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闇の王国と光の魔物編
第十三話 策謀(1)
しおりを挟むアシュフォード領、最大の街ソロン。その街を守る自警団
彼らは、港付近に潜伏し船を襲っていた魔物、クラーケンの討伐作戦を実行した。
作戦にはいくつかのトラブルが発生したものの、結果的にけが人もなくクラーケンは倒され、見事な大勝利で終わった。
そんな彼らが、激戦の後行ったことは一つだった。
「大勝利に……乾杯っ!」
「「「「「カンパーーーーーイッ!!」」」」」
そう――大宴会である。
「…………」
レッドは、昨日めちゃくちゃにした店で、またビールを片手に飲んでいた。
しかし、カウンターだった前回と違って、今回は中央のテーブルに陣取っている。
無論、今回の主賓という扱いだった。
――参ったな。
レッドは、弱り果てていた。
何しろ、こうしてビールをチビチビ飲んでいるだけで、
「おおい、どうしたどうしたお前! もっとグビグビ飲めよぉ!」
「今回のヒーロー様が何してんだぁ!? もっと楽しめやぁ!」
などと、既に出来上がっている酔っ払いに絡まれるのだ。
(――だから、目立ちすぎだって言ったんだよ)
(――反省してる。マジで)
ジンメすらも、疲れ切ったような声を漏らしている。レッドも謝罪するしかない。
事実、クラーケン討伐からレッドは注目の的だった。
今回の討伐自体は成功したものの、自警団が最初に立てた作戦は失敗していた。クラーケンが想像以上の巨大さと凶暴さを発揮し、用意した爆薬では全然足りなかったのだ。
にもかかわらず勝てたのは、他ならぬレッドの力量があったこそである。
ヒーロー扱いされるのは当然だった。人付き合いが苦手なレッドからすれば、地獄みたいな状況となってしまった。
「はっは、しっかしお前叩き出したボスも馬鹿だなあ! こんな腕利きに女取られたからって追放だなんて、女一人くらい差し出せってんだ、なぁ!」
「――言わないでください。反省してますから」
ウンザリしつつ、そう答える。
実は、レッドは自警団の連中に何者なんだという質問をされて、つい「とある傭兵団に所属していたが、傭兵団のボスが自分の愛人が酔っ払ったレッドと関係を持ったことを知って追放された」と嘘をついていた。我ながら頭の悪い設定と思ったが、他に思いつかなかったのだ。
(……なんでそんな設定にしたのさ。わざわざ馬鹿みたいな話作って)
(しょうがないだろ、あのときは咄嗟だったんだから! それに、まあ酒と女で破滅したのは嘘じゃないしな)
(前回でしょ、それ)
なんてジンメの冷ややかなツッコミを受けても仕方がない。勝利の宴は最高潮に盛り上がっていた。
すると、この店の店長にして自警団のリーダーであるギリーが新たな酒とつまみを持ってレッドのところへ来た。
「ヘリング君、感謝するぞ。君がいなければ、我々は全滅していたかもしれない」
「ははは、大げさですよ。皆さんが用意した爆弾があったからこそです。私がしたことなんて、大したことないですよ」
「謙虚だな君は、はっはっは」
ギリーも上機嫌に笑う。どいつもこいつも酒が入ってテンションが上がっていた。
それを都合がいいと感じ、レッドは少し試すことにした。
「私としては、あれだけ爆薬用意した方がすごいと思いますよ。傭兵団ではあんな贅沢出来ませんでしたからね。やっぱり領主様の力ですか?」
「ん? ああ、それは……」
なんてことを聞いたら、ギリーはあからさまに視線を逸らした。何か、言いたくないことがあるらしい。
もう少し探るか、それとも怪しまれるのもまずいし下がるか、と思っていたが、予想外の助っ人がそこに入った。
「はっはっは、ありゃあベティの奴が手回してくれたのさ。あいつは凄いんだぜ、色々顔が広くて融通してくれてよぉ」
酔ったザダが、酒臭い息混じりにそう答える。
「――ベティ?」
初めて聞く名だった。自警団もそれなりの数がいるので、全員の顔と名前を覚えているわけではない。名前からすると女性のようだが。
「うん? 知らないか? 今回の作戦にも参加してたんだがな。そういや、あいつどこ行った? 見た限りいねえぞ」
「ああ、彼女はまた別の用があって、もう街を離れたよ」
「なんだい、忙しい奴だな。一日くらい遊んでもバチは当たらんだろうに」
「そう言うな。彼女には、大事な仕事をいくつか任せているからな」
「はは、まあいいさ。あいつが用意した剣も鎧も上等品だったし、これからジャンジャン仕入れてくれるってんなら大歓迎だ」
どうやら、ベティという女は自警団へ武器などを調達する役目を担っているらしい。今回の討伐で装備が貧弱すぎると思っていた自警団だったが、用意するルートは確保しているようだ。
「ふうん、ずいぶん有能な方なんですね。どんな人なんです?」
「ああ、そりゃな……」
そう、ザダが話そうとしたところ、
店の雰囲気が、突然一変した。
「……ん?」
さっきまであれほど騒がしかった店が、いきなり静まりかえる。
なんだと思ってレッドが振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
今店に来店したらしいその人物は、スーツ姿の四十代くらいと思われる男性だった。
高身長でスラリとした体格をしており、金髪のロングヘアを後ろで纏めている。
瞳の色は紫色で、歳にそぐわぬくらい爛々と輝きまるで少年のようだった。
何より、肌がこの国では珍しく褐色がちとなっている。他国の地方ではいるらしいが、褐色の肌はアトール王国においては少数だ。
そんな彼の来店に、皆が硬直していたものの、自警団の彼らはすぐに膝をついて畏まる。
「あ、アシュフォード領主様! ようこそおいでくださいました!」
「――え?」
膝をついたギリーの言葉に、何事か分からず座ったままレッドは驚いてしまう。
アシュフォード領主と呼ぶのが許されるのは、このソロンにおいてただ一人しかいない。
グレイグ・アシュフォード。アシュフォード家の当主であり、新王都などと称されるこの街で一番の実力者である。
アシュフォード領がこんなに栄えたのは、実のところこのグレイグ・アシュフォードの力が大きいと言われていた。
二十年前に亡くなった先代のアシュフォード家当主から代替わりした際、彼はまだ二十代の若者にすぎなかった。
ところが、彼はアシュフォード家の財産を使い、ソロンやアシュフォード領の大規模な改革を行った。街道や港を整備して貿易をしやすくしたり、税を軽くして商人たちが商いを行いやすくしたり、商業の街として発展するよう整備した。
その結果、アシュフォード領とソロンは貿易の拠点として繁栄し、巨大な金が動くマーケットとして比類なき存在と化した。今のソロンがあるのは、彼の尽力あってのことと言えるそうだ。
そんな話を、レッドも聞いてはいたものの、そんな実力者がこんなに若いとは知らなかった。呆気にとられてしまう。
だが、そんな比類なき改革者が、なんとレッドの方に歩いてきて、笑いかけてきた。
「君が、ヘリング君かい?」
「は、はい! 初めまして領主様!」
呼びかけられ、慌てて立ち上がって礼をする。かなり無様な姿になってしまったが、グレイグは何も言わずににこやかにしたままだった。
「そう畏まらなくていい。今回の作戦における君の活躍は聞いている。君がいなければ自警団の皆も危険だったと。感謝しているよ」
「勿体ないです、領主様!」
なんて礼をしつつ答える。グレイグは笑顔のまま、自警団の他の者たちにも礼を述べる。
「無論、君たちの活躍にも感謝している。このソロンが安全で豊かなのは、君たちような勇敢な住民一人一人が街を守ろうと思っているからだ。これからもこのソロンの平和を守るため力を貸して欲しい。
さあ、今日の宴は全部私が支払おう。私のささやかな礼だ、勘定も何も気にすることはない。思う存分楽しんで欲しい」
グレイグの言葉に、自警団の連中は感情を爆発させたように歓喜し、叫ぶ。
その狂乱騒ぎの中、レッドはグレイグの笑顔を見ながらジンメと話した。
(――こいつが、グレイグ・アシュフォードか)
(かなりのやり手とは聞いていたけど、少なくともこの街の人間の心は掴んでいるようだね。人気者なのは間違いないよ)
(――本当に、こいつが光の魔物を盗んで、クーデターを画策している首謀者なのか?)
(――さあ、分からないね)
ジンメは、またしても言葉を濁すだけだった。
グレイグ・アシュフォードは、レッドの訝しむ視線に気づいていないのか、騒ぎまくる自警団たちに対して笑顔を向けたままだった。
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