UQ(アーカム・クエスト)

心桜鶉

文字の大きさ
上 下
38 / 40
2.風前の灯火

38.過ぎたことで心を煩わせてはいけない

しおりを挟む
 田中は椚田の執務室前に来ていた。
 彼――椚田はこの総合事業社のスペランツァLtdのスペランツァLtdの常務取締役であり、「あの方」が極秘で進めている、AI技術を用いた完全自律型アンドロイドの開発プロジェクトのプロジェクトリーダーでもある。
 先日、詩絵が操作したアーカロイド回収のために行われた川底の潜水調査の結果を報告しなければならない。
 ノックするためドアに手を伸ばすが、田中の手は震えていた。鼓動が高まり、脳内で振動しているのが分かる。
 田中は深く深呼吸すると、ドアを3回ノックした。

「入れ」

 椚田の低い声がドア越しに届いた。失礼します――。意を決し、そう言うとドアノブに手をかけ、静かに開ける。
 室内に入りドアを閉めると、その場で一礼する。そして椚田のデスクに近づいた。

「先日の調査の結果の件ですが……」

 田中はそのように切り出した。椚田はすぐにその話題に気が付き、

「おお!どうだった?見つかったか?」

 と興奮気味に身を乗り出した 。

「それが……」

「なんだ?歯切れが悪いな。状態が悪かったのか?」

 状態が悪い、なら回収した後でも綺麗にするなど、何とでもすることはできる。データも手に入り、機体も手に入るのだからさほど、マイナスにはならない。
 期待のまなざしを向けられている中、これから悪い結果を言わなければならないと思うと、チームリーダーであれ、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。
 だが、田中も今まで椚田の直属の部下として様々な困難を乗り越えているのだ。後ろ向きの考えを持ちつつも、代替案は思い浮かんでいた。問題はその代替案に椚田が乗るかどうか。
 乗ってくれないと困るので、想定の方向に進むよう祈りながら重要な部分を話すため、口を開いた。

「いえ、川底にあるはずの機体が見つかりませんでした」

 田中の思いもよらない答えが返ってきて、椚田は一瞬時が止まったかのように静止した。そして、静かに聞き返した。

「……何だって?」

 やはりそう来るだろう。思っていた通りの返答が来なかったのだから。

「先ほど申しあげましたとおりです。我々は二手に分かれ、左右から中央に向かい、丁寧に捜索しました。ですが、回収物であるアーカロイドの影さえ見当たりませんでした。調査時の映像も記録用に残してあり、そちらも分析に回しております」

 椚田は感情をあらわにして、机をドンッと叩いた。

「どういうことだ!?見落としじゃないのか?なぜ、複数人で探して見つけられないんだ」

「それは……」

 田中は椚田から発せられる威圧感に圧倒されていた。椚田のこのような形相は田中にとって初めてだった。アーカロイドが消えた理由はまだ解明されていない。現在も潜水チームが何度も潜水して調べているが、手掛かりになりそうなものも見つかっていない。
 だが、どんな言葉を選んでも椚田は納得せず、反感を買ってしまうだろう。
 用意している代替案を言うならここか――。身じろぎながらも田中は決意した。

「なぜ消失してしまったのかについては、外部の者による可能性も含め、まだ調査中です。彼女のアーカロイドは手に入れることはできませんでしたが、まだ旭川ヒナの機体が残っています。そして彼女の行方についても私のチームの部下が追っています。データが足りないとしても、彼女のアーカロイドを使えばある程度テストをすることが可能だと思われます」

 椚田は田中の説明を聞き終えると、小さくうなった。だが、これ以上言及はしなかった。田中の案の実現可能性を考えているのだろう。返答がなんであれ、この様子だと否定的なことは言われないだろう。この瞬間は、田中にとっては首の皮が一枚つながった気分だった。

 椚田は考えていた。椚田は田中以上に恐れているものがあった。組織の中でも一部の人間しか知られていない謎多き人物、「あの方」の存在だった。

 ――「あの方」にこの失態を言うわけにはいかない。

 まだ結果が出ていない以上、多少報告を遅くしても問題ないだろう。早期の発見も大事だが、それがプロジェクトの進行に結び付かなければ意味がない。田中の案も一理ある。試してみる価値はある。

 一通り思案した椚田は、よし、顔を上げた。田中はこれから伝えられる椚田の発言を前に緊張をしている様子だった。

「分かった。では、未だ逃亡中の旭川ヒナの機体を捉えろ。次は失敗するなよ、田中」

「承知いたしました。全力を上げて任務を遂行します」


 
 田中が出て行ったあと、椚田はひとり熟考した。田中の話した内容にはもう1つ引っかかることがあった。「外部の者による可能性」だと? 我々以外にもその技術を狙う組織がいる、ということか。
 可能性はゼロではないが……。
 田中をこのプロジェクトに加入させる前に、彼が他社のスターゲイザー社の人間にも関わっていたことは知っている。秘密裏に関わっていた人間は監視をつけて動向を見ているが、特に大きく動いている様子はない。
 我々が、先にAI技術による完全自律型アンドロイドの開発に成功すれば世界をリードできる。時に新技術は世界を揺るがす力がある。社会的な影響力や利権を手に入れることもできるだろう。

「我々が成功すれば……」

 と彼はつぶやいた。成功すれば新しい世界が開ける。
 椚田は深く息を吸った。部屋の空気は静寂と緊張で満ちていた。
 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

【SF短編集】機械娘たちの憂鬱

ジャン・幸田
SF
 何らかの事情で人間の姿を捨て、ロボットのようにされた女の子の運命を描く作品集。  過去の作品のアーカイブになりますが、新作も追加していきます。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜アソコ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとエッチなショートショートつめあわせ♡

処理中です...