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転生勇者と魔剣編
第七十二話 亡郷(4)
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「……あれ?」
レッドはグリフォンを飛ばし、停泊地からようやく本家屋敷に戻ることが出来たが、意外なことに屋敷は燃えていなかった。
停泊地や村から少し距離があるせいか、この周辺にはワイバーンたちも寄らなかったのかもしれない。
しかし、明かりがついていることに違和感があった。流石にいくら遠くてもあちこちで火事が起こっていることくらい見れば分かるだろうに、逃走していないのも変だ。明かりを消すのも惜しいと逃走したか、あるいは火事に気が付いていないか。
とにかく、今は様子を窺うことが一番と思い、ワイバーンを降下させた。
「……うん?」
降りた途端、ふと鼻につく嫌な匂いがした。
嗅いでみて一発で分かる。なにしろ、ついさっきも散々嗅いだ匂いだ。
人間の血の匂いが、プンプンした。
「なんだ……?」
どうも、屋敷の裏手から匂っているらしい。魔剣を抜いて、警戒しつつゆっくり歩を進めてみると、
「うっ……!」
思わず言葉を失った。
裏手には、人間が山のようにいた。
いや――正確には、『人間だったモノ』である。
彼らはみな、血みどろの惨殺死体となって山積みにされていた。
「ひでぇ……」
レッドも思わずそう言うくらい、おぞましい光景だった。
死体の顔は、どれも見覚えがあった。
長年本家屋敷に仕えている執事だったり、門番として働いている衛兵だったり、レッドが馬の世話係として雇った亜人もいる。
全員が、この本家屋敷の使用人たちだった。
それが一人残らず斬られ殴られ刺され――ありとあらゆる方法で殺されて、裏手に遺棄されていた。
誰がやったかなど、考えるまでもない。
「近衛兵の奴らめ……!」
なんて怒気を露わにする。
サーブの言う通り、近衛兵の奴らは確かにここへ来ていたらしい。
そして、捜索という体で、ありとあらゆる略奪と虐殺を行ったのだ。
取り潰される家の宿命とはいえ、流石にこの残酷過ぎる仕打ちは受け入れられるものではない。王国は、本気でカーティス家を滅ぼす気のようだった。
家に愛着など無いレッドだったが、ここまでされて腹が立たないほど聖人でもない。憤っていたところ、ふと妙なことに気付いた。
「……ん?」
山積みにされた死体が、おかしい。
いや、死体たちは別に殺されているだけだが、変なところがあった。
男性しかいないのだ。
本家屋敷には人族も亜人族も半々くらい雇っていたが、当然男性だけでなく女性も雇っていた。主にメイドとして。
しかし、遺棄された死体は人族亜人族関係無いのに、男性しかおらず女性の死体は一つも無かった。
「……いや、別に変でも何でもないか」
レッドはそう考えなおす。
近衛兵などとは言っているが、この手の事態では彼らは盗賊らと大差無くなる。略奪、虐殺、あらゆる無法に枷が消えて野獣と化すのだ。
そして、そんな野獣たちの前に女がいれば、どうなるかは自明の理であった。
「生きてるかな、あいつら……」
サーブの言うことが事実なら、近衛兵たちはとっくに立ち去っているはず。急な呼び出しに非常に慌てて帰ったはずだから、彼女たちは生きている目算もあった。証拠隠滅として皆殺しにされた可能性もあるが、そんな暇があったと思えない。第一、近衛兵に恥辱、凌辱されたなど国に訴えたところで、この国はそんな訴え無視するだろうから、わざわざ面倒なことをするとは考えにくかった。
ならば、まだ屋敷の中にいるのだろうか? と思い、屋敷に入っていく。
「うっ……」
思わず目を瞑りたくなった。こちらも酷い様子である。
そこかしこの床に、血の跡がべっとり付いている。引きずったような跡は、死体を外へ捨てる際に付いたものだろう。
玄関だけでも相当な荒らされようだった。壁にあった高価な絵も調度品も手あたり次第無くなっているか壊されている。略奪した品がここに無いということは、近衛兵たちは急ぎの呼び出しにもかかわらず、奪った物を捨てないで荷車などに積んで帰ったようだ。王都が前代未聞の危機に陥っているというのに、呑気に金銀財宝持って帰った彼らに待つのはロクな未来ではないだろう。
しかし、ここにもやはりアリーヤたちメイドは見つからなかった。
「どこにいるんだ……?」
声を出して呼ぼうとも思ったが、まだ近衛兵がいる可能性があると思って止めておいた。とにかく、歩いて探すことにした。
屋敷を散策することにしたレッドを待っていたのは、幼少の頃より過ごした家の凄惨な有様だった。
「これは……酷いな……」
どこもかしこも、メチャクチャに荒らされていた。血の跡や拾い損ねた肉片が散らばっている場所まである。高価な代物は根こそぎ奪われるか壊されていた。本物の盗賊も脱帽するレベルの無法ぶりであろう。
「近衛兵たちは普段規律が厳し過ぎて、辛い生活を強いられているから、こういう時は思い切りストレス発散するなんて聞いたが、ここまでするとはな……」
もはや、怒りどころか呆れすら湧いてくる。
一月前、レッドが訪れた生家の面影は、どこにも無かった。
犯され汚され破壊しつくされ、栄光ある大貴族の屋敷は単なる廃屋と化している。
「――くそっ」
はらわたが煮えくり返る思いをしながら、レッドは歩き続けた。
すると、とある部屋の前に人の足が見えた。
「――っ!」
慌てて駆け寄ると、一人のメイドが倒れていた。
うつ伏せになっているため顔は見えないが、後ろに纏められた黒い三つ編みだけで誰だかわかる。メイド長のアリーヤ・クラウディアだ。
「アリーヤ!」
思わず彼女の抱き起こそうとする。
「アリーヤ、大丈夫か……!」
そこで目を見開いてしまう。
アリーヤは、顔を剥がされていた。
強引な力で引き千切ったように、顔を剥かれていたのだ。当然、生きてはいなかった。
「なんだよ、これ……」
よく見ると、メイド服もボロボロである。
胸部の部分は無残にも斬り裂かれ、ところどころ血や体液の跡が散見される。肌の部分も殴られたり押さえつけられて赤く腫れあがっており、あの規律が手足を付けて歩いているような彼女の姿が、見る影もない。
しかも、そんな惨い目に遭ったのは、彼女だけでなかった。
「これは……」
そこで初めて、近くにもう一人倒れている者がいることに気付いた。
いや、一人だけではない。何人もの人が、しかもメイドたちがそこかしこに倒れていた。
「なんで、こんな……っ!?」
レッドは思わず息を呑む。
倒れていたメイドたちは、どれもこれもアリーヤと同じような姿をしていた。首を噛みつかれていたり顔を裂かれていたり、腹を殴られでもしたのか赤く腫れあがった跡と、大量の吐血をしている者もいる。当然の如く、彼女たちも生きてはいなかった。
「誰が……いったい……」
レッドはそう呟いてしまう。
服や体にある傷は明らかに近衛兵に襲われた傷であろうが、しかし彼女を殺したこの顔は誰がしたのか? それが分からなかった。
近衛兵ではない。彼らが殺すなら、剣や斧でも使うだろう。こんな殺し方、する訳が無い。
まるで――そう、魔物にでも襲われたような殺し方なのだ。
「いったい……なにがどうなって……」
まるで分からず、混乱しきったいたが、ふとしたことに気付いた。
「――あれ? これは……」
違和感の正体を口にしようとしたその瞬間、
後ろから、こちらに襲い掛かる影を感じた。
「っ!!」
咄嗟に身をかがめ、飛びかかってきた相手の下に入る形となる。
そこからそいつの首元を掴み、地面に叩きつけた。
「誰だっ!」
すかさず魔剣を突き刺そうとした。が、
「ひっ……!」
「え……?」
襲撃犯の悲鳴が聞こえ、思わず剣を止めてしまう。そこで初めて顔をちゃんと見る。
襲撃犯は女で、しかもこの屋敷のメイド服を着ていた。ズタボロなのは、アリーヤたちと同じである。
そして彼女は、特徴的てツンと尖った猫耳を持っていた。
「……キャリー?」
それは半年前、レッドが最後に抱いた亜人族のメイドの名だった。
レッドはグリフォンを飛ばし、停泊地からようやく本家屋敷に戻ることが出来たが、意外なことに屋敷は燃えていなかった。
停泊地や村から少し距離があるせいか、この周辺にはワイバーンたちも寄らなかったのかもしれない。
しかし、明かりがついていることに違和感があった。流石にいくら遠くてもあちこちで火事が起こっていることくらい見れば分かるだろうに、逃走していないのも変だ。明かりを消すのも惜しいと逃走したか、あるいは火事に気が付いていないか。
とにかく、今は様子を窺うことが一番と思い、ワイバーンを降下させた。
「……うん?」
降りた途端、ふと鼻につく嫌な匂いがした。
嗅いでみて一発で分かる。なにしろ、ついさっきも散々嗅いだ匂いだ。
人間の血の匂いが、プンプンした。
「なんだ……?」
どうも、屋敷の裏手から匂っているらしい。魔剣を抜いて、警戒しつつゆっくり歩を進めてみると、
「うっ……!」
思わず言葉を失った。
裏手には、人間が山のようにいた。
いや――正確には、『人間だったモノ』である。
彼らはみな、血みどろの惨殺死体となって山積みにされていた。
「ひでぇ……」
レッドも思わずそう言うくらい、おぞましい光景だった。
死体の顔は、どれも見覚えがあった。
長年本家屋敷に仕えている執事だったり、門番として働いている衛兵だったり、レッドが馬の世話係として雇った亜人もいる。
全員が、この本家屋敷の使用人たちだった。
それが一人残らず斬られ殴られ刺され――ありとあらゆる方法で殺されて、裏手に遺棄されていた。
誰がやったかなど、考えるまでもない。
「近衛兵の奴らめ……!」
なんて怒気を露わにする。
サーブの言う通り、近衛兵の奴らは確かにここへ来ていたらしい。
そして、捜索という体で、ありとあらゆる略奪と虐殺を行ったのだ。
取り潰される家の宿命とはいえ、流石にこの残酷過ぎる仕打ちは受け入れられるものではない。王国は、本気でカーティス家を滅ぼす気のようだった。
家に愛着など無いレッドだったが、ここまでされて腹が立たないほど聖人でもない。憤っていたところ、ふと妙なことに気付いた。
「……ん?」
山積みにされた死体が、おかしい。
いや、死体たちは別に殺されているだけだが、変なところがあった。
男性しかいないのだ。
本家屋敷には人族も亜人族も半々くらい雇っていたが、当然男性だけでなく女性も雇っていた。主にメイドとして。
しかし、遺棄された死体は人族亜人族関係無いのに、男性しかおらず女性の死体は一つも無かった。
「……いや、別に変でも何でもないか」
レッドはそう考えなおす。
近衛兵などとは言っているが、この手の事態では彼らは盗賊らと大差無くなる。略奪、虐殺、あらゆる無法に枷が消えて野獣と化すのだ。
そして、そんな野獣たちの前に女がいれば、どうなるかは自明の理であった。
「生きてるかな、あいつら……」
サーブの言うことが事実なら、近衛兵たちはとっくに立ち去っているはず。急な呼び出しに非常に慌てて帰ったはずだから、彼女たちは生きている目算もあった。証拠隠滅として皆殺しにされた可能性もあるが、そんな暇があったと思えない。第一、近衛兵に恥辱、凌辱されたなど国に訴えたところで、この国はそんな訴え無視するだろうから、わざわざ面倒なことをするとは考えにくかった。
ならば、まだ屋敷の中にいるのだろうか? と思い、屋敷に入っていく。
「うっ……」
思わず目を瞑りたくなった。こちらも酷い様子である。
そこかしこの床に、血の跡がべっとり付いている。引きずったような跡は、死体を外へ捨てる際に付いたものだろう。
玄関だけでも相当な荒らされようだった。壁にあった高価な絵も調度品も手あたり次第無くなっているか壊されている。略奪した品がここに無いということは、近衛兵たちは急ぎの呼び出しにもかかわらず、奪った物を捨てないで荷車などに積んで帰ったようだ。王都が前代未聞の危機に陥っているというのに、呑気に金銀財宝持って帰った彼らに待つのはロクな未来ではないだろう。
しかし、ここにもやはりアリーヤたちメイドは見つからなかった。
「どこにいるんだ……?」
声を出して呼ぼうとも思ったが、まだ近衛兵がいる可能性があると思って止めておいた。とにかく、歩いて探すことにした。
屋敷を散策することにしたレッドを待っていたのは、幼少の頃より過ごした家の凄惨な有様だった。
「これは……酷いな……」
どこもかしこも、メチャクチャに荒らされていた。血の跡や拾い損ねた肉片が散らばっている場所まである。高価な代物は根こそぎ奪われるか壊されていた。本物の盗賊も脱帽するレベルの無法ぶりであろう。
「近衛兵たちは普段規律が厳し過ぎて、辛い生活を強いられているから、こういう時は思い切りストレス発散するなんて聞いたが、ここまでするとはな……」
もはや、怒りどころか呆れすら湧いてくる。
一月前、レッドが訪れた生家の面影は、どこにも無かった。
犯され汚され破壊しつくされ、栄光ある大貴族の屋敷は単なる廃屋と化している。
「――くそっ」
はらわたが煮えくり返る思いをしながら、レッドは歩き続けた。
すると、とある部屋の前に人の足が見えた。
「――っ!」
慌てて駆け寄ると、一人のメイドが倒れていた。
うつ伏せになっているため顔は見えないが、後ろに纏められた黒い三つ編みだけで誰だかわかる。メイド長のアリーヤ・クラウディアだ。
「アリーヤ!」
思わず彼女の抱き起こそうとする。
「アリーヤ、大丈夫か……!」
そこで目を見開いてしまう。
アリーヤは、顔を剥がされていた。
強引な力で引き千切ったように、顔を剥かれていたのだ。当然、生きてはいなかった。
「なんだよ、これ……」
よく見ると、メイド服もボロボロである。
胸部の部分は無残にも斬り裂かれ、ところどころ血や体液の跡が散見される。肌の部分も殴られたり押さえつけられて赤く腫れあがっており、あの規律が手足を付けて歩いているような彼女の姿が、見る影もない。
しかも、そんな惨い目に遭ったのは、彼女だけでなかった。
「これは……」
そこで初めて、近くにもう一人倒れている者がいることに気付いた。
いや、一人だけではない。何人もの人が、しかもメイドたちがそこかしこに倒れていた。
「なんで、こんな……っ!?」
レッドは思わず息を呑む。
倒れていたメイドたちは、どれもこれもアリーヤと同じような姿をしていた。首を噛みつかれていたり顔を裂かれていたり、腹を殴られでもしたのか赤く腫れあがった跡と、大量の吐血をしている者もいる。当然の如く、彼女たちも生きてはいなかった。
「誰が……いったい……」
レッドはそう呟いてしまう。
服や体にある傷は明らかに近衛兵に襲われた傷であろうが、しかし彼女を殺したこの顔は誰がしたのか? それが分からなかった。
近衛兵ではない。彼らが殺すなら、剣や斧でも使うだろう。こんな殺し方、する訳が無い。
まるで――そう、魔物にでも襲われたような殺し方なのだ。
「いったい……なにがどうなって……」
まるで分からず、混乱しきったいたが、ふとしたことに気付いた。
「――あれ? これは……」
違和感の正体を口にしようとしたその瞬間、
後ろから、こちらに襲い掛かる影を感じた。
「っ!!」
咄嗟に身をかがめ、飛びかかってきた相手の下に入る形となる。
そこからそいつの首元を掴み、地面に叩きつけた。
「誰だっ!」
すかさず魔剣を突き刺そうとした。が、
「ひっ……!」
「え……?」
襲撃犯の悲鳴が聞こえ、思わず剣を止めてしまう。そこで初めて顔をちゃんと見る。
襲撃犯は女で、しかもこの屋敷のメイド服を着ていた。ズタボロなのは、アリーヤたちと同じである。
そして彼女は、特徴的てツンと尖った猫耳を持っていた。
「……キャリー?」
それは半年前、レッドが最後に抱いた亜人族のメイドの名だった。
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