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闇の王国と光の魔物編

第二十話 偽りの動乱(4)

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 アトール王国において繁栄を極めたソロンの街であるが、魔物被害が全く無いと言うこともない。

 先だってのクラーケンと動揺に水棲の魔物による被害や、飛行する魔物の襲撃が行われた事例もあるが、中でも直近でソロンの街へ大被害をもたらしたのは、二十年近く前のビッグワーム異常発生事件だろう。

 地面を掘り進み獲物を足下から喰らうビッグワームが、ソロンの地下付近を新たな根城として繁殖していたのだ。気付いた頃には大量のビッグワームが湧いて出る地獄のような事態になっていたという。

 ソロンの衛兵では対処できず、第四方面軍や冒険者ギルドにも応援を呼んでビッグワームの退治には成功したものの――ある意味それ以上に問題だったのは、ビッグワームが食い荒らした地下そのものにあった。

 ビッグワームは移動の際地面を喰ってそのまま進んでいく。そのため、地下に穴が開いてしまう。特に今回のような大量発生ともなると、地下はビッグワームの移動跡で穴だらけとなる。これが厄介で、ソロンやその周辺で地盤沈下や陥没が多発することとなった。

 時のアシュフォード領領主は、今度は魔術連盟や教会に依頼して土系魔術の専門家を雇って穴だらけになった地面を埋めさせたが、それだけで解決はしない。多くの土木作業員や大工が集められ、ソロンの再建へと奮闘した。

 実は、この一件で多くかき集められた労働者の中に、二十年以上前起きた跡目争いで王都から追われたり失職した元中央貴族やその使用人が少なくなく、そのためこのソロンに反王国勢力が集まるきっかけになった――というのは、今現在気にする話ではない。

 今大事な話は、そのビッグワーム異常発生の際に出来た、大量の地下空洞のことだった。

 当時ビッグワームによって作られた地下空洞は、実は全部完璧に埋められたわけではない。
 地下空洞があっても技術的に困難と判断された場所や、崩壊の危険性もなく安全と判断された場所は放置されていたものもある。

 中には、今後有効に使えるかも知れないということで、あえてそのまま残していた空洞もある。

 その中の一つに、ソロンの街のすぐ傍から、ヴェルヌ川の川底から地下深くに繋がっているトンネルがあった。
 ここは当時荒天下でも川岸への移動を可能とするために、地下トンネルを作るのに利用できるのではないかということで崩壊しないよう処理して残されていたが、結局地下トンネルを作る予算を立てることが出来ずに放置されたままだった。

 二十年経過し、今はほとんどの人間から忘れられた場所だったが――現在、その場所に何人もの人間が訪れていた。

 周囲は発光する特性を持つヒカリゴケで覆われ、明かりがなくても視界が確保されていた。
 しかしそれだけではない。今この空洞にはもう一つ、光源となるものがあった。

「すげぇ……」

 新貴族派、革命勢力としての王都侵攻作戦で、魔物を運搬するC班の担当となったザダは、目の前の光景に思わず魅入ってしまう。

 ビッグワームによって作られたトンネルの終着地には、どういった地崩れが起きたのか大空洞が完成していた。
 何十メートルという広々とした空間の中心に……それは鎮座していた。

 一見すると、それはあまりにも巨大な卵にしか見えない。全長は五メートル以上あるだろうか、とにかく規格外に巨大だった。

 その周囲を、大量の紫色に輝く石が照らしていた。数はいくらあるかとても分からないが、その光がヒカリゴケ以上にこの空間を照らしていた。

「あれが……『光の魔物』なのか?」

 ザダが傍らにいるマリオンに問いかけたが、マリオンはふっと微笑むと、

「いいえ。あれは眠っているだけですわ。本体はあの殻の中で封印されています」

 と答えた。

「封印……ていうか、お前こんなデカブツどうやってここまで運んだんだよ。いくらビッグワームのトンネルでも、あんなもんとても通らないだろ」
「まさか。あんな重たいものとても持てませんわ。あれはこちらへ転移させたのです」
「転移……? 転移魔術って、確かお伽噺に出てくるあれじゃなかったか?」

 ザダは魔術に関しては無知だったが、転移魔術はお伽噺でもよく使われるものであるため聞いたことはあった。

 一瞬で人や物を好きな場所へ移動させる魔術。お伽噺としては面白いが、そんなものが実在するとは誰も信じていなかった。仮に実在すれば、貿易の拠点としてソロンが発展することはなかったろう。

 だが、そんなザダの困惑を、マリオンは微笑んだまま否定する。

「いいえ、転移魔術は実在します。ただし、準備も大変で魔力を多量に消費するため、実用的とはとても言えませんが……こうして、伝説の魔物でも移動させることは可能です」

 自慢気にそう言うが、実際のところはかなり大変だったはずだ。ギリーが腕利きの魔術師として連れてきたマリオンだったが、それに偽りは無かったらしい。

「それで……魔物はどれくらいで目覚めるんだ?」
「もう間もなくです。それと、こちらで制御する術の用意も万全です。計画実行までには終了するかと」
「頼むぜ。今回の作戦は、これが切り札なんだからな」
「ご安心ください。光の魔物は必ず復活させてみせます。私の使命のためにも」

 力強い台詞を言われ、安堵する。

 正直、こうして遠目に見ているだけでも、ただの卵のような姿だというのに、ザダは魔物の異様さに怯えていた。巨大な卵まがいという冗談みたいな代物なのに、漂ってくる威圧感に震えそうだった。

 これが本当に、伝説の魔物だとザダは頭で確信していた。普段はどんな恐ろしい魔物でも勇敢に戦う熊族一の戦士という自負をザダは持っていたが、この時はそこら辺の子供と大差なかった。

 そんな臆する彼らを無視して、マリオンは光の魔物を覚醒させる儀式へと入った。彼女の周りに、見たことも無い文字が浮かんでいく。
 彼女の護衛として参加したC班の男たちが、全員揃って後ずさりする。魔術を知らない彼女たちにとって、その光景も恐怖心を煽る様でしかない。

 この瞬間、マリオンはお伽噺に出てくる怪しい魔女となり、周囲の男たちはその暗黒の儀式を拝む観客となった。

 いや、そのはずだった。



「――やっぱり、お前だったか、マリオン」

 と、突然どこからともなく声がした。

 ザダ含めC班の護衛たちが、驚いて辺りを見回すと、この空洞の入り口に男が一人立っていた。

 自警団に支給された警備兵の鎧を着ているが、兜は外している。
 その解放された顔には、新貴族派が忌み嫌う金髪碧眼と、痛々しい焼け爛れた跡があった。

「貴様……ヘリング!」

 ザダ含めC班の護衛たちは一斉に武器を構える。
 だが、皆から武器が向けられているというのに、ヘリングは平然とした様子だった。

「てめえ……やっぱり王国のスパイだったのか!」

 ザダはそう叫んだ。

 数日前、突然ギリーの店で暴れて荒くれ者どもを簡単にぶちのめし、その腕を見込まれて自警団に入れられた謎の男。ギリーは怪しい人間を目に入るところに置いておきたいという理由もあって自警団へ誘ったが、ザダは不審なこの男を気に入っていなかった。

 当然、信用できないということでこの作戦にも入れていなかったが、こうしてここに現れた以上、やはり王国が自分たち新貴族派を調べるため送り込んだスパイだったのだと確信する。

 しかし、ザダたちが猪狩を露わにしているのに対して、ヘリングは少しも動揺しないどころか、こちらをまるきり無視して、別の人物へ視線を向ける。

 すると、

『――やれやれ参ったね。まさか川底にこんな場所があったとは。感知魔術の弱点突いちゃってくれて、僕としたことが油断したよ』

 そう、新たに全然別の声がしたので皆が驚愕する。
 ヘリングの方から聞こえたが、奴の声ではなく子供のような、性別も分からない甲高い声だった。

 第三者がいるのか、と周囲をキョロキョロしたが、誰かいる気配も無い。ザダたちは慌ててしまう。
 そんな中、唯一落ち着いてみせているヘリングが、どうしてだか左手を持ち上げて話すような仕草をした。

「なんだよ、感知魔術の弱点て」
『感知魔術や索敵魔術ってのはね、魔力の流れを感じて周囲を調べる魔術なんだよ。普通の地面や空中とかだったらいいけど、水中ってのはマナが絶え間なく勢いよく流れている場所だから、周辺の魔力がすぐに流れちゃって感知し切れなくなるんだよ。その下に魔物を隠していたら、僕だって見付けられないさ。ま、僕がこんな姿じゃ無かったら余裕で感知出来ただろうけど』
「結局分からなかったんだから負け惜しみにもなってないぞ」
『なんだとー!?』

 そう騒いでいるが、ザダたちはヘリングが誰と話しているか皆目分からなかった。
 どうしてだが、自分の左手に向かって話しかけているが、意味不明である。

「え、ええい、さっきから何してんだ貴様ら! いいから、俺たちの邪魔するってんなら――!」
「――お前ら、ギリーが殺されたの知ってるのか?」

 かぶりを振って叫ぼうとしたザダだったが、彼が発した一言に、思わず固まってしまう。

「……な、なに?」
「……その様子だと、知らなかったみたいだな。ギリーは死んだぞ。誰かに首かっ切られてな」

 予想だにしていなかったとんでもないことを言われ、全員が動揺する。
 いや、一人だけしていなかった。

「――おや、死にましたか、あの方。まあやっぱりという感じですね」

 それは、今儀式を行っていたマリオンである。
 少しも驚かず、極めて冷静に、そして柔和な笑みを保ったまま、こちらへ振り返ってきた。

「や、やっぱり? お前、何を言って……」

 マリオンの言葉が理解できず困惑していると、ヘリングが代わりに尋ねてきた。

「なんだ、お前がやったんじゃないのか? じゃ、あのベティて女の仕業か?」
「さあ? ご存じありませんね。もしかしたら、ご自分で始末したかもしれませんし」

 素知らぬ顔をするマリオンだったが、自分で殺したわけでないと言いつつ殺害した犯人に見当は付いているらしい。

「ど、どういうことだ、マリオン。お前、ギリーは別件で離れているって……」
「嘘ですよ。死んで貰いました。あの人余計なことに感づいちゃったので、計画に支障を来しちゃマズいですからね」
「け、計画だと? 何のことだ?」
「当然、このソロンにおけるクーデター計画ですよ。私たちが主導して皆様に反乱を起こさせようとしたのに、それを邪魔されては困りますからね。まあ、計画実行まで行っていたので殺す必要も無かったのですが……念には念、ということでしょう。哀れですねあの方も」
「お前たちが、主導……? どういうことだ、お前は……」

 頭が混乱し狂いそうになる中、ヘリングはそんなザダたちに構うこと無くマリオンと話す。

「――なるほど。ということは、やっぱりお前が王国から派遣された工作員か。この偽りの動乱を起こすために、新貴族派を煽ってクーデターに走らせるためのな」

 クーデターに走らせる、などということを言われた。何のことかサッパリ不明なザダたちを、ヘリングは嘲るように一笑した。

「ええ。よく気付きましたねヘリング様。
 ――いえ、もうレッド様と呼んでも宜しいですね?」
「……やっぱり、俺のこと気付いてたか、マリオン――いや、サーシャ」

 レッド、と呼ばれたヘリングが、マリオンとサーシャと呼ぶと、

 彼女は眼鏡を外し、三つ編みにした茶髪をむんずと掴んで、頭から引き剥がした。

「あ……!」

 ザダは我が目を疑う。

 いつも目にしていた髪は、ウィッグだったのだ。
 そしてその下からは、短く切り揃えられた――金髪が露わになった。

 現れたのは、金髪と紫色の瞳をした、マリオンとは別人の少女だった。

「お久しぶりです、レッド様。初対面で気付いて貰えなくて、ショックだったんですのよ?」
「気付くか……学園にいた頃のお前は、金髪縦ロールを振り乱して暴れてたクセに。こんな王都から離れた地で、ウエイトレスしてるなんて分かるかい」

 頭を抱えるような仕草をして、ヘリング――いや、レッドは呆れていた。
 話から置き去りにされていることを分かっていても、ザダはどうしても聞かずにはいられなかった。

「お前……いったい、誰なんだ?」

 しかし、マリオン――サーシャは質問には答えず、ただ笑っているだけだった。
 そのサーシャに代わり、ザダの問いに答えたのはレッドである。

「何がマリオン・ハベルスだ。そいつの本名は――サーシャ・ウィルマン」

 そう、指差しながら告げる。

 ウィルマン、の名はザダも聞いたことがあった。この周囲を管轄する第四方面軍の軍団長を務めている、ウィルマン辺境伯のことだ。
 それでも十分驚きだが、ザダが真に驚愕するのはその後だった。



「だがウィルマンの名は、ウィルマン辺境伯の養子となることで得たもの。
 本当の名前は――サーシャ・クリティアス。
 現国王ティマイト十世と王妃カトリア・クリティアスの娘にして、
 ――ベヒモスによる王都襲撃を企てた、スケイプ・G・クリティアスの妹だ」
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