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闇の王国と光の魔物編
第二十七話 雷鳴轟く時(5)
しおりを挟む空高く舞ったレッドが最初にしたことは、まずサイクロプスの射線からサーシャを外すことだった。
続いて、自分を囮にして、なるべくソロンの街から離れようとする。
しかし、それは非常に困難であった。
「くっ……!」
飛行しながら、レッドは苦悶の声を漏らす。
今さっきから、サイクロプスの注意は確かに黒き鎧を纏ったレッドに向いてはいたものの、体中に生えた目から発される雷鳴波で次々撃たれ、なかなか距離を縮められなかった。
なにしろ、山のようにある目玉一つ一つから閃光は撃たれるのだ。隙というものがまるで無く、距離を取って躱すしか不可能。
「おのれ……っ!」
レッドは唇を噛み締めるが、対抗する術がないのでどうしようもなかった。炎上するソロンから一歩も離れず、サイクロプスは雷鳴波を容赦なく撃ち続けていた。
「どうする!? 奴が力尽きるまで待ってたら、この辺は焼却されちまうぞ!」
『――いや、持久戦は得策じゃないね』
持久戦はしたくないと言うレッドに、ジンメは意外なことに同意した。
「なに、どういう意味だ!?」
『アルゴスの瞳の影響がどれくらいあるか分からない。下手に長引かせたら、また進化する可能性がある。これ以上厄介になる前に、仕留めた方が良いよ』
それは、恐ろしい推測だった。
只でさえ危険な魔物が、さらに変質し強化される危険性がある。これに震えない者はいないだろう。
「しかし、こんな状況じゃ近づくにも……!」
『……レッド、僕に貸せ』
と、ジンメがそう提案してきた。
「なんだと?」
『僕がやる。だから、剣を貸しな』
いつになく積極的なジンメである。確かにジンメとしてもレッドの死は自分の死に直結しているが、普段はもっと面倒くさがりだった。
「――突然どういう風の吹き回しだ?」
『いいから、このままだと死んじゃうでしょ。早くしな』
ジンメに急かされ、レッドは魔剣を左手に持ち替える。
「……ちゃんと勝てよ」
『そっちこそ、舌噛んでも知らないよっ!』
ジンメに主導権を預けた途端、ジンメはサイクロプスへ突撃した。
「なっ……!?」
レッドが叫びそうになるが、それより早くサイクロプスの雷鳴波が飛んでくる。
命中する、とレッドが目を塞ごうとした、その時、
『つうぅぅっ!』
命中の寸前に、黒き鎧は空中で下降しギリギリ回避した。
「ぐわっ……!」
急制動をした衝撃に潰される痛みを味わったが、そんなものにジンメは構ってくれない。
次々と発射される雷鳴波から、上昇、下降、左右へ激しく旋回し、回避する。
振り回されたレッドは意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって耐えていた。
ジンメによる無茶な回避行動の結果、ようやくサイクロプスに近づくことが出来た。
そして、その間にジンメは魔剣に闇の力を纏わせる。
『さあ……行くぞ!』
ジンメは、魔剣を横薙ぎに払うと、闇の力は闇の刃として剣から放たれ、サイクロプスへと襲いかかった。
しかし、サイクロプスはその闇の刃にまるで動揺する気配すらなかった。
すぐに体中の瞳を輝かせ、黄色い閃光を発射し迎撃する。
闇の刃はサイクロプスに届くことなく、空中で爆発した。
『――馬鹿がっ!』
だが、闇の刃が撃ち落とされたことによる爆発と光の中を、黒い影が突き破ってきた。
言うまでもなく、翼を広げ最高速度で突っ込んできた黒き鎧である。
百近くある目がそれぞれ連携して、攻撃の隙を与えない。
ならば、その全ての目を同時に攻撃させればいい。
闇の刃は、単なるフェイクだった。サイクロプスの瞳全てに雷鳴波を放たせ、次の攻撃をする間を与えないための。
『いくら沢山の目を持っていても、頭が悪くちゃ意味ないねぇ!』
そう嘲りながら、ジンメはサイクロプスへと一気に加速する。
肉薄したサイクロプスが目を見開いたようだが、瞳を輝かせて迎撃する暇はない。
『うらぁっ!』
一直線に飛び込んだ黒き鎧は、魔剣をサイクロプスの胸元へ深々と突き刺した。
サイクロプスの口から絶叫が響くが、それで容赦するほどジンメは甘くはない。
『そらっ! そらぁっ!』
突き刺した剣を振り、腹を切り裂いていく。赤い鮮血が飛び散り黒き鎧にかかるが、気にもせずズタズタにしていった。
なにしろ自分の腹にいるので、百の瞳があったところでサイクロプスは雷鳴波を撃つことが出来ない。自分にも当たってしまう。
だが、なんとか両手で掴み上げようとするが、
『お触り禁止だよ、この変態がっ!』
掴まれる直前にその身をぐるんと翻し、両手を切り落とす。
手首から大量出血し叫び声を上げるサイクロプスを蹴り上げると、今度は天高く飛翔する。
そしてサイクロプスの頭上に出ると、漆黒の刃に再び、いや先ほどより遙かに強い力を纏わせ、巨大な闇の刃を形成する。
『ぶった斬れろ……この目ん玉野郎がぁっ!!』
最後を告げるジンメの叫びと共に、振り下ろされた闇の刃は勢いよくサイクロプスに襲いかかる。
ズタズタにされたサイクロプスには為す術もなく、その体は両断される。
数分もしないうちに、巨人は切り裂かれた姿で地面に横たわっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ジンメから肉体の制御を取り戻すと、レッドは大きく息を吐いた。
『なんだい、人にやらせておいて。疲れてるのは僕の方なんだから、ちょっとは労ってくれないかな』
「ふざけるな。あんだけ無茶な挙動しておいて、こっちがどんだけキツかったと思ってんだ……」
レッドは空中で悪態をつく。
ジンメの感知能力を使い、サイクロプスの雷鳴波を躱しながら一気に接近、そして仕留めるという方法に同意したのは確かだ。あれだけの機敏な動きはレッドに出来ないというのはレッド自身認めていた。
が、あまりに激しく動かされすぎて死ぬかと思った。何度意識が飛びそうになったか不明である。いくら勝てたとは言え、愚痴の一つもつきたくなるのは当然だった。
しかし、まあ、確かに勝てた。もはやピクリとも動かないサイクロプスを見ながら安堵する。
――あまり喜べんがな。
ちらりと視線を動かすと、そこには未だ燃え盛るソロンがあった。壁で囲まれた街の中全てが炎に覆われているようである。あれでは、生存者はほぼ期待できないだろう。港の方もだいぶ破壊されていた。これでは、仮に誰か生きていたとしても貿易拠点としての機能は果たせまい。
ほんの一瞬の時間に、ソロンは見る影もなく崩壊してしまっていた。恐らく、ソロンが新しい王都として還都される日は来ないだろう。
「――誰だか知らんが、とんでもねえことやりやがって」
『ま、やった当人は気にしないだろうけどね。異なる魔物の肉体を移植するなんてことやれば、こうなるのは自明の理だし』
「酷い話もあったもんだ……さて」
滅入りそうになる気持ちを抑え、サーシャの方へ視線を移す。一応無事らしい。
「――あいつ、どうすっかな」
『知らないよ。助けたんだから責任取りな』
投げやりに言われてしまった。その通りではあるが、レッドは困ってしまう。
仮にサーシャに全ての事情を話させて王国を告発しようとしても、そんなもの簡単に握りつぶされるだろう。『黒頭巾』の存在などこの国は認めないだろうし、証拠が一つも無い以上、新貴族派にクーデターを唆しソロンを滅ぼそうとしたなどと誰が信じるだろうか。第一、その新貴族派もソロンの街ももはや存在しなくなってしまった。
かといってこのまま逃がしたところで、この計画に加担した者たちはサーシャを逃がそうとはするまい。失敗した彼女を『黒頭巾』が生かすとは思えないから、戻ったらみすみす殺されるだけ。逃亡しようにも、計画の全てを知る彼女のことを地の果てまで追いかけてくるだろう。
これからどうすべきか、彼女自身どうすればいいか見当もつかないに違いなかった。言うとおり、これはレッドが考えねばならない問題だ。
とにかく、下に降りてサーシャと話をするかと思ったが、
『……!? 待て、レッド!』
と、ジンメが悲鳴のような声を上げる。
「ど、どうした?」
さっきよりよほど慌てふためいた態度のジンメに驚きながら聞くと、
『サイクロプス、まだ生きてる!』
「はぁ!?」
とんでもない事を聞かされてしまう。
慌てて地面下に横たわっているサイクロプスを見るが、分断されたまま特に何の変化も無かった。
いや、無かったように見えた。
「――ん!?」
ところが、その瞬間。
サイクロプスの全身が、ビクビクと揺れ始めた。
「馬鹿な、あれでまだ生きて……!」
サイクロプスが、その巨体がまた立ち上がると想像して、レッドは剣を再び構える。
だが、それは間違いだった。
「……え?」
よく見ると、動いているのはサイクロプスの肉体ではなかった。
サイクロプスの、山のように生えた黄色い目玉たちだったのだ。
そしてその目玉たちは、サイクロプスの身を離れ飛び上がっていく。
「な、なにぃ!?」
肉体を引き剥がして、百近くある眼球たちが空を舞い、黒き鎧へ向かっていく。
やがてそれらの瞳たちは、レッドを取り囲んだ。
「――アルゴスって魔物、こんな感じなのか?」
『まさか。下手な改造したせいで、魔物として変質しちゃったんだよ、目玉だけ』
ジンメの解説も、あまり耳には入れていなかった。
なにしろ、レッドの周りには今、
巨大な黄色い目玉を持つ、いや目玉だけの怪物たちが、その瞳を輝かせてこちらを狙っていたのだから。
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