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闇の王国と光の魔物編
第七話 新貴族派と旧貴族派(3)
しおりを挟む「ふう……」
レッドは、倒れるようにベッドへ横になった。こんな田舎にもかかわらず、意外とベッドは弾力がある。
「あー疲れた……」
なんて言って、思い切り脱力する。宿屋とはいえ、気の抜きすぎであった。
今現在、レッドはギリーが紹介してくれた宿屋の一室を借りていた。狭いながらもベッドもあるしきちんとした部屋だった。多分、普通の労働者や冒険者程度には入れない特別な部屋だろう。
つまり、彼らがレッドを特別視しているということだ。
「はあ……」
ため息を吐きつつ仰向けになり、レッドは自らの左手を顔の前に出した。
手袋に包まれた甲を見ながら、心の中で話しかける。
(――監視は?)
(隣の家から一人。あと下の階に一人。でも部屋を盗み聞いている様子は無いね。その手の魔術の痕跡も無いよ)
(予想以上に不用心だな)
(いやあ、そこまで気をつける程じゃ無いって判断でしょ)
身も蓋もない言い方をされて嫌な気分になったが、監視も無いなら普通に喋っても問題ないと、レッドは左手の手袋を外してジンメを表に出す。
『ぷはぁ、楽になったよ。あーやだやだ。蒸れて仕方ないよいつもこうじゃさ』
「手に顔があって喋ったら魔物扱いされるだろ……諦めろ、そんなところに寄生したお前が悪い」
『ふん、酷い言い草だねえ。僕がいなかったらここまで来れなかったよ君。誰が導いてあげたと思ってるのさ。君は僕に対して一生かかっても返せない恩があるって事をいい加減自覚したまえ』
「ようし、じゃあお礼として俺の体から自由にしてやろう」
『だから切り落とそうとするなって! すみません言い過ぎました!』
なんてやりとりも毎回のことになってしまった。内心馬鹿みたいと思いながら、レッドは話を戻そうと取り出した魔剣を元に戻す。
「で……どう思う?」
『どう、って?』
「決まってるだろ。奴らが『光の魔物』を所持している可能性さ」
レッドはとぼけるジンメに対して少し機嫌を悪くしながら尋ねる。この一月旅をしてきたが、ジンメというのはこうして茶を濁した話し方をするのが非常に好きなのだ。
そんなことを思っていると、「んー……」と考え始めた。しばし熟考し、ジンメが出した結論は、
『分かんない』
の一言だった。
「――おい、ふざけるなよ。何のために俺たちがこんなとこまで来たと思ってる? お前が伝説の魔物を狩るためだって言ってこの一ヶ月どれだけ歩き回ったか……」
『別にふざけちゃいないよ。本当に分からないってだけ』
「なんだと?」
レッドはジンメの言い分を聞いてみることにする。
『少なくとも、あの場にいないのは間違いないね。まあ、街どころか国一つ滅ぼすほどの魔物を自分の手元に置くのは相当の馬鹿だけどさ』
「お前、世界滅ぼす力持った鎧を肌身離さず持ってなかった?」
『ありゃ別だよ。鎧は着さえしなけりゃ害は無いんだから。奪われるなんて夢にも思わなかったし。
――だけど魔物は違う。封印から解除されれば、容赦なく暴れ出すさ』
前にも聞いたことだったが、そう聞くとやはり身震いしてしまう。
レッドは、一月前のベヒモスを思い出していた。自分たちだけで無く、近衛騎士団や浄化部隊など精鋭揃いで戦った、あの戦い。
弱体化に成功していたとはいえ、多くの被害を出し、自分も危うく死にかけた。伝説の魔物ベヒモスの名に恥じない、まさに怪物のような強さだった。
しかも、今回の魔物、『光の魔物』はベヒモス以上だという。
「――本当に、ベヒモスより強いのか」
『前にも言ったじゃないの。まあ少なくともあのベヒモスよりは圧倒的に上さ。ヘスペリテ湖に沈められていたベヒモスは、国内を覆う超大規模結界魔術に魔力を利用されて常に枯渇状態だったし、作戦開始時も魔力を結構吸われていたんだ。全然全力じゃなかったよ』
「――全力だったら殺されてたか?」
『少なくとも、あのアジッドブレスは効果範囲十倍以上あったろうさ』
そう聞くと恐ろしくなる。今こうして生きているのが奇跡と言われて、いい気分はしないだろう。
『でも僕らが探している奴らはそんな特別な処置はされていない。単に封印されていただけ。封印された状態で魔力を溜め込むのは難しかったろうけど、それでもベヒモスとは比べものにならないさ』
「――そんなものを、新貴族派は本当に使う気なのか?」
『さあ? 仮に使うとしたら、何かしら制御する方法を心得ているか、あるいは……そんなことにも頭の回らない、救いようのない馬鹿ってとこかな』
流石にそんな馬鹿じゃ無いと思うけど、とジンメは付け加えたが、レッドは笑う気分にはなれなかった。
世界を滅ぼせる力を持った、伝説の魔物。
そんなものを手にして、人は正常でいられるだろうか? 深く考えもせず、ただ力に溺れて暴れないと誰が断言できるか? レッドは到底信じられなかった。
かつて聖剣と魔剣という強大すぎる力に溺れ、傲慢になっていった結果、自滅した男を一人、知っているからだった。
『――まあ僕としては、魔物をどう使うか、新貴族派が持っているのかより、どうやって盗んだかの方が気になるね』
「うん? どうやってだと?」
レッドの悩みを知ってか知らずか、ジンメがそんなことを口に挟んだ。
『だってそうでしょ。五百年前に僕が魔物の封印に施した術式は、相当なものだよ? いくら五百年経ってるとはいえ、簡単に解除できるものじゃないんだけどなあ』
「――そもそもさ、伝説級の魔物はお前が管理担当だったんだろ。その魔物が消えてましたなんて、お前の手抜かりじゃねえの」
『うるさいなあっ、僕だって計画がもう少し進んでいたら魔物の現状把握くらいしてたさ! 君のせいでシナリオをだいぶ前倒ししなきゃいけなかったから、暇が無かったんだよ!』
「それこそ俺に文句言われても困るんだがな……ま、それはいいとして、しかし現実に俺らが見たとき光の魔物は居なかった。まさか、自分で逃げたわけじゃあるまい」
『無いね。だったらあいつはとっくに暴れまくってるよ』
伝説の魔物とはいえ所詮魔物。人を喰らうしか能が無いという。レッドが光の魔物が封印されている場所へ行ったのは二週間前。いったいいつ頃から消えていたかは知らないが、その間ここまで大人しいのはあり得ないという。
『まあ恐らく、封印した状態でそのまま持って行ったんだろうね。ていうか、それ以外考えられない。スケイプ君みたく使役なんて出来るわけないし』
「封印した状態で……? 可能なのかそんなことが」
『物によるかな。ベヒモス辺りだと無理だけど、あいつの場合だったら……しかし、どっちにしろ封印を解くのも運搬も、かなり高位の魔術師がいないと不可能だけど』
「かなり高位って、どれくらいだ?」
そうだねえ、とジンメは一言置くと、
『まあ、上級魔術を使えるほど高位だろうね。しかも軽々とだよ。そんな奴、魔術連盟か教会の高位魔術師ぐらいだけど』
「――心当たりは?」
『正直言って分かんない。高位魔術師と言っても結構いるし。封印を解けるレベルと言われても手がかりが少なすぎるよ』
つまり皆目不明と言うことだ。ため息をついてレッドは、寝ることにした。
『なんだい、もう寝るの?』
「明日は早いんだよ。魔物退治の仕事についてこいって言われたろ」
そう、実はレッドは新貴族派に参加する上で、とある仕事を任されていた。
それは、レッドにこの街の自警団に参加して欲しいとのことだった。
アシュフォード領にも領主直属の私兵というのはいたが、ここ十年以上前まで国に見捨てられたような閑散とした場所だったため、私兵の規模は非常に少なかった。故に、衛兵として悪化する治安に対処するのは難しかった部分はある。
そこで、街の住民や働きに来た労働者らが結託して、自警団を建設するに至った。自警団と銘打っているものの、実際はアシュフォード領領主の私兵みたいなものだ。建前上別組織として扱っているにすぎない。
その自警団は衛兵と違い、あくまで治安維持と魔物退治などに行動は限定されていた。その自警団のリーダーがギリーである。
新貴族派に加入したレッドは表向きその自警団に所属することになる。そして、明日魔物退治に向かうので、手伝って欲しいとギリーから依頼されたのだ。
つい昨日入ったばかりの新人に、危険な魔物退治任務に同行させるという、かなりの無茶振りな依頼だった。
「――どう見ても、こちらを怪しんでいるよな」
『確認目的だろうね。ま、当然っちゃ当然だ。こんな怪しげな流れ者、簡単に信じたりしないよ』
「お前のせいだろうが、このっ」
『うわっ、何すんだお前!』
生意気ばかり言う左手に対し、レッドはその顔を押さえつけようとする。
必死に抵抗するジンメと騒ぎ合い、夜は更けていく。
***
「――あの男、信用できるのか、ギリー」
同じ頃、先ほどまでレッドが話していた酒場の地下で、新貴族派のリーダーであるギリーと熊族の亜人が話し込んでいた。
数人いた地下室は、既に何人かは帰っており二人以外はマリオンが傍にいるだけであった。
「ザダ、分かっているだろう。我々には戦力が必要なのだ。いずれ起こるであろう、旧貴族派の侵攻に備えてな」
「しかし、あんな得体の知れない奴なんか囲ってどうする。前に来たベティはともかく、あいつは何か抱えてるに違いないぜ。スパイだったらどうする気だ」
「勿論、監視は付けているさ。スパイなら明日の魔物退治の時、化けの皮が剥がれるといいのだがな」
なんて適当なことを言うギリーに、ザダと呼ばれた男は怒気を露わにする。
「何を悠長なことをっ、俺たち虐げられてきた奴らが日の目を見る唯一のチャンスだぞ!? だからこそ光の魔物を手に入れたんじゃ……!」
「その名前はうかつに出すな、ザダ」
ギリーから鋭い目で睨まれて、ザダも一瞬臆してしまう。
「――あれは切り札だ。それも最強のな。だからこそ、絶対に隠し通さねばならない。何処であろうと、軽々しく喋ることは許さない。いいな?」
「あ、ああ……」
ギリーに凄まれて、ザダはそれ以上何も言えなくなってしまった。
そんな彼に対して、ギリーはゆっくりと椅子から腰を上げる。
「さて、私は明日も早いからな。仕込みもせねばいけないし、寝かせて貰うよ。店の片付けは……明日やらせればいいか。マリオン」
「はい」
傍で控えていた彼女は、呼ばれたとき返事をする。
「お前ももう行っていいぞ。明日は大変だろうから、しっかり休め」
「わかりました。失礼します」
そう頭を下げると、マリオンは地下室から出て帰って行った。
その帰り道、ソロンの街にある裏通りを通っていたところ、
「――ん?」
ふと、通りの向こうに小さな影があるのに気づいた。
賊の類いでは無い。そのようなものは、この街の自警団が簡単に捕まえる。このソロンの治安は、アトール王国のどの街と比べてもいい方だった。
第一、その影はあまりに小さく、少女のように低かった。
頭に対して大きめの三角帽子とローブ、長い杖を持って、まるでお伽噺に出てくる悪い魔女のようだった。
「――なんだ、あんたか」
マリオンは、さして驚くこともなく。現れたその少女に極めて普通に話しかける。
「こんなところによく来たわね。良かったら遊んでいく?」
「――いらない。すぐに戻るから」
せっかく遊びに誘ったのに、にべもなく撥ねつけられたが、マリオンは別に怒ったりはしなかった。
最初から応じるなんて思っていない。この少女の性格は、マリオンも重々把握していた。
失笑すると、少女が差し出した布袋を受け取り、中身を確認する。
「確かに。ご苦労様、あんたも気をつけなさいよ」
「――わかった」
そんな最低限の言葉しか使わずに、少女はさっさと帰ろうとする。
しかし、マリオンは彼女を「待ちなさいよ」と引き止めた。
「――なに?」
そう振り返った彼女に、マリオンはこう尋ねる。
「いや、あんたの今の名前、聞いてなかったなって」
なんて聞かれた少女は、青髪と赤い瞳をした、可愛らしい少女の顔を向けながら、こう答える。
「――ラヴォワ」
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