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闇の王国と光の魔物編

第十四話 策謀(2)

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「うぷ……」

 レッドは、借りている宿屋のベッドの上で、それはもう誰がどう見ても露骨なほど気分が悪くなっていた。

『――飲み過ぎだ馬鹿』
「仕方ないだろ……宴の主賓は俺なんだから。飲まないわけにいくか」
『ふん。飲み方くらい覚えなよ。言っとくけど、吐きそうになったからって左手で押さえないでよ、汚いから』
「左手が職務放棄するんじゃねえよ……うぷ」

 なんと呻いていると余計に気分が悪くなってきたので、とにかく脱力して体を横にする。

 事実、飲み過ぎてしまったのはレッドのせいだった。
 グレイグ・アシュフォードが来てから宴はより一層活気を増し、飲めや歌えやの大騒ぎ。誰しもが酒をガバガバ飲んで、酔って踊り狂う。レッドも、例外ではいられなかった。
 結果、こうして気分が悪くなるほど飲まされてしまったわけだった。後悔はしているが、不可抗力だとも思っていた。

「あーくそ、疲れた……あのまま飲まされてたらやばかったな。途中で解散になったから助かったが……ジンメ」
『なんだい?』
「監視はどうだ?」
『――今のところ、監視はされているが盗聴の類いはされていなさそうだね』
「そうか」

 それを聞くと、レッドは起き上がり、左手の甲にある顔へ問いかけた。

「――どう思う? グレイグ・アシュフォードについて」
『どうって、ねえ……』

 レッドの質問に、ジンメは少し考える仕草をしたが、

『分からんね。見た目はごく普通の腕利き商人って感じだったけど』
「まあ、外見は感じのいい人に見えたけどな」
『外見なんて当てにならんよ。商人なんて人種は、外面をよく見せる術を心得て一人前だ。このソロンをこれだけ発展させた男だ、それくらい余裕だろうし』

 などと、無い鼻で嗤われつつ指摘された。

 まあ、この件に関してはジンメの言うとおりだろうとレッドも分かった。仮に王国への反乱を企てている首謀者ならば、そう簡単に裏を見せるなんて真似はしないだろう。

 稀代の天才商人とも称される、グレイグ・アシュフォード。
 忘れられた王都とまで言われたソロンとアシュフォード領をここまで盛り立て、新王都などと呼ばれるほどの繁栄と力を与えたという実力者。
 そして、自警団や街の人間からも、その信頼は絶大な物があるらしい。

 なるほど、そこまでの力とカリスマを持っている人間ならば、クーデターを起こそうとすれば付いてくる人間も多いだろう――とは、思う。

 しかし、仮にクーデターをするとしても、今の状況でそんなことをするだろうか? とも思う。

 何しろ、クーデターを行おうと野心を抱く同士、新貴族派はいたとしても、肝心の戦力が無い。
 地方方面軍かレムリー帝国の応援が必要になるはずだが、そんな物があるとは到底考えづらい。

 地方方面軍、国境辺りを防衛する役目を担う辺境伯を中心とする第二、第三、第四方面軍とて一枚岩では無い。
 王国に不平不満を貯めているとは言え、そう簡単に裏切りはしないだろう。第一方面軍が疲弊していても、他の方面軍が動く。何しろ、各地方方面軍との仲の悪さは有名だ。
 縄張り争いしたがる人間の本能か、地方方面軍同士いくつも小さな衝突を繰り返してきた歴史がある。かつてレムリー帝国が侵攻してきたとき、ちょうど第二と第三の管轄の間を通ったため、自分たちの仕事だと揉めた両方の軍団長が大喧嘩を始め、しまいにはレムリー帝国そっちのけで両軍が勝手に戦いだした例もある。

 そんなわけで、仮にどこかの地方方面軍が裏切ったとしても、別の軍がここぞとばかりに背中から襲ってくるのが目に見えてくる。地方方面軍全てを掌握でもしない限り、クーデターなんて応じたりはしない――とは、ジンメの弁である。

 ではレムリー帝国に支援を求めるかというと、それも無いという。

 今世界は、各国が魔王討伐という目的で協調関係にある。
 しかし、もし仮にレムリー帝国が新貴族派のクーデターに手を貸して王国を倒そうとすれば、この協調関係は完全に崩れる。クーデターの成功失敗問わずとも、同盟関係は破綻するだろうとのことだ。
 そうなれば魔王討伐という目的のために組まれた同盟は消え去り、各国は泥沼の戦争へと発展する。クーデターなんて成功するかどうかも分からん賭けに、誰が応じるものかとジンメは語っていた。

 というわけで、地方方面軍も他国も新貴族派のクーデターに参加などしないだろう、と思われる。
 であるならば、もしグレイグ・アシュフォードがどれだけの野心家であろうとも、クーデターなど起こすはずが無い――と、普通なら考えられる。
 新貴族派が、切り札を持っていなければの話だが。

『――所詮、ソロンがここまで繁栄したのは偶然だよ』

 なんて、レッドが考え事をしているとジンメはポツリと呟いた。

「うん? 偶然だと?」
『そうさ。まあグレイグ・アシュフォードが有能とは認めるよ。でも彼が特別優れていたからソロンがこんなに豊かになったわけじゃ無い』
「じゃ、どうしてだ?」
『いやぁ、単に地政学的理由と、平和になりすぎたからさ』
「平和に――なりすぎた?」

 レッドが首をかしげると、ジンメはどうしてだか自慢気に語り出した。

『そもそも、地政学的に言えばソロンが繁栄してないのが変なのさ。平坦で整備しやすい土地と川沿いで港もある。商業や貿易にこれほど適した場所は無いよ。それでもソロンがずっとわびしい土地だった理由、分かるでしょ?』
「レムリーと近すぎたから、か?」
『その通り。まあソロンは軍事的拠点というわけで無いし、ソロン自体が襲われることは無かったけど、それでも経済都市として発展するには面倒な条件さ。王国もそれを懸念して遠ざけたが故に、ソロンはずっと日陰者としての日々を送ったわけだね』

 そこまでは納得できた。ソロンは恵まれた環境にありながら、両国の諍いに挟まれることでその力を発揮できず、新たな王都になることも出来なかった。ティマイト五世の時も、レムリー帝国の内乱が無ければ本当に還都されていたかもしれない。

 そんな不遇の地だったソロンが、今繁栄の極みにいる。理由は、ただ一つ。

『今はレムリー帝国に限らず、大きな国同士の衝突は無いからね。二十年前くらい、つまりグレイグが領主になった辺りで各国の戦争は収まってきていた。平和になれば、貿易は活気を増す。レムリーからも商品が届くようになり、他国との交易拠点と化したからね。元々そんな恵まれた環境で、経済が活性化する流れがあれば、誰だって繁栄されられるっつの』

 なるほど、とレッドは答えた。それから、レッドは左手の顔にまた質問する。

「それも――お前の計画のうちか、ジンメ?」

 そう尋ねると、ジンメは「へっ」と失笑する。

『何遍も言わすなよ。僕は魔王以外に興味は無いよ。何処の国と何処の国が争おうが、何処の街が繁栄しようが知るもんかい。三百年前の内乱だって、僕は放置してたんだから分かるでしょ?
 ――ま、利用させて貰うことはあるけどね』
「利用――ね」

 レッドは、白い目をしながら手の甲に貼り付いた人面疽を睨む。

「だから――ソロンを滅ぼす計画を立てたのか、ジンメ?」

 そう尋ねると、ジンメは「へっ」とまたしても失笑する。

『勘違いしないで貰いたいな。別にソロンを滅ぼそうとかそんな意図は無いよ。僕は単に、アークプロジェクトに使えるんじゃないかと考えて立案しただけさ』
「立案――つまり、新貴族派にクーデターを起こさせる計画を、か?」
『あくまで僕はお膳立てを整えただけさ。それで本当に動くかは、彼ら次第だよ』

 などと、あくまで無責任を貫くジンメ。

 実は、今回レッドがソロンを訪れたのは、ジンメがまだゲイリー・ライトニング枢機卿長だった頃に立案したアークプロジェクト、その一端にソロンが関わっていることからだった。

 聖剣にふさわしい勇者を作り上げるため、勇者候補を人格から思想まで完全にコントロールして生育させるアークプロジェクト。
 その計画は、聖剣の勇者に選ばれし者、アレン・ヴァルドが聖剣を手にして、白き鎧を纏い正式な勇者として任命される、ところで終わりでは無かった。
 ゲイリー・ライトニング枢機卿長は、その後のシナリオまで既に用意していたのだ。
 このソロンにおける計画も、その一つでしかない。

『まあ、いくら偽勇者を倒して正式な勇者として認められたとはいえ、亜人の、そして他国の人間を聖剣の勇者だなんて受け入れられる人は少ないだろうからね。どこかでデカい戦果を上げさせて、口うるさい輩を黙らせないと思ってね』
「――それが、ソロンにおける新貴族派打倒か?」
『そうだね。カッコいいでしょ? 国家転覆を目論む悪党を断罪する正義の勇者様さ。それも王都を滅ぼそうとするとんでもない奴らだよ。助けられる形になった旧貴族たちは文句つけられなくなるよ』
「それも計画のうちか……しかし」

 レッドは、ジンメの説明に納得いかない物があった。
 だが、それを問う前に、ジンメの「――けど」という声に阻まれた。

『確かにそんな計画は立てた。人を介して、ソロンにおける新貴族派打倒計画を実行できるよう工作させるよう指示してたのも事実さ。けど……』
「けど、なんだ?」

 そこでジンメは一瞬悩ましげにしていたが、やがて口を開く。

『僕の計画では、『光の魔物』を使うなんて案は無かった』
「――光の魔物、か」

 レッドは、その名と伝説を思い出していた。

 不死身とも不滅とも称される伝説の魔物。その身から凄まじい光を放ち、敵を焼き尽くすと伝承で伝えられる魔物の名は、『光の魔物』の通称と共にレッドも幼い頃から聞き及んでいた。

「まあ、そもそも光の魔物を探していたついでにここに来たんだけどな」
『他に当てが無かったからねえ。けど、正直このソロンで光の魔物使うとは思えないけど。こんな作戦程度で、光の魔物使うアホがいるかな』
「アホ、か?」
『アホだよ。光の魔物は強すぎるもん。新貴族派なんて粋がってる奴らに使わせたりするもんか。ていうか、制御なんて出来ないし』
「なるほど――」

 レッドは、先ほどまで思い出していた伝説をもう一度引き出してみる。

 確かに、光の魔物が伝承通りの力を持っているとすれば、あまりにも強すぎる魔物だ。そんな力をクーデター勢力に渡すなど、それこそ本当に王都が滅ぶ事態になりかねない。それ以前に、暴走してソロンが焼かれる可能性もあったが。

「つまり……クーデター側が光の魔物を所持しているというのは、デマだとお前は思っている訳か」
『そもそも、そんな噂が立ってる時点で怪しいもんだけどね。普通に考えれば、百パーセントどこかの馬鹿が吹いた嘘だと思ったろうね』
「俺も同感だ。しかし……」

 そう言いながら、レッドはベッドからゆっくり起き上がる。

「なら――あの話はどういうことなんだ?」
『――知らね』

 ジンメは、そうそっぽを向いてとぼけるしか無かった。



 あの話とは、先ほどグレイグが持ち込んできた大ニュースだった。
 そのニュースがあったから、明け方まで行われるはずだった宴会が、明日から大仕事開始ということで打ちきりとなった最大の理由である。

 誰もが驚き、我が耳を疑い、呆気にとられたことだろう。
 何しろ、そのニュースとは、

 三日後に、アトール王国第二王子、スタンリー・クリティアスがこのソロンに視察に訪れるというのだから。
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