挑発

ももがぶ

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第一章 疑念

第六話 現場

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「ここがそうですね」

 山本の案内で車を校内へと滑り込ませると、「来客用」とある駐車場に車を止めてから二人は車を降りる。

「随分と生徒が少ないですね」
「時期的に春休みなんでしょうが、それにしても確かに少ないですね」

 事務室の受付窓口で警察であることを伝え、先日起きた事件のことを聞きたいと伝えると、受付の奧で対応してくれた事務員が内線電話を取ると、誰かに警察が来たことを伝え終わる。

「すみません。説明出来る者が来ますので、少々お待ち下さい」
「分かりました。ありがとうございます」

 山本が事務員にお礼を言って、暫くすると階段の上の方からパタパタと軽いリズムで誰かが下りてくる雰囲気がしたので、そちらに目をやると「お待たせしました」と挨拶してきたのは、まだ年若い教員だった。

 見た目は二十代前半を超えたか越えないかくらいにしか見えないので、おそらく新卒で採用されたのだろうと思える。

 その女性はシンプルに白いシャツに膝下までのパステルグリーンのフレアスカートという出で立ちだが、背はそれほど高くもなく髪型も黒髪ストレートのおかっぱなのがより、幼さを醸し出しているような気がしないでもない。

「あ、始めまして。私は英語を担当しています。小野 杏子おの きょうこと言います。あの、本日はどのようなご用件で……」
「はい、本日お伺いしたのは、現場を見せて頂きたいと思いまして。構わないでしょうか?」
「え? ですが、もう警察の方の調査は終わったとお聞きしていますが?」
「はい。ですが、加藤さん……あ、失礼。え~と、犯人とされている『加藤健』君のお身内の方からですね、『弟はやっていない』と訴えがありまして、それを確認するために私達が派遣されました」
「はぁ~そうなんですね」
「ええ、被疑者とされていますが、家族の方からの訴えを無視する訳にはいかないので、こうして我々が動いている訳なんです」
「そうなんですね」

 山本の当たってはいるが遠からずな受け答えを教員の小野は素直に受け止めたようだ。

「案内をお願いしてもいいですか?」
「はい、こちらです」

 小野は山本達を現場となった体育館内へと先導する。

「失礼ですが、小野先生は加藤君と面識はあるのでしょうか」
「そうですね、個人的にどうこうというのはありませんが、受け持っているクラスの一人ではありますね」
「そうですか。つまりは顔見知り程度だということでしょうか」
「はい、その認識であっています。あ、ここですよ」

 話している内に体育館の前まで来たので、入口で靴を脱ぎ、小野が用意してくれた来客用のスリッパに足を通すと「こちらです」と言う小野の案内に従う。

「ここがそうですか……」
「はい」
「現場を発見したのは用務員の方が戸締まりをしに来た時に気付いたとありますが」
「ええ、私もそう聞いています」
「では、加藤君が虐められていたというのはどうですか?」
「イジメですか」
「ええ、加藤君は殺害された宇都宮君に虐められていた腹いせに仕返ししたというのが、今の警察の見解です」
「うそ……はっ」

 山本が加藤健が虐められていたと言うと、小野は短く「うそ」と確かに言った。そしてそれを聞いた坂本が小野に確認する。

「小野先生、『うそ』というのはどういうことでしょうか」
「あ……すみません。ただ、宇都宮君が加藤君を虐めていたと言うのになんというか、不自然な感じがしてしまって……」
「不自然……ですか」
「ええ、少なくとも加藤君と宇都宮君は仲良くしていたハズですので」
「仲良し?」
「はい」
「すみませんが、そのことは警察にお話しされていますか?」
「ええ、こうやって職員含め全員が一人ずつ警察の方にお話した時に言いました」
「「……」」

 小野の言葉に山本達は互いに顔を見合わせて唸ってしまう。

「すみません、誰に話したか覚えていませんか?」
「いえ、そこまでは……」
「分かりました。ありがとうございました」

 山本は小野に礼を言うと、少し気になっていたことを尋ねる。

「後一つだけ、いいですか」
「はい、なんでしょう?」
「まだ、春休みには早い時期だと思いますが、何か理由があって生徒数が少ないんでしょうか?」
「あ~えっとですね。あの事件が卒業式当日に起きたのもあって、沈静化を図るために学校自体は春休みを一週間早めたんですよ。ですから、今は部活目的の生徒だけが登校しています」
「なるほど。では、同級生の方から話を聞くのは難しそうですね」
「そういうのは出来ればご遠慮願いたいのですが」
「ははは、確かにそうですね。では、先生方にお話をお聞きするのは問題ないでしょうか」
「それは私にはなんともお答えしづらいのですが」
「分かりました。その件についてはこちらで持ち帰りましょう」

 そう言ったところで山本は坂本を見るが、坂本も大した情報を拾えないと思ったのか黙って頷く。

「今日はありがとうございました。また、お伺いすることもあるかと思いますが、その時はよろしくお願いします」
「お願いします」
「あ、はい。私でよければ……」

 小野にお礼を言って校舎を後にする山本だったが、車の助手席のドアを開けながら、呟く。

「加藤君と宇都宮君は仲良し……か」
「そう言ってましたね」
「じゃあ、その話がウソかホントかってのが焦点なんでしょうか」
「そうですよね。もし仲良しがホントなら、どうしてその二人が殺されなければならなかったのか」
「ええ。もし嘘なら、誰がその嘘を広めたのか……と、いうところでしょうか」
「クサいですね」
「ええ、とっても……」

 二人を乗せた車は校舎の敷地を出ると、警視庁へと戻るのだった。
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