上 下
68 / 123
転生勇者と魔剣編

第六十三話 与えられし剣(3)

しおりを挟む
「がっ……はっ……!」

 予想だにしない方角からの強烈な衝撃に、思わず意識が途切れそうになってしまう。タックルされたらしいのは分かったが、何者がそれをしたのかは不明なまま飛ばされた。

 地面に何度か打ち付けられ転がされた後、なんとか起き上がり自分にぶつかってきた相手を見やる。

「…………」
「ろ、ロイ?」

 今さっきまで一緒に戦っていたはずなのに、随分顔を合わせていない気がする。そんな風に、レッドは同じパーティの仲間を見てしまう。
 そして、そんな仲間であるはずの男の顔も、今まで見たことも無いような顔だった。

「…………」

 真っ赤に染まった顔中に青筋を走らせ、目も怒りの炎で燃えている。奴の体から、熱気が溢れ出しているように錯覚してしまう。
 怒り狂っていたレッドが、思わず押されてしまうほどの気迫を込めて、目の前の元仲間に憎悪を滾らせていた。

「ロイ、お前……!」
「レッド……貴様あぁっ!!」

 背中に抱えていたアックスを手に取り、ロイが激走してきた。巨体に似合わぬ速さと力強さに、一瞬飲まれて対応が遅れてしまう。

「っしまっ……!」
「だああああああああああっ!!」

 やむを得ず、大型アックスのひと振りを、正面から受け止める形となった。
 しかし、これがまずかった。

 ガキィン、という轟音が場に響き渡る。

「ぐっ……あっ……!」

 両手でなんとか防いだものの、腕から強烈過ぎる衝撃が流れてレッドに激痛を与えた。

 ――重っ……!!

 当たり前ではある。白き鎧の時はともかく、小柄な体格のアレンと違い、レッドよりずっと大柄の筋肉ダルマ、しかも得物も聖剣よりずっと重い大型アックス。正面から受け止めて、まだ体が残っている方がマシなくらいである。
 だが、それだけではない。単なる得物の差で、レッドが膝をつきかけたわけではない。

 単なる、腕の差である。
 ただの力押しではなく、その力をアックスに乗せ、その重量を寸分の無駄も無く渾身の一撃として打ち込む。この腕があるからこそ、副団長にもなれたのだろうと改めて感じることが出来た。

 しかし、感心してもいられない。何とかアックスから抜けねば潰れて死んでしまう。今にも押し負けそうな腕を必死に止めながら、ロイに向かって叫ぶ。

「おい……ロイっ! お前まであんな与太信じてるのか!? 何言われたか知らんが、おかしいとは思わないのかよ! お前は利用されてるだけなんだよ、あいつに……!」
「黙れぇっ!!」

 レッドの説得は、ロイの怒声に消え去ってしまう。憤怒の感情に支配されたロイは、何の言葉も聞いていなかった。

「よくも……よくも騙してくれたな、裏切り者があぁっ!!」

 そうだこいつは馬鹿だった、と臍を嚙む。聞かされた内容を鵜呑みにして、考えちゃいないようだと、少し呆れてしまう。
 なんとか説得したいが、ここまで頭に血が上っては黙って話を聞いたりしまい。仕方がない、とやり方を変えることにした。

「――しゃーないな」

 と呟くと、ロイのアックスを止めていた巨大剣を、支えていた左手を離した。
 必然、巨大剣は斜めに傾く形となる。

「なっ……!」

 全力で押し込まれていたアックスは、その傾きに応じて巨大剣の刀身を流れるように滑ってしまう。当然、力任せに押し込んでいたロイの方もバランスを崩した。
 結果、ロイはアックの刃を地面に突き刺してしまった。

「うりゃあっ!!」

 呆気にとられたロイの顔面に、巨大剣を打ち込む。ただし剣の腹で殴るだけだったが。

「ぐおっ!?」

 殴られたロイは鼻から血を出して、そのまま後方へぶっ倒れる。あの筋肉ダルマのことだからこの程度で大した怪我にもならないだろうから、殴った勢いのまま走って距離を取る。

 しかし、そこでレッド自身足をもつれさせ転びそうになる。

「――っ! ちぃっ!」

 なんとか両足に活を入れ転倒自体は防いだが、そんな安心などは出来なかった。

 先ほどと同様の現象に、レッドは自らの身に何が起きているか理解したからだ。

 ――限界か。

 巨大剣を握っている手は痺れて上手く握れず、足もふらついている。心臓の鼓動も呼吸も、乱れっぱなしだ。

 考えてみればごくごく普通の事である。今夜はベヒモス封印、そしてスケイプとの一騎打ち、おまけに白き鎧を纏ったアレンとの連戦。聖剣の回復も使えない今、ここまで体が持っていた方が不思議なくらいで、正直いつ倒れてもおかしくないだろう。

 周囲を見ると、先ほどまでは遠目で観戦するだけだった近衛兵たちが集まってきた。こちらを拘束する気か、あるいはなかなか仕留められない勇者アレンに業を煮やしたか。どちらか知らないが、少なくとも逃がしてくれそうには無かった。

「――だが、負けられるか!」

 残り猶予は無い、そう判断したレッドは、アレンに向かい巨大剣を突き出したまま襲い掛かった。

「おおおおおおおぉっ!!」
「な、なにっ!?」

 勝てない、逃げられない。
 ならばせめて、こいつに一発キツいのを喰らわせてやる。そんな、一種のヤケクソ気味の発想で狙いを定めた。

 まさか、自分の方に向かってくるとは思わなかったのだろう。一瞬判断が遅れたアレンは、慌てて迎撃の構えを取ろうとするが、そんな隙を与えず突き刺してやろうと、レッドは残る力をふり絞って駆ける。

 そしてその刃が、白き鎧の胸部に突き刺さろうとした、その時、

「――ごめんなさいね」

 という声を発して、影が二人の間に割って入った。

「――っ!?」

 まさかそんな瞬間に飛びこまれると思っていなかったレッドは、驚きのあまり反応が鈍ってしまった。

 その影は、アレンの胸に巨大剣が襲う数刻前に、レッドの首目掛けてナイフを振り抜いた。

「くっ……!」

 なんとか首を逸らして避けたが、完全には躱せず首を少し切られてしまう。鋭い痛みがレッドに走る。

「づぅ……!」

 そのせいで、アレンへの突きの力が削がれてしまい、結果左腕に付けられた白き鎧の盾で防がれた。弾かれたレッドは、バックステップで一旦離れる。

 そして、突然割り込んだ赤毛の影は、いつものように悪戯っぽい笑みでこちらを笑いかける。

「あらあら、そんなフラフラで避けられちゃった。あたしの腕も鈍ったものね」
「――マータ」

 左手で首の傷跡を押さえながら、レッドは彼女を睨みつける。ついほんの少し前までの仲間を切ったというのに、彼女は例の如く軽かった。

「……ま、もう終わりだけどね」
「なに……? 貴様、何を……!?」

 彼女のからかうような笑いに眉をひそめた瞬間、レッドの視界がぐらりと揺れる。
 その上、手足の言うことがさらに効かなくなり、プルプルと震えて呼吸も難しくなってしまった。

 ――毒か!!

 レッドは自分の失態を悟った。

 マータはあれでも、毒物に関してはスペシャリストである。先ほど首筋を切ったナイフに、毒物が塗られていたのだろう。致死性の猛毒ではないようだが、こちらの動きを止める痺れ薬程度の効果はあるらしい。

「く、くそっ……!」

 悪態をつきつつなんとか動こうとするが、視界がぐらつきちゃんと立つことすら難しい。こんな自分をニヤつきながら見ている目の前の女を呪いたくなった。

 しかし、その瞬間地面からいくつもの縄が飛び出して、レッドの体に絡みついた。

「な、なに!?」

 よく見るとそれは縄ではなく、木の蔓だった。

 プラントウィップ。木の蔓を操り相手を拘束する魔術。かつてミノタウロスとの戦いでレッドはそれを見た。
 そして、その魔術を使ったのが誰であるかもちゃんと覚えていた。

 完全に体が縛り付けられてしまい、唯一まともに動かせる首と目を辺りに彷徨わせると、その犯人がいた。

 ラヴォワが、地面に杖を突き刺してプラントウィップを発動させていたのだ。

「ラヴォワ……テメエもかっ!」
「レッド……大人しく捕まって!」

 ラヴォワは叫ぶが、揺らいだ視界では表情までは読めない。しかし、またしてもの裏切りにレッドは怒りに震えた。

「――終わりですよ。レッド様」

 そこに、今更ながらレッド様などと呼んでくるアレンが、白き鎧を身に着けたまま寄ってくる。動けないレッドを今度こそ捕縛するつもりだろう。ゆっくりと余裕そうに歩いてくる姿が、非常に腹立たしかった。

「素直に従ってください。罪を認め、反省するというのであれば、寛大な処置もあり得るでしょう」
「……はっ」

 鼻で笑ってやる。そんな甘ったるいばかりの甘言を鵜呑みにするとは、お花畑にも程があると言ってやりたかった。

 そんなレッドの、この期に及んでまだ反抗的な態度を取るのが許せなかったらしく、アレンは聖剣を手にし、彼にとっての最後通告を出した。

「――もう、終わりにしましょう」

 そのセリフに、レッドはまた既視感を覚えた。
 どこかで聞いたような、どこかで言われたような、そんな頭の隅に引っかかるような感覚を抱いた。

 そんなレッドの心境に気付くことは無く、アレンはレッドに対して聖剣を高く振り上げる。

「ここで終わらせるんです。それが、かつて仲間だった――勇者だった貴方に対する、それが僕の出来る唯一の敬意です――!」
「――!!」

 思い出した。

 この台詞。この言葉。

 多少の差異はあれど、覚えている。
 この言葉は――

 

「――笑わせるな」

 今まさに聖剣がレッドを斬り裂こうとした時、レッドはそう呟いた。

 その時、レッドから少しずつ漏れだしていた黒い靄が、一気に爆ぜるように噴出した。

「なっ……!?」

 アレンは驚愕し、思わず飛びずさってしまった。

「こんな、こんなところで――死ねるかあぁっ!!」

 レッドの絶叫と共に黒い靄は周囲を埋めるほどに溢れ出し、その力が動けなかったレッドの体から自由を取り戻させ、巨大剣で自らを縛っていた蔓を斬り裂いてしまう。

「そんな……っ!?」

 ラヴォワの驚きなど、気にする余裕はない。周囲の蔓を全部一薙ぎで払うと、そのまま白き鎧へ駆ける。

「あああああああああああっ!!」

 黒い靄の力をふり絞って、アレン目掛けて巨大剣を振り下ろす。肩口から、袈裟懸けに下ろされた剣は、



 バキッ、という鈍い音を鳴らして、中心辺りから折れてしまう。



「え――?」



 呆気にとられたその瞬間、レッドの顔は飛び出してきた左手に鷲掴みにされる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売しています!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

僕は女神に溶けていく。~ダンジョンの最奥で追放された予言士、身長100メートルの巨大女神に変身する~

やまだしんじ
ファンタジー
【あらすじ】  唯一のSランクパーティのメンバーの一人として活躍していた青年、フレイはダンジョンに巣食う怪物を撃破後、理不尽な理由でパーティから追放されてしまう。 悩み嘆いていた彼に声をかけたのは褐色肌の女神であった。さらに、混乱するフレイの前でダンジョンが崩壊してしまい、怪物が解放されてしまう。 人々の悲鳴、ヒロインの危機。 全てを解決し、英雄となるためフレイはわずかな期待をかけて、女神の契約を受け入れる。 すると自分の姿は。 身長100mの巨大な褐色肌の女神に変身していた……!? 巨大×異世界のファンタジーバトル開幕! ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...