The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

第八十四話 早すぎる決戦(5)

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「ん……っ」

 太陽の明かりが目に入り、屋敷で倒れていた男が目を覚ました。

 どれくらい気絶していたか、男は分からなかったが、太陽が高く昇ってもいないため、恐らくそれほど時間は経っていないと思われる。

 そんな中、半壊した屋敷で起き上がった男は酷い有様だった。

 着ている服はボロボロ、そして血まみれで、身体中も傷だらけ。
 特に顔の左半分が火傷で爛れている。左目も開けられていない様子。

 他にも、左手の甲に鋭い刃物が刺さった痕があり、血がべっとり着いていた。

「うう……」

 そんな傷だらけの身を無理矢理起こし、男はあぐらをかいた。
 そして、左手をまじまじと観察する。

「――よし、なんとか大丈夫そうだな」

 そう言って男――レッドは、安堵の息を漏らす。

 一応、体の至る所は触ったりして確認しているが、自由が利かない部分は見つけられなかった。左手を切り落とすのには失敗したものの、枢機卿長に肉体を奪われるのは阻止できたらしい。

「あいつはどこ行ったんだ……?」

 周囲を見回すが、どこにも枢機卿長の姿は見受けられない。もっとも、まともな生物では無いであろう枢機卿長がどんな形をしているのか、レッドは想像も出来ないが。
 まあ、憑依に失敗した状態で生きられるとも思えないが、ならば消滅したと考えていいのだろうか。

「とりあえず、助かったってことでいいのかな……」

 レッドは腑に落ちない気持ちもあったが、あの男に乗っ取られるよりはマシと思うことにした。

 と言っても、現状は芳しいものではない、とレッドは改めて傷と血だらけの左手を見つめながら考える。

 枢機卿長が死んでしまい、アークプロジェクトに関する情報を知る者はいなくなってしまった。多分アトール王国含め各国のトップたちは加担していたと思われるが、具体的なメンバーを知っていたであろう枢機卿長から聞き出せなかったのは痛い。これでは探すのに時間がかかってしまう。

 一番の敵であった枢機卿長は仕留めたものの、結果まだ戦いが終わっていないと判明しただけだ。全てを倒さない限り、レッドの復讐は終わらない。

 ――それに、戦っていればいずれアレンも出てくるしな。

 アレンは枢機卿長の話から、奴自身利用されたに過ぎない人物だとは分かった。
 だが、仮にそれを説明したところで信じはしまい。あれで頑固なタイプなので、こちらの話などまるきり耳を貸さないに決まっている。

 レッドの敵がアトール王国国王ならば、いやもしも他の誰であろうと、アレンはレッドの邪魔をするだろう。レッドを倒そうとするだろう。

 勇者として。

「――ま、やるってんなら戦うしか無いな」

 次会う時は、いや次会う時も、間違いなく敵だ。いずれ決着をつけねばいけないと、レッドは決意した。



『――甘ちゃんだね、やっぱり。相手は君を殺す気なんだから、んなぬるい覚悟で勝てないでしょ』



「――っ!?」

 レッドは目を見張る。

 突然、あの甲高い声が響いたのだから当たり前の反応であった。

「き……貴様、どこだ、どこにいる!?」

 慌てて周囲をもう一度見回すが、誰の気配も無い。あるのは先ほどまで枢機卿長だった、ゲイリー・ライトニングとアリア・ヴィクティーの砂状になった死体だけだ。

 一瞬気のせいか? と思った。のだが、

『どこもかしこもあるもんかい。こっちだよこっち』
「!! ど、どこにいるこの野郎、出てこい!」

 再びの声に確信し、魔剣を右手に再度視線を周囲に巡らせるが、やはり何一つ見つからなかった。しかし、

『だからこっちだって。目と鼻の先。ちゃんと目凝らして見てみな?』
「何が目と鼻の先だ、さっさと出てこ……」

 ふと、そこで、妙な違和感を覚えた。

 視線の先は、先ほど自分で魔剣を刺してズタズタの左手。
 そこに、何か変な感じを持ったのだ。

「――まさか」

 嫌な予感がしたレッドは、自ら着ていたボロ布を外し、左手にこびりついた血をゴシゴシと拭う。
 そうして、少し綺麗になった手は、やはり傷だらけだった。

 特に手の甲は、指の方に小さな傷跡が二つ並び、手首の方には大きな傷跡が一つ出来ていた。

「これっ、って――」

 レッドが、悪寒のような物を抱いたその時、

 小さな二つの傷がかっと開き、そこから目玉を出した。

「――っ!」

 レッドが声にならない絶叫を上げているところ、今度は大きな傷も開き、その口から声を発した。

『ようやく気づいたむかね。鈍いにも程があるよレッド君』
「う、うわあああああああああぁっ!」

 あまりのことに、思わずひっくり返ってしまった。
 なんと、レッドの手の甲に、目と口が形成されていたのである。

『いや、なんでそこまで驚いてるの? さっきも見たじゃん』
「馬鹿言うな、さっきとは違うだろ色々! なんでそこで定位置にはまってんだお前!」

 そう叫び、非難する。
 すると、枢機卿長――らしき物体はバツが悪そうにこう語り出した。

『いやー……自分でもこうなるなんてね、予想してなかったよ。まあ要するにだね、失敗したのよ』
「失敗、だと?」

 レッドがそう聞き返すと、枢機卿長も「うんうん」と答えた。

『実はこの体乗り換える術って結構魔力使うんだよね。だから今日はアリアちゃんに憑依せずに来たんだけど、戦闘とアリアちゃんに乗り換えた時点でだいぶ魔力消費しちゃったのよ。
 そんな中で君の体無理矢理奪おうとして、しかも君の剣を止めることに力使ってたもんだからさ、ははは……左手しか乗っ取れなかったわ』

 そこまで聞くと、レッドはまた左手を床に押しつけ、魔剣を大きく振り上げた。

『わー待て待て、止めて止めてっ!』
「うるせえ、今度こそ切り落としてやるっ!」
『止めろ止めろ、てか無駄だから! お前自分の左目分かんないの!?_』
「――ん? 左目?」

 と、言われて初めて気づいたのだが、

 レッドの、左目が開かれていた。

「え? なんで……」

 レッドは信じられないと言った様子で右手で左目を何度も触る。

 昨晩、いや朝になったのでもはや一昨日の晩だが、アレンによって顔と共に潰された左目。それの視界が、戻っていたのだ。

 魔剣の回復能力、ではない。魔剣でもそこまでの力は持っていないはず。仮にそうだとしても、今まで音沙汰が無かったのに急に治るなどおかしな話だ。

 そう思っていると、左手の枢機卿長が自慢気に喋りだす。

『驚いたかい? これが僕の力だよ。僕の力が干渉したおかげで、君の目も治癒してしまったのだよ。感謝して欲しいねえ』
「よし、感謝しよう。そしてお前は用済みだ」

 そう言って、また魔剣を振り上げて切り落とそうとするので枢機卿長は再び叫ぶ。

『わーちょっと待て! 目だけじゃ無いんだよ! もうちょっと確認しろ! そうだ、アリアちゃんいつも手鏡持ってたから、それで自分の顔を見るんだ!』
「手鏡……?」

 別に枢機卿長の言葉など無視しても良かったのだが、いやに気になってしまったレッドは、言われるままにアリアが着ていた神官服をまさぐり、手鏡を取り出した。
 そして、自らの顔をのぞき込んでみると――

「え――?」

 自分の目を疑ってしまった。

 確かに、潰れたはずの左目は、ちゃんと開き見える目となっていた。
 だが、元通りになったのではない。

 なんと、かつて右目と同じく透き通るような碧眼だったその目は、血のように赤く輝いていたのだ。

「これは――!」

 しかもそれだけではなく、よく見ると王家の血縁であるもう一つの象徴、金髪も変わっていた。
 何故か、髪の所々にメッシュのような黒色が混じっているのだ。一瞬で髪の色が変化するなど、聞いたことも無い。
 とても信じられず、何度も手鏡の角度を変えて試すなどもしていると、また自慢気な声がした。

『どうだい? レッド君もビビったろう? 当たり前だよね』
「これも、お前がやったってことか?」
『まあ実際のところ、望んでやったことじゃないけどさ。なんとか君の体を乗っ取れないかと力を左手から流したけど、結局左目にちょっと影響与えるぐらいで終わっちゃった。あと脳の一部にもアクセスできるのが限界かなあ』
「よし、じゃあ体の左半分切ろう」
『だから無駄だっつの! てか死ぬぞ君も! 無理だったの、残ってる力じゃ左半分でも支配するなんてもう出来ないの! せいぜい出来るのは……左腕ちょっと動かす程度かな』
「勝手に動く左手なんかキモいわ。切ろう」
「だーもう止めろって言ってるでしょ! だから無理だって、左手から脳の一部にまで力は干渉してるんだ、左手の僕切ったって意味ないよ!」

 などと、必死になって命乞いする枢機卿長。態度には本気が感じられ、内容もハッタリとは思いがたかった。

 けれども、完全に真実とも思えなかった。

 真に左手を失っても構わないなら、ここまで止めたりはしないはずだ。だと言うのに焦っているのは、やはり切られては困るからだとレッドは判断した。

 正直レッドとしては、こうなった以上別に左手一つ落としても構わないと思っていた。
 ではどうして、魔剣を止めたのか。

 理由は、非常に簡単だった。

「――じゃ、お前を殺すの止めたらどうしてくれるんだ?」

 そう、枢機卿長に対して問うたレッドに、

『――そうだな。君が求める情報を、授けてもいいよ』

 と、枢機卿長は左手に付いた口を歪ませて答えた。
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