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2.風前の灯火
38.過ぎたことで心を煩わせてはいけない
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田中は椚田の執務室前に来ていた。
彼――椚田はこの総合事業社のスペランツァLtdのスペランツァLtdの常務取締役であり、「あの方」が極秘で進めている、AI技術を用いた完全自律型アンドロイドの開発プロジェクトのプロジェクトリーダーでもある。
先日、詩絵が操作したアーカロイド回収のために行われた川底の潜水調査の結果を報告しなければならない。
ノックするためドアに手を伸ばすが、田中の手は震えていた。鼓動が高まり、脳内で振動しているのが分かる。
田中は深く深呼吸すると、ドアを3回ノックした。
「入れ」
椚田の低い声がドア越しに届いた。失礼します――。意を決し、そう言うとドアノブに手をかけ、静かに開ける。
室内に入りドアを閉めると、その場で一礼する。そして椚田のデスクに近づいた。
「先日の調査の結果の件ですが……」
田中はそのように切り出した。椚田はすぐにその話題に気が付き、
「おお!どうだった?見つかったか?」
と興奮気味に身を乗り出した 。
「それが……」
「なんだ?歯切れが悪いな。状態が悪かったのか?」
状態が悪い、なら回収した後でも綺麗にするなど、何とでもすることはできる。データも手に入り、機体も手に入るのだからさほど、マイナスにはならない。
期待のまなざしを向けられている中、これから悪い結果を言わなければならないと思うと、チームリーダーであれ、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。
だが、田中も今まで椚田の直属の部下として様々な困難を乗り越えているのだ。後ろ向きの考えを持ちつつも、代替案は思い浮かんでいた。問題はその代替案に椚田が乗るかどうか。
乗ってくれないと困るので、想定の方向に進むよう祈りながら重要な部分を話すため、口を開いた。
「いえ、川底にあるはずの機体が見つかりませんでした」
田中の思いもよらない答えが返ってきて、椚田は一瞬時が止まったかのように静止した。そして、静かに聞き返した。
「……何だって?」
やはりそう来るだろう。思っていた通りの返答が来なかったのだから。
「先ほど申しあげましたとおりです。我々は二手に分かれ、左右から中央に向かい、丁寧に捜索しました。ですが、回収物であるアーカロイドの影さえ見当たりませんでした。調査時の映像も記録用に残してあり、そちらも分析に回しております」
椚田は感情をあらわにして、机をドンッと叩いた。
「どういうことだ!?見落としじゃないのか?なぜ、複数人で探して見つけられないんだ」
「それは……」
田中は椚田から発せられる威圧感に圧倒されていた。椚田のこのような形相は田中にとって初めてだった。アーカロイドが消えた理由はまだ解明されていない。現在も潜水チームが何度も潜水して調べているが、手掛かりになりそうなものも見つかっていない。
だが、どんな言葉を選んでも椚田は納得せず、反感を買ってしまうだろう。
用意している代替案を言うならここか――。身じろぎながらも田中は決意した。
「なぜ消失してしまったのかについては、外部の者による可能性も含め、まだ調査中です。彼女のアーカロイドは手に入れることはできませんでしたが、まだ旭川ヒナの機体が残っています。そして彼女の行方についても私のチームの部下が追っています。データが足りないとしても、彼女のアーカロイドを使えばある程度テストをすることが可能だと思われます」
椚田は田中の説明を聞き終えると、小さくうなった。だが、これ以上言及はしなかった。田中の案の実現可能性を考えているのだろう。返答がなんであれ、この様子だと否定的なことは言われないだろう。この瞬間は、田中にとっては首の皮が一枚つながった気分だった。
椚田は考えていた。椚田は田中以上に恐れているものがあった。組織の中でも一部の人間しか知られていない謎多き人物、「あの方」の存在だった。
――「あの方」にこの失態を言うわけにはいかない。
まだ結果が出ていない以上、多少報告を遅くしても問題ないだろう。早期の発見も大事だが、それがプロジェクトの進行に結び付かなければ意味がない。田中の案も一理ある。試してみる価値はある。
一通り思案した椚田は、よし、顔を上げた。田中はこれから伝えられる椚田の発言を前に緊張をしている様子だった。
「分かった。では、未だ逃亡中の旭川ヒナの機体を捉えろ。次は失敗するなよ、田中」
「承知いたしました。全力を上げて任務を遂行します」
田中が出て行ったあと、椚田はひとり熟考した。田中の話した内容にはもう1つ引っかかることがあった。「外部の者による可能性」だと? 我々以外にもその技術を狙う組織がいる、ということか。
可能性はゼロではないが……。
田中をこのプロジェクトに加入させる前に、彼が他社のスターゲイザー社の人間にも関わっていたことは知っている。秘密裏に関わっていた人間は監視をつけて動向を見ているが、特に大きく動いている様子はない。
我々が、先にAI技術による完全自律型アンドロイドの開発に成功すれば世界をリードできる。時に新技術は世界を揺るがす力がある。社会的な影響力や利権を手に入れることもできるだろう。
「我々が成功すれば……」
と彼はつぶやいた。成功すれば新しい世界が開ける。
椚田は深く息を吸った。部屋の空気は静寂と緊張で満ちていた。
彼――椚田はこの総合事業社のスペランツァLtdのスペランツァLtdの常務取締役であり、「あの方」が極秘で進めている、AI技術を用いた完全自律型アンドロイドの開発プロジェクトのプロジェクトリーダーでもある。
先日、詩絵が操作したアーカロイド回収のために行われた川底の潜水調査の結果を報告しなければならない。
ノックするためドアに手を伸ばすが、田中の手は震えていた。鼓動が高まり、脳内で振動しているのが分かる。
田中は深く深呼吸すると、ドアを3回ノックした。
「入れ」
椚田の低い声がドア越しに届いた。失礼します――。意を決し、そう言うとドアノブに手をかけ、静かに開ける。
室内に入りドアを閉めると、その場で一礼する。そして椚田のデスクに近づいた。
「先日の調査の結果の件ですが……」
田中はそのように切り出した。椚田はすぐにその話題に気が付き、
「おお!どうだった?見つかったか?」
と興奮気味に身を乗り出した 。
「それが……」
「なんだ?歯切れが悪いな。状態が悪かったのか?」
状態が悪い、なら回収した後でも綺麗にするなど、何とでもすることはできる。データも手に入り、機体も手に入るのだからさほど、マイナスにはならない。
期待のまなざしを向けられている中、これから悪い結果を言わなければならないと思うと、チームリーダーであれ、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。
だが、田中も今まで椚田の直属の部下として様々な困難を乗り越えているのだ。後ろ向きの考えを持ちつつも、代替案は思い浮かんでいた。問題はその代替案に椚田が乗るかどうか。
乗ってくれないと困るので、想定の方向に進むよう祈りながら重要な部分を話すため、口を開いた。
「いえ、川底にあるはずの機体が見つかりませんでした」
田中の思いもよらない答えが返ってきて、椚田は一瞬時が止まったかのように静止した。そして、静かに聞き返した。
「……何だって?」
やはりそう来るだろう。思っていた通りの返答が来なかったのだから。
「先ほど申しあげましたとおりです。我々は二手に分かれ、左右から中央に向かい、丁寧に捜索しました。ですが、回収物であるアーカロイドの影さえ見当たりませんでした。調査時の映像も記録用に残してあり、そちらも分析に回しております」
椚田は感情をあらわにして、机をドンッと叩いた。
「どういうことだ!?見落としじゃないのか?なぜ、複数人で探して見つけられないんだ」
「それは……」
田中は椚田から発せられる威圧感に圧倒されていた。椚田のこのような形相は田中にとって初めてだった。アーカロイドが消えた理由はまだ解明されていない。現在も潜水チームが何度も潜水して調べているが、手掛かりになりそうなものも見つかっていない。
だが、どんな言葉を選んでも椚田は納得せず、反感を買ってしまうだろう。
用意している代替案を言うならここか――。身じろぎながらも田中は決意した。
「なぜ消失してしまったのかについては、外部の者による可能性も含め、まだ調査中です。彼女のアーカロイドは手に入れることはできませんでしたが、まだ旭川ヒナの機体が残っています。そして彼女の行方についても私のチームの部下が追っています。データが足りないとしても、彼女のアーカロイドを使えばある程度テストをすることが可能だと思われます」
椚田は田中の説明を聞き終えると、小さくうなった。だが、これ以上言及はしなかった。田中の案の実現可能性を考えているのだろう。返答がなんであれ、この様子だと否定的なことは言われないだろう。この瞬間は、田中にとっては首の皮が一枚つながった気分だった。
椚田は考えていた。椚田は田中以上に恐れているものがあった。組織の中でも一部の人間しか知られていない謎多き人物、「あの方」の存在だった。
――「あの方」にこの失態を言うわけにはいかない。
まだ結果が出ていない以上、多少報告を遅くしても問題ないだろう。早期の発見も大事だが、それがプロジェクトの進行に結び付かなければ意味がない。田中の案も一理ある。試してみる価値はある。
一通り思案した椚田は、よし、顔を上げた。田中はこれから伝えられる椚田の発言を前に緊張をしている様子だった。
「分かった。では、未だ逃亡中の旭川ヒナの機体を捉えろ。次は失敗するなよ、田中」
「承知いたしました。全力を上げて任務を遂行します」
田中が出て行ったあと、椚田はひとり熟考した。田中の話した内容にはもう1つ引っかかることがあった。「外部の者による可能性」だと? 我々以外にもその技術を狙う組織がいる、ということか。
可能性はゼロではないが……。
田中をこのプロジェクトに加入させる前に、彼が他社のスターゲイザー社の人間にも関わっていたことは知っている。秘密裏に関わっていた人間は監視をつけて動向を見ているが、特に大きく動いている様子はない。
我々が、先にAI技術による完全自律型アンドロイドの開発に成功すれば世界をリードできる。時に新技術は世界を揺るがす力がある。社会的な影響力や利権を手に入れることもできるだろう。
「我々が成功すれば……」
と彼はつぶやいた。成功すれば新しい世界が開ける。
椚田は深く息を吸った。部屋の空気は静寂と緊張で満ちていた。
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