UQ(アーカム・クエスト)

心桜鶉

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2.風前の灯火

35.何もかも失ったと思える瞬間でさえ、自分の未来は残っている。

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「ゆかり、おはよう」

 学校に着くと、私はいつも通り、友達に挨拶をした。

「詩絵、おはよう!……何かやつれた?」
 
 私は元気にふるまっているつもりだったが、ゆかりは私の異変にすぐに気が付いた。

「ちょっと疲れているかな」

「朝から寝不足とはね~昨日の夜は何してたんですか?――ていうのは冗談で。何か抱えているものがあるっているのは分かるんだけど、言いたくないなら無理に言わなくてもいいよ」

「……何で分かるの?」

 ゆかりはわたしの顔をじっと見つめていた。その目は住んでいて、私の心を読み解くようだった。

「私ね感じるんだ。相手の感情を読み取るとき、相手のしぐさや表情を見て伝わってくる感情が分かるっていうか。でもね、ここ最近、詩絵を見ても気持ちが分からない時があってね、何というか前まで感じていたものがぱったり来なくなったっていうか」

 ゆかりの言葉に少し驚いた。私がゆかりに何も言わずにいても、ゆかりには何かしら感じられていたなんて。

 詩絵ってごまかすときよく『なんでもない』っていうじゃん?本当は何か困っていることがあるんじゃないかな、って思っていたんだけど詩絵の気持ちが全然読み取りづらくて私、不安だったんだ。でもまた分かるようになった!」

 彼女が満面の笑みを浮かべた時、私は安心した。私の感情が分かるようになったというゆかりは嬉しそうだった。私の気持ちを理解しようとしてくれていたことを知った時、感謝の気持ちでいっぱいだった。
 私の感情が分からなくなったタイミングは、きっと私が学校にアーカロイドで来るようになってからだろう。どんなに私自身に似せられても、感情表現とかは限界があるのかもしれない。
 でも今の私は、まだゆかりの気持ちに応えることができない。
 
「心配かけてごめんね、ゆかり。大丈夫だから」

 私がそういうと、彼女は驚いたように目を見開いた。

「――ほら、また言った」

 大丈夫、というのが癖になっているのだろう。私は苦笑いを浮かべた。

「ごめん……。だけど今はまだ言えない」

 ゆかりはしばらく無言で私を見つめていた。
 
「無理に言って、とは言わないよ。私は相談したいとき詩絵に言う。だから詩絵も相談したいことがあったら私に言ってね。――そういえば、ヒナさん今日は学校に来てないみたいだね。風邪かな?」

 ヒナ、やっぱり来てないんだ。そう……だよね。今の状況でいくらなんでも学校にはこれないよね。

「私、先日ヒナと一緒にいたんだけどね」

「おお!ついにヒナさんと話せたのか!良かったね、詩絵」

 なかなか、ヒナと近づけなかった私の事情を知っているゆかりは、進展した報告を聞いてうれしそうにする。

「おう、それも初めて会ったくせにもう息統合してる感じでさ、って君ら二人、なに話していたんだ?」

 私とゆかりがいつものようにロッカー前で話していると、後ろから椎名がやってきた。あの日、私は椎名に何も言わずに分かれているので少し気まずい。
 きっと勝手に帰ったと思っているだろう。

「椎名君、詩絵とヒナさんの馴れ初め話知ってるの?」

 え、なんか話が妙な方向に進んでいる気がするんだけど……。馴れ初めって私とヒナはそういう関係じゃないのに。

「知ってるというか、俺もその場にいたぜ」

「ちょっと!」

「なになに!三角関係?」

「俺は椿と一緒に行動していたから正確には知らないんだけどな。ヒナから聞いてるぜ。俺と別れて二人きりになって結構仲良くなったみたいじゃん。そのあと、二人っきりでご飯に行きたいから二人とも先に帰ったんだろう?」

 ヒナは椎名にそういう風に伝えていたんだ。ありがとう、ヒナ。
 最後の最後まで私の事を気遣ってくれるヒナに感謝の気持ちでいっぱいだ。今、困っているヒナのために力になりたいが、今の私に何ができるんだろうか。

「行くなら俺も誘ってくれればいいのに。だけど仲良くなれて良かったな。あれだけ頑張ってたもんな。せっかく仲良くなれたんだから、大事にしなよな。数少ない友達なんだろ?」

「……うん!」

 ちょうど授業が始まるチャイムが鳴り、私たちは慌てて席に戻った。

 ヒナのことは大切な友達だ。それだけは変わらない。三輪さんはこの件に関わらないように、って言ったけどやっぱり私も何かしたい。ヒナのためにできることをしてあげたい。




 ◆ ◇ ◆ ◇





 今日一日のすべての授業が終わり、放課後になる。私は今日の授業の復習をするため教室に残っていた。クラスメイトたちは、放課後どこに行くか話しながら教室を出ていく。椎名は机の上がまだ片付いていないようで、ゆっくりと荷物をしまっていた。ゆかりもリュックサックの持ち手を持つと、私の方を振り向いた。

「じゃあね。私は先に帰るよ。また明日~」

 私は動かしていた手を止めると、

「うん、また明日!」

 ゆかりに返事をした。ゆかりや多くのクラスメイトが帰った後もまだ数名のクラスメイトが教室に残っていた。

「あ、そうだ」
 
 急に椎名が私の方に振り向き、声をかける。そして立ち上がると何か意味がありげに手招きをした。椎名は一人、教室の外にあるテラスの方へと向かう。きっと、ついてこい、ってことだろう。
 私も椎名に続き、テラスに出ると椎名はとある疑問を口にした。

「唐突だけど加野さん、あの時、『相手の心が分かる道具があればいいのにな』って言ってたよな」

 あの時――椎名と椿さん、ヒナの四人で出かけたのに私がヒナとなかなか関われなくて、確かそのように言ったのだ。

「うん、言った」
 
「俺はその時、そんなものに頼ってどうするって言ったけど、本当はそんなこと思っていないんだ」

「――どういうこと?」
 
「確かに加野さんの言うとおりだ。もしそういう道具があるなら使わないともったいない、存在するってことは必要なんだろうな」

 椎名の話はふんわりとしてよく分からなかった。

「だから、それってどういうこと?言っている意味分からないよ?」

 私の問いに、椎名はゆっくりと深呼吸をしてから話し始めた。
 
「もし、この世に知られていない、あるとてつもない技術だけど、”それ”があることでその人は救われているとしたらどうする?ただしそれはその人のために与えられたもので他の人が使う機会が無いものだとする――だとしたら加野さんはその人を非難するか?」

 私は一瞬、椎名の言葉を理解するのに時間がかかった。アーカロイドのことを刺しているような気がしたからだ。なるほど、これはどう返答すればいいのか。

「なぞなぞみたいな言い方だね。私は非難しない。”それ”が何かよく分からないけど、その人が”それ”を使って救われているなら良いんじゃない?その人にとって必要なんでしょ?」

 それが私の結論だった。アーカロイドを使っていたからこそ言えることなのかもしれない。しかし、椎名の反応は予想外だった。

「その人っていうのは俺だ」

「え!?」

 つい、驚いて声を上げてしまった。

「俺の目をよく見てみろ。右目だ」

 彼の目を見ると、確かになんとなく色が違った。

「うーん――あっ!まって左目と見比べると分かるけど微妙に違う……。これどういうこと?」

「俺は小さいころ、家族と海外旅行に行って、行った先で戦争に巻き込まれた。そのせいで俺は右目と左腕を失っている」

 椎名の左腕を見たが、そこにはしっかりと人間の腕があった。
 そんなわたしの反応を見て、椎名は続けた。私の顔色を見て、彼はほほ笑んだ。

「右目は義眼、左腕は義手でどちらも高性能な機械だ。特に眼球と置き替えられているこの義眼は脳と繋がっていて視界上のものを簡易的に分析できる。これをとある研究機関が試験的に提供してくれたんだ」

 と椎名は冷静に語った。
 彼の言葉を聞いて、突然ある出来事が頭をよぎった。それは、体育の授業でバレーの試合をやった日――。

「だからあの時――!」

「――そうだ、ボールが外に出ていたか分かった。こんなの加野さんからしたらズルいだろ?」

 と彼は自嘲的に笑う。

「でも使いすぎると脳に負担がかかるから結局は目としての役割しか使っていないんだけどな」

 それを聞いて私は思わず、

「確かにね。その目でこの景色はどう見える?」

 と聞いてみた。アーカロイドの時もそうだったが、私の視界は常に情報がAR表示されていたりで普段の視界とは全く違う世界が見えていた。
 椎名の視界もまた違って見えているのか、彼がどのような世界を見ているのか興味がわいた。

「特に変わらないかな。目がかなり良くはなった気がする。義眼というか小さいコンピューターがついているようなものだから写真とかも撮れるみたいだけど一回やってみたら、鮮明に覚えていられるんだけど、脳にかなり負担かかっちゃって。写真はそれ以降やっていないかな。普段使っているのは望遠機能とかかな」

「へぇ、すごいね」

 脳に直接つながっているか、アーカロイドのようにアンドロイドという仮想の脳内に意識をとばすのかによってこんなにも違いがあるなんて正直驚きを隠せなかった。
 でも、目を失ってもこうした技術によってヒナと同じように助けられている人もいるのだ。
 
「あ、椿からだ」

 椎名はスマホを取り出すと、椿さんからの連絡を確認する。
 

「……ちょっと、加野さん。俺と協力してほしいことがあるんだけどいいかな」

 と、椎名はスマホの画面を私の方に見せる。そこにはこう書いてあった。

『椎名君、うちの飼い猫がお家から逃げ出しちゃって。一緒に探してくれない?』

 
 
 
 
 
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