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転生勇者と魔剣編
第七十四話 真相(1)
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メイドが運んできた紅茶に対し、置かれた途端枢機卿長は眉をひそめた。
何しろ目元が塞がれているので表情が分かりにくいが、多分怪訝そうにしていたと思う。
クンクンと匂いを嗅いでみて渋い顔をして、恐る恐ると一口飲むと、盛大に吐き出した。
「マッッッズ! なんだこれすっごいマズいんだけど!」
咽ながらそう叫ぶ枢機卿長を、レッドは呆れた目で見ながら自分も出された紅茶に口を付ける。
今彼らは、本家屋敷にある客人用の食堂で、互いにテーブル越しに向き合いながら座っていた。
「……アンデッドが入れた紅茶なんて美味いわけないだろ」
そう半目がちになりながら応じる。と同時に、今紅茶を淹れたメイドへ視線を移す。
紅茶を淹れたメイドは、当たり前だがカーティス家屋敷のメイドが着るメイド服を着用していた。
ただし、そのメイド服はボロボロの血みどろで、おまけにメイドは首から上が無かった。
そう、彼女は先ほど怪物に変貌し、目の前の枢機卿長が頭部を爆発させたキャリーである。
しかし、そんな血生臭い匂い漂う食堂をまるで意にも介していない枢機卿長は、ひたすら紅茶に対し悪態をつく。
「いや、これ茶葉が相当安物なんだよ! こんなの王都へ行けば貧民でも買えるって! 君のとこはまともな紅茶すら買わないのかい!?」
そう非難するが、レッドは気にせず飲んでいる。この本家屋敷において、紅茶とはこんなものであった。
「それに、淹れ方だってなってないよ。蒸らしの時間もいい加減だし茶葉の管理だって雑だねこりゃ。こんなまずい紅茶、よく飲めたね君は!」
「……お前もアトール王国の人間なら、この国の大貴族が自分の領地をどう扱ってるかなんて知ってるだろ。金も人も、ロクなのをあてがったりしないもんさ。我慢して飲め、紅茶頼んだのはお前だろ」
「こんなまずい紅茶出されると知ってたら飲まないよ! まったく、この首なしレディ蘇らせた甲斐が無いよホント!」
プンプンと怒っているが、内容はかなり大変なことだった。
この男は、紅茶を飲みたいがためにキャリーを首の無い状態で蘇らせたのだ。
先ほど、怪物化したキャリーの首を飛ばした枢機卿長が紅茶を求めた時、レッドの返答は、今お前が頭爆発させたのがうちの紅茶淹れ担当だよと答えた。まあ、他のメイドも淹れられはするだろうが、生憎全員死亡しているので不可能であろう。
枢機卿長はその言葉にあからさまにガッカリしていたが、じゃあ仕方ないなあと呟くと、キャリーの死体に何らかの魔術をかけた。
すると、驚いたことに首が無い状態のまま、キャリーはゆっくりと起き上がったのだ。
仰天したレッドが、生き返らせたのかと聞いたが、枢機卿長は失笑して答えた。
死者の蘇生なんか僕でも出来ない。単に死体に術をかけて操っているだけ。大して長い事使える術でもないけど、紅茶くらいは余裕と述べた。
で、今その操っている死体に淹れさせた紅茶を飲んで散々文句を言っているわけである。これでも大陸中で信仰されている教団のナンバー2。信者が見れば信仰を捨てそうな倫理観の弾けぶりではあった。
しかし、今はそんなことはどうでも良かった。紅茶の味など気にすることではない。こうして対面してティーパーティーなど楽しむつもりなど無いのだ。
「呆れたもんだ、君は使用人の教育がなってないよ。下の者の管理はちゃんとしなくちゃ、上役失格だよ?」
「……それは、まあさっきよく噛みしめたところさ。その指摘は有り難く受け取るとして――こっちの話を聞いて欲しいんだが?」
カップを置いて、本題に入ろうとする。だが枢機卿長は、そんな彼に対し口元を歪めて応じる。
「何のことだい突然? そんな機嫌悪そうにしちゃってさ」
「てめえ、ふざけやがって……!」
怒りを露わにして立ち上がろうとしたレッドだったが、枢機卿長は待てとばかりに手で制した。
「ははは、悪かったよレッド。しかしまあ、君も落ち着き給え。君はどうやら僕を殺したくて仕方ないようだが――単に、殺せればいいとも思ってないんでしょ?」
「――っ」
痛いところを指摘されて黙ってしまう。確かにそれが、こんな血生臭い場所でのお茶会になど参加した理由だった。
黒き鎧を召喚した時は激情のあまり殺害しようとしたが、レッドの目的は単なる復讐だけではない。
全ての真実を、知ることもあるのだ。
枢機卿長もそんなレッドの心境を理解しているからこそ、こんな場を用意したのだろう。
つまり、枢機卿長の方もレッドから聞きたいことがあるということだ。
「まあ、君としては僕に対していくらでも質問があるだろうが……そうだな、手始めに直近の話題から行こうか?」
「……直近?」
「こいつだよ、こいつ」
そう言うと枢機卿長は、今さっきマズい紅茶を淹れた首無しメイドを指差した。
「ビックリしたんじゃないの? いきなりメイドさんが変身しちゃってさ」
「それは……まあ……」
事実、未だに信じられない気持ちではあるのだ。
この半年間、魔物や聖剣ぐらいからしか出なかったあの黒い靄が、突如キャリーから湧き出て彼女を怪物に変えたのだから。
「じゃあ、お前は知ってるのか? そいつがどうして、魔物のように変貌したのか……」
「魔物の『ように』じゃない、魔物に『なった』んだよ」
枢機卿長が放った一言に、意味が分からず固まってしまう。
そんなレッドの様子を楽しそうに、いたずらっ子のような調子で続ける。
「君は――そう、この半年ぐらいの旅で、数多くの魔物を討伐してきた。
――と思ってるだろうけどね、実際倒したのはたった二匹だけなのよ」
「は、はぁ?」
「具体的に名称を言うと……ブルードラゴンとミノタウロスだけだね。
ベヒモスは……一応入れてもいいかな。あ、入れなくていいのか。倒したのアレン君だし」
「な、何言ってんだお前?」
ますますレッドは困惑してしまう。枢機卿長の言葉がまるで理解できなかった。
当然の事ながら、レッドたちが勇者パーティとして討伐してきた魔物は、その二匹に留まらない。シャドウウルフからジャイアントスパイダー、ロック鳥からオーガ、サラマンダー、他にもあらゆる魔物を討伐してきた。二匹だけなどと、あり得ない話だ。
しかし枢機卿長はレッドの疑問を読んでいたようで、心底楽しそうにしながら、
「まあ混乱する気も分かるけどね。でも、ちゃんと覚えていれば簡単に分かると思うよ? その二匹にしかない、共通点がさ」
「共通点、って……」
それはもう、言われなくとも明白だった。
ブルードラゴン、そしてミノタウロス。二匹の共通点など一つしかない。
どちらも、あの黒い靄と共に、異形化した魔物だった。
「――あれこそが、本物の魔物の証なんだよ」
レッドの返事を待つまでもなく、枢機卿長は答えを述べ始める。
「いや、違うか。あの黒い靄、邪気による変化を遂げたものを初めて魔物と呼ぶ。それ以外は魔物とは呼べない」
「な、なに? じゃあ、他の魔物はなんだってんだ?」
「あれは、魔獣って言うんだよ」
魔獣。聞いた事が無い単語だった。レッドはさらに困惑を深めてしまう。
「――本来は、邪気によって肉体が変質したものを魔物と呼んだのさ。昔の話だけどね」
枢機卿長は、理解が追いつかないレッドを待たず、初めて聞く事を話していく。
「魔力を持つ獣の類は、かつては魔獣と呼ばれていた。ま、時代が下がるにつれて魔物の出没数が減ってしまうと、魔物と魔獣の区別が曖昧になっちゃって、次第に魔獣の名前が忘れられて魔物に纏められちゃったのさ。けど、実際は魔物と魔獣は全然別の存在だよ」
「そ、そんなもん、聞いた事ねえぞ」
「そりゃそうさ。もう何百年も昔の話だもん」
そんな何百年前の事を知っているお前は何者なんだと言ってやりたかったが、ここでそんなことを問うたところで話が逸れるだけだと思い黙っておいた。
なので、別の質問をすることにした。
「じゃあ、本来の魔物ってのはいったい何なんだ。何故邪気によって肉体が怪物化する」
「――そうだね。例えるなら……」
なんて口にしながら、枢機卿長はキャリーが手に持っていたティーポットへ手を向けると、魔術の効果であろうがゆっくりと枢機卿長の傍へ漂っていった。
そして、彼の紅茶のちょうど上で静止する。
「――仮に、このティーカップを魔獣……いや、生物としようか」
そう、カップをツンツンと叩きながら言う。
「あらゆる生物には器がある。器とは、魔力を入れる器の事だ」
「……魔力を入れる、器?」
「そう。と言っても別に体内にそんな臓物がある訳じゃない。器とは肉体そのものの事。肉体という器の中に、紅茶――じゃなかった、魔力が溜まっている」
次に枢機卿長は、カップに手をかざすと、カップの中に入った紅茶が見る見る減っていく。彼が魔術で、いずこかへと消し去っているのかもしれない。
「魔力切れという言葉は聞いた事があるだろう? 文字通り、この器の中の魔力を使い切ってしまうことだ。もっとも、使い切る気で魔力を使おうとしてもその前に意識を失うから、実際本当に全部使い切るなんてことは無い。それに、人間魔力だけで生きてるわけでもないからね。仮に本当に空っぽにさせられたところで、衰弱はしても死ぬということは難しい」
「――なるほど」
その言葉には思い当たる節があった。
黒き鎧で他人から魔力を吸い取っても、気絶する程度で死ぬことは無かった。確かに、内容は一致している。
「で、その切れた魔力は呼吸をするか水でも飲むか食物を摂取するか、とにかく外部からマナを取り込むことで回復する。マナなんてどこにでもあるからね。
――まあ、ここまでは分かるだろ?」
「――器なんて言い方聞いた事無いけどね」
「そりゃそうだよ。魔力を使い過ぎると切れるということだけ覚えておけば、器とかなんて覚える必要無いからさ。……ここまでは、ね」
そう意味深に呟くと、枢機卿長は宙に浮かせたままのティーポットを傾けて、空っぽになったティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
「呼吸、飲食……とにかくあらゆる手段でマナを摂取することで、器には魔力が溜まっていく。
しかし――仮に、器に入りきる以上の魔力を摂取した場合、どうなると思う?」
「は? そんなもん零れるに決まって……」
そこでレッドは言葉を止めてしまう。
カップに注がれた紅茶は零れることなく、タプタプの状態ではあるものの、注がれ続けていったのだ。
恐らく、魔術でカップの表面に見えない蓋をしているのだろう。
「――そう。カップならば零れるだけで済む。しかし、魔力の器は溢れることは無い。一旦注いだ魔力は、消費しない限り減ることなく、どんどん溜まり続ける。
つまり、器の容量以上の魔力を大量に取り込めば……」
と、その瞬間、
カップは内側から注ぎ込まれ続ける紅茶の圧力に耐え切れず、バリンと勢いよく割れた。
「とまあ、こんな風になる訳だね」
カップの破片が散り散りになり、紅茶が零れテーブルや床を濡らしていく中で、枢機卿長は笑ってそう言った。
「……同じことが、起きたっていうのか?」
「その通りだとも。それもただ割れただけじゃない。カップなら割れるで済むが、魔力の器の場合割れた器は変形し……違う生き物となる」
すると、枢機卿長はまた魔術を使い、今度はカップの破片と紅茶たちを宙に浮かせ、手のひらの上で転がす。
「君も見たんだろう? ブルードラゴンやミノタウロスが、全く違う生物へと変貌していくところを。生物が多少傷ついても元に戻るのは、肉体にその生物の設計図――DNAなんて言って分かる訳ないか――とにかくその姿であろうとする力があるからだ」
そこで一旦切ると、枢機卿長は再びカップの破片たちをゆらゆらと回し、まるで生き物のように脈動させる。
「ところが、器が壊れるということはその設計図が壊れるということだ。そうなれば、その生物は魔力を糧にメチャクチャな変化を遂げる。まともな設計図が壊れて、異形としか言いようのない姿に変貌する。そうなってしまえばもはや生物とは言えん。ただ魔力で肉体を変え続ける化け物だ。――何より」
そして、今度はカップの破片たちの上にティーポットを浮かせると、傾けてその中へ紅茶を注ぐ。
しかし、カップは割れていて紅茶を留めることは出来ず、周りへドバドバと流れていった。
「このように、器が壊れた化け物は魔力を溜めこむことが出来ない。いや、魔力を求めるのに際限が無くなるというところか。満足ということが出来ず、ひたすら飢えて喰らうだけのケダモノと化す。
――それが、本物の魔物ってことさ」
「…………」
枢機卿長の説明は、今までレッドが、いや世界中のほとんどの人間が常識として知っていたことからあまりにかけ離れていて、にわかに信じられるものではなかった。
しかし、レッドには、思い当たる部分が多くあった。
この半年の間倒してきた狂暴化した魔物――いや、魔獣たちを振り返ってみると、枢機卿長の言葉に沿っている気がしてならなかったのだ。
ブルードラゴンやミノタウロスに限らず、飢えと渇きに狂い、ひたすら血肉を求めた、狂暴化と呼ばれた魔獣たち。
言われてみれば、あれが魔物へ至るための過程であったのだと言われると納得できてしまう。彼らも放っておけば、いずれ本物の魔物になったのだろう。
けれども、だからこそ聞かねばならないことがあった。
「……キャリーは、どうしてああなったんだ?」
そう尋ねると、枢機卿長は「へっ」と鼻で嗤う。
「聞いてなかったのかい? 魔物というのは生物が持つ器が壊れて、正常な生物でいられなくなった物を差す。――逆に言えば、
器さえ持っていれば、魔物になる可能性はどんな生物でもあり得るんだよ」
「な……っ!」
レッドは戦慄する。
「ま、魔獣じゃなくて、人でもいいってのか?」
「人どころか亜人でも植物でも、場合によっては物品でもなれるよ。と言っても、そこまでの物が魔物になるには、結構な邪気が必要になるけどね……さて」
そう言うと、枢機卿長は説明に使っていたカップの破片たちとティーポットを下ろした。
「本題はここからだ。つまり魔物は、底なしに魔力を求め、喰らう性質がある。そこで質問があるんだけど……同じようなもの、君はもう一つ知ってるだろ?」
「同じようなもの……? いったい、何のこと、を……」
そこで、レッドの脳裏に浮かんだのは、到底信じられないような事だった。
しかし、彼が思いついたのは、それだけであった。
「――気が付いたね? そう、その通りだよ」
楽し気に、枢機卿長は極めて明るい様子で、処刑宣告のようにこう告げた。
「聖剣と魔剣は、魔物から作られているんだよ」
何しろ目元が塞がれているので表情が分かりにくいが、多分怪訝そうにしていたと思う。
クンクンと匂いを嗅いでみて渋い顔をして、恐る恐ると一口飲むと、盛大に吐き出した。
「マッッッズ! なんだこれすっごいマズいんだけど!」
咽ながらそう叫ぶ枢機卿長を、レッドは呆れた目で見ながら自分も出された紅茶に口を付ける。
今彼らは、本家屋敷にある客人用の食堂で、互いにテーブル越しに向き合いながら座っていた。
「……アンデッドが入れた紅茶なんて美味いわけないだろ」
そう半目がちになりながら応じる。と同時に、今紅茶を淹れたメイドへ視線を移す。
紅茶を淹れたメイドは、当たり前だがカーティス家屋敷のメイドが着るメイド服を着用していた。
ただし、そのメイド服はボロボロの血みどろで、おまけにメイドは首から上が無かった。
そう、彼女は先ほど怪物に変貌し、目の前の枢機卿長が頭部を爆発させたキャリーである。
しかし、そんな血生臭い匂い漂う食堂をまるで意にも介していない枢機卿長は、ひたすら紅茶に対し悪態をつく。
「いや、これ茶葉が相当安物なんだよ! こんなの王都へ行けば貧民でも買えるって! 君のとこはまともな紅茶すら買わないのかい!?」
そう非難するが、レッドは気にせず飲んでいる。この本家屋敷において、紅茶とはこんなものであった。
「それに、淹れ方だってなってないよ。蒸らしの時間もいい加減だし茶葉の管理だって雑だねこりゃ。こんなまずい紅茶、よく飲めたね君は!」
「……お前もアトール王国の人間なら、この国の大貴族が自分の領地をどう扱ってるかなんて知ってるだろ。金も人も、ロクなのをあてがったりしないもんさ。我慢して飲め、紅茶頼んだのはお前だろ」
「こんなまずい紅茶出されると知ってたら飲まないよ! まったく、この首なしレディ蘇らせた甲斐が無いよホント!」
プンプンと怒っているが、内容はかなり大変なことだった。
この男は、紅茶を飲みたいがためにキャリーを首の無い状態で蘇らせたのだ。
先ほど、怪物化したキャリーの首を飛ばした枢機卿長が紅茶を求めた時、レッドの返答は、今お前が頭爆発させたのがうちの紅茶淹れ担当だよと答えた。まあ、他のメイドも淹れられはするだろうが、生憎全員死亡しているので不可能であろう。
枢機卿長はその言葉にあからさまにガッカリしていたが、じゃあ仕方ないなあと呟くと、キャリーの死体に何らかの魔術をかけた。
すると、驚いたことに首が無い状態のまま、キャリーはゆっくりと起き上がったのだ。
仰天したレッドが、生き返らせたのかと聞いたが、枢機卿長は失笑して答えた。
死者の蘇生なんか僕でも出来ない。単に死体に術をかけて操っているだけ。大して長い事使える術でもないけど、紅茶くらいは余裕と述べた。
で、今その操っている死体に淹れさせた紅茶を飲んで散々文句を言っているわけである。これでも大陸中で信仰されている教団のナンバー2。信者が見れば信仰を捨てそうな倫理観の弾けぶりではあった。
しかし、今はそんなことはどうでも良かった。紅茶の味など気にすることではない。こうして対面してティーパーティーなど楽しむつもりなど無いのだ。
「呆れたもんだ、君は使用人の教育がなってないよ。下の者の管理はちゃんとしなくちゃ、上役失格だよ?」
「……それは、まあさっきよく噛みしめたところさ。その指摘は有り難く受け取るとして――こっちの話を聞いて欲しいんだが?」
カップを置いて、本題に入ろうとする。だが枢機卿長は、そんな彼に対し口元を歪めて応じる。
「何のことだい突然? そんな機嫌悪そうにしちゃってさ」
「てめえ、ふざけやがって……!」
怒りを露わにして立ち上がろうとしたレッドだったが、枢機卿長は待てとばかりに手で制した。
「ははは、悪かったよレッド。しかしまあ、君も落ち着き給え。君はどうやら僕を殺したくて仕方ないようだが――単に、殺せればいいとも思ってないんでしょ?」
「――っ」
痛いところを指摘されて黙ってしまう。確かにそれが、こんな血生臭い場所でのお茶会になど参加した理由だった。
黒き鎧を召喚した時は激情のあまり殺害しようとしたが、レッドの目的は単なる復讐だけではない。
全ての真実を、知ることもあるのだ。
枢機卿長もそんなレッドの心境を理解しているからこそ、こんな場を用意したのだろう。
つまり、枢機卿長の方もレッドから聞きたいことがあるということだ。
「まあ、君としては僕に対していくらでも質問があるだろうが……そうだな、手始めに直近の話題から行こうか?」
「……直近?」
「こいつだよ、こいつ」
そう言うと枢機卿長は、今さっきマズい紅茶を淹れた首無しメイドを指差した。
「ビックリしたんじゃないの? いきなりメイドさんが変身しちゃってさ」
「それは……まあ……」
事実、未だに信じられない気持ちではあるのだ。
この半年間、魔物や聖剣ぐらいからしか出なかったあの黒い靄が、突如キャリーから湧き出て彼女を怪物に変えたのだから。
「じゃあ、お前は知ってるのか? そいつがどうして、魔物のように変貌したのか……」
「魔物の『ように』じゃない、魔物に『なった』んだよ」
枢機卿長が放った一言に、意味が分からず固まってしまう。
そんなレッドの様子を楽しそうに、いたずらっ子のような調子で続ける。
「君は――そう、この半年ぐらいの旅で、数多くの魔物を討伐してきた。
――と思ってるだろうけどね、実際倒したのはたった二匹だけなのよ」
「は、はぁ?」
「具体的に名称を言うと……ブルードラゴンとミノタウロスだけだね。
ベヒモスは……一応入れてもいいかな。あ、入れなくていいのか。倒したのアレン君だし」
「な、何言ってんだお前?」
ますますレッドは困惑してしまう。枢機卿長の言葉がまるで理解できなかった。
当然の事ながら、レッドたちが勇者パーティとして討伐してきた魔物は、その二匹に留まらない。シャドウウルフからジャイアントスパイダー、ロック鳥からオーガ、サラマンダー、他にもあらゆる魔物を討伐してきた。二匹だけなどと、あり得ない話だ。
しかし枢機卿長はレッドの疑問を読んでいたようで、心底楽しそうにしながら、
「まあ混乱する気も分かるけどね。でも、ちゃんと覚えていれば簡単に分かると思うよ? その二匹にしかない、共通点がさ」
「共通点、って……」
それはもう、言われなくとも明白だった。
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どちらも、あの黒い靄と共に、異形化した魔物だった。
「――あれこそが、本物の魔物の証なんだよ」
レッドの返事を待つまでもなく、枢機卿長は答えを述べ始める。
「いや、違うか。あの黒い靄、邪気による変化を遂げたものを初めて魔物と呼ぶ。それ以外は魔物とは呼べない」
「な、なに? じゃあ、他の魔物はなんだってんだ?」
「あれは、魔獣って言うんだよ」
魔獣。聞いた事が無い単語だった。レッドはさらに困惑を深めてしまう。
「――本来は、邪気によって肉体が変質したものを魔物と呼んだのさ。昔の話だけどね」
枢機卿長は、理解が追いつかないレッドを待たず、初めて聞く事を話していく。
「魔力を持つ獣の類は、かつては魔獣と呼ばれていた。ま、時代が下がるにつれて魔物の出没数が減ってしまうと、魔物と魔獣の区別が曖昧になっちゃって、次第に魔獣の名前が忘れられて魔物に纏められちゃったのさ。けど、実際は魔物と魔獣は全然別の存在だよ」
「そ、そんなもん、聞いた事ねえぞ」
「そりゃそうさ。もう何百年も昔の話だもん」
そんな何百年前の事を知っているお前は何者なんだと言ってやりたかったが、ここでそんなことを問うたところで話が逸れるだけだと思い黙っておいた。
なので、別の質問をすることにした。
「じゃあ、本来の魔物ってのはいったい何なんだ。何故邪気によって肉体が怪物化する」
「――そうだね。例えるなら……」
なんて口にしながら、枢機卿長はキャリーが手に持っていたティーポットへ手を向けると、魔術の効果であろうがゆっくりと枢機卿長の傍へ漂っていった。
そして、彼の紅茶のちょうど上で静止する。
「――仮に、このティーカップを魔獣……いや、生物としようか」
そう、カップをツンツンと叩きながら言う。
「あらゆる生物には器がある。器とは、魔力を入れる器の事だ」
「……魔力を入れる、器?」
「そう。と言っても別に体内にそんな臓物がある訳じゃない。器とは肉体そのものの事。肉体という器の中に、紅茶――じゃなかった、魔力が溜まっている」
次に枢機卿長は、カップに手をかざすと、カップの中に入った紅茶が見る見る減っていく。彼が魔術で、いずこかへと消し去っているのかもしれない。
「魔力切れという言葉は聞いた事があるだろう? 文字通り、この器の中の魔力を使い切ってしまうことだ。もっとも、使い切る気で魔力を使おうとしてもその前に意識を失うから、実際本当に全部使い切るなんてことは無い。それに、人間魔力だけで生きてるわけでもないからね。仮に本当に空っぽにさせられたところで、衰弱はしても死ぬということは難しい」
「――なるほど」
その言葉には思い当たる節があった。
黒き鎧で他人から魔力を吸い取っても、気絶する程度で死ぬことは無かった。確かに、内容は一致している。
「で、その切れた魔力は呼吸をするか水でも飲むか食物を摂取するか、とにかく外部からマナを取り込むことで回復する。マナなんてどこにでもあるからね。
――まあ、ここまでは分かるだろ?」
「――器なんて言い方聞いた事無いけどね」
「そりゃそうだよ。魔力を使い過ぎると切れるということだけ覚えておけば、器とかなんて覚える必要無いからさ。……ここまでは、ね」
そう意味深に呟くと、枢機卿長は宙に浮かせたままのティーポットを傾けて、空っぽになったティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
「呼吸、飲食……とにかくあらゆる手段でマナを摂取することで、器には魔力が溜まっていく。
しかし――仮に、器に入りきる以上の魔力を摂取した場合、どうなると思う?」
「は? そんなもん零れるに決まって……」
そこでレッドは言葉を止めてしまう。
カップに注がれた紅茶は零れることなく、タプタプの状態ではあるものの、注がれ続けていったのだ。
恐らく、魔術でカップの表面に見えない蓋をしているのだろう。
「――そう。カップならば零れるだけで済む。しかし、魔力の器は溢れることは無い。一旦注いだ魔力は、消費しない限り減ることなく、どんどん溜まり続ける。
つまり、器の容量以上の魔力を大量に取り込めば……」
と、その瞬間、
カップは内側から注ぎ込まれ続ける紅茶の圧力に耐え切れず、バリンと勢いよく割れた。
「とまあ、こんな風になる訳だね」
カップの破片が散り散りになり、紅茶が零れテーブルや床を濡らしていく中で、枢機卿長は笑ってそう言った。
「……同じことが、起きたっていうのか?」
「その通りだとも。それもただ割れただけじゃない。カップなら割れるで済むが、魔力の器の場合割れた器は変形し……違う生き物となる」
すると、枢機卿長はまた魔術を使い、今度はカップの破片と紅茶たちを宙に浮かせ、手のひらの上で転がす。
「君も見たんだろう? ブルードラゴンやミノタウロスが、全く違う生物へと変貌していくところを。生物が多少傷ついても元に戻るのは、肉体にその生物の設計図――DNAなんて言って分かる訳ないか――とにかくその姿であろうとする力があるからだ」
そこで一旦切ると、枢機卿長は再びカップの破片たちをゆらゆらと回し、まるで生き物のように脈動させる。
「ところが、器が壊れるということはその設計図が壊れるということだ。そうなれば、その生物は魔力を糧にメチャクチャな変化を遂げる。まともな設計図が壊れて、異形としか言いようのない姿に変貌する。そうなってしまえばもはや生物とは言えん。ただ魔力で肉体を変え続ける化け物だ。――何より」
そして、今度はカップの破片たちの上にティーポットを浮かせると、傾けてその中へ紅茶を注ぐ。
しかし、カップは割れていて紅茶を留めることは出来ず、周りへドバドバと流れていった。
「このように、器が壊れた化け物は魔力を溜めこむことが出来ない。いや、魔力を求めるのに際限が無くなるというところか。満足ということが出来ず、ひたすら飢えて喰らうだけのケダモノと化す。
――それが、本物の魔物ってことさ」
「…………」
枢機卿長の説明は、今までレッドが、いや世界中のほとんどの人間が常識として知っていたことからあまりにかけ離れていて、にわかに信じられるものではなかった。
しかし、レッドには、思い当たる部分が多くあった。
この半年の間倒してきた狂暴化した魔物――いや、魔獣たちを振り返ってみると、枢機卿長の言葉に沿っている気がしてならなかったのだ。
ブルードラゴンやミノタウロスに限らず、飢えと渇きに狂い、ひたすら血肉を求めた、狂暴化と呼ばれた魔獣たち。
言われてみれば、あれが魔物へ至るための過程であったのだと言われると納得できてしまう。彼らも放っておけば、いずれ本物の魔物になったのだろう。
けれども、だからこそ聞かねばならないことがあった。
「……キャリーは、どうしてああなったんだ?」
そう尋ねると、枢機卿長は「へっ」と鼻で嗤う。
「聞いてなかったのかい? 魔物というのは生物が持つ器が壊れて、正常な生物でいられなくなった物を差す。――逆に言えば、
器さえ持っていれば、魔物になる可能性はどんな生物でもあり得るんだよ」
「な……っ!」
レッドは戦慄する。
「ま、魔獣じゃなくて、人でもいいってのか?」
「人どころか亜人でも植物でも、場合によっては物品でもなれるよ。と言っても、そこまでの物が魔物になるには、結構な邪気が必要になるけどね……さて」
そう言うと、枢機卿長は説明に使っていたカップの破片たちとティーポットを下ろした。
「本題はここからだ。つまり魔物は、底なしに魔力を求め、喰らう性質がある。そこで質問があるんだけど……同じようなもの、君はもう一つ知ってるだろ?」
「同じようなもの……? いったい、何のこと、を……」
そこで、レッドの脳裏に浮かんだのは、到底信じられないような事だった。
しかし、彼が思いついたのは、それだけであった。
「――気が付いたね? そう、その通りだよ」
楽し気に、枢機卿長は極めて明るい様子で、処刑宣告のようにこう告げた。
「聖剣と魔剣は、魔物から作られているんだよ」
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