上 下
6 / 132
序章

第6話 森を抜けましょう

しおりを挟む
陽が翳り始め、鬱蒼とした森の中は暗く恐いとレイは感じているが、ソルトはまるで遠足にでも来たようにどこか飄々としている。
『どうにかして、コイツと一緒に森を抜けないと。攻撃手段を持たない私には、さっきの魔物でさえ勝てないわ』
レイがどうにかして、ソルトを引き止めようとするがソルトはそんなレイを気にすることなく、森の中へと入って行く。

「だから、ちょっと待ってって、言ってるじゃない!」
「着いてくるなら好きにすればいい」
「はぁ? だから、なんでそうなるのよ! 少しはかよわくて可愛い私を守ろうとか思わないの?」
「思わない」

レイが先に歩くソルトの背中を追いかけながら文句をいい続けていると、急にソルトが立ち止まったためにソルトの背中に顔をぶつけてしまう。
「ちょっと、なんなの急に……」
「開けた場所に出たな」
『ここに簡易的な家を作ればいいと思います』
「へ~でもどうやって?」
『建築スキルを取得しました』
「ん?」
『土魔法と併用すれば、小屋程度ならレベルが低くても作れると思います』
「なるほどね。『建築ビルド』」
ソルトが唱えると、そこには四畳半一間くらいの部屋しかない小屋が建っていた。
「これでよし! じゃ、おやすみ」
「へ? 待ってよ! 私はどこで寝るのよ!」
「勝手に着いて来たんだから、その辺で適当に寝れば?」
「待ちなさいよ! そんなの冗談じゃない! それをよこしなさいよ。っていうかここは女性に譲るものでしょう!」
「そうなの?」
「そうよ! 分かったなら、どいて! ふん、なによもう」
ソルトはレイの手で小屋の外に放り出されると、小屋の扉が閉められるのを呆然と見ている。
「ま、いいか。貸し一と」
バッグからメモを取り出し、『レイ 貸し一 小屋を取られる』と書く。

「じゃあ、こっちに新しく作るか」
『土魔法と建築魔法のレベルが上がったので、平家なら風呂トイレ付きに出来ますよ』
「そう? じゃあ、それにしようか。『建築』」
ソルトが唱えると、さっきの小屋の横に少し大き目の小屋が建つ。
「お邪魔しま~す」
ソルトが扉を開け、中に入ると通り土間に洗面台にトイレ、それと奥には猫足の浴槽が存在していた。
「へ~いいね。まずはトイレだな。もう、公園で飲んだアルコールが……」
思い出したようにソルトの尿意が存在感を増して来たので急いでトイレに入ると便器に座り用を足す。
「なんで、この世界に来てまでも座りションか~癖づいているのは、世界が変わっても一緒だな。コイツのサイズも……」

用を足しスッキリしたソルトは風呂を用意しようとするが、どうやってすればいいんだと考える。
『右手に水魔法で水球、左手に火魔法で火球を準備して両手を重ねればお湯になるはずです』
「そうか、ルーちゃんさすが!」
『ルーちゃんとは?』
「君の名前だよ。いつまでも名無しのままじゃ呼びづらいでしょ?」
『ルー……ですか』
「そう! スキルのルーちゃん。単純でごめんね。落ち着いたら、もう一度考え直すからさ。仮の名前ってことでね」
『いえ、いいです。このままで、ルーがいいです』
「そう? まあ、喜んでくれているならいいや」
『喜ぶ?』
「違った? 声の調子が喜んでいるみたいだったからさ」
『喜ぶ? これが……喜ぶ。ふふふ』
「お! 笑ったね」
『笑ったって、私がですか?』
「あれ、さっき声に出して笑っていたよね?」
『気づきませんでした。失礼しました』
「なんで、謝るかな? いいじゃん、感情が芽生えてきたってルーも自分で言ってたし。だから、ルーも成長しているんでしょ?」
『成長……ですか、私が……』
ある日、いきなり訳も分からずに気が付けばソルトの脳内に存在し、ソルトがスキルを覚えたりなにか疑問に思ったことに対し答えるだけの存在だった筈の自分に自我が芽生え、感情が生まれルーは戸惑いを覚える。
『なぜ、私に感情が……』
「別にいいんじゃないの。そんなに難しく考えなくてもさ」
『でも……』
「そのおかげでルーとこうやって話も出来るんだしさ。それとも前の方が良かった? 元に戻りたい?」
『いえ! 絶対に戻りたくはありません! あっ……』
「ふふふ、それでいいんじゃないの。じゃ、俺はお湯に挑戦するとして……右手に『水球』、左手に『火球』と。ここまでは出来た」
『あの~』
「なに?」
『火球は小さくしないと、水が蒸発すると思うんですけど……』
「それもそうか。ありがとうね。でも、どうやって小さくするんだ?」
『コホン、では失礼して』
ソルトの頭の中でルーが畏まったように見えた。
『魔力操作スキルを取得しました』
「おうふ……」
『これで、火球を小さく出来るはずです。試してください』
「よし、モノは試しだ。やってみるか」
ソルトは左手に展開したままの火球に対し、小さくなるように念じてみる。
すると、左手の火球がバスケットボール大から軟球くらいまで小さくなる。
『まずはその大きさで試してみてはどうでしょう?』
「そうだな、じゃ『合体』と」
『給湯スキルを取得しました。これから便利になりますね』
「うん、そうだね」
猫足の浴槽を給湯スキルを使いお湯で満たしていく。
「そろそろかな」
ソルトが浴槽のお湯の温度を確かめると服を全部脱ぎ、かけ湯をしようとしたところで桶がないことに気付く。
「あれ、しまったな」
『桶なら、土魔法で生成出来ますよ』
「え? でも土ならお湯で溶けるんじゃないの?」
『いえ、土魔法で作ったものを圧縮すると岩のようになりますから、お湯くらいじゃ溶けませんよ』
「そうか、じゃ試してみるか。『造形モデリング』」
ソルトの手に土魔法で作られた直径十センチメートルくらいの手桶が握られている。
「やっぱり、溶けるな」
『それを圧縮してください』
「圧縮って、どのスキルなの?」
『土魔法で唱えて下さい』
「土魔法ね。じゃ『圧縮コンプレス』と」
ソルトが唱えると手に持っていた手桶が固くなり、ソルトが手桶を軽く弾くとコンコンと乾いた音がする。
「これで溶けることはないかな。じゃあ、使ってみるか」
ソルトが手桶を使い、浴槽の中のお湯を救ってかけ湯をする。
「あ~いいね。やっぱりお風呂だよね~」
ソルトがかけ湯で汚れを軽く落とすと、浴槽の中にゆっくりと身を沈める。
「ふぁ~いい気持ちだね~ふふ~ん」

ソルトが風呂から上がり、風魔法で濡れた体を『乾燥ドライ』で乾かす。
「あ~さっぱりした。でも、今は着るのがこれだけなんだよな~」
『洗ってみてはどうですか?』
「洗う? どうやって?」
『水魔法の洗濯ウォッシュです』
「分かったよ。『洗濯』」
ソルトは脱いでその辺に置いていたスーツや下着類に向かってスキルを唱えるとスーツや下着類がキレイになった気がするが、びしょ濡れのままなので、ソルトは『乾燥』を唱えると、びしょ濡れだったスーツや下着類から水分が抜け乾いた状態になる。
「うん、これで着られる。あとは寝るところだけど、地面に直接は嫌だな。じゃあ、土魔法で台を作って固めればいいか」
ソルトは土魔法を使い、土で固められたベッドを作成する。
「まあ、ないよりはいいか」
ソルトは横になると畳んだスーツを枕にして、目を閉じる。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【本編完結】隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として王女を娶ることになりました。三国からだったのでそれぞれの王女を貰い受けます。

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさんでも掲載中。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...