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闇の王国と光の魔物編

第十七話 偽りの動乱(1)

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 突然の第二王子訪問のニュースから三日後。
 街は、人でごった返し、お祭り騒ぎとなっていた。

 ただでさえ盛況な街が、このときは街中大盛り上がり。大通りには屋台が並び、雑技団や大道芸人も山ほどそこらに溢れかえっている。美しい花が舞い散り、栄えたこの街を彩っている。

「――これで、客として来れたら楽しかったかもしれんが」
『嘘つけ。お祭りなんか嫌いなクセに』

 一人呟いたつもりが、ジンメにツッコミを入れられてしまった。

「いやだって……こんな鎧着けて、街の警備しなきゃいけないんじゃどんな楽しい光景もムカつくだけだろ」
『同感だけどさ、衛兵とか給仕とかどんな楽しいことでも楽しめない人はいくらでもいるんだから、んなこと愚痴ってたら怒られるよ?』

 そんな風に揶揄されてしまう。左手に正論言われるのは気に入らなかった。

  今レッドは、鎧一式を着込んで街の一角、港が見える大通りの傍で警備をしていた。本来なら衛兵の仕事ではあるが、何分人手不足なので自警団も呼ばれたのだ。ちなみに鎧も剣も支給されたもの。くれた相手は、件の武器商人ベティだった。

「はぁ……結局、ベティがどんな奴かすら分からなかったな。会うことも出来なかったし」
『忙しい相手だそうだからねえ。あるいは、避けられてるのかも』
「避けられてる? 俺個人に対してか? どうしてそんなことをする?」
『さあて、ね』

 また回答を明確に述べなかった。こういう匂わせたがる態度は嫌いである。

 実は今日まで、ベティに接触しようと色々回ったものの、会うことは叶わなかった。商人と言うことで街に滅多にいないというのは分かるが、あのクラーケン討伐作戦にも同行していたそうだし何処に居るのか居ないのか自警団でも分からないという。
 だったら、どんな奴か知りたかったのだが、誰に聞いても適当に話を濁らせるのみだった。最終的に、女であること以外不明のままで終わった。

「信用されてないんだろうなあ。ま、入ったばかりでいきなり異常な実力見せれば、当然と言えば当然か」
『ふうん、本当にそれだけかねえ?』
「うん? どういう意味だ?」
『いや、これはあくまで憶測だから、言わないでおいた方がいいかな』

 そう言ってまたシラを切ってしまう。こうなっては絶対喋らないため、レッドはため息をつくしかなかった。

「まあいい。それよりも、重大なのは魔物の方だな。そっちも手がかり一つ見付けられなかったし」

 そう。それがもう一つの懸念だった。

 元々レッドがこの街を訪れたのは、『光の魔物』がここに存在するという情報があったからだ。ギリーが話していたことから察するに、それは事実なのだろう。
 しかし、肝心の光の魔物が何処にいるのか、その隠し場所は掴めなかった。この街自体には存在しないようだが、かといって離れているとも思えないとはジンメの考えである。

『まあ、普通なら危険な魔物なんて離れて置きたいだろうけど、彼らにとってもあれは切り札だからね。あんまり距離を取って、別の奴に奪われるリスクは無視できないでしょ。自警団だって人手は少ないし、こんなヤバい仕事金で雇った傭兵や冒険者にやらせるとも思えないしね。ある程度離れていても、目が届く範囲に留めると思うよ』
「そんな離れていない範囲でも、お前には感知出来ないのか?」
『言いたかないけど、今の僕の感知は弱いからねえ。巧妙に魔力を隠蔽されれば、見付けるのは難しいかも。足下にでもあれば別だけど、街周辺完全にカバーするのは無理だね』
「頼りにならない奴」
『なんだと? 言っとくけど僕がこんな弱体化したのは誰のせいだと思って……』

 そう幾度目か知らない喧嘩をし始めたら、向こうから別の警備兵が歩いてきた。熊族の亜人であるザダだった。

「ようヘリング、異常は無いか?」
「ええ、今のところは別に」
「なら良かった。こういう祭りの時は馬鹿なこと考える奴も多いから、気をつけろよ」
「わかりました」

 そんな挨拶だけして、ザダは去って行く。
 その背に向かい、レッドは「へっ」と笑ってみせた。

「馬鹿なこと考える奴だと。自己紹介のつもりかね?」
『ま、あの手のタイプは自分が馬鹿なことしてるとは思わないもんさ』

 レッドとジンメの意見が珍しく一致する。

「しかし、それはともかくとして……」

 レッドは、警備兵として行儀良く立っていながら、辺りをキョロキョロする。

『なんだい、落ち着きも無く』
「いや、落ち着いてるさ。でもまあ、すごい活気だなと思ってな」
『はあ? 君王都で暮らした人間でしょ。この程度の祝祭なんて山ほど行ってるじゃない』
「違う違う。俺が驚いてるのは、たった三日でこんな祭りを開けたことさ」

 レッドはそう訂正させる。

 実際、三日前に第二王子が視察に来るということで、歓待の祭りを開くと言ったときは無理だろと思ったものだ。街一つの祭りをたった三日で起こすなど、不可能に決まっている。
 ところが、グレイグやギリーが積極的に活動したらしく、当日になってみればこの盛況ぶり。いくら経済力のあるソロンとはいえ、こんな大きな祭りをたった三日で開くなど恐ろしい力だった。

『まあ、だいぶ無理したろうけどね。アシュフォード領のみならず、近くの領地からも人や食材や商人に至るまで金使って輸送したんでしょ。ワイバーンもだいぶ使ったろうし、恐らくむちゃくちゃ金消費したと思うよ?』
「だろうな。それくらいしないと第二王子を招けないしな。しかし、そんな無茶させてまで王国は第二王子をどうして寄越したのか……あ、そう言えば」

 そこでレッドは、他にも分からないことがあるのを思い出した。

『うん? どうかしたかいレッド』
「いや、第二王子はどうやって来るのかと思ってな。ここまで馬車は三日は無理だし、いくらなんでもワイバーンで飛んだりはしないだろ」

 王都からこのソロンへは、馬車でも十日かかる。三日では無理だ。
 かといってワイバーンで来たりはしない。ワイバーンでもかなりの強行軍になるし、ワイバーンでの移動は基本的に無防備だ。魔物や賊に襲撃されるリスクを考えれば、第二王子を乗せて移動なんて危ない真似は出来まい。

 そう考えての疑問だったが、ジンメに心底呆れた声を出されてしまう。

『はあ? 呆れたもんだ、君も物を知らないねえ』
「なんだと? どういう意味だ?」
『そのままの意味だよ。馬車やワイバーンなんか使うかい。ここはソロンだよ?』
「ソロンだからどうだって言うんだ? 意味わからんぞ」
『やっぱり知らないんだね。君それでも公爵家の人間? 何がって……おや、来たね』

 そう言うと、ジンメは左手を動かして中空を指差した。

「は? 何が……」

 とまで言いかけてレッドは止まる。

 ジンメが示した先には、ソロンの港があった。
 今、そこに一隻の船が停泊しようとしていた。それ自体は、ソロンにおいて何も珍しいことでは無い。

 問題は、その大きさである。
 ひたすら、デカい。普通の輸送船の倍はあるかも知れない。幅も、巨大さに自信があるヴェルヌ川だからこそ良いが、下手な川では通れなくなるだろう。

 巨大さだけでは無い。普通の帆船には無い、派手な塗装がされていた。赤を基調とした派手な色合いは、船というよりは豪華な芸術作品のようであった。

 何より、その船のマストに、デカデカとアトール王国の紋章が描かれているのが遠く離れていても容易に分かった。

「……なんだありゃ」
『王室御用達の巨大船、フランシス号さ。王族が大きな集まりなどで移動するとき使う専用の船。知らなかったのかい?』
「……王都には港なんて無いからな」
『勿論、最寄りの港に停泊させてるのさ。こんなの王都に暮らす庶民だって知ってる奴は知ってるよ。やれやれ、王都と屋敷以外ほとんど出たこと無い引きこもりってのは常識というものが……あいだだだだだだだっ!』

 ここぞとばかりに笑いものにしてくるジンメを、思い切りつねってやった。結果的に自分も手を痛めるのだが、構いはしない。

「やれやれ……しかし、船でも時間はかかるだろ。風の影響もあるし、三日なんて短時間でたどり着けるのか?」
『いいや、あの船は単なる帆船じゃ無い。船体に魔石を埋め込んで、周囲の水の流れを操作して自ら動くことが出来る。大量の魔石と船体にある程度の規模が無いと流れに影響与えられないから、かなりの巨大船になる必要があるけどね。ただ、速度は段違いだよ』

 やはり王室御用達の巨大船、そこら辺の船よりはるかに優秀らしい。言い振りからして多分作ったのはこのジンメだと思うので、レッドは自慢気にしているこいつをスルーすることにした。

「――つまり、あの船に乗っているのは王族……多分、第二王子ってことだよな」
『当たり前だよ。王族無しにあの船は動かせないもん』
「なんで、そんな物まで持ち出してわざわざ来たんだ?」
『――知らない』

 と、投げやりな返答をされた。

 確かに、そんな王室の誇りと言えるような特別な船を、ただの視察程度で持ち出すとは思えなかった。
 まるで、何かに使うように。あるいは使ってくださいと言わんばかりに。
 何者かの思惑を、確かに感じた。

「――第二王子、乗ってるかな。見に行きたいところだが……」
『警備兵が部署離れちゃまずいでしょ。パレードの時間まで我慢しな』

 警備兵を引き受けたのは疑われないためだったが、病欠とか言って逃げるべきだったかなと今更ながら後悔した。
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