挑発

ももがぶ

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第一章 疑念

第七話 所轄

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 警視庁に向け車を向かわせようとしていた坂本に対し、山本は寄り道をしたいと伝える。
「分かりました。行き先は所轄署ですよね」
「ええ、そうです。あれ? 言いましたか」
「いいえ。ですが、ここまで来てそのまま警視庁に帰るのも勿体ないと私も思っていました。なので、山本さんが何も言わなければ、私の方から寄り道を提案しようと思っていました」
「そうですか。では、行きましょうか」
「はい!」

 坂本は山本と同じ考えだったことに少しだけ嬉しくなり、少しだけ気分が高揚するが、山本はその逆に何やら難しい顔で考え込んでいる。

「山本さん、何か気がかりでも?」
「ええ、まだ細い糸ですが、なんとなく今回のトップの裾を踏めそうです」
「えっ何が分かったんですか?」
「とりあえず、所轄署に向かってからにしましょう。そこで私の考えもお話し出来るかと思えます」
「分かりました。絶対ですよ」
「ええ、ちゃんと話しますよ。出来る限りですがね」
「……」

 坂本は山本の言葉に念を押すように頼むが、山本は飄々とした態度でそれを受け流すのだった。

 やがて、所轄署に着くと受付に向かい身分証である警察手帳を見せてから、中学で起きた事件の担当者に会いたいと話すと「少々お待ち下さい」と山本達に伝え内線電話の受話器を取りどこかへ連絡する。

 坂本は山本に対し「捜査資料に担当者は書かれていましたよね」と確認すれば、山本は「こういうのは手順を踏むのが最適だと考えています。まあ、ここは私に任せて下さい」とだけ言う。

 やがて受付の女性は受話器を置き、二階の捜査一課に担当の小林がお待ちしておりますと伝えると、山本達も受付の女性にお礼を言ってから、案内された階段を上がる。

 階段の上では「何をしに来た」とでも言いたげに山本達を観察する男がいたので、山本は「小林さんですか」と確認すると、その男は「ええ」とだけ答え、山本達を二階にある会議室へと通す。

「それで、警視庁の警部さん二人が一体なんの用でこんなところまで来たんですか?」

 二人から名刺を受け取った小林は二人の肩書き階級と顔を見比べながら、何をしに来たのかと確認する。

「加藤健のお兄さんから、『弟は無実だ』と訴えられているのはご存知でしょうか?」
「ああ、そのことですか。そのことなら、問題ありません。あれは誰がどうみても加藤健の犯行です。それで何も問題ないでしょう」
「「何も問題ない?」」

 小林の返答に山本達は声を揃えて、小林の言葉を繰り返す。そして、坂本が小林に対し「何も問題ないとはどういうことですか?」と噛みつく。

「……別に大したことではありません。言葉通りの意味ですよ。あれは加藤健の犯行です。それ以外に有り得ません。そういうことなので、お引き取りを」
「では、足跡に対して確認してもよろしいですか?」
「足跡?」
「ええ、そうです。現場には足跡が死亡した二人の他に二名の足跡、つまりは現場には四名の足跡が残されていました。ですが……その名前はどこにも記載がありません。これはどういうことでしょうか?」
「ちっ……」

 山本の追及に対し、小林は小さく舌打ちをすると「それが何か」と平然とした態度で応対する。すると山本はふぅ~と嘆息すると「私は人を貶めるようなことは嫌いなのですが」と小林に断ってから、話しだす。

「でしたら、こちらの鑑識の方は鑑識としての技術力が低いのですね。こんな写真からも明らかに分かるのに」
「どういう意味でしょうか?」
「おや、小林さんもお分かりになりませんか?」
「だから、どういう意味だと聞いているんです」
「ここ。この足跡は死亡した二人の足跡の下にあります。いいですか? 私でもこの写真からそれは読み取れるのです。なので、私はこれを警視庁の鑑識、及び科捜研に対して再鑑定をお願いしようかと考えているところです」
「ぐ……」

 山本が話す内容に小林は口籠もる。坂本はそれを見ながら、必死に笑いを堪えている。

 もう少しで被疑者死亡で方が着いた事件に対し警視庁の人間が出しゃばり、剰え再鑑定を行うと言うのだ。だが、そんなことをされてしまえば、山本が言ったように鑑定結果は覆ることとなるだろう。しかし、それを小林が認めてしまえば、今まで隠そうとしていたことが水の泡となる。

 そして坂本はさっきまで鷹揚にしていた小林の様子が今は小さくなっているのだから、おかしくてしょうがないのだ。

「よろしいですね」と山本が小林にそう言い渡すと小林は首を横に振り「ダメだ。そんなの許せる訳がない」と言うが、坂本が横から口を挟み「警視庁主導で再捜査しますので」と言えば「どうして」と小林は信じられないといった顔になる。

「今日はそのことを伝えるためにここまで来ました。あ、それとこれから私達の資料請求に対し、なんの理由もなく断るのであれば、それは全て記録されることとお思い下さい。いいですね、これから先も定年まで立派に勤め上げたいのであれば、私が言っている意味が分かりますよね」
「……言われていることは理解出来ます。ですが」
「ですが……なんです?」
「もう、犯人は確定しています」
「そうですか。では、それも込みで再捜査することに異存はありませんね」
「……」
「まあ、いいです。繰り返しになりますが、資料は隠さずに提出して下さいね。特に足跡の主については早急にお願いしますよ。では、坂本さん、お暇しましょう」
「はい、分かりました」

 所轄署を出て車に乗り込むと、坂本はそう言えばと山本に切り出す。

「結局、教えてもらえませんでしたよね?」
「あれ、そうでしたか?」
「そうですよ。約束したのに」
「まあまあ、資料室に戻ったら、ちゃんとお話しますよ」
「本当ですね?」
「ええ、本当です」
「分かりました。じゃ、出しますよ。寄り道もなしでいいですよね」
「はい、お願いします」

 坂本はどこか納得いかない気持ちを隠しもせずに車を警視庁へ向けて走らせるのだった。
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