挑発

ももがぶ

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第一章 疑念

第三話 印象

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 目的地に着くまで一時間と少しだと考え、山本は坂本が運転する車の助手席でタブレットを開き捜査資料の中から中学生の刺殺事件を取り出し読み始める。

「山本さん、一人で読まずに私にも教えてくださいよ」
「ふふふ、まだ読み始めたばかりです。それに危ないので運転に集中して下さいね」
「絶対ですよ」

 坂本は助手席で捜査資料を読み込む山本を脇目に少し不機嫌そうにしながらも目的地へと車を走らせる。

「ここですね」
「ええ。住所だとあの家ですね。うわぁ~イタズラ書きにペンキ掛けられたりやりたい放題ですね」
「正義厨って連中の仕業ですかね」
「それもありますけど、これが意外とご近所ってのもあるんですよね」
「おや? それはまたどうして」
「集団の中で一人だけしないと、今度は自分が標的になるんですよ」
「あ~確かに。そういうの聞いたことありますね」
「ええ、イヤになります」
「まあ、ここで話していてもしょうがないので行きますか」
「はい」

 二人は車を降りると、こちらに注目している報道陣の中に突っ込む。

「はい、どいて下さい。通して下さいね。あ、坂本君はここにいる人達から名刺を頂いて下さいね」
「名刺ですか?」
「ええ、お願いします」
「はい。じゃあ、あなたからいいですか。はい、ありがとうございます。じゃ、次……はい、次」

 坂本が家の回りにいた記者やカメラマンまで名刺を回収しているのを横目に山本は門扉を開くと玄関の前に立つ。

 山本が玄関横の呼び鈴を押すと家の中から『ピンポ~ン』と聞こえたのを確認してから玄関扉を『コンコンコン』と軽くノックをしてから、家の中に呼び掛ける。

「加藤さん、警察の者です。少しお話を伺いたいのですが……」

 少しして家の中から足音が聞こえると玄関扉の向こう側で止まる。

『なんの用?』
「はい。昨日の件と、弟さんのことで詳しくお話を聞きたいと思いまして」
『名刺』
「はい?」
『いいから、名刺をそこの郵便受けから入れて』
「分かりました」

 山本は言われた通りに名刺入れの中から名刺入れを一枚抜き取ると、それを玄関扉の郵便受けに入れる。

 名刺を入れると同時に抜き取られ『カシャン』と軽い金属音が鳴る。

『ちょっと待ってろ』
「はい」

 玄関扉の向こうで足音が遠ざかると『トントントン』と小刻みに音がすることから、山本は二階に自室があるんだろうなと想像する。

 そんなことを思っていると坂本が束になった名刺を抱えて玄関へとやって来た。

「はい。言われた通りに貰ってきましたよ。でも、どうするんですか? こんなの……」
「ふふふ、ありがとうございます。まあ、使い途は色々ですよ。色々とね」
「はぁ」
「あ、坂本君も名刺持ってますよね」
「ええ、ありますけど。それが?」
「じゃあ、一枚をそこの郵便受けに入れて下さい」
「え?」
「どうやら、ここの住人は名刺集めが趣味のようで『違うぞ』……あ、違いましたか」

 山本が坂本に名刺を取り出すように言っていたら、玄関扉の向こうからソレを否定する声が聞こえてきた。すると『カチャン』と鍵が開けられる音がして続いて『ガチャ』と玄関ノブを回す音がした。

「加藤さんですね」
「ああ、そうだ。あんたのことは調べさせてもらった。そっちのは『坂本警部』だろ」
「はい」
「あれ、なんで? まだ名刺は渡していないのに」
「だから、調べたって言っただろ」

 少しだけ開いた玄関扉の向こう側で若い男がギラついた目を覗かせている。そして名刺を渡した山本だけでなく横にいた坂本についても分かっているようだった。

「あんた達のことは分かったから、入れてやりたいが……今、玄関を開いたらアイツらがチャンスとばかりにカメラに収めるだろう。俺はそれがイヤなんだよ。だから、先ずはアイツらを追い払ってくれないか。昨日も近所から苦情が出ているって来たぞ」
「あ~そうです。その件も確認したかったんですが、切っ掛けはあなたでいいんですよね?」

 山本の言葉に玄関扉の裏側にいる男はニヤリと笑う。山本達からは顔をハッキリと認識出来ないが、口角の端が上がったのはなんとなくだが分かった。

「なんで俺だと?」
「ここに刑事と警察官が訪ねて来た後に新聞記者が警察官に殴りかかったんですよ。普通なら、先ず有り得ない案件です」
「そうなのか?」
「はい。それに昨日もこうやって同業者の方がいたでしょうから、尚更です」
「ほう、それで」
「私も本人達から事情を聞いた訳ではないので推測になりますが、私としてはこう考えています。あなたがさっきと同じ様に二人の警官について調べる。そして、その内容に対し暴行を加えた新聞記者に関連した内容があり、咄嗟に犯行に及んだのじゃないかと……どうでしょうか」
「くくく、あんたいいね。入れてやるよ。でも、その前にアイツらをどかすのが先だ」
「まあ、そうでしょうね。じゃあ、その仕切りは分かりますか?」

 山本はそう言って、さっき坂本が集めてきた名刺の束を隙間から差し入れる。

 玄関扉の向こう側にいる男はその名刺の束の中から、目的とする一枚の名刺を取り出すと山本に返してきた。

「多分、コイツが今日から仕切っているハズだ」
「分かりました。では、少し片付けてきますので。坂本君」
「あ、はい」

 山本は玄関扉の向こう側にそれだけ言うと、坂本と一緒にこの現場を仕切っているだろうと思われる一人の中年男性の元へと向かう。

「失礼、え~と太田さん。□□新聞の太田さんでよろしかったですか?」
「あ、はい。太田です。なんでしょうか?」
「ご近所から苦情が入っています。申し訳ないですが、ここから撤収してもらえないでしょうか?」
「はぁ? 何を言ってるんですか?」
「おや、聞こえなかったのでしょうか」
「聞こえてるよ! まだ、そんな歳じゃない!」
「では、お願いしますね」
「だから、なんでだよ!」
「ですから、ご近所の方からの苦情「そんなの知ったこっちゃねぇ!」が出てるんですけどね。そうですか、撤収することは出来ないと」
「ああ、そうだ。俺達もこれでメシ食わないとダメなんでね」
「じゃあ、しょうがないですね。坂本君、写真撮っといて。ちゃんと現場保存用にね」
「はい」

 坂本は山本に指示された通りにスマホを構えると、そこら中にいる記者やカメラマンをカメラに収める。

「おい、あんたら何やってんだよ。撮るのは俺達じゃなくて、あっちだろうが!」
「はい。ですから、公用地の不法占拠の現場写真をこうやって撮っているんですよ。何せ、ここは天下の公道だと言うのに不当に占拠されているって苦情が来ましたからね。苦情が来たからには我々警察としても動かない訳にはいかないんですよ。それこそ、税金泥棒だとなじられてしまいますからね」
「……いや、それは……でも、不法占拠は……」
「ですから、こうやってお願いしているのにどかないと言われてしまえば、不法占拠として立件するしかないんですよ。我々もツライ立場なんですよ」
「くっ……」
「それにあの家の方は何も話さないと言ってますからね、ここに黙って集まっているのも無駄になりますよね。なら、ここは一つ撤退して頂いた方が互いの為かと思いますが」
「あ~クソ、分かったよ。いいよ、帰るよ。帰ればいいんだろ、帰れば!」
「ええ、その方がいいと思いますよ。昨日の佐々木さんの件もありますし」

 山本のその言葉に太田がピタリと止まる。

「刑事さん、そのネタの何か掴んでんの?」
「いいえ。そのこともお聞きしたかったんですよ。どうなんですか?」
「チッ知らねえのかよ」

 太田は山本の言葉に面白くなさそうに舌打ちをする。

「それであなたは現場を見たのですか、見ていないんですか?」
「俺達が雑談していたら、刑事からスマホを渡されて、その後に警察官に殴りかかったってことしか分からねえんだよ」
「そうですか。じゃあ、撤退の件、よろしくお願いしますね」
「ああ、分かったよ。お前ら、今日はこれ以上は無理だと。引き上げるぞ!」
「あ、明日からも当分は控えて下さいね」
「……分かったよ!」

 太田は面白く無さそうに踵を返すと周りの記者達に帰るように指示を出す。

 当然、いきなり帰れと言われて面白くない記者達は太田に向かって質問するが、太田が口を歪めながら「摘発するって言われたんだからしょうがないだろ!」と強い口調で周りに言えば、問い詰めた記者達も「それは……」とか口籠もりながらも納得するしかないようで撤退の準備を始める。

 やがて家の回りから記者達が姿を消すと「念の為」と山本と坂本で別れて家の回りを確認し記者達が帰ったのを確認してから、門扉を開け玄関の前に立つと山本が呼び鈴を押す前に玄関扉が開かれ、若い男性が家の中へと招き入れる。

「やっぱ、あんた面白いよ」
「はぁ恐縮です」

 山本達が家の中へ入ると玄関扉はゆっくりと閉められ『ガチャ』と鍵が締まる音がした。
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