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第一章

神話の話

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ルイスを見送った一行は解散し、マルコとゴードンもまっすぐ自宅へと戻った。
持っていた杖を棚に立てかけ、マルコは部屋の奥にある自室へと足を運ぶ。
ここには自身が集めた世界中の資料や薬草、そして薬などのサンプルが無造作に置かれている。
そして窓際にあるタンスに近づき、ゆっくりと1番上の引き出しを引っ張った。


「おー、あったあった」


中から取りだしたのは、一通の手紙。
きっちりと封蝋で封印されており、使われている紙もかなり上質。村や市民の間で流通するような代物ではなかった。
マルコは近くにあったナイフを手に持ち、慣れた手つきで封蝋を外す。
そしてしばらく手紙の内容をじっくり読んだあと、フゥ~と困ったような顔をして窓の外を眺めた。


「知らず知らずのうちに、運命は動きだしておる。たとえそれが、誰かの意に沿わないことだとしても」


マルコは丁寧にその手紙をしまうと、近くにある椅子に腰かけた。


「やれやれ、手のかかる子たちだわい。しかし、やはりワシは身内には弱いのかもしれんな」


涼しい風が部屋を満たす。
ルイスが歩むであろうこの先の未来を思い、マルコはゆっくりと瞳を閉じた。







―――――――――







運良く王都行きの馬車を見つけた俺は、護衛を兼ねて同行させてもらう事にした。
中には何人か先約がおり、俺は端の方に身を小さくして座り込む。


「ねぇママー、つまんないからお話聞かせて?」
「あらあら、この子ったら。しょうがないわね、じゃぁ竜の神話のお話でもしましょうかね」


竜の神話⋯⋯それはアルファ大国のみならず、海の向こうの国々にも語り継がれているという神話だ。
俺も孤児院にいた時、よくシスターに読んでもらった記憶がある。


「むかしむかし、まだ人と神が共にあった時代。それはそれは美しい輝きを放つ白竜がいました。
白竜は己を"エルロア"と名乗り、偉大なる創造の力で銀竜、黒竜、青竜、赤竜の4体の竜を創りました。彼らは四大神竜と呼ばれ、エルロアから受け継がれし創造の力を駆使し、竜の繁栄をもたらしたのです」


あの時はなんて退屈な話だろうと眠気まなこで聞いていたはずなのに、不思議とハッキリと内容は覚えている。


「銀竜はシルバー族、青竜はブルー族を、赤竜はレッド族を生み出し、それぞれの種の長として彼らは君臨していました」
「あれ?黒竜はいないのー?」


純粋な瞳で少女は母親に疑問を投げかける。


「ええ、エルロアによって最後に創られた黒竜だけは、上の3体に比べて体が弱く、創造の力を使うことが出来なかったの」
「黒竜かわいそう⋯⋯」


心優しい少女はうるうると悲しそうな顔をした。
その顔が孤児院の最年少であった子と重なり、俺は思わず口元を緩めた。
ああ、大丈夫だ。今ならみんなのことを思い出しても、そんなに苦しくは無い。
一時は夢に出てくるほどトラウマとして残った孤児院の火事。
しかし村での生活や人々の支えにより、少しずつトラウマを克服しつつあるようだ。


「自分だけ創造の力を使えないことに憤りを感じた黒竜は、その腹いせとして禍々しい気を放つ"魔物"という不完全な生き物を生み出したのです」


世界各地に出現する魔物。
その姿形は多種多様で、強さも個体によって様々。
常に人類⋯⋯いや、この世界に住む全ての生き物にとって驚異となっている存在だ。
その元凶ともえいえる者こそ、彼女が語る四代神竜が一体、黒竜こと"メンヒュート"だ。


「世界の危機を感じた竜の祖、エルロアは、残りの全ての力を使って黒竜を封印したのです。
こうして世界は、エルロアの加護の元、混沌たる世界から逃れることができました」

子供用の短いバージョンではあるが、これが古から伝わる竜の神話の一部だ。こうしてあの親子のように、親から子へ、子から孫へと今日まで語り継がれている。


「神竜様は本当にいるの?」
「そうね、それはママにも分からない。けど、その子孫である竜ならこの世界のどこかにいると聞いたことがあるわ」
「本当に!?わぁ~見てみたいなぁ」


親子の会話に、馬車の中が和やかになった。


(竜か⋯⋯)


あらゆる生物の頂点に君臨する竜族。
その一個体が簡単に国を滅ぼせる程の力を持つ最強の種族。
滅多に人前には姿を現すことはないが、その存在は各国が認めており、決して彼らの逆鱗には触れてはならぬと暗黙の了解まである。


「月影軍に入れたら、竜に会えるかな」


月影軍の活動範囲はとても広い。相見える機会はゼロでは無いはず。
そう思うと、なんだかワクワクしてきた。


「おーいお前さんら。もうすぐ王都につくから荷物まとめておけよ」


馬車の持ち主からの声掛けで、俺たちはいそいそと降りる準備を始めた。
いよいよ王都ヘリオンだ。
あそこに、試験会場がある。


「待っていてください、ロイド少将⋯!」


必ず、あの時の恩を返してみせますから。






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