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転生勇者と魔剣編

第八十五話 早すぎる決戦(6)

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「……いいのか? 味方を裏切ることになるぞ?」

 あっさり言い切ったことに対してレッドがそう指摘すると、枢機卿長は鼻(無いけど)で笑った。

『生憎だがね、僕に味方なんていないよ。いるのは敵と利用する相手さ。各国のトップだって教団の奴らだって、そういう気持ちで参加してるんだよ。僕を、いや誰しも仲良くしようという裏で、いつか互いを裏切って利益を独占しようと企んでいるさ』
「まあ……そうだろうな」

 事実、その通りだとは思う。
 どの国も、単に世界的脅威が存在するから表面上一致団結しているだけで、腹の内では聖剣の勇者というノアの方舟を自分らの都合いいよう操ろう、他の国を陥れようと陰謀を抱えているに違いない。

 そもそも、少し平和になったのなどここ十数年で、それ以前は規模と程度に差はあれど国家間で戦争なんて頻繁に起きていた。アークプロジェクトだのなんだの言ったところで、急に仲良くなれるわけがないのだ。

『その陰謀渦巻く各国間を、僕が取り持つことでなんとか体裁を取り繕っていたのに、君が僕をこんなにしちゃったせいで全部パァだよ? 世界の安寧を保ち、魔王復活から起きる滅亡から救われるには僕がいないとダメなのに、どうしてくれる? 責任取ってくれよう』
「……世界の安寧を保ち滅亡から救おうというなら、何故情報を俺に渡そうとするんだ?」
『決まってるじゃん。僕死にたくないもん』

 これもさも当然の如く言い切った。何やら格好のいいことばかり言っているが、実際はこいつ自身自分のことしか考えていないのは明白だ。

『それに、どうせ彼らも僕を殺そうとするだろうからねえ』
「はあ? どうしてだ?」
『いやさ、僕ってメチャメチャ強いじゃない、魔術とか色々と』
「今し方俺にやられて手の甲にひっついてる状態だが?」
『これは手抜いてたからこうなったの! まあ自分のせいだけどさ。とにかく、その強さと権力でこの計画を強引に進めちゃった部分はあるんだよね」
「――つまり、相当恨まれてるってことか」

 レッドもそこまで説明されて腑に落ちる。

 要はこんな状態で帰れば、間違いなく消されるから帰りたくないと言っているのだ。アークプロジェクトにとって必要な人材というのは本当だろうが、世の中理屈じゃない感情で動く人間もいる。誰に殺されるか分かったものではない場所に、戻るのが嫌なのは自然だ。

 であるなら、まだ交渉の余地がある自分に情報を提供して、身分を確保しようと考えているらしい。図々しいにも程があるとレッドは言いたかった。

『君にとっても僕という存在は貴重になるよ。アークプロジェクトのみならず、聖剣にも魔剣にも、魔獣にも精通しているのは世の中僕くらいだからね。僕以上詳しい相手がいないのなら、僕と手を組む以外あり得ないよ?』
「……お前以外に詳しい人間は、お前が殺したからか?」
『おや、君もだいぶ勘が良くなったね。僕が取り憑いてあげたおかげかな? ……わー待て待て、今のは言い過ぎた、許してくれ!』

 ムカッときたのでまた左手を切ろうとしたら叫ばれた。なんで前回からの怨敵に対して、こんなコントみたいなことしなきゃいけないんだと嘆きたくなった。

 しかし、枢機卿長の言葉通り魅力的な話ではある。

 何しろ、他の情報網がない。というより、アークプロジェクトの全体像を把握していたこいつがいないと、他の人物へ目星をつけるのはだいぶ難しくなる。手がかりを失うのだ。

 と、言いたいところだが。

「――足りないな」
『うん?』
「足りないって言ったんだ。計画の関係者なんて、探そうと思えばどうにでもなる。最低でもアトール王国国王かその周辺だろ。脅して無理矢理聞き出せば済む話だ。それっぽっちの情報のために、お前を生かす理由は無い」
『はっ。彼ら如きが、計画の隅から隅まで知ってると思うのかい? 手当たり次第なんてやり方してたら、日が暮れちゃうよ』
「勘違いするな。仮に時間がかかったとしても、その程度でお前を生かす気分になれないってだけだ」
『おいおい、勘弁してくれ! じゃあどうすれば生かす気になるんだよ!』
「生かして欲しかったら、もっといい条件を寄越せ」
『うん?』

 枢機卿長が頭に疑問符を持つと、レッドは言葉を続ける。

「さっき言ったじゃないか。聖剣のこと、魔剣のこと――他にもまだまだ、隠してることがあるだろ? 全部話せ。そうすりゃ、処遇を考えてやらんこともない」
『――全部話したら、用済みだって殺すのかい?』
「当然だろ」
『じゃあ言うわけ無いじゃないの!』
「そうか。ならば用済みだ」
『だから止めろって! 分かった! 言う、言うからっ!』

 また切り落とそうとしたら泣きそうな声で叫んだ。目と口だけで慌てるその様が、少し面白くなってきた。

「じゃあ、早速質問に答えてもらおうか」
『……いや、先に僕の質問に答えてくれないかな』

 レッドは、いきなり約束を破った枢機卿長に眉をひそめる。

「おい、人に質問できる立場かお前?」
『いいや、これだけは答えてもらわないと困る。これから長い関係になるのなら、どうしてもね』
「別に俺としては、長く関係続ける気なんて無いけど?」
『いいから! これだけは知っておかないとダメなの!』
「うるさいなあ……わかったわかった、なんだってんだ?」

 あまりにしつこいので、レッドが疲れた様子で了承すると、枢機卿長は改めて問いかける。

『さっきと同じ質問だよ。君は――何者なんだ?』
「――ああ、それか」

 確かに、戦う前にそんな質問をされていた。

「――命奪ってないから答えられないんだけど」
『こんな生殺与奪権握った状況なら殺したも同然でしょ! いいからどうして魔剣や呪文のこと知ってたのか教えてくれよ!』
「やだ、めんどくさい」

 そう意地悪すると、腹が(無いけど)立ったらしい枢機卿長は、子供のように拗ねた声を出す。

『もういいよ! こうなったら、君の記憶を直接覗いてやるから!』
「は……記憶を、覗く? どうやんだそんなこと?」

 とんでもないことを言われ、一瞬頭が真っ白になってしまった。

『君の肉体を乗っ取ることは失敗したけど、脳髄にまで接続は出来たからね。支配は無理だけど、脳から君の記憶を引き出すなんて余裕だよ』
「お、おい、ちょっと待て、気持ち悪いからやめろぉ!」
『やかましい! 別に痛くもないから黙ってろ!』

 こちらの制止など聞きもせず、目を何か輝かせて異様なことをし出す。止めたかったが、仮に枢機卿長の言うとおりレッドの脳と繋がっているのであれば、下手に切ると危険ではと頭によぎってしまい、手が止まった。

 そんなレッドの混乱をよそに、枢機卿長はなにやらモゴモゴと喋りだした。

『――ふうん、まあ普通の大貴族らしい生活だねえ。初体験は――え、メイド?』
「――! て、てめえマジで覗いてんのか!?」
『だからそう言ったでしょ! すぐ終わるからちょっと待って……ん?』

 こちらが騒いでいるのを煩わしそうにしていた枢機卿長だったが、突如その声が消える。
 そして、戸惑ったような声に変貌した。

『あれ、こいつさっき剣術クラブに入ってなかったっけ。なんで賭博……は、はぁ!?』

 戸惑いから一転、驚愕へと変わった。
 それ以降はしばらく黙っているだけ。恐らく、あまりのことに喋る力すら無くしたのだろう。

 そして、目だけで怯えが分かるくらいの様子で、こう尋ねた。

『レッド……お前なんで、?』
「……見ての通りだよ」

 こちらへの敬称すら忘れ、目を見張る枢機卿長に対して、レッドは冷めたように返答する。

「お前ついさっき、俺を選んだのは間違いだったと言ったな。でもそれは大きな間違いだ。俺を選んだお前の判断は、実に正解だったよ」
『――そのようだね』

 記憶を覗いた枢機卿長も、レッドの言葉に同意する。

「言ったはずだ。魔剣のことも呪文のことも、全部お前が教えたと。あれは間違いなく真実だ。
 俺は――前回の時で、お前に偽勇者として破滅させられ、さらにお前に唆されて、
 魔剣を手にしてアレンに復讐しようとして、逆に魔物化して殺されたんだよ」

 レッドがそう教えると、枢機卿長はしばらく黙っていたが、

『――とても信じられないな』

 などと、ごく当たり前のことを言ってしまう。

「俺の記憶を覗いたんだろ? ならあれが、嘘ではないってお前が一番知ってるだろ」
『勿論さ。しかし――こんなこと僕もまったく予見していなかった。自分を疑いたくなるよ』

 それはそうだろう、とレッドも理解できた。レッド自身、他人から聞かされれば単なる夢だと思うだろうから。

 そしてまた、少しの間黙っていた枢機卿長だったが、しばらくすると口を開く。

『――異界の娯楽小説に、『異世界転生』というものがある』

 異世界転生、という聞いたことのないフレーズに、レッドは首をかしげる。

「異世界――転生? なんだそりゃ、聞いたこともないぞ」
『当然だね。異界の知識なんてこちらでは微々たるものしか流れていない。僕は異界のことについて研究していたから、そんな情報も手に入れることが出来た。異界について一番詳しいのは僕だろう』
「まあそれはいいとして、なんだ異世界転生って」
『単純に言えば、今存在する世界から別の世界に生まれ変わることさ。例えるなら、異界からこの世界に別人として再び出生するとかね。君とて、そんな話は聞いたことあるんじゃないか?』

 確かに、異界からこの世界に存在しない知識を持った人間が生まれる、と言う話は聞いたことがある。しかし伝説のような話で、実例など見たことがなかった。せいぜい、屋敷に仕えていたメイドがそんなお伽噺を聞かせてくれたような気がするが、異界でもそんなことが起こるとは知らなかった。

『いいや、異界とて娯楽小説のテーマとして使われるだけで、実際起こったりはしない。何しろ、異界は別の世界があるってことを観測できていないんだからね』
「おい、人の思考読むなよっ」
『読んでない。顔さえ見れば何考えているか見当は付く。それより大事なことは、その異世界転生ってのは大抵、記憶を持ったまま転生するんだよ』
「はぁ……?」

 そういえば、異世界から転生したとして、その異世界の記憶が全然無ければ知識を伝えるなど不可能のはずだ。程度こそあれ、転生者は記憶を持っているのが普通なのだろう。

 そこまで考えて、レッドはとんでもないことに気づいた。

「――まさか」
『――ああ。気づいたかい。その通りだよ』

 青ざめたレッドに、枢機卿長は推測を述べた。



『多分君は――君が前回と呼ぶ時間で確かに死んで、
 ?』
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