃあ、とりあえず五本だけ。これでいいかな。じゃあ、これで俺の分のお会計をお願いしますね」
「そうか、おい! 会計を頼む」
「は~い」
ボリスが奥に声を掛けると、若い男が出てきた。
カウンターの向こうで、その若い男がソルトに声を掛ける。
「お兄さんの分でいいんだね」
「はい、頼みます」
「え~と、刀が大小二振りと、今着ている革鎧に数打ちのナイフが五本と、で合計が金貨十五枚に銀貨三十枚、それと数打ちが五本だから」
店員が指を折って数え出す。
「あの、この数打ちって一本いくらなんですか?」
「それは一本、銅貨七枚で五本だから、七と七で……」
「じゃ、銅貨三十五枚追加ですね」
「え? お兄さん、計算出来るの? エリスさん、合ってます?」
「ええ、合ってるわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、金貨十五枚に銀貨が三十枚と銅貨三十五枚ですね」
「はい、じゃここに置くから数えてくださいね」
ソルトがカウンターの上のトレイに指定された金額の硬貨を並べる。
店員がそれを数え終わると、確かにとトレイの上の硬貨をしまう。
「あと、ボリスさんに頼んだ分があるんだけど、それがいくらか聞いてないんです。悪いけど、確認してもらえますか?」
「あ~またやったんですね。もう、ちゃんと金額を確認してからにしてくれって言ってるのに」
「また?」
「あ、すみません。ボリス親方は自分の好奇心が勝っちゃつと値段のことを気にせずに突っ走る時があるんです。ちょっと、確認してくるんで待ってもらえますか?」
「あ~じゃあ、ここに金貨を五枚置いていくんで足りなかったら言って下さい。それでいいですか?」
「それは助かりますが、いいんですか?」
「いいですよ。それにエリスのことは分かるんでしょ。なら、エリスに連絡してくれてもいいですし」
「分かりました。では、そうさせてもらいます。ありがとうございます」
店員がソルトにお礼を言って、金貨五枚を預かることになった。

「ねえ、私も武器を選んでみたんだけど、誰も確認してくれないの?」
「あら、決めたのね。なら、そこで振ってみなさい」
「ここで振るのね」
エリスの指示で、レイが言われた通りに振ってみる。
昨日のドーピングで剣術スキルを取得したおかげで、意外と器用に振れている。
「いいんじゃない」
「分かった。じゃ、武器はこれにして……防具は私もソルトと同じのでいいわ」
店員がレイに頼まれるが、少し顔が赤くなっている。
「どうしたの? 選んでくれないの?」
「いえ、その前にサイズを確認したいのですが、僕が計測するんですか?」
「当然でしょ? 店員はあなた一人みたいだし」
「エリスさん……」
「分かったわ。メジャーを貸して。私が測るから」
「お願いします!」
エリスがまだ赤面している店員からメジャーを受け取るとレイの胸囲、腰回りを計測し店員に伝える。
「え? そんなに」
エリスから伝えられた店員がまた赤面するが、気を取り直して在庫のサイズを確認する。
「あ! やっぱり」
「ねえ、どうしたの?」
「すみません。今、在庫を確認したんですが、サイズが合う物が見つかりませんでした。申し訳ありません」
「ねえ、サイズオーバーなら、直せるんじゃないの?」
エリスが店員に確認するが、店員が言うにはレイのサイズを上回るのはないとのことだった。
「ふふふ、エリスなら選び放題なのにね。あ~なんでこんな罪作りな体になってしまったのかしら」
「別にどっちでもいいけど、レイの分は俺に借金だからね」
「……はい」
レイがエリスを挑発するように言うが、ソルトの言葉にレイが冷めてしまう。

「あのお姉さんのを作るのなら、特別注文という形になってしまいますので、料金の方も……少々高くなりますが」
「どうするの、レイ? 本当に罪作りな体ね~」
エリスがさっきのお返しとばかりにレイを挑発する。挑発されたレイは、ぐっと堪えるとソルトの方を見る。
「店員さん、それでいいので注文をお願いします」
「分かりました。では、三日後にはお渡し出来ると思います」

ソルトがレイの分の会計を済ませると、メモ帳を取り出し『五月二十五日水曜日 レイ 金貨五枚 銀貨三十五枚』と記入する。

ボリスの店を出ると、少しお昼を回ったくらいの時間になった。
「ねえ、お腹減った」
レイがそう呟くが、ソルトとレイの二人はなにも聞こえないかのように先を歩く。
「ねえ、お腹が減ったって言ってるの!」
レイが再度、語気を強めてそう言うとソルトが立ち止まって振り返り、屋台を指差し勝手に食えとだけ伝えると、ギルドに向かって歩き出す。

ソルトに言われ、奢ってもらうつもりだったレイはバッグの中に入っている革袋の中身をこっそりと確認する。
「銅貨ばっかり。これでなにが食べられるってのよ!」
一人憤慨するが、屋台で売られているのもなんの肉なのか、レイにはさっぱり分からないので下手に手を出すのも怖くなる。
「あ~もう、分かったわよ!」
なにが分かったのかは分からないが、今の状態ではまともな食事が取れないと言うことだけは分かったので、先を歩くソルト達に追いつこうと少しばかり早足になる。

その時、レイは少し柄の悪い冒険者風の四人の男とすれ違う。
「お、姉ちゃん待ちな!」
「……」
「おい、お前だよ、お前!」
「……」
「この野郎、兄貴が呼んでるだろうが!」
「……」
「いいから、止まれって! 止まって下さい!」
「……」
「こいつ、とことん無視する気だな! いい度胸じゃねえか!」
「……」
レイは後ろの騒ぎが少しずつ大きくなるのが気になるが、今はソルト達に追いつくのが先と考え、後ろの騒音は気にせずに少しだけ早くする。

ギルドにソルト達が入る前にレイが追い付くと、一緒にギルドへ入る。
「おう、遅かったな。ソルトはちゃんと防具も装備してきたか。ん? 嬢ちゃんはどうした? 剣だけか?」
「私のは特別注文になるから、時間がかかるって言われたの!」
「そうか、まあいい。で、どうする? 依頼を受けるか?」
「あ、その前に飯いいですか?」
「飯だと」
「ええ、ダメですか?」
「まあ、いいか。俺も付き合おう。それに俺の剣も補修中だしな。じゃあ、今日はやめとくか」
「あ、それと後で、ゴルドさんとギルマスに聞いてもらいたい話があるんですけど、いいですか?」
「話か。それは面倒なことか?」
「まあ、概要だけなら食事しながら話しますよ」
「そうだな」
ゴルドと軽く話してギルド内の食堂へと向かうソルト一行に声を掛ける連中が現れる。
「待てって、言ったのに……ハァハァ」
「「「ハァハァハァ」」」

しかし、ソルト達は気にすることなく食堂へと向かうが、息が荒い一人の男がレイの肩を掴み待てと言う。
「なに、この変態!」
いきなり『ハァハァ』と息が荒い男に肩を掴まれたら、レイの反応は正しいと言えるだろう。
だが、レイに振り向き様に平手打ちを喰らった男は、そのままギルドの床を転がりカウンターにぶつかりようやく止まる。
「なんだ? レイ、揉め事なら勘弁だぞ」
「あんな変態、知らないわよ!」
「そうか? でも、向こうはお前のことを知ってるみたいだぞ?」
「え~こんなところでストーカーなの?」
「見たところ、相手も冒険者のようだな。だが、来たばかりのお前らの知り合いとも思えんな。おい、嬢ちゃんになんのようだ?」
「「「げ、ゴルド!」」」
「ほう、俺のことは知っているようだな。で、もう一度聞くが、嬢ちゃんになんの用だ?」
警備隊隊長のゴルドの顔はこの街の住人であれば、一度は見たこともあるだろうし、覚えていても不思議ではない。
だが、ゴルドの方は特に特徴もなにもない、単に少しガラの悪い四人組の男など覚えているはずもなく。

「いや、俺達は別に……」
「そ、そうだぞ。兄貴はそこのおん……お嬢さんに一目惚れしたからお茶に誘いたかっただけだし」
「そうだぞ、おじさんじゃなく、おん……お嬢さんに用事があるだけだ。おじさんは引っ込んでろよ!」
「ほう」
ゴルドが威圧混じりに男達の顔を見回す。暗に顔は覚えたからなと言う様に。

「ふぅ。まあ、このままじゃ引かんだろうな。おい、レイ!」
「なに? ゴルド」
「レイって言うんだ……」
「「レイちゃん……」」
ゴルドになに名前バラしてるのかなと、怒気混じりに返事をするレイ。

「そこの特訓場で、こいつらの相手をしてやれ。お茶よりもそっちの方が、こいつらも嬉しいだろうしな」
「え~なんで私が! もう、お腹が減って動きたくないくらいなのに!」
「こいつらの相手をして、無傷で終われば俺が昼飯を奢ってやろうじゃないか。どうだ?」
「それ、本当?」
「ああ、本当だ。証人なら、ここに腐るほどいるしな。どうだ?」
「分かった! ほら、あんた達、訓練場に行くわよ!」
「「「へ?」」」
「後、そこの寝てるのも忘れない様にね。返事!」
「「「はい!」」」
「行くわよ!」
「「「はい!」」」

ソルトとエリスは、レイ達の騒ぎを見ていたが、訓練場の方に消えたので、ソルト達も食堂へと向かう。
ゴルドはソルト達も訓練場へ行くものと思っていたから、その様子に驚き声をかける。
「ソルト、心配じゃないのか?」
「ゴルドが見てくれるんでしょ? それに今のレイなら即死以外は心配することはないから、大丈夫でしょ。じゃ、俺達は昼飯なんでお願いしますね」
「ゴルド、ちゃんと見て後で解説してね」
「……」
ソルト達の態度に少し呆気に取られながらも、まあ心配するだけ無駄かとゴルドもソルト達を引き止めずに訓練場へと向かう。

訓練場に向かうとレイが手に剣を持っていたのを見たゴルドが、レイに木剣を使えと言う。
「え~なんでよ。買ったばっかなんだし、試したいじゃん!」
「試すのはいいが、あんなのでも殺したらお前も罪に問われるんだぞ。それが嫌なら、木剣にしとけ」
「捕まるのはイヤだな。しょうがないか~」
レイが剣を鞘に収め、訓練場の端に用意されてある木剣を手に取り、訓練場の中央の位置へ戻る。
「木剣だと!」
「「「兄貴、どうします?」」」
「あ~お前らは、そのまま自分の武器を使ってもいいぞ」
「な、ゴルド! お前まで俺達を馬鹿にするのか!」
「馬鹿にする訳じゃないが、木剣だと折られるか、切られるからな。一応、忠告はしたぞ。じゃ、始めてもいいか?」
「待て! 今、順番を決めるから」
「いらん、全員で行け」
「「「「はぁ?」」」」
「聞こえんかったか? 順番なぞ気にせずに四人で、まとめてかかれと言ってるんだがな」
「おい! ゴルド! いくら俺達でも女相手にそんな卑怯なことは……」
「なにを言ってるんだ? 男四人で女一人に声を掛ける時点で、立派な卑怯者だろうが。それに訓練場に呼び出されたと言っても、そこの嬢ちゃんが相手することは分かっていたんだから、それも男が女に仕掛けるのは、十分卑劣な行為と言えるだろう。だから、今更汚名の一つや二つ、増えても構わないだろうと思って、親切心で言ってるんだから素直に受け取っておけ。それに嬢ちゃんも問題ないようだぞ」
ゴルドに言われ、男達がレイの方を見ると、全員でまとめてかかると言うのに、なにも気にすることなくあくびまでしている。

「ねえ、まだなの~早く済ませて、お昼にしたいんだけど?」
「ほれ、ああ言うとる。早く、仕掛けんか!」
「くっ、こうなりゃ意地でも勝たなきゃ恥の上塗りだ!」
「「「兄貴……」」」
「そう、心配するな。いつも通りの手順だ。な、今まで通りにやるだけだ。後にはあのご馳走が待ってるんだからな。へへへ」
「「「そうだった。へへへ」」」
男達がレイの体を舐め回すように見ると、ゴルド達に挑発され、昂っていた気持ちを落ち着かせ、レイと向き合う。
「じゃ、いいんだな?」
「ああ、いいぜ」
「よし、では始め!」
ゴルドの掛け声と共に男達がレイを目がけて剣を抜き走り出す。
そしてレイはと言えば、それを目にしてもやっと来たと少し構え直す程度で、男達が迫って来るのを待つだけだった。

やがて、一番小柄な男がレイの前で飛んだかと思えば、その身を宙でくるりと回転させると背中を切りつけようと、剣を振るうが振るった先にいるはずのレイが、いつの間にか男の背面に立ち、そのまま木剣を横に振り払う。
「まずは一人」
「チッチがやられた!」
「まずいな。今までチッチの攻撃が外れたことはなかったのに……」
「兄貴、どうします?」
「所詮、女だ。数には叶うまい。俺はこのまま正面から仕掛ける。お前達は左右から挟み込め!」
「「へい!」」
レイが散開する男達を見て、少しは頭を使うのねと不敵に笑うとレイは右の男に向かって走り出す。
「へ? こっちに来る」
「誰も動かないとは言ってないわよ?」
男は慌てて、走りながらも剣を振りかぶるが、そのガラ空きになった胴をレイにそのまま振り抜かれ、チッチと同じように地面を転がり続ける。
「これで二人。で、残りも二人」
レイがそう呟くと今度は左側から迫って来る男の方へと走る。

「げ、こっちに来やがった」
男が慌てて剣を上段に構えようとするが、さっきやられたばかりのルーザーを見てたので上段はやめ、正眼に構え直す。
「へえ、ちょっとはやるみたいね」
レイはそういうと、正眼に構えた剣を木剣で弾き飛ばす。
「へ? あれ? 俺の剣……ぐっ」
レイが振り抜いた木剣を返して胴を振り抜くと、剣を飛ばされ呆然としていた男は今までの男と同じように地面に転がる。

「これで三人。で、残りはあんた一人ね。どうする? そっちが仕掛ける? それとも私から行く? どっちでもいいわよ」
「ぐっ」
男は一瞬、剣を持つ手をだらりと下げると、逆の手でナイフを投げる。
レイがそのナイフを木剣で弾き、危ないと思っていると、男がレイのすぐ側まで迫っており、まさに剣を振り下ろそうとしていた。
「甘いわね」
「ぐっ」
レイが言うと同時に振りかぶりガラ空きになった胴に木剣を叩き込み、そのまま振り抜く。
「これで終わりっと。ゴルド、見てたよね? これで、お昼は約束通りご馳走してもらうわよ」
「ああ、なんでも食え」
レイはゴルドに約束の昼食を確認すると鼻歌交じりに訓練場を出ようとしたところで、『キン』と背中で金属音がしたことに気付き振り返ると、そこにはナイフが転がっていてレイがそれを持ち上げると、刀身になにやら液体が塗られているのが分かった。

レイはそのナイフを持ったまま、兄貴と呼ばれた男に近付く。それを見たゴルドはヤバいと思い、近くにいた男に守備隊の連中を呼んでくるように頼むと急いでレイの元へと駆け出す。

「ねえ? これってなんのつもり」
「知らねえ。俺はそんな物は知らない!」
「そう。じゃあさ、これでちょっと切ったら、正直になれるかな? ねえ、どう思う?」
「ひ、人殺し!」
「なんで、単にナイフでちょっと切るだけじゃないの。あ! もしかして、このナイフに塗られているのがなにか知っていたりとかする?」
「し、知らない。そんなのは知らないって言ってるだろ!」
「あれ? でも、さっきちょっと切るって言っただけなのに私のことを人殺しって言ったわよね?」
「い、いやそれは……」
レイの詰問に男が口ごもる。
「なんだ、話してくれないんだ。じゃあ、やっぱり体に聞こうかな?」
ナイフを振りかぶろうとしたレイの手をゴルドが抑える。

「その辺にしとけ。今、警備隊の連中が来る。そのナイフの件といい、こいつらには聞きたいことが山ほどある。出来れば、殺すのは待ってほしい」
「もう、遅いわよ! もう少しで私が人殺しになるところだったじゃない!」
「悪かった」

「ゴルド隊長、お待たせしました!」
「おお、来たな。寝転がっているそいつらを捕縛してくれ」
「こいつらですか? でも、罪状は?」
「これだ」
若い守備隊の隊員にゴルドがナイフを渡す。
「証拠品だからな。後、毒が塗られているから扱いには気を付けるんだぞ」
「毒ですか?」
「ああ、前に女の冒険者が乱暴され、毒殺される事件があっただろ?」
「ありましたね。その冒険者は腕が立つと評判だったので、皆が不思議がっていたのを覚えています」
「確か、背中に大きな傷跡があったな?」
「ええ、ありましたね。幸いにも発見が早かったので、魔物に襲われることもなく遺体もなんというか綺麗な状態だったので。で、それがなにか?」
「さっきな、俺が面倒を見ている嬢ちゃんが、しつこく声をかけてくるこいつらと立ち会ったのよ。俺は嬢ちゃんの訓練のつもりだったんだがな。こいつらは『いつものようにやるだけだ』って言ってたんだ」
「へ~それじゃ、こいつらは無謀にも隊長の前で、そのやり口を晒したって訳ですか」
「そういうことになるな」
「分かりました。では、連行しますね」
「頼むな」
ゴルド達のやりとりを黙って見ていたレイがゴルドに尋ねる。
「もしかして、悪い奴だった?」
「ああ、それもとびっきりな」
「へ~私ってば、やるもんだね~」
「相手が弱すぎただけだ。さっきも背中から食らっていたら、今ごろは墓の中だぞ」
「そうだよね。あいつが投げたナイフが硬い所に当たるなんてね。私ってばなんて運がいんだろうね」
「そうじゃないだろ……」
ゴルドがソルトのお陰だろうと言いたかったが、まあいいかと約束通りに昼飯を奢るためにレイと一緒に食堂へと向かう。
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