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転生勇者と魔剣編

第七十九話 真相(6)

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「――そうか」

 あれ? と明らかに枢機卿長は首を傾げた。また激情に動かされると思っていたのだろうが、レッドは軽く相槌を打つ程度で終わらせたのだ。そのまま残った紅茶を飲み干す彼を、恐らく奇怪に思ったに違いない。

 しかし、レッドは顔に出していないだけだった。
 内心は、今まででも一番ブチ切れていた。

 こんな奴らの、こんな狂った計画の為に、あいつは苦痛と屈辱にまみれた人生を歩んだ。王宮内での冷遇も世間の冷たい風も、アレンを差別し迫害する偽勇者役としての仕込みだったのだろう。
 そんな人生にもめげず剣の道に入り、自らを否定した奴らを見返すという真摯な願いも、こいつらに叩き潰された。夢も希望も、くだらない計画とやらに踏みにじられた。

 そして、最後に残った勇者という称号――それが、こんな代物だったとは。スケイプが最後、羨ましがったその顔は、レッドの脳裏に焼き付いていた。

 しかも、枢機卿長たちがスケイプに与えた屈辱は、それだけに留まらない。

「――お前らか?」
「はい?」

 枢機卿長の呑気な笑顔に、怒気を孕んだ瞳をギロリと向ける。

「お前らが、あいつにアトラスの杭の情報を与えたのか?」

 考えてみれば、そうとしか結論づけられなかった。

 アトラスの杭のあんな変形、そしてテイマーならばアトラスの杭を介してベヒモスをも使役できるなど、スケイプはどこで知れたのか?
 思いつくのは、目の前のこの男しかいなかった。

 けれども、予想に反し枢機卿長は、大げさな身振りで両手を目の前で振った。

「おいおい、誤解してもらっちゃ困るよ。彼にあのポンコツ剣を使わせようって提案したの、僕じゃなくてアリアちゃんだよ」
「――アリアって、お前の傍にいた女神官の事か? それと、ポンコツ剣てアトラスの杭のことか?」

 レッドがそう尋ねると、枢機卿長は苦笑する。

「アトラスの杭、ねえ……自分でも馬鹿みたいな名前付けたと思うよ。あんな出来損ないにさ」
「出来損ない……? アトラスの杭は魔道具じゃないのか?」
「いいや魔導具さ。五百年前魔物の封印に使われていたってのもホント。でもあれはそんな大仰な代物じゃない。あれはね、言わばまがい物の聖剣なんだよ」

 まがい物、という表現にレッドが眉をひそめると、「そうだねえ」と語り出した。

「あれは魔物に刺してそいつの魔力を吸い、剣に変形させて使うのが本当の運用方法さ。まあそれなりに便利だけど、所詮使い捨てだからしばらくすると勝手に折れて砕けちゃう。ま、本当ならもっと長い事使える道具なんだけど、流石に聖剣相手じゃ分が悪いよ」
「……そんな、オモチャみたいなポンコツを、あいつに渡したのか」
「だからその計画主導したのはアリアちゃんだって。別に要らないから鉱山に転がしていたポンコツ剣を、まあベヒモス戦で使ってみるかと君らに回収させたのは確かに僕さ。
 けど、君の予想外の行動に計画変更を決めた時、スケイプ君を煽って行動させようとしたのはアリアちゃんだよ。勇者候補としては失格だけど、何かに使えないかってね」
「……あっそ」

 もう、怒るということもしなかった。空っぽになったティーカップを、首無しメイドに要求して新しい紅茶を注がせた。

「結果的にはあっても無くても良かったような代物だったけど……まあ、君の偽勇者ぶりを強調する役目は果たせたかなってとこだね。――さて、聞きたいことはだいたい終わったでしょ? そろそろ、僕の番でいいんじゃないかな?」
「はぁ?」

 話は終わったとばかりに、こちらにずいと顔を寄せてくる枢機卿長に、レッドはわざととぼけたような返事をする。

「何のことだ? そんな全知全能のようなお方が、俺に何を聞きたいことがある?」
「馬鹿言わないでくれたまえよ。自分が全知全能なんて僕は思っちゃいない。現に――昨日の君には死ぬほど驚かされたからねえ」

 また一層顔をずいと近づけてくる。瞳は今見えないが、恐らく興味と関心が入り混じり狂った色をしていることだろう。

「率直に聞こうか。どうして君は魔剣のことを知っていた?  
 誰から魔剣の使用法を聞いていた?  
 どうして黒き鎧をあれほどまでに制御出来た?  
 どうして僕の命を狙うんだ? 僕を何故そこまで憎むんだ?  
 いや――そもそも君はどうして貴族らしくない人格をしている?
 君は――いったい何者なんだ?」

 矢継ぎ早に出される問いは、詰問しているというより本当の質問のように見える。どうも興奮が収まらないらしい。
 魔術師でもあるこの男は今、知りたいという探求心に溢れているのかもしれない。自分の未知なことが起きると、知りたくて堪らなくなるのだろう。

 そんな狂気を纏ったこの男に対し、レッドは紅茶をほんの一口だけ飲むと、カップを戻してぽつりと呟いた。

「――その前に、一ついいか?」
「うん? これ以上何を聞きたいのさ?」

 少しイラっと来ている様子の枢機卿長に、レッドは最後の質問を行った。

「仮に――俺があの聖剣の儀の後で、いや旅の途中でも、聖剣捨てて逃げたら、どうする気だった?」

 不意に変な問いをされた事で、枢機卿長は質問の意味を読めなかったらしく怪訝そうにしたが、少しだけ考えると、

「それは……まあ、何かしら理由を付けて、別な偽勇者をあてがったんじゃないかな」

 そう返した。

「――なるほど。俺はあの時に、何もかも捨てて逃げるべきだったんだな」

 大きなため息を共に放ったその言葉に、枢機卿長はますます理解できずに首を傾げた。

「――質問、答えてやるよ。お前はさっき言ったよな? 俺を選んだのは、失敗だったって」
「? ああ、言ったけど」
「そんなことないよ。お前の人選は大正解だったさ」
「はい?」

 意味が分からない枢機卿長を余所に、レッドはゆっくりと立ち上がる。

「俺は確かに、人を人と思わない外道でクズの悪徳貴族で、お前の思惑通りちゃんとアレンを差別し迫害し冷遇し、そして追放したよ。
 ――ま、今から半年くらい先の話だけどな」
「……何言ってるんだ、君?」

 いよいよ話が理解不能で混乱し出した。そんな顔を楽し気に見ながら、レッドは話を続ける。

「そして、アレンを追放した俺の勇者パーティは壊滅して、俺は勇者の地位を剥奪されて牢屋行きさ。ずいぶん酷い目に遭ったよ。あれもお前の手筈だろ?」
「……悪いけど、言ってることが少しも分からないんだが」
「そうか。じゃあ、そんな俺を牢獄から脱獄させて、スラム街で害虫のような生活をさせた後に、魔剣を渡してアレンへの復讐を唆すのは、お前のアイディアじゃないのか?」
「!? ちょっ、ちょっと待て。言う通りそんな計画も考えてあったが、なんで知ってるんだ!?」

 いよいよ困惑を隠せなくなった枢機卿長。多分この男のこと、誰にも話していなかったであろう粗筋の一つをこうベラベラ語られれば動揺するのも無理は無い。

 しかし、レッドは知っていた。知っていて当然だった。

 何故ならその粗筋は――辿

 前回のあの惨めで愚かしい末路を思い出してから、レッドはその未来を変えようと少なからず努力してきた。
 けれども――結局のところ、レッドが僅かに予定と違う行動を取ったところで、枢機卿長の手の内にいる限り僅かな変更がされるだけであった。行程が少し違うだけで、破滅する未来に変更は無かった。
 そして今も、無能で無力な愚者でしかないレッドは、何の抵抗も出来ず前回同様滅び去るだけだったろう。

 たった一つの、計算違いが無ければの話だが。

「――それと、魔剣の使い方誰に教わっただっけ? そりゃ簡単だよ。他ならぬ、お前自身が教えてくれたのさ」
「は――? 僕が? どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。魔剣のことはお前から教わったのさ。もっとも、前回の話だがな」
「前回……? 君は、いったい誰なんだ?」
「おっと」

 そこで言葉を切ると、ティーカップを今度は左手に取った。

「ここから先は有料だ。これ以上聞きたければ、代金を払ってもらいたいね」
「……ほう? 何を払えばいいんだい?」
「なに、安心しろって。特別に格安にしてやるからさ」

 そう言って、またほんの一口だけ飲むとこう告げた。

「お前の命一つで勘弁してやるよ」

 なんて、レッドが顔を歪めて伝えると、枢機卿長はその場で大きく哄笑する。

「はっはっは、そりゃ格安だねえ! こんな体一つで済むんなら喜んでくれてやるよ!」

 なんてしばらく笑っていたが、やがて笑い収まると、目を覆う布を剥ぎ取って、血のように赤く輝く両目を晒すと、ニッコリ微笑みながらこう返した。

「お釣りは君の命ってことでいいのかな?」

 その瞬間、レッドは左手のティーカップを紅茶ごと枢機卿長へ投げつけた。
 同時に、右手の影から魔剣を抜き取り、紅茶で視界が塞がれた枢機卿長を斬りつける。

「おらぁっ!」

 レッドは枢機卿長を斬り裂いた、つもりだったが、

「くっ!」

 その直前に、テーブルが飛びあがって二人の間に入り邪魔をする。

「くそがっ!」

 躊躇いなくテーブルを真っ二つにし、枢機卿長へ襲い掛かろうとするが、裂けたテーブルを抜けた先に彼はいなかった。

「!! 鎧着っ!」

 突如、悪寒を感じたレッドは、急いで自分の影に魔剣を刺し、黒き鎧を身に纏う。
 それと僅かな間髪を入れることなく、火球が命中し黒き鎧を揺らした。

「ぐっ……!」

 一瞬衝撃を受けたが、黒き鎧に対してはその火球はあまりに弱すぎる力だった。すぐさま体勢を立て直すと、そこにカラカラと楽しそうな声が響いてきた。

「感心だよレッド君。僕に対してすぐさま鎧を召喚したこと。その判断力だけは評価してあげるよ」

 嘲笑混じりの声は、窓の外からした。
 いつの間にか部屋の壁は壊されていて、まだ闇が深い夜、ところどころで火の手が上がり続けているカーティス領を背に、枢機卿長は浮かんでいた。

 風系魔術の応用だろう。当たり前の如くフワフワ浮かぶその姿は、神に仕える神官というより翼を生やした悪魔に見える。

 そして、その悪魔は紅蓮に光る両目を広げつつ、こちらに対して笑顔で答えた。

「だけど、鎧を着た程度で僕に勝てると思ったら大間違いだよ」

 ニッコリと可愛らしい顔をしながら、悪魔は炎と雷の球を両手から発射した。
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