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闇の王国と光の魔物編

第二十六話 雷鳴轟く時(4)

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 新貴族派が目論んだ、王都ティマイオ襲撃によるクーデター計画。
 それには『光の魔物』の解放と共に、第二王子スタンリー・クリティアスの誘拐、そしてフランシス号の強奪が含まれていた。

 そして現在、計画はどこまで進んだかというと――実は、誘拐も船の強奪も、実行されてはいなかった。

 というのも、この計画は光の魔物こそが要であるため、担当のC班より光の魔物の制御が成功したと報告されるまでは動けない事情があった。それ故、第二王子の誘拐を担当するA班と船の強奪を担当するB班は待機していた。

 が、予定時刻になっても全然連絡が来ないため、彼らは業を煮やしてもう突撃してしまおうか、あるいは何かあったかも知れないから人を派遣して確認するかとそれぞれ揉めていた。所詮、王国憎しで集まった生まれも育ちもバラバラな者たちばかりだったため、結束はあってないような代物であった。

 とにかく、裏で恐ろしい陰謀が張り巡らされているというのに、真夜中のソロンは至って平和で光り輝いていた。

 しかし、その平和は一瞬で崩されることになる。

 突如、地面から落雷のような閃光がいくつも走り、ソロンの街を貫いたのだ。

 閃光、と共に、激しい爆発が起きる。住人のほとんどが気付く暇も無しに、爆発から発生した火災によって焼かれるか、倒壊した建物の下敷きになって潰されてしまう。

 閃光が襲ったのは、ソロンの街だけではない。その近くにあった港にも閃光は何本も走り、停泊してあった船も港ごと破壊されていく。王国の誇りであり象徴でもある大型船フランシス号も例外では無く、巨大さが仇となった結果、閃光の直撃を喰らい大破した。

 ティマイト五世から続く歴史あるネイト城にも閃光は走り、あの威厳と風格を誇る城が脆くも崩れ去った。これは後になって判明することだが、この際城に宿泊していたスタンリー・クリティアスの部屋に命中し、彼は肉体一つ残さず死亡したという。

 ともかく、あっという間にソロンの街は破壊され、炎に包まれる事態となった。

 最初の閃光からなんとか生き延びていた住民たちは、何が起こったのか分からないが、とにかく逃げようとした。炎と崩壊する建物から、なんとか命がけで避難しようとする。

 だが、生き残った彼らは、すぐに生き残ったことが幸運では無く、不運だったのだと悟る。

 地面を突き破り、倒壊した家屋を持ち上げて下から這い出してくる物があった。
 人工的にソロンを彩っていた輝きは消えたが、家や人を糧に燃え盛る炎が、それを照らす。

 現れたのは、人型でありながら家屋よりはるかに巨大な、恐ろしい怪物だった。

 全身の至る所が巨大な目で覆われたおぞましいその姿に、生き延びていた住民たちは誰もが逃げるのも忘れ、絶望し立ちすくんでしまう。
 そんな彼らに、巨人――サイクロプスは、百はあろう瞳を全て向ける。

 サイクロプスは捕食の際、通常の魔物とは違う食し方をする。
 直接喰らうのでは無く、自身の雷鳴波で相手を焼き尽くし、その蒸発した肉体から発生した魔力を口から吸うと言われている。
 伝承によると、かつて魔獣だった頃のサイクロプスは雷鳴波を使うことが出来ず、鋭い牙と爪で相手を捕食していたものの、魔物化した際雷鳴波を覚え無用の物となったのでは、とされている。

 が、現在に復活したサイクロプスは、その巨大な手で生き延びた住民を掴み取ると、あんぐりと開いた口に放り込んで悲鳴ごと咀嚼した。

 五百年振りに復活したサイクロプスは、非常に飢えていた。
 わざわざ雷鳴波で溶かしてから喰うなどというまだるっこしいやり方は取れず、とにかく今すぐ口に入れたくて仕方なかったのだろう。
 そんなサイクロプスの飢餓心により、住民たちは一瞬で焼かれて死ぬというある意味楽な殺し方では無く、生きて喰われるという恐怖と絶望を味わうこととなった。

 住民たちはサイクロプスの魔の手から逃れようと必死に走るが、城塞都市というソロンの都合上高く分厚い壁に阻まれ街の外へ出られない。門から出ようとしても、第二王子が滞在しているからか固く閉ざされており、開閉を担当する門番もどこかへ消えてしまったのか居ない。
 実は門番もクーデターに参加しており、それぞれ職務を置いてA班かB班に混ざっていたものの、先ほどの閃光で焼かれて消滅していたなど住民が気付くはずも無い。

 逃げ場を失った住民たちは、炎とサイクロプスから逃げ惑いながら、城壁が壊れて出られる場所が無いか探し求める羽目となった。

 誰もが泣きわめくか、ヤケになって暴れ狂うか、あるいは全てを諦め棒立ちになるかという地獄のような状態と化してしまう。

 けれども、そんな中で、一つの黒い影が地面から飛び出してきた。

 黒い影は空へ舞うと、ソロンが見渡せる高さで静止する。
 そして黒い影は、思いっきり息を吐いた。

「――ぶはっ! がはっ! はぁっ、はぁっ……!」

 黒い影――レッドは、絶え絶えの息をなんとか整える。
 鎧を着込んだまま、左腕にはサーシャを抱えている。

 翼を使ってサイクロプスの閃光から逃れはしたものの、洞窟の崩落に巻き込まれ生き埋めにされてしまい、なんとか土を弾き飛ばして脱出に成功したのだ。
 空中で辺りを見回すと、そこには目を疑う光景が広がっていた。

「ひでえ……」

 時間にして十分もかかっていないはずだが、その短い間にソロンはほんの少し前までの姿を失っていた。
 あらゆるものが焼かれ、壊され、発展し光り輝いていた街は、脆くも崩れ去っている。
 とても還都だの新王都だの、新しい王国の象徴だの言われていたのが信じられないくらいの惨状であった。

「あの目ん玉野郎、好き勝手やりやがって……!」

 レッドが怒りを露わにした、その時。

『! レッド、避けろ!』
「っ!」

 ジンメの叫びに、反射的に羽を大きく動かして宙を駆けると、
 さっきまで自分が居た場所に、黄色い閃光が走った。

「おわぁ!」

 閃光は直撃を受けずとも、衝撃波だけで黒き鎧を揺らし、危うく墜落するところだった。

「あいつ……!」

 誰がやったかなど確認するまでも無い。家屋を踏み潰しながら歩くサイクロプスが、その百はあろうかという瞳の大半をこちらに向けていた。
 そして、その瞳がまた輝き始める。

「ちいっ!」

 レッドはまた羽をはためかせ、空を滑るように逃げた。
 同時に、何本もの閃光が空へと走っていく。

「……ん!?」

 そこで、ふと妙なことに気付いた。

 サイクロプスから発された雷鳴波の大半は当然レッドに放たれたが、一部は足下かどこかも分からない明後日の方向へ飛んでいったのだ。

「お、おい! なんであいつおかしな方へ撃ってるんだ!?」
『――そりゃそうだよ』

 レッドの疑問に、ジンメは呆れたような声を出す。

『いきなり百もの目が生えて、まともに扱える奴なんているわけないじゃん。あいつ自身、己の肉体の変質についていけてないんだよ』
「ええい、誰だあんな馬鹿みたいな改造した奴は!」
『知らないよ! 誰か分かんないけど相当規模の馬鹿だよそいつ! ってうわぁ!』

 レッドたちが騒いでいる間に、第二射が来たので慌てて回避する。今度は先ほどより閃光の数が増えた気がした。

「くそっ、狙いはこっちか!」
『さっきその場にいたから、敵だと思ってるのかね』

 まだ斬ってもいなかったのに、と叫びたい衝動を堪え、立て続けに撃たれる雷鳴波から逃げる。こんな状況では反撃すら難しい。
 何より、戦えない理由が別にあった。

「……っ」

 ふと、レッドは脇に抱えたサーシャに視線を移す。
 彼女は愕然とした表情のまま、下の惨状に目が固定されていた。

 魔物を使ってのクーデターなどというものに加担する以上、場所はともかく街や人々が炎に包まれるなどということは想定していたはずだ。

 けれど、考えるということと実際目にするのとは雲泥の差がある。
 サーシャは、自らが生み出したも同然である地獄の姿に、言葉を失っていた。

「……くそっ!」

 悪態をつくと、レッドは黒き鎧を飛ばしてソロンから少し離れ、街道沿いに着陸する。
 そしてサーシャを降ろすと、肩を揺さぶって正気に戻させた。

「あ……」
「おい、ここも安全じゃない。早く逃げろ」

 そう言われたサーシャは、戸惑っている様子だった。先ほどまで殺そうととしていた相手に逃げろと言われれば無理からぬことかもしれない。

「で、でも……」
「いいから行け! このままだと奴に見つかっちま……」
『――悪いけど、魔物の執着ぶり舐めちゃいけないよ』

 ジンメにそう呟かれ、弾かれたように振り返ると、

「マジかよ……」

 だいぶ離れたつもりだったサイクロプスが、城壁を突き破ってこちらへ向かってきていた。
 巨体故に足は遅いようだが、炎が上がるソロンの街を背に、おぞましい怪物の姿が浮き彫りとなっていた。

「……お前は逃げろ」

 それだけ言うと、サーシャに背を向け、サイクロプスに対峙する。
 羽を広げ、サイクロプスのところへ向かおうとする。が、

「……どうして」

 というサーシャの、絞り出されたような声に一旦止まる。

「何故、私を助けようとしますの……? 私は、あなたを……」
「……お前の言うとおり、スケイプを殺したのは俺だ」

 サーシャの息を呑む声が聞こえるが、レッドは振り返らずに言葉を続ける。

「だから――いや、別にあいつのためとか、お前がスケイプの妹だからとかじゃないんだろうな、きっと」

 自分でも分からないというように、ただ説明になっていない説明をする。
 しかし、最後に一つだけ、分かることだけ述べた。

「単に……お前にまで死なれると寝覚めが悪いってとこだろうな、きっと」

 そうとだけ告げると、翼を大きくはためかせ、巨人へと切り込んでいった。
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