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闇の王国と光の魔物編
第二十二話 偽りの動乱(6)
しおりを挟む「グ、グレイグ様だと……? 何言ってんだ、あの方こそが俺たちの……」
「真のリーダーだってのか? 違うだろ、あの人は関係ないって建前なんだろ?」
ザダはそう言われ、口ごもってしまう。実際、グレイグが新貴族派の関係者として顔を出したことは一度も無いのだろう。
「ギリーが、どこかのスパイが内部に侵入していることを疑ったとき、グレイグはすぐに『他国の工作員』と言った。一見当たり前のことを言っているようだが、よく考えるとおかしい。何故すぐに『他国』のと思ったんだ? 工作員なら、アトール王国側が出したって別に不思議じゃないのに。考えられるのは――」
「――彼自身が、アトール王国がソロンでの動乱を起こすために用意した工作員だから、ですか?」
「いや、多分あいつは仲介役だろう。お前やベティとかいう奴を新貴族派へ接触させるためのな。違うか?」
「ご明察ですよ、レッド様」
パチパチと拍手をされる。褒めているのではなく、馬鹿にしているのが見え見えで腹が立った。
「そ、そんなわけねえ!」
またザダが、いやサーシャと同行した新貴族派の面々が信じられないとばかりに否定し出す。
「なんでグレイグ様が王国なんかに加担するんだ、そんなことして何の得が……!」
「逆だよ、グレイグが王国を倒したりして何の得がある?」
えっ、と言った顔をされた。王族を皆殺しだなんて言って逸っていた時とはまるで違う顔だ。
少し哀れにも思いつつ、レッドは続けた。
「ソロンはあくまで商業と運輸業の街だ。貿易というのは、物資と金銭を交換する相手同士が平和であってこそ成立する。アトール国内だけでなく、レムリーやその他の国とも交易があるソロンが、反乱なんか起こして内戦状態になったらあっという間に流通は止まるぞ。他国だけでなく、他の領地も同様だ。金の流れを止めるようなこと、するわけがない」
『――よく言うよ。僕が言ったことなのにさ』
「黙ってろ。俺だって最後は分かったんだから」
ジンメの冷ややかな視線を無視して、話を続ける。
「仮に王都を潰したところで、諸侯辺りが納得するわけがない。特に、ゴリゴリの国粋主義者なウィルマン辺境伯とかな。違うか、サーシャ?」
「……さあ、どうでしょう?」
「とぼけるなよ、お前をここに派遣したのもウィルマン辺境伯じゃないのか? 王族でありながら髪の色一つで追い出された辺境伯の娘、とか言えば、あのお人好しのギリーなら簡単に迎え入れたろうしな」
顔に傷のあるレッドを受け入れたように、サーシャも自分の容姿を使って同情を誘ったのだろう。結果的に、その甘さが付け入れられる隙を作ってしまった。
「しかし、王国打倒なんてしても利益がないと言ったところで、街に集まった新貴族派と称する反動勢力が納得しない。奴らは王族を皆殺しにすることしか考えてないから、先の事なんて気にしてないもん。だろ?」
レッドにそう言われ、ザダたちは絶句してしまう。自分たちでも、王都を滅ぼした後どうしようかなど、考えようとすらしていなかったのに今更気付いたらしい。
「だから、グレイグは王国と手を結んだんだ。新貴族派を止めるのではなく、むしろ煽って武力闘争へと進ませ、クーデターを実行させるためにな」
それが、今回のクーデターの正体だとレッドは結論づけた。
王国が新貴族派を弾圧できなかったのは、彼らが犯罪者でもなく武装蜂起したわけでもないからだ。あえて武力を持たず戦う術がないからこそ、表立って潰す強硬策が使えなかった。そんなことをすればより反感を育て上げるだけだからだ。
だが、新貴族派が実際に武力闘争を行い、王国へ反旗を翻したとなれば、彼らを叩き潰すこれ以上無い言い訳が出来る。ソロンに限らず、新貴族派かそれに賛同の意を示す地方貴族も謀反を企てる大罪人として裁く根拠が出来る。そういう筋書きに違いなかった。
そして、その発端をソロンにしたのにも理由がある。
「多分、邪気溜まりが起きる随分前から、このソロンへ還都する計画は進んでたんじゃないか? だからこそ、今回の魔物を使っての反乱という計画にしたんだろうな。還都のために、邪魔な奴を排除する必要があるし」
「じゃ、邪魔な奴? 誰が邪魔だって言うんだ?」
「決まってるだろ、今ソロンで暮らしている民だよ」
ザダがかっと目を見開く。
「王国としては還都したくても、ソロンに山ほど人が居る今の状態じゃ中央貴族たちの住処が無い。でも、だからって無理に追い出そうとしたらやっぱり反感を買って暴動でも起こるだろう。ソロンだけの暴動なら大したことないけど、国内で暴動が乱発する事態が起こる可能性だってある。王国としてもそれは望まないだろうから――お前ら『黒頭巾』とやらを潜入させ、反感持った奴らを焚きつけたんだろ?」
そう推測すれば、新王都ソロンだの新貴族派だの、この街に『光の魔物』があるという情報も、多分意図的に流されたものだろう。ソロンを反動勢力の象徴とし、王国に対して叛意を持つ者を集めさせるために。そうやって一纏めにしておいてから、一気に潰すために。
「で、新貴族派に平和解決ではなく、王国を打倒するしか道は無いと誘導させて、実際にクーデターを起こすよう仕向けたわけだ。ソロンの街を手に入れるためにな」
「だ、だけど、王国が還都したくても、ソロンで戦争が起きたら仕方ないんじゃ……」
「あれ? お前らの計画だと、ソロンでは戦わず直接王都に攻撃するんじゃなかったの?」
ガクッ、とザダが地に足を付けてしまう。他のメンバーも、誰もが言葉も何も失ってしまっていた。
まあ、自ら王国打倒という情熱に燃え、戦う決意をしたと思っていたら、その王国に上手いこと弄ばれていただけなど知れば当然だ。
「フランシス号と第二王子の視察だって、最初から織り込み済みだったんだろ? 新貴族派に船を強奪させて彼らと魔物を積載、そして王都を襲撃へと行かせる。どうせ王族も中央貴族も避難済みだろうな。捨てる予定の王都なんか別に壊して貰っても平気だな」
恐らく残るのは、王都で働く身分のない者ばかりだろう。適当に彼らを殺せば、宣伝としてより有効になる。
「その後は簡単だ。適当なところで船の奴らを殺害し、反乱勢力は打倒されたことにする。そして新貴族派が残虐で危険な奴らだと喧伝し、第四方面軍にソロンを制圧の名目で市民をほぼ全員殺させる。嬉々として行うだろうな。何処の軍も略奪と虐殺は大好物だ」
レッドは、自らの故郷だったカーティス領を潰した近衛騎士団のことを思い出していた。
「それで還都が成立した後、グレイグは何らかの地位を与えられて収まることになってるはずだ。だからこそ、一応クーデター新貴族派に属していないという建前になっていた。――ま、こんなところかな。どこか間違いがあったら教えてくれ」
と、レッドは尋ねたものの、誰も返答しなかった。
ザダたちはもはや呆然どころか我を失っているくらいで、ただその場で立ちすくむしか出来ない案山子と化している。
サーシャはしばらく俯いたままだったが……突如、パチパチという音が鳴り出した。
彼女は拍手を始めたのだ。
「素晴らしい。ほぼほぼ正解ですよ、レッド様」
「――なるほど。これが正解で良いのか」
実のところ、ほとんど憶測ばかりであったため、自信という程のものはなかった。ジンメから聞かされて自分でも筋は通っていると思いつつ、根拠の無さを思うと信じ切れなかった。
しかし、だからこそ新たに、大きな疑問が生まれる。
「なら――聞いていいか、サーシャ?」
「おや、なんでしょうか?」
あちらは素知らぬ顔をしているが、それが表面上でしかないのはレッドでも分かる。
明らかに、何を質問されるのか知っている顔だ。
「なんであの日、ギリーとグレイグが話す場所に俺を連れてった? あれさえなければ、俺はここまで結論にたどり着けなかったかもしれない。
いや――そもそもお前どうして俺を自警団に入れた? 俺の正体を知ってるなら、計画成立のために引き入れたりしないはずだ。それに――最大の疑問がある」
「最大? どれでしょうか?」
「決まってるだろ、ここで自白したことさ。計画成功のためには、魔物を船に積んで王都を襲撃させなくちゃいけない。まあ、新貴族派が武装蜂起したという事件を起こさせるだけでも十分かもしれんが、今ここで、お仲間の目の前で馬鹿正直に認める必要はなかったはずだ。なのに、どうしてだ?」
そう、レッドが尋ねたところ、
「――ふふっ」
と、彼女の口から声が漏れたかと思ったら、
「ふはははは、ふはははははははははははっ!!」
などと、いきなり彼女は大爆笑を始める。
その勢いに、思わず皆が気圧されてしまう。
すると、彼女は笑いを苦しみながらも止める。
「ははは……レッド様、分かりませんか? それこそ、一番簡単な謎ということが」
「なに……?」
そう笑いながら、サーシャは両手を広げ、こちらに向き直す。
「いえ、実に簡単なことですわ。あなたを引き入れたのも、ここに来るよう誘導したのも」
なんて言ってニッコリ笑うと、空洞内に変化が起こる。
紫色に輝いていた卵のようなものに包まれていた魔物が、突然その光を増したのだ。
「な、なんだ!?」
レッドが驚く間もなく、サーシャが解答を述べる。
「結論から言いますとね、私はとっくに、計画なんて進める気ないのです」
「なに……? じゃあお前の目的は……」
「それこそ、決まってますわ」
その途端、
今まで笑っていた彼女は、その顔を引っ込めて悪魔のような怒りと憎しみに満ちた形相を向けてきた。
「全てはあなたを殺すためですわ、レッド・H・カーティス。
愛するお兄様――スケイプ・G・クリティアスを殺したあなたをねっ!!」
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