The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

第八十二話 早すぎる決戦(3)

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「ごはっ……!」

 強烈な拳を食らい、レッドの肉体は容易に殴り飛ばされた。
 殴った先は幸いなのか不幸なのか、ギリギリ倒壊しきっていない屋敷であり、レッドは壁やら床やらを壊して激突という名の降着をした。

「つぅ……!」

 魔力球の連続投下で崩れかかった屋敷の床に、レッドは倒れてしまっていた。

 恐ろしいほどの力で、殴られた。
 この黒き鎧を纏っているというのに、衝撃はブルードラゴンの尻尾やミノタウロスの腕より強いかもしれない。ただの魔術師のはずなのに、とんでもないパンチであった。

「――驚いているんじゃないの? 「なんで魔術師がこんな強いんだよ」ってさ」

 そこに、枢機卿長がゆっくりと空から降り立ってきた。指をペキペキと鳴らしながら。

 先ほどと同様笑顔ではあるのだが、それは他者を懐柔させ親しみを持たせるための笑顔ではない。怒りと憎しみ、他者へ害をなすことを喜んでいる笑顔だ。

「君も物を知らないねえ、レッド君。本当に一流の魔術師は、体術も優れているのが常識なんだよ?」
「なんだと……?」

 こちらへ獰猛な野獣のような笑顔をしつつゆっくりと向かってくる枢機卿長に対し、レッドは起き上がって剣を取り、迎え撃とうとするが、

「だって……さぁ!」

 それより速く、目にも止まらぬスピードで枢機卿長はレッドの眼前に現れた。

「んな……っ!」
「うらぁ!」

 そしてまた、あの細身でどこからそんな力がと言わんばかりの強烈なキックをかまされた。レッドの身は大きく跳ね飛ばされてしまう。

「ぶっ、がっ……」

 腹に食らったダメージで、思わず胃液まで吐いてしまう。その無様な姿に、猟奇的な顔を見せびらかしながら枢機卿長は近づいてくる。

「君の言うとおりさ、魔術師と鎧とは相性が悪い。下手に戦えば餌をくれてやるようなもんだからね。じゃあどうすると思う?」
「どう、するだと……?」
「なあに簡単さ。鎧が吸収しきれない圧倒的な攻撃魔術で一気に消し飛ばすか、あるいはさっきみたく吸収できないよう丁寧に戦って弱るのを待つか。もしくは――」

 そう言って、今度はまた驚くほどの力で黒き鎧を軽々と持ち上げる。

「吸収し辛い身体強化魔術を行使した上で……殴ればいいんだよっ!」

 叫ぶと同時に、またしても重いストレートをレッドの顔面にかました。

「ぐはっ……!」

 その一撃にレッドは耐えることが出来ず、再び床に倒れてしまう。

「が、がはっ……」
「ふん。その程度かい? 情けない――ねえっ!」

 倒れたレッドを、枢機卿長は容赦な踏みつけにする。

「ぐわあああああああぁっ!」
「笑わせる。これっぽっちしか鎧の力を引き出せずに、僕に勝てる気でいたのかい、君はっ!」

 そう言うと、枢機卿長は倒れたレッドに馬乗りになり、マウントの姿勢で殴り続けてきた。

「がっ……はっ……!」
「こんなもんで、こんなもんで僕を殺す気でいたのかい、ああ!?」

 怒りに目を血走らせながら、枢機卿長はボコボコにする勢いで両の拳で殴っていく。

「僕を、僕を笑いやがって! 僕に、感謝なんかしやがって! ふざけるのもいい加減にしろってんだ、クソガキがぁ!」

 まさにタコ殴りという表現通り、力の限り叩きのめしていく枢機卿長。感情をむき出しにして、一方的に責め立てていく。

「こんな鎧一個で勝った気になるなんて、身の程知らずなんだよ、ドアホが! こんな弱々しいくせに、復讐だのなんだの、笑わせるなボケがぁ!」
「――っ!!」

 どれくらい殴られ続けていたか、やがて鎧も解除され、ボロボロになったレッドの姿が露わになる。

「――ふん。鎧着すら維持できなくなったか」

 ゆっくりレッドの上で立つと、心底呆れた様子で嗤い、

「ガッカリだよ、こんなもんとはね。ま、少しは楽しめたから、ギリギリ及第点ということにしようかな? 出来れば君とはもう少し語り合っていたかったが……ま、こんな情けない奴と喋ってもしょうがないか。それじゃ、これでお別れと――」
「――舐めるな」

 枢機卿長が勝利を確信していたところ、レッドが遮るように呟いた。

「ん? 驚いた、まだ意識あるのか。しかし、もう鎧すら着られない君が何をすると――え?」

 その時、枢機卿長はあることに気づいた。

 夜闇に覆われていた世界が、明るくなってきた。
 火事が原因ではない。いつの間にか夜から明け方に近づいていたのだ。

 そして、丁度太陽は、自分たちを斜め前の方向から照らす形になっていた。
 当然、影は太陽とは逆の、屋敷の壁に映ることとなる。

 その影、枢機卿長の影はともかくとして、その下にいるレッドの影が、
 都合よく、枢機卿長の体の横を通る形で壁に映っていた。

「――っ!?」
「俺の憎悪は……そんな甘いもんじゃねえ!!」

 枢機卿長の背筋が凍り付き、急いでその身をどかそうとした。
 しかし、それより早くレッドは、枢機卿長の体側面に左手をかざす。

 その途端、レッドの影から魔剣が飛び出してきて、
 影と左手の間に挟まれていた、枢機卿長の体を貫いた。

「が、はっ……!」

 体に魔剣が突き刺さった状態になった枢機卿長は、たまらずレッドから体をどけ、血反吐を吐きながら呻く。

「て、てめぇ、わざと鎧解除したな……」
「――なんで、体に剣刺さった状態で喋れるんだお前」

 なんて愚痴ってしまう。恐らく、魔術を利用して体の機能を維持しているのだろう。回復魔術も使っているに違いない。

 しかし、作戦は上手くいった。レッドは指摘されたとおり、やられたように見せかけて鎧を解除し、丁度いい場所に影か入ったところで、収納しておいた魔剣を取り出すよう仕向けたのだ。

「舐めたのは貴様の方だったな。終わりだよ、ゲイリー」
「この野郎……!」

 まだこちらを恨めしげに睨む枢機卿長に、レッドはダメ押しとばかりに魔剣を呼び、その体から引っこ抜かせる。

「ぐわっ……!」

 その時も激痛に苦悶の声を上げたが、正直生きている方が不思議である。ここまでくると化け物だろと言いたくなった。
 まあ、生きている方が都合が良くていいが、などとレッドが思いつつ、血みどろの状態で倒れた枢機卿長にゆっくり近づいた。

「さてと……これで復讐は終わりでもいいんだけど、まだ死んでもらっちゃ困るんだよ。聞きたいことがあるからな」
「…………」
「おいおい、黙っている気か。それとも本当にくたばっ……」

 そうして、俯いて動かない枢機卿長の顔を覗こうと、より近づいたところ、

「っはぁ!」
「!?」

 突如、顔を上げた枢機卿長が口から炎を吐いた。
 驚愕して飛び退き、枢機卿長から距離を取ると、ラルヴァ教のナンバー2を示す教団の服を真っ赤に染めながら、なお起き上がってきた。

「まだだ……まだゲームクリアは譲れないね……!」

 もはや単なる魔術によるものでは済まない、恐ろしいほどの執念を感じさせる形相で、レッドを怯えさせてくる。

「まだ死なんか、しぶといにも限度があるぞ!」
「当たり前だ、こんなところで死ねるか! こっちがどれくらい長く生きてると思ってんだ、貴様如きに――!」

 そう怨嗟の声を漏らしながら、両手で魔術を使おうとした、ようなのだが。

「――!?」

 何故か、魔術は発動しなかった。

 いや、それどころか、枢機卿長の指先がパラパラと、まるで砂が崩れるかのように細かく失われていくのだ。

「な、なんだ!?」
「――無理しすぎたか」

 自らの身がボロボロと崩れていくという事態にも拘わらず、枢機卿長は動ずることもなく舌打ちするだけであった。

 何事か分からず驚いたままのレッドだったが、

「ウォーターショット!」

 というどこからも分からぬ声と共に放たれた濁流に、背中から打たれ思わず身を飛ばされてしまう。

「うわぁっ!」
「ゲイリー様! ゲイリー様大丈夫ですか!」

 枢機卿長を通り抜け、大量の水に流されたレッドの耳に入ったのは、女性の声だった。

 何かと思って起き上がると、枢機卿長に駆け寄ってきた女性の神官がそこにいた。
 その顔にレッドは見覚えがあった。アリアとか言われていた、枢機卿長の従者である。

「ゲイリー様、ゲイリー様しっかりなさってください!」
「アリアちゃん……どうしてここに……?」
「お叱りは覚悟の上で、ゲイリー様の意に背き探しておりました。捜索に苦労しましたが、ゲイリー様の魔力の残滓を追跡しようやく見つけ出したのです!」
「そうか、やるねアリアちゃん……」
「もう喋らないでくださいませっ! 今回復を行います!」

 そう言って、アリアは枢機卿長を治療しようとする。

「てめえ、そうはさせ……!」

 なんとか食い止めようとした、レッドの体が硬直する。

「――アリアちゃん」

 枢機卿長は、再度回復魔術をかけようとした彼女の両肩に、二つの手をかけた。

「え――?」
「――っ!」

 レッドは、体が凍り付く思いをした。

 今、レッドには枢機卿長の顔は見えない。
 しかし、確かにその背だけで感じることが出来た。

 おぞましいまでの、彼の、いや、目の前の存在の狂気と憎悪を。

「よ、よせっ! そいつから離れろ!」
「え――?」

 レッドがアリアに逃げるよう叫ぶが、それよりいち早く、

「君は、本当にいい子だねえ……アリアちゃん」

 満面の笑みと共に、枢機卿長がアリアの首筋に噛みつけた。

「あ、あ……!」
「な、なに!?」

 レッドが驚く間もなく、ガブリと噛みつかれたアリアは、激痛に声にならない叫びを上げた後、白目を剥いて意識を失ったように見えた。

 どれくらい続いただろうか、噛みついて少しの時間が過ぎたと思うと、バタリという人が倒れる音がした。

 だが、驚いたことに倒れたのは噛みつかれたアリアではなく、噛みついた枢機卿長の身であった。

 そして、驚きの現象はまだ続いている。

「……!?」

 なんと、倒れた枢機卿長の体が、まるで砂の城が風に吹かれて崩れるが如く、さらさらした破片だけ残して壊れていったのだ。人の体が崩壊するという信じられない光景に目を剥く。

「――はあ、やっと終わったよ」

 そんな恐ろしい状況の中で、軽い一言がその場に響く。

 その声の主は、アリアだった。噛まれたなど無かったように、平然と起き上がる。
 だが、様子がおかしい。

「やっぱ昨日の時点で変えとくべきだったなあ。使用期限ギリギリだったし、限界が意外に早くて困ったよ。まあ、都合良く来てくれて助かったけど」

 パンパンと服の埃やら血やらを払って、意味不明なことを愚痴る姿は、先ほどまでのアリアと全然違っていた。
 そして、その様子は誰かに似ていた。

 レッドは、恐るべき予想を、思わず呟いてしまう。

「お前……ゲイリー、なのか?」

 レッドの恐怖混じりの言葉に、面白がったアリア――であった存在は、嬉しそうに口角を上げると、

「いや? もうその名前も使わないよ」

 などと言って、彼に笑顔を向ける。

「今から――いや、今の僕の名前は――
 アリア・ヴィクティーだからねえ」

 そう、赤く染まった瞳を見せつけながら、枢機卿長は答えた。
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