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転生勇者と魔剣編
第八十話 早すぎる決戦(1)
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「ちいっ!」
激しい炎と雷が突っ込んできて、レッドは咄嗟に翼を広げ、壊れた壁から部屋を飛び出すのではなく、隣の部屋へと壁を体当たりで砕いてそのまま飛び込んだ。
瞬間、食堂に二つの魔力球がぶつかり、大きく爆ぜる。
「づっ……!」
爆発は一部屋では済まず四方八方へと広がり、レッドも黒き鎧の羽を羽ばたかせ、次々と壁を壊しながら部屋から部屋へ逃げていく。
「くそがっ!」
「おおっと、二発だけじゃないよ!」
大きく叫ぶと、その宣言通り赤、青、黄、緑、茶と何色にも分かれた球を次から次へと生み出し、そして飛ばしてきた。屋敷の窓越しにそれらを見たレッドは、慌てて翼をより大きく広げさらに加速させる。
「そらそらそらぁっ!」
空中に浮かんだまま魔力球を飛ばし、屋敷を破壊し続ける枢機卿長は、心底楽しそうだった。かなり面白がっているのは間違いない。
「あの野郎――!」
魔力球が命中し、壊されていく屋敷を後ろに、レッドは臍を嚙む思いだった。住み慣れた屋敷を他人に好き放題砕かれて、いい気分になる者はいない。
しかし、それでもレッドは屋敷から飛んで枢機卿長と対峙しようとはせず、屋敷中を逃げ回っているだけだった。
理由としては、非常に簡単なものである。
――正面に出たら、やられる……!
繰り返される魔力球の攻撃。直撃しなくても、肌でその威力は感じられた。
正直言って、この鎧でも喰らえば危険だろう。下手に空へ出て身を晒せば、どうぞ撃ってくださいと言わんばかりだ。
したがって、こうして屋敷を隠れ蓑に逃げ回っているのだが、こちらの位置は掴まれている様子。感知魔術でも使っているに違いないが、屋敷の崩壊まで恐らく時間が無い。このまま逃げていてはやられるのも間近だ。
出来るなら接近戦に持ち込みたいが、相手は遠距離攻撃ばかり使ってこちらを寄せ付けない。普通に近づくのは不可能であった。
「――ならっ!」
レッドは、黒き鎧の力を解放し、闇の光、魔力のオーラを鎧全体に纏わせる。
そのオーラを刀身に集中させ、黒き刃として顕現させた。
「……ん?」
その様子に気付いた枢機卿長は、一度攻撃の手を止める。
すかさず、屋敷の壁をぶち壊して、黒い刃が飛んできた。
それもいつもの闇の刃ではなく、何倍にも、いや十倍近くにも膨れ上がった巨大すぎる刃だった。
いかに枢機卿長といえど、この刃が直撃すればたちまち真っ二つであろう。そう思わせる闇の凶刃に対し、枢機卿長は、
「――つまんね」
と冷笑と共に、くいと少し高く飛んであっさり避けてしまう。
「おいおい、こんなもん当たるわけないでしょ。ヤケを起こしちゃいかんよレッドく……」
などと嘲りつつアドバイスしようとした、のだが、その言葉は途中で止まる。
簡単に避けた闇の刃が、背中でパァンと勢いよく弾け、
中から黒き鎧を纏ったレッドが出現したからだ。
「えっ……!」
「取った!!」
そう叫ぶと、レッドはガラ空きとなった山吹色の背中に向け剣を振り下ろした。
これがレッドの作戦であった。わざわざ普段よりはるかに大きい、人がスッポリ入る闇の刃を作ったのもそのためだ。
今までの戦闘で、いや王都からこちらを発見して監視していながら、あえて何もしなかったという点から、レッドはある確信を持っていた。
つまり、枢機卿長はこちらを完全に舐めてかかっているということだ。
王都の時からこちらを追跡していたなら、いくらでもこちらを殺す機会はあった。しかし、枢機卿長はそれをしなかった。話を聞きたかったというのも、目的としてあったのは嘘ではないと思うが、一番の理由は違う。
単に、殺そうと思えばいつでも殺せるという絶対の自信があるからだ。今だって、明らかに楽しむばかりでちゃんと殺そうとしていない。本気を出せば簡単に殺せると思っているからこそ、遊んでいるのだ。
ならば、その油断に付け込むしかない。虚を突いて、一瞬で仕留めるのが最善であるとレッドは考えた。
そして、巨大な闇の刃なんて馬鹿げた代物を出せば、枢機卿長の性格上絶対に嗤い相手にもしないはず。警戒することなく接近することが可能だった。
その思惑通り、枢機卿長はこちらが隠れている闇の刃を撃破しようとせず、単に躱すだけで済ませてしまい、容易に後ろを取ることに成功した。
ついに枢機卿長の背中に入ったレッドは、闇の魔剣の力を可能な限り引き出しながら、その身を斬り裂こうとして、
「んー、ちょっと面白かったよ」
斬る直前に、背中越しに右人差し指をこちらに向けられた。
その指先から、赤いイチゴ大の光の球が発射される。
「――っ!!」
全身にぞわっと悪寒が走り、慌てて斬るのを止め左手の盾と鎧の翼で身を守る。
それと間髪を入れず、イチゴ大の球は黒き鎧に衝突し、激しい爆発を発生させた。
「ぐわあああああああぁっ!」
昨日喰らった時と同様、大きく吹き飛ばされてしまう。せっかく間合いに入ったのに、かなりの距離を取られてしまった。
「エクスプロージョン、ていうんだよ。まあ防ぎ切ったのは評価してあげるけどさ」
などとニコニコ笑って褒める枢機卿長は、先ほどからの余裕を少しも崩していない。この程度では、油断を無くす必要も無いと言わんばかりだ。
「おのれ……っ!」
そうレッドは悔しがる。あの余裕ぶった顔が心底ムカついた。
「じゃ、お返しだよレッド君。僕も少し面白がらせてあげる」
そう微笑むと、両手を突き出すと、その手のひらから炎が生み出された。
炎は見る見るうちに増大し、やがて二つの炎の槍と化した。
「あれは……!」
やばい、と判断し、咄嗟に身を翻す。
にい、と歪んだ笑顔から放たれた炎の槍たちは、黒き鎧ギリギリを通り抜け、外れた先にあるまだ焼けていなかった小さな山へと命中する。
当たった途端、山はとんでもない業火に包まれ、驚く暇すら無く焼け落ちていった。
凄まじい威力に絶句するレッドであったが、この術には見覚えがあった。
「ボルケイノ・ランス……!」
そう、これは昨晩のベヒモス戦で、ラヴォワが使用した上級魔術だった。
しかし、あの時ラヴォワは詠唱を行ったというのに、枢機卿長は完全な無詠唱で行い、威力も桁違いであった。
「おいおい、馬鹿にして貰っちゃ困るよ。あんな小娘程度が詠唱しなきゃ出来ない魔術、僕にとっては余裕に決まってるじゃん!」
などと、こちらをからかいながら煽ってくる。どう見ても驚かせる目的でやったようだった。
しかも、枢機卿長のお遊びはこれだけに留まらない。
「そんじゃ、次はこれなんてどうかな?」
なんて顔をぐにゃりと歪めながら言うと、今度は彼の手に真っ白い球体が発生し、そしてそれと共に周囲が極寒の冷気で満ちていく。
「これは……!」
レッドはまた戦慄する。これはかつてラヴォワが二度使った同じ上級魔術、強烈な冷気で相手を凍らせるアイス・エイジだった。
このままでは氷漬けにされる、と思ったレッドは、急いでその場から離れようとした。
だが、結論から言えばレッドの推測は外れていた。
「あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
大爆笑しながら、枢機卿長は白い球から超低温の吹雪を放った――だけではない。
同時に、竜巻の如き旋風が周囲に吹き荒れた。
「う、うわぁっ!」
その旋風から逃れることは出来ず、レッドは極寒の旋風に大きく振り回されてしまう。
――この術、まさか!
レッドは、この旋風にも見覚えがあった。
同じく昨晩のベヒモス戦で、ベヒモスが放った毒の霧を空中へ飛ばし、霧散させたラヴォワの上級魔術、スカイ・フォールだ。
つまり枢機卿長は、アイス・エイジとスカイ・フォールを完全無詠唱で、しかも同時に使ったのだ。宣言通り、確かにラヴォワよりはるかに優れた魔術師だと理解できた。
「野郎っ!」
だが、レッドも振り回されてばかりはいられない。
翼を大きくはためかせ、闇の魔力を飛ばして旋風を弾き飛ばした。
「おお、やるじゃん君っ!」
魔術を打ち消されたというのに、枢機卿長の嬉しそうな声が響く。この程度の攻撃は、枢機卿長にとって何でもないと言わんばかりだった。
「はぁ、はぁ……」
レッドは、早々に息が荒くなってしまっていた。
無理もない。昨晩の激戦からようやく一日が経ったという程度の時間。半日ほど休憩を置いたとはいえ、完全に回復しているとは言い難い。鎧の回復能力があるが、それでも疲労は隠しきれるものではなかった。そして、その鎧を使うだけでも消耗は激しいのだ。
対して、枢機卿長はこれだけの魔術を使っているのに、まるで平気そうだった。いったい体内にいくらほどの魔力量を秘めているのか、想像すらつかない。
「さて――楽しんでいただけたかな、レッド君?」
そして、何より恐ろしいのは、
「それじゃあ、これからはちょーっとだけ、本気出してあげるからね♪」
今までの、いやこれからの戦闘も、奴にとってはお遊戯でしかないということだ。
「そぉーぉれっと!」
「ぐっ……!」
馬鹿みたいな掛け声とともに、いつの間にか上空に形成されていた雨雲から落雷がいくつもレッドに向かって襲い掛かる。流石に避けきることは出来なかったが、魔剣と盾を交差させて防いだ。
「よいしょ、よいしょーっと!」
子供が遊ぶような掛け声を続けながら、枢機卿長は落雷を乱発させる。レッドは小さく縮こもり、呻くしか出来なかった。
「ちっくしょうが……!」
レッドは憎たらしくて、歯がゆくて仕方なかった。
この男を殺すためだけに、この半年間、いやこの世界で生を受けたと言っても過言ではない。前回全てを奪われ、破滅した復讐を果たすために。
しかし、今はこうしてただ攻撃を喰らい、遊ばれているだけしか出来ない。それが悔しくて、無念で仕方なかった。
余裕ぶった態度を取り続ける枢機卿長を、心底呪ってやりたかった。
――あれ?
ふと、レッドは違和感を抱いた。
今、いや先ほども無意識に持った感想、『余裕ぶった』というのはどういう意味であろうか、と。
完全な『余裕』ではなく、どうして『余裕ぶった』という感想を抱いてしまったのか、と。
もしかしたら、自分でも気付かないうちに、枢機卿長のあの態度は余裕ではなく、余裕な振りをしているのでは? と感じていたのかもしれない、と。
そう一度気が付くと、どこか引っかかるものがある。
確かに、今は圧倒的に有利だろう。この状況、今は完全に枢機卿長が優勢だった。
にもかかわらず余裕の振りをしなければならないとは、何かしら問題を抱えているのかもしれない。あるいは、何か気付いて欲しくないことでもあるのか。
「ほらほら、逃げないの!? 早くしないと黒焦げだよぉ!」
そんなことを考え固まっていると、落雷の中で枢機卿長がそう煽ってきた。今までと同じく、笑いながらこちらを馬鹿にする態度で。
しかし、その一言でレッドはあることを閃く。
――まさか。
それは、直感などとは呼べないちょっとした勘みたいな物だった。
けれども、その思い付きは現状の推測にピッタリと当てはまったのだ。
「――なら、やりようはあるか」
そうレッドは呟くと、落雷の雨の中防御を外し、低空を高速で飛行した。
激しい炎と雷が突っ込んできて、レッドは咄嗟に翼を広げ、壊れた壁から部屋を飛び出すのではなく、隣の部屋へと壁を体当たりで砕いてそのまま飛び込んだ。
瞬間、食堂に二つの魔力球がぶつかり、大きく爆ぜる。
「づっ……!」
爆発は一部屋では済まず四方八方へと広がり、レッドも黒き鎧の羽を羽ばたかせ、次々と壁を壊しながら部屋から部屋へ逃げていく。
「くそがっ!」
「おおっと、二発だけじゃないよ!」
大きく叫ぶと、その宣言通り赤、青、黄、緑、茶と何色にも分かれた球を次から次へと生み出し、そして飛ばしてきた。屋敷の窓越しにそれらを見たレッドは、慌てて翼をより大きく広げさらに加速させる。
「そらそらそらぁっ!」
空中に浮かんだまま魔力球を飛ばし、屋敷を破壊し続ける枢機卿長は、心底楽しそうだった。かなり面白がっているのは間違いない。
「あの野郎――!」
魔力球が命中し、壊されていく屋敷を後ろに、レッドは臍を嚙む思いだった。住み慣れた屋敷を他人に好き放題砕かれて、いい気分になる者はいない。
しかし、それでもレッドは屋敷から飛んで枢機卿長と対峙しようとはせず、屋敷中を逃げ回っているだけだった。
理由としては、非常に簡単なものである。
――正面に出たら、やられる……!
繰り返される魔力球の攻撃。直撃しなくても、肌でその威力は感じられた。
正直言って、この鎧でも喰らえば危険だろう。下手に空へ出て身を晒せば、どうぞ撃ってくださいと言わんばかりだ。
したがって、こうして屋敷を隠れ蓑に逃げ回っているのだが、こちらの位置は掴まれている様子。感知魔術でも使っているに違いないが、屋敷の崩壊まで恐らく時間が無い。このまま逃げていてはやられるのも間近だ。
出来るなら接近戦に持ち込みたいが、相手は遠距離攻撃ばかり使ってこちらを寄せ付けない。普通に近づくのは不可能であった。
「――ならっ!」
レッドは、黒き鎧の力を解放し、闇の光、魔力のオーラを鎧全体に纏わせる。
そのオーラを刀身に集中させ、黒き刃として顕現させた。
「……ん?」
その様子に気付いた枢機卿長は、一度攻撃の手を止める。
すかさず、屋敷の壁をぶち壊して、黒い刃が飛んできた。
それもいつもの闇の刃ではなく、何倍にも、いや十倍近くにも膨れ上がった巨大すぎる刃だった。
いかに枢機卿長といえど、この刃が直撃すればたちまち真っ二つであろう。そう思わせる闇の凶刃に対し、枢機卿長は、
「――つまんね」
と冷笑と共に、くいと少し高く飛んであっさり避けてしまう。
「おいおい、こんなもん当たるわけないでしょ。ヤケを起こしちゃいかんよレッドく……」
などと嘲りつつアドバイスしようとした、のだが、その言葉は途中で止まる。
簡単に避けた闇の刃が、背中でパァンと勢いよく弾け、
中から黒き鎧を纏ったレッドが出現したからだ。
「えっ……!」
「取った!!」
そう叫ぶと、レッドはガラ空きとなった山吹色の背中に向け剣を振り下ろした。
これがレッドの作戦であった。わざわざ普段よりはるかに大きい、人がスッポリ入る闇の刃を作ったのもそのためだ。
今までの戦闘で、いや王都からこちらを発見して監視していながら、あえて何もしなかったという点から、レッドはある確信を持っていた。
つまり、枢機卿長はこちらを完全に舐めてかかっているということだ。
王都の時からこちらを追跡していたなら、いくらでもこちらを殺す機会はあった。しかし、枢機卿長はそれをしなかった。話を聞きたかったというのも、目的としてあったのは嘘ではないと思うが、一番の理由は違う。
単に、殺そうと思えばいつでも殺せるという絶対の自信があるからだ。今だって、明らかに楽しむばかりでちゃんと殺そうとしていない。本気を出せば簡単に殺せると思っているからこそ、遊んでいるのだ。
ならば、その油断に付け込むしかない。虚を突いて、一瞬で仕留めるのが最善であるとレッドは考えた。
そして、巨大な闇の刃なんて馬鹿げた代物を出せば、枢機卿長の性格上絶対に嗤い相手にもしないはず。警戒することなく接近することが可能だった。
その思惑通り、枢機卿長はこちらが隠れている闇の刃を撃破しようとせず、単に躱すだけで済ませてしまい、容易に後ろを取ることに成功した。
ついに枢機卿長の背中に入ったレッドは、闇の魔剣の力を可能な限り引き出しながら、その身を斬り裂こうとして、
「んー、ちょっと面白かったよ」
斬る直前に、背中越しに右人差し指をこちらに向けられた。
その指先から、赤いイチゴ大の光の球が発射される。
「――っ!!」
全身にぞわっと悪寒が走り、慌てて斬るのを止め左手の盾と鎧の翼で身を守る。
それと間髪を入れず、イチゴ大の球は黒き鎧に衝突し、激しい爆発を発生させた。
「ぐわあああああああぁっ!」
昨日喰らった時と同様、大きく吹き飛ばされてしまう。せっかく間合いに入ったのに、かなりの距離を取られてしまった。
「エクスプロージョン、ていうんだよ。まあ防ぎ切ったのは評価してあげるけどさ」
などとニコニコ笑って褒める枢機卿長は、先ほどからの余裕を少しも崩していない。この程度では、油断を無くす必要も無いと言わんばかりだ。
「おのれ……っ!」
そうレッドは悔しがる。あの余裕ぶった顔が心底ムカついた。
「じゃ、お返しだよレッド君。僕も少し面白がらせてあげる」
そう微笑むと、両手を突き出すと、その手のひらから炎が生み出された。
炎は見る見るうちに増大し、やがて二つの炎の槍と化した。
「あれは……!」
やばい、と判断し、咄嗟に身を翻す。
にい、と歪んだ笑顔から放たれた炎の槍たちは、黒き鎧ギリギリを通り抜け、外れた先にあるまだ焼けていなかった小さな山へと命中する。
当たった途端、山はとんでもない業火に包まれ、驚く暇すら無く焼け落ちていった。
凄まじい威力に絶句するレッドであったが、この術には見覚えがあった。
「ボルケイノ・ランス……!」
そう、これは昨晩のベヒモス戦で、ラヴォワが使用した上級魔術だった。
しかし、あの時ラヴォワは詠唱を行ったというのに、枢機卿長は完全な無詠唱で行い、威力も桁違いであった。
「おいおい、馬鹿にして貰っちゃ困るよ。あんな小娘程度が詠唱しなきゃ出来ない魔術、僕にとっては余裕に決まってるじゃん!」
などと、こちらをからかいながら煽ってくる。どう見ても驚かせる目的でやったようだった。
しかも、枢機卿長のお遊びはこれだけに留まらない。
「そんじゃ、次はこれなんてどうかな?」
なんて顔をぐにゃりと歪めながら言うと、今度は彼の手に真っ白い球体が発生し、そしてそれと共に周囲が極寒の冷気で満ちていく。
「これは……!」
レッドはまた戦慄する。これはかつてラヴォワが二度使った同じ上級魔術、強烈な冷気で相手を凍らせるアイス・エイジだった。
このままでは氷漬けにされる、と思ったレッドは、急いでその場から離れようとした。
だが、結論から言えばレッドの推測は外れていた。
「あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
大爆笑しながら、枢機卿長は白い球から超低温の吹雪を放った――だけではない。
同時に、竜巻の如き旋風が周囲に吹き荒れた。
「う、うわぁっ!」
その旋風から逃れることは出来ず、レッドは極寒の旋風に大きく振り回されてしまう。
――この術、まさか!
レッドは、この旋風にも見覚えがあった。
同じく昨晩のベヒモス戦で、ベヒモスが放った毒の霧を空中へ飛ばし、霧散させたラヴォワの上級魔術、スカイ・フォールだ。
つまり枢機卿長は、アイス・エイジとスカイ・フォールを完全無詠唱で、しかも同時に使ったのだ。宣言通り、確かにラヴォワよりはるかに優れた魔術師だと理解できた。
「野郎っ!」
だが、レッドも振り回されてばかりはいられない。
翼を大きくはためかせ、闇の魔力を飛ばして旋風を弾き飛ばした。
「おお、やるじゃん君っ!」
魔術を打ち消されたというのに、枢機卿長の嬉しそうな声が響く。この程度の攻撃は、枢機卿長にとって何でもないと言わんばかりだった。
「はぁ、はぁ……」
レッドは、早々に息が荒くなってしまっていた。
無理もない。昨晩の激戦からようやく一日が経ったという程度の時間。半日ほど休憩を置いたとはいえ、完全に回復しているとは言い難い。鎧の回復能力があるが、それでも疲労は隠しきれるものではなかった。そして、その鎧を使うだけでも消耗は激しいのだ。
対して、枢機卿長はこれだけの魔術を使っているのに、まるで平気そうだった。いったい体内にいくらほどの魔力量を秘めているのか、想像すらつかない。
「さて――楽しんでいただけたかな、レッド君?」
そして、何より恐ろしいのは、
「それじゃあ、これからはちょーっとだけ、本気出してあげるからね♪」
今までの、いやこれからの戦闘も、奴にとってはお遊戯でしかないということだ。
「そぉーぉれっと!」
「ぐっ……!」
馬鹿みたいな掛け声とともに、いつの間にか上空に形成されていた雨雲から落雷がいくつもレッドに向かって襲い掛かる。流石に避けきることは出来なかったが、魔剣と盾を交差させて防いだ。
「よいしょ、よいしょーっと!」
子供が遊ぶような掛け声を続けながら、枢機卿長は落雷を乱発させる。レッドは小さく縮こもり、呻くしか出来なかった。
「ちっくしょうが……!」
レッドは憎たらしくて、歯がゆくて仕方なかった。
この男を殺すためだけに、この半年間、いやこの世界で生を受けたと言っても過言ではない。前回全てを奪われ、破滅した復讐を果たすために。
しかし、今はこうしてただ攻撃を喰らい、遊ばれているだけしか出来ない。それが悔しくて、無念で仕方なかった。
余裕ぶった態度を取り続ける枢機卿長を、心底呪ってやりたかった。
――あれ?
ふと、レッドは違和感を抱いた。
今、いや先ほども無意識に持った感想、『余裕ぶった』というのはどういう意味であろうか、と。
完全な『余裕』ではなく、どうして『余裕ぶった』という感想を抱いてしまったのか、と。
もしかしたら、自分でも気付かないうちに、枢機卿長のあの態度は余裕ではなく、余裕な振りをしているのでは? と感じていたのかもしれない、と。
そう一度気が付くと、どこか引っかかるものがある。
確かに、今は圧倒的に有利だろう。この状況、今は完全に枢機卿長が優勢だった。
にもかかわらず余裕の振りをしなければならないとは、何かしら問題を抱えているのかもしれない。あるいは、何か気付いて欲しくないことでもあるのか。
「ほらほら、逃げないの!? 早くしないと黒焦げだよぉ!」
そんなことを考え固まっていると、落雷の中で枢機卿長がそう煽ってきた。今までと同じく、笑いながらこちらを馬鹿にする態度で。
しかし、その一言でレッドはあることを閃く。
――まさか。
それは、直感などとは呼べないちょっとした勘みたいな物だった。
けれども、その思い付きは現状の推測にピッタリと当てはまったのだ。
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