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第二章 動き出す何か

第十五話 名前はまだない

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 キュリの号令で船がキンバリー領を目指してゆっくりと船着き場から離れる。

「しかし、朝も早くから、こことキンバリーを往復していたら、こっちでも何やらあったらしいな」
「ふ~ん、キュリの方はなんだったの?」
「……俺から聞いたとは言うなよ。まあ、お前にも関係のない話じゃないかも知れないからいいか。あのな……」

 キュリが言うには、船着き場でゆっくりしていたら、いきなりクレイヴの爺さんの使いという衛士が五,六人現れると急いでキンバリーまで向かってくれと言うので、言われるままに急いで向かう。

 キンバリー領の船着き場に着いたら「しばし待て」と言われたので、これも大人しく指示通りに待っていると、手足を拘束された護衛騎士を連れて船着き場に現れた。

 キュリは隊長の来ていた鎧を覚えていたらしく連れて来られた騎士も同じのを着ていたのでこれは俺に何かあったなと思ったらしい。

「なあ、教えろよ」
「知らない方が面倒がなくていいよ」
「ちぇっ……なら、今朝の湖であった話を聞かせてくれよ」
「なんのこと?」
「お前は知らないのか?」
「さあ?」

 知らないどころか当事者その者だけど、今はそれをキュリに話すつもりはない。そう思っていたんだけど。

「それは俺のことだな」
「ん? 姉さんが関係しているのか?」
「ちょ、ちょっと、な、なにを言っているのかな~」
「コータ、お前がしたことだろ。お前が話さないのなら「わぁ~あ~あ~」……コータ?」
「おい、コータ……大丈夫か?」
「面倒だから、一回で済ませたい。キュリ、悪いけどキンバリー領の冒険者ギルドで詳しく話すから今はいろいろ聞かないでもらえると有り難い。ゴメンね」
「いや、それならいいんだけどよ……まあ、いいか。そろそろ川に出るから速度スピードを上げるぞ。いいか、しっかり捕まっているんだぞ!」
「何が始まるんだ?」
「いいから、船の縁をしっかり掴んでて」
「ふむ、掴んでいればいいんだな」
「掴んだな。じゃあ、行くぞ!」
「「「おお!」」」

 キュリの掛け声と共に船を押していたリザードマン達が一斉に『水流噴射ウォータージェット』を使用すると豪快な水飛沫を上げながら船は勢いよく走り出す。

 キンバリー領からクレイヴ領へは川を遡って来たが、今度はクレイヴ領からキンバリー領へと川を下るのも相まって速度は前に乗った時よりも結構速かった。

「やっぱり、川を下るだけあって速いね」
「ふふふ、俺よりは遅いがな」
「はぁ? なあコータ、このお姉さんは何を言ってるんだ?」
「……ちょっとイタイだけだから」
「イタイってなんだ?」
「コータ、俺はどこも痛くはないぞ?」
「いいから! ほら、着いたから降りるよ」
「コータ、待て。今寄せるから」

 船着き場にキュリが船を着けると、タロを先に下ろしてからお姉さんと一緒に降りる。

「じゃあ、キュリにも関係のない話でもないし一緒に冒険者ギルドで話を聞いてくれるかな」
「ああ、いいぞ。ちょっと待ってろ」

 キュリは他のリザードマン達と少しだけ話をすると俺達の方へと戻ってくる。

「待たせたな、行こうか」
「ああ、ハァ~気が重い……」
「そんなにか?」
「ああ、そんなにだよ。しっかり覚悟しといた方がいいよ」

 キュリは俺の話に『ゴクリ』と生唾を呑み込むと「帰ってもいいかな」と聞いて来たが、俺はキュリの腕をしっかりと握り『友達だろ』と優しく話しかける。

 キンバリー領の街門に近付くと見覚えのある男が俺に気付くとニヤニヤしながら手を振ってくる。

「ハンスさん、今日は門衛なんだね」
「そうだ。お前も色々とやらかしたみたいだな。お陰で俺も朝から忙しくさせて貰ったよ」
「ふ~ん、そう。お仕事頑張ってね」
「ちょっと、待て。そっちのお姉さんはどうした? お前の連れなのか?」
「そうだよ。通してもらってもいいよね」
「まあ、そうしてもいいが……面倒は起こすなよ」
「人聞きの悪い。俺は何もしていないよ」
「そうかも知れないけど一応は念の為にな」
「どうしたコータ? 黙らせるか?」
「お、おお、なんだ?」
「もう、いいから。お姉さんは大人しくしている約束でしょ」
「……そうだな」

 ハンスさんに殴りかかりそうになったお姉さんを宥めて大人しくさせるとハンスさんは身震いしながら「ホントにられるかもと思った」と「ふぅ~」と息を吐く。

「頼むから、俺が勤務している間は大人しくしといてくれよ」
「一応、努力はしてみるけど、あまり期待はしないでね」
「……わかった。あまりノエルに負担を掛けるなよ」
「分かってるよ」

 ハンスと別れ冒険者ギルドに入ると、中で屯していた冒険者のオッサン達が一斉に俺達に注目する。

「クサいな……」
「そういうこと言わないの」
「お帰り、コータ君。コータ君がそういうってことはもう慣れたのかな?」
「ノエルさん……」
「タロ様もお帰りなさい。それで、そちらはリザードマンのキュリさん……でよかったのよね。そして、そちらのお姉さんはどうしたの?」
「それも含めて話しておきたいことがあるから、ギルマスも呼んでもらえるかな」
「あら? またなの。まあ、いいけど。じゃあ、先にお部屋に案内するわね」
「お願いします」

 冒険者ギルドに入るなり、受付カウンターの外にいたノエルさんに見つかり、ギルマスに話したいことがあるからと部屋へ案内してもらう。

「じゃあ、ちょっと待っててね」
「はい、ありがとうございます」

 部屋に案内されるとキュリ、俺、お姉さんの順でソファに座る。

 しばらくして部屋の扉が開かれギルマスが現れる。

「俺に話しておきたいことがあると聞いたが、それは今朝の捕り物にも関係した話なのか?」
「ん、まあそれだけじゃないんだけど……」

 ギルマスは俺達の対面のソファに座ると開口一番にそんなことを聞いてくる。だけど、俺が話しておきたいのはそれだけじゃないんだと伝えると、今度は俺の隣の海龍神リバイアサンに目が移る。

「それは、その女のことか?」
「まあね。それも含めて俺一人じゃ抱えきれないからさ」
「……断れないのかな」

 俺がもちろん海龍神リバイアサンも含めての話を聞いて欲しいのだと伝えれば、ギルマスは聞きたくないとばかりに言う。しかし、ノエルさんがそれを遮る。

「ダリウス、多分だけど聞いておいた方がいいと思うわよ。他の人から聞くことになれば、どこまで本当なのかと疑いたくなる話でも当人から聞けば、それもなくなるでしょ」
「つまりはそういう話ってことかよ」
「……ゴメンね」

 確かに俺が話さなくても今回の捕り物からも色々と憶測も含めた話が噂話として世間に広まるのかもしれない。それよりは俺から全てを聞いていた方が、色々と衝撃も和らげるのではないかとノエルさんからの助けも入り、ギルマスは観念したようだ。

「あ~ったく。いいぜ、話せよ。これもお前と関わった縁だろうよ」
「ありがとう! じゃあ、話すけど引かないでね」
「少しは頑張ってみるけどよ。ほら、聞かせてくれ」
「うん、あのね……」

 俺は昨夜クレイヴの爺さんの前で話したことをギルマス達の前で話す。キュリは、そこまでの話を聞いて、王家のゴタゴタに自分達の部族が巻き込まれたということが分かり憤慨するが、どこに怒りを打つけていいか分からずイラついている。

 それに姫さんとの因果関係がハッキリとしている訳ではない。今回、捕縛された護衛騎士からヒュドラのことまで辿り着くのは難しいだろうと思う。

 闇ギルドの遺体はあるが、それが結果的に襲撃に繋げられるかと言えば、これもまた難しいだろう。闇ギルドから依頼者へと辿り着くのが難しいからなのだが。

「まあ、ここまでは分かった。護衛騎士の捕り物も納得だ。だけど、黒幕と標的は線で結べたが間を受け持った奴等が分からないと、そういうことでいいのか?」
「うん、まあね。王妃達がソフィアを狙って、護衛騎士も巻き込んでの襲撃で終わるハズだったけど失敗したから、ワルダネ領を封鎖してのヒュドラから追い出されたリザードマンを理由に迂回させようとしたみたいだったんだけどね」
「お前がヒュドラを討伐したことで、ソレも意味を為さなかったか」
「うん、そうみたい。だから、もしかしたら今でも迂回路に魔物使いと魔物が配置されているかもしれないね」
「そうか。そうだな、それは注意するように通達しておこう」
「そうですね。では、すぐにでも」
「ああ、頼む」

 ここまで話を聞いていたギルマスはソファの背もたれに身を預けると両腕を組み、俺を見据える。

「それで、こっちのお姉さんは何者だ?」

 やっぱり、ギルマスは何かを感じ取っているみたいだ。

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