上 下
3 / 56
第一章 さようなら日本、こんにちは異世界

第3話 ちょちょいのちょいなんです

しおりを挟む
『どうしましたか?』
「いや、だって異世界って言うから……」
『あれ? 言ってませんでした?』
「……」

 顎に右手の人差し指を当てながらあざとくキョトンとした顔を作る女神に対し少年は頷こうとしたが、今は体もなく魂だけの状態だったことを思い出す。

「だって早く死んで魂になれっていうから、僕はてっきり……」
『てっきり? もしかして食べられると思ってましたか?』
「……」

 また頷こうとして「あっ!」と思い黙ることで肯定の意を示す。

『ふふふ、まあ、そう思われてもしょうがないですわよね。でも、私は前にも言った通りの女神ですから! 悪魔でも邪神でもありませんよ。だから、君の魂をどうこうしようなんて思ってませんからね』
「なら、異世界ってのは?」
『ああ、それは本当ですよ。罪滅ぼしもかねて君には別世界でやり直してもらうのがいいかと思いましてね』
「え? ここじゃダメなんですか?」
『ええ。だって、この世界でまた、あの同級生達と下手に絡むとまた同じ様な運命になるかもしれませんし。ここは念には念をということで、いっそのこと異世界に行ってもらおうかと思っているんですの。どうでしょうか?』
「ですけど、急に異世界と言われても……」

 少年に異世界に行って人生をやり直して欲しいと提案するも、少年はどうしていいか分からないといった感じだ。まあ、魂だけの状態なので顔色どころか外見からは何も様子を窺うことは出来ないのだが、女神ミルラの前では無防備にも等しいので少年が何を思っているのかは全部お見通しなのである。

『ふふふ、そう思っていても内心はファンタジー世界に対する憧れはあるんですよね。知ってますよ。君が電子書籍やネット小説でその手の物語を好んで読んでいるのは』
「……」
『それに君が期待している通りの剣と魔法の世界ですから!』
「魔法……」
『はい、魔法です。興味ありますよね?』
「……」

 少年は今いる世界から異世界への転生を女神に言われた時には正直、とんでもないと思ったが、女神が言うように『剣と魔法の世界』であるいわゆるファンタジー世界に憧れているのも確かだ。

 だけど、あくまでも憧れであり実際に行けるとは思っていなかった異世界だ。行った先でいきなり魔物や賊に貴族にと敵になり得る存在はいっぱいだ。自分がそんな世界に飛び込んで無事に過ごせるのかと不安に思っている。

『ふふふ、不安ですよね。分かりますよ。だから、そこはほら、アレですよ。例の……そう! ですよ。ですから、何も心配することはありませんから、安心して旅行にでも行くような感じで行って来て下さい』
「その……特典はなんですか?」
『そうですね、なんでもかんでもって訳にはいきませんが、君にピッタリのものを用意してあげます。それに向こうで話したり読み書き出来ないのも困りますから、ちゃんと君の魂に向こうの言葉を定着させてあげますね』
「それは助かります」
『じゃあ、異世界に行ってもらえますね。ありがとうございます』
「あ、いえ……」

 少年が異世界行きを承諾してくれたことで女神ミルラは上機嫌になり、少年に対し深々と頭を下げる。

『では、異世界に行く前にこっちに残されるご家族の話をしましょうか』
「お願いします」
『分かりました。では、お話します。もし、話した内容にご不満があれば遠慮無く仰ってください。出来る範囲で対応しますので』
「はい」

 女神ミルラは少年の返事を受け取ると、これから残された家族がどうなるのかを事細かに説明すると少年は「そんなマンガみたいな」と愕然とする。

『そうですね。そう思われてもしょうがないですよね。でも、そこはほら、知っての通り女神様ですから、ちょちょいのちょいですよ』
「……」

 少年は女神の話を聞いて、「なら、僕のこともちょちょいのちょいじゃなかったのか」と喉まで出掛かったが、喉はないので実際に出ることはなかったが、女神ミルラには少年が思っていることなどお見通しだった。

『もう、だからあのままじゃ、どっちに向かっても君達に明るい未来なんてものはないんですよ。そこのところを理解してもらわないと心残りになりますよ』
「……」

 少年も女神ミルラの言っていることは理解出来ている。出来てはいるが納得出来ていないというところだろう。

『困りましたね。まあ、その内に君を虐めていた人達がどうなるのか分かるでしょ』
「でも……」
『まあ、お待ち下さい。異世界に行ってしまわれては、それを確かめる術がないとそう言いたいんでしょ』
「はい、そうです」
『ふふふ、その点は安心して下さい。今はそうとしか言えませんが、先程も言った通りに君を虐めていた人達には必ずその報いが来ますから』
「それって……」
『呪いだと言いたいんですか?』
「はい」
『もう、違いますよ。だって、君にはそんな力はないんでしょ』
「はい。でも、僕が死んだことで僕を虐めていた連中が不幸になるのなら、それは呪いとして噂され、結果的に僕の家族が非難されることになるんじゃないですか」
『だから、そうならないように私が……この女神ミルラがちゃんとしますから。よほど信用ないのですね。悲しくなります』
「……」

 少年は内心、「この女神が何を言っているのだろうか」と考えてしまう。今日、しかも学校の屋上から飛び降りた時に出会った人外の女性をどう信用しろというのだろうと。

『ん~疑り深いですね。ここまでのことをしてきたのにまだ疑われているのは心外ですが、今日一日にあったことを考えれば無理もありませんね』
「……」
『もう、ここは異世界に行ってもらうしかありませんね。そうすれば、私が言っていることが本当だと分かってもらえるでしょう』
「分かりました。それでお願いします」
『ふふふ、言いましたね。では、行きますよ』
「……」

 口角の端を上げてニヤリと笑う女神の顔を見て「ちょっと早まったかな」と思ったが、その時にはもう少年は異世界へと旅立ったあとだった。

『では、異世界を楽しんでくださいね。それと後のことはちゃんと報告しますからね』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】攻撃に関する事が一切出来ない無能と呼ばれた低ランク冒険者は実は補助と生産系だけはトップクラス! 攻撃出来なくても無双は可能なのさ!

アノマロカリス
ファンタジー
僕の名前は、シオン・ノート 年齢は15歳。 8歳の神託の儀で、僕はあらゆる攻撃が一切出来ない無能者という神託を得た。 それ以来、料理用の包丁や鍛冶のハンマーは持って扱えるのに、武器として使用すると手から弾かれてしまうのだ。 そして家は代々戦闘系のジョブを持つ家系で、僕は疎まれて育っていた。 そんな両親から言い渡された事は、15歳の成人までなら家に置いてやるが、それ以降は家から追い出されるという事になってしまった。 僕は必死に勉強をして、木工・鍛冶・彫金・裁縫・調理・細工・錬金術などの生産系スキルを身に付けた。 それを両親に話したが、決定が覆る事は無く家を追い出された。 そして僕は冒険者になり、ソロで依頼をこなしていく内に、あるチームに誘われた。 僕の事情を話しても、快く受け入れてくれたのでお世話になっていたのだけど… そのチームで強い魔物から逃げる為に僕を囮にして置いてけぼりにされ、生きたいという強い気持ちで魔法を開花して生き延びたのだった。 そんな事があって、人と関わるのはまだ少し怖いけど… いつか僕の様な存在を快く受け入れてくれるパーティに出会う為に、僕は頑張る! とりあえず、完結です! この作品もHOTランキングで最高8位でした。

テイマーは死霊術師じゃありませんっ!

さんごさん
ファンタジー
異世界に転生することになった。 なんか「徳ポイント」的なのが貯まったらしい。 ついては好きなチートスキルがもらえるというので、もふもふに憧れて「テイム」のスキルをもらうことにした。 転生と言っても赤ちゃんになるわけではなく、神様が創った新しい肉体をもらうことに。いざ転生してみると、真っ暗な場所に歩く骸骨が! ひぃぃい!「テイム!テイム!テイム!」 なんで骸骨ばっかり!「テイム!テイムテイム!」 私は歩く。カタカタカタ。 振り返ると五十体のスケルトンが私に従ってついてくる。 どうしてこうなった!? 6/26一章完結しました この作品は、『三上珊瑚』名義で小説家になろうにも投稿しています

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

幼馴染みが婚約者になった

名無しの夜
ファンタジー
 聖王なくして人類に勝利なし。魔族が驚異を振るう世界においてそう噂される最強の個人。そんな男が修める国の第三王子として生まれたアロスは王家の血筋が絶えないよう、王子であることを隠して過ごしていたが、そんなアロスにある日聖王妃より勅命が下る。その内容は幼馴染みの二人を妻にめとり子供を生ませろというもの。幼馴染みで親友の二人を妻にしろと言われ戸惑うアロス。一方、アロスが当の第三王子であることを知らない幼馴染みの二人は手柄を立てて聖王妃の命令を取り消してもらおうと、アロスを連れて旅に出る決心を固める。

勇者がこちらに来てるらしい

犬派のノラ猫
ファンタジー
ここは魔界のとあるところにある魔王城 そこで生活している大魔王様は こちらに向かってきている怖い勇者を どうにかしようと日々部下達と 頑張っています!

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】『母の命を奪った罪人である自分は、誰にも愛されない』だと? そんなワケあるかボケっ!!

月白ヤトヒコ
恋愛
うちで開催されているパーティーで、家族に冷遇されている子供を見た。 なんでも、その子が生まれるときに母親が亡くなったそうで。それから、父親と上の兄弟に目の仇にされているのだとか。俺は初めて見たが、噂になる程の家族の言動。 俺、こういうの大っ嫌いなんだけど? ちょっと前に、親友が突然神学校に入りやがった。それもこういう理由で、だ。 というワケで、大人げなく怒鳴っている見苦しいオッサンと、罵倒されて委縮している子供の間に割って入ることにした。 俺の前で、そんなクソみたいなことしてるそっちが悪い。 罵倒されてる子は親友じゃないし、このオッサンはアイツの父親じゃないのも判ってる。 けど、赦せん。目障りで耳障りだ。 だから――――俺の八つ当たり受けろ? お前らが、その子にやってることと同じだろ。 「あなた方がそうやって、その子を目の仇にする度、冷遇する度、理不尽に叱責する度、『キャー、わたしの仇に仕返ししてくれてありがとう! わたしの産んだ子だけど、そんなの関係ないわ! だって、わたしの命を奪った子だものね! もっと冷遇して、もっとつらい目に遭わせて、追い詰めて思い知らせてやって!』って、そういう、自分の子供を傷付けて喜ぶような性格の悪い女だって、死んだ後も家族に、旦那に喧伝されるって、マジ憐れだわー」 死んだ後も、家族に『自分が死んだことを生まれたばかりの子供のせいにして、仇を討ってほしいと思われてた』なんて、奥さんもマジ浮かばれないぜ。 『母の命を奪った罪人である自分は、誰にも愛されない』だと? そんなワケあるかボケっ!! 設定はふわっと。 【では、なぜ貴方も生きているのですか?】の、主人公の親友の話。そっちを読んでなくても大丈夫です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...