上 下
115 / 123
闇の王国と光の魔物編

第十九話 偽りの動乱(3)

しおりを挟む
                            
                                        
(――さて、皆様揃ったようですので、開始しましょうか)

 光の中から、女の声がした。
 この声には覚えがある。間違いなくマリオンだった。

(ギリーがいないが、どうしたんだ?)

 次に、男の声が新たに聞こえた。これはザダとか呼ばれていた亜人だろう。彼の言葉からすると、ギリーは不在らしい。

(別口で用があるからと離れていますが、そのうち合流されることでしょう。グレイグ様も今は来られないとのことです。なので申し訳ありませんが、この場は私に仕切らせて貰います)
(まあ、ギリーの秘書務めているお前にケチ着ける気は無いよ)

 それ以上ザダは何も言わなかった。彼女はレッドとさして変わらない年齢だというのに、信用されているらしい。

(では、まずおさらいと参りましょうか。作戦開始は今夜、ほぼ同時に行われます)

 それから、マリオンを主体として会議が始まった。

(A班はまず、ネイト城に侵入して城を制圧、スタンリー・クリティアスを確保してください。同時に、グレイグ様も捕らえて連れてくるようにと)
(……? おい、グレイグ様も協力してくれているんだろう? どうして捕らえるんだ?)
(あの方は表向き関係ないことになっていますから。それに、アシュフォード領領主も捕まっているということにすれば、人質が二人になりますからね)

 内容は、明らかに重罪となる王族誘拐であった。冗談でも言えば首が吹っ飛ぶ内容だが、家の中の誰一人として冗談と思っていない。

(城の内部構造は地図が提供されているので、A班は覚えておくようにお願いします。城の警備兵には話は通しておりますが、第二王子直属の護衛も待機しているでしょうから戦闘は避けられないかと)
(心配すんな、王都でのほほんと暮らしている奴らなんぞに負ける俺らじゃねえ!)

 と、今度はザダとは違う図太い男が雄叫びをいくつも上げた。A班所属の、屈強な戦士どもだろう。

(ありがとうございます。次に、B班はフランシス号を強襲、船を強奪してください。こちらがある意味一番重要になります。A班が失敗した場合でも、B班が船を奪いさえすれば作戦は続行可能です)
『……あ?』

 マリオンの説明に、ジンメが困惑してしまう。

『どういうこと? 王族人質に取るより、なんで船奪うことの方が大事なの? ていうか、なんで船奪うの?』

 その疑問は、レッドも同感であった。

 てっきり、第二王子を浚って王国と交渉でもする気かと思っていたのに、それより船の方が優先だという。第四方面軍を確保していない以上、人質を取るのに失敗すれば簡単に軍を動員されソロンなど灰にされるだろうに、何故失敗しても大丈夫だなど言うのか。

 それ以上に、船を奪う理由が分からなかった。フランシス号は王室御用達の巨大船だが、特別優れた船であろうと別に戦闘兵器というわけではない。かなりの金をかけた大事な船だろうが、取り替えが効かないわけでもないし、いざという時壊すことに躊躇など無いはずだ。人質の代わりにはならない。

 だというのに、船なんぞ奪ってどうするのか? 意味不明だった。

(――そして、C班は『光の魔物』を搬送し、船に積み込みます。それからA、B班と合流。フランシス号で王都へ向かい、一気に攻め込みます)
「なっ……!」

 思わず、絶句してしまう。

 新貴族派の目的は、王族を人質にしての交渉などではなかった。光の魔物の力を使い、直接王都へ侵攻するつもりだったのだ。

「ジンメ、出来ると思うか? いくらなんでも、王都を破壊するなんて」
『今の王都なら可能だろうねえ。王都の戦力は乏しいし、光の魔物の力は絶大だもん。その気になれば、制圧することだって無理じゃないよ』

 戦慄する。

 レッドは、今まで自分が新貴族派というのを過小評価していたことを悟った。棚からぼた餅のような好都合が重なって栄えていただけなのに、調子に乗った連中の集まりだと。
 しかし、レッドはそれは間違いだと初めて分かった。

 彼らは、レッドが想像した以上に危険で――そして救いようがないほど愚かな馬鹿共の集まりだったのだ。

『しかし――やっぱり変だね。どうして光の魔物を搬送するのに、フランシス号なんか必要なんだろう? 仮に彼らが魔物を使役する方法を持っているとしてもだよ』
「は? どういう意味だ?」
『だってさ、君も知ってるでしょ。光の魔物は……』

 と、ジンメが疑問を述べようとしたところ、中での話し声が大きくなっているのが聞こえてきた。

(ようし、これで王都は終わりだな!)
(ああ、俺たちを散々痛めつけて金を奪ってきた奴らに、目に物見せてやれるぜ!)
(王族の奴ら全員ぶっ殺して、俺たちの国を作るんだ!)
(ねえ、王族の公開処刑はあたしにやらせてくれない!? 肉屋だから首切るのは自信あるわよっ!)

 ワーワーと外まで普通に盛り上がる彼らに、レッドは怒りを通り越して呆れすら感じていた。

「……まるで祭りの前日だな」
『反動勢力なんてあんなもんさ。自分の不幸を全部上の奴らが悪いと思ってるから、そいつらさえ殺せば勝手に自分たちにも裕福で幸福な生活が来ると勝手に信じていられる。ま、成功しても国の運営なんて上手くいかないから、大概仲間同士揉めて崩壊するんだけどね』

 ジンメのキツい物言いも、実際そうなるだろうとレッドは確信していた。
 今の彼らに、王族や大貴族が滅んだ後のアトール王国を統治する力があるとは思えない。というより、国を統治しようと思っているかも分からなかった。強大な力を手に入れ、浮かれているだけだろう。

「――これが、お前の本来の計画で討たれるはずだった連中か? ジンメ」
『――なんのこと?』
「とぼけるな、お前がソロンでクーデターを起こさせようとした本当の目的は……」

 と、言おうとしたところ、喧噪の中からマリオンの落ち着いた声が響いてきた。

(――では、作戦開始時刻まで、皆さんはそれぞれ待機ということで宜しいですね?)

 マリオンの一言に、騒いでいた彼らも冷静になって三班に別れ解散する、そう思われたが、

(ちょっと待て。まだC班の内訳が決まってないぞ)

 そうザダが異議を唱えてきた。

(ああ、ご心配なく。C班は私一人で十分ですから)
(なんだと?)

 ザダは驚いてしまっていた。レッドも、そして恐らく中にいるクーデター勢力も同意見だろう。

 なにしろ、計画に一番肝心の魔物の移動という大きな役目を、たった一人でこなすと言っているのだ。この計画の要である光の魔物を、一人で制御する気だろうか。

 皆の動揺をよそに、マリオンはただ落ち着いて返事をした。

(魔物の支配は私にしか出来ません。しかし、私が制御していれば動かすこと自体は容易です。正確には、魔物自身に動いて貰うのですが……なので、皆様は他の作戦に従事していたたければ)
『――なるほど、魔術師は彼女みたいだね』

 ジンメがそう呟く。
 魔物をどう従えるかは分からないが、少なくとも魔術師は必要になる。話の様子からして、マリオンがクーデター側に属する魔術師なのは間違いないだろう。

(――いや、護衛は必要だ。俺と数人ついて行こう)
(……わかりました。よろしくお願いします)

 マリオンは、ザダの提案を快く了承した。――ように、思えたのだが。

(……チッ)

 という、舌打ちの音が聞こえた来た。

「……今、舌打ちしなかったか、こいつ」
『したねえ。この魔術でしか聞こえないくらい小さな音だけど』

 そんな二人の会話を知ることもない新貴族派は、作戦開始まで解散ということに決定したようだ。

「――どうする? 今すぐ襲ってあいつらぶっ飛ばして情報聞き出すか?」
『いや、どうやらギリーだけでなくベティとかいう武器商人もいないみたいだね。黒幕が不明な以上、下手に動くのは危険じゃ……うん?』

 と、そこまで言いかけたジンメの様子が変わる。

「どうした、おい?」
『――なんか、血の匂いするわ』
「は?」

 突然とんでもない言葉を発され驚いてしまう。

「お前、鼻無いだろ」
『失礼な。言うとおり僕自身に鼻は無いさ。でも君と感覚を共有しているから利用することは出来る。ま、君自身の嗅覚じゃ鈍すぎて気付かないから、魔力で僕にも分かるよう調節させて貰ってるけどね』
「自慢のつもりか、それ。まあいい。血の匂いってどこからするんだよ」
『あっちだ』

 ジンメが示した方向に歩いて行くと、見慣れた家が建っていた。

「あれ、ここって……」
『あのときの家だね』

 そこは、マリオンに連れて行かれた、ギリーとグレイグが密談していた家だった。
 ドアには鍵がかかっておらず、人の気配はしなかった。

「ジンメ、誰かいるのか?」
『誰もいないよ。――生きてる人間は、ね』

 レッドは魔剣を自分の影から取り出し、ゆっくりと二階に上がっていく。この時点で、鈍いレッドの鼻でも分かるほど血の匂いがした。
 誰もいない、と言われていたが、一応警戒しつつ扉を蹴り開けると、そこには、

「……!?」

 そこには、一人の男が倒れていた。
 うつ伏せに倒れている男の体を中心として、夥しい血が流れている。
 しかし、レッドが驚愕したのはそこではなかった。

「こいつ……まさか……」

 レッドは、倒れている男に見覚えがあった。
 恐る恐る、足でその男の体を起こしてみると、

「んな……!」

 思わず息を呑んだ。

 倒れていた男は、間違いなくギリー・ルックウッドだった。
 喉の辺りを切られていて、とっくに絶命していた。

『――死後、少なくとも五時間は経過してるかな』
「なんで、こいつが……」

 レッドは信じられなかった。

 クーデターを起こそうという張本人が、何故このタイミングで殺されたのか。
 そして、誰が殺したのか。見当も付かなかった。
 だが、そんなレッドに、ジンメは冷ややかな声を漏らす。

『……あらら、レッドまだ分かんないの? 誰が殺したのかさ』
「なんだと? お前は分かるってのか?」
『よく思い出してみなよ。五時間前って言うと、何が起きていたかさ』
「五時間前? というと……」

 レッドは、言われるまま振り返ってみる。

 この世界には、大陸一つで総括された時計というものがある。アトール王国が建国当時治世のために用意した標準時間という物で、各国が分かれてもその時間だけは統一されていた。
 大きな街では、大概各所にその標準時間を示した時計が設置されている。個人用の時計もあるが非常に効果でまず普通の人間は持てない。

 その時計は、先ほどまでレッドが警備していた場所にも置かれていた。だから、今から時計が五時間前に針が差していた時間のことは思い出せる。

「……第二王子が、スピーチしてた時か」
『やれやれ、ようやく思い出したか』

 ジンメが失笑しながら言う。

 ソロンを訪れた第二王子は、パレードとして豪華絢爛な馬車に乗り街の人間にその顔を見せた後、記念式典に参加しスピーチを行った。
 てっきり、ソロンに還都を正式発表するのかと街の人間は誰もが思ったが、内容はここまでの発展をしたソロンに敬意と賞賛を、とか王国としてソロンは素晴らしい街だとか当り障りのない物ばかりだった。
 そのスピーチが、だいたい五時間前くらいに終わったはずだと思い出す。

「しかし――そのスピーチがどうだって言うんだ?」
『いや、問題はスピーチの内容じゃなくて、スピーチが終わったことさ。流石にソロンの街で色々顔が広いこの人を式典終わりまで殺すのはマズかったんでしょ。下手に殺したら、祭り自体が行えなくなっちゃう。式典が終わったから用済みになって消したんだよ」
「は? 何言ってんだ、それじゃまるで……」

 と言いかけて、レッドは息を呑んだ。

「……まさか」
『ああ、多分そうだろうね』

 ニヤリとその顔を歪めるジンメは、とっくにその可能性へ至っていたのだろう。ただ、こちらが気付くまで面白がって見ていたのだ。
 腹は立ったが、今はそれどころではない。

「しかし、じゃあ殺した犯人は……」

 レッドは、そこでふとあることに気付いた。

 先ほど聞いた、あるちょっとした音。
 そして今まで抱いていた違和感。

「……ジンメ、お前俺の記憶読めるんだったな」
『なんだい突然、またあの話かい? だから、君の全部の記憶読んで調べろたって無理だよ?』
「だったら、時間を限定して調べるのは可能か?」
『……まあ、やろうと思えば出来るけど、なに、どうかしたの?』

 ジンメがレッドの様子がおかしいことに気付いたが、構っていられなかった。

「じゃあ、今すぐ俺が指定する年代の記憶を調べてくれ。今すぐだ!」
『わかったけど……え、いつの時代?』
「二回目の、俺が学園に通っていたとき、それも二年か三年の時だ! 急げ!」

 レッドに命じられ、ジンメは何事か分からぬまま記憶を覗いていく。

「ぐっ……!」

 同時に、レッドの頭に激痛が走った。ジンメの術が影響しているのか、頭中が痛み出した。
 そして、痛みと共に情景が浮かび上がっていく。それは、彼の学園時代の記憶だった。

 当時、睡眠のことばかり考えて勉学と剣術に励んでいた頃。
 ほとんど一人で過ごしており、滅多に他人と関わらなかった。
 そんなレッドに突っかかってきた数少ない人物こそが、一月前に王都を襲撃しようとし、レッドとの戦いの果てに死亡した――スケイプ・G・クリティアス。

 友達もおらず一人で学園生活を行ってきたレッドと違い、王族の息子ということで彼には様々な取り巻きがいた。
 中には、彼の心を射止めようとする女学生も絶えなかったくらいである。
 そんな、生徒の中には……



『……様、……兄様ぁ!!』



「――!!」

 その時、レッドはようやく思い出した。
 愕然とするレッドに対して、ジンメは呆れたような声を出す。

『――おいおい、こんな濃いキャラ忘れてたのかい? 物覚えが悪いにも程があるね』
「分かるわけ無いだろ! あいつ、名前も髪も全部変えてたんだぞ!」

 レッドはそう叫んだが、すぐに気を取り直しジンメに尋ねる。

「ジンメ、出て行った奴らを追えるか!?」
『簡単だよ。彼らの持つ魔力の波動は認識しているからね。追跡は容易だけど……誰を追うんだい?』

 それは質問というより、レッドがどう返事するのか悪意地で聞いているだけだった。
 だが、レッドはそれに対して、口元を歪めて答える。

「んなもん、決まってるだろ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.

恋愛 / 完結 24h.ポイント:22,641pt お気に入り:13,890

寝込みを襲われて、快楽堕ち♡

BL / 連載中 24h.ポイント:809pt お気に入り:1,209

ありがとうを貴方に

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

What goes around,comes around

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

糸目令嬢はなんにも見たくない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:88

沈むカタルシス

BL / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:46

可愛い後輩ワンコと、同棲することになりました!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:53

ときめきざかりの妻たちへ

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

処理中です...