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転生勇者と魔剣編
第六十一話 与えられし剣(1)
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「……はっ」
鼻で笑ってやる。呆れたような小馬鹿にしたような態度に、アレンも眉間に皴を寄せて怒気を強くした。
「……っ。大人しく捕まって下さい。悪いようにはしません。だから……っ!」
「悪い様にするから捕まえるんだろうが。馬鹿かお前」
「~~~っ、あああああああああああっ!!」
アレンとしては必死の想いで説得しているのだろうが、こちらが揶揄するような目で笑っているのがよほど癪に障ったようで、激昂すると聖剣を構えて襲い掛かってきた。
真に聖剣に選ばれた勇者、亜人アレン・ヴァルドの縦一直線の刃を、
「……遅っ」
余裕で躱すと、レッドはガラ空きになった腹へ蹴りをぶちかました。
「げはっ……!?」
小さくて軽い少年そのもののアレンの肉体は、まるで球技に使用されるボールの如く軽々と蹴飛ばされていった。
「が、がはっ……!?」
「馬鹿かお前。たかが一か月剣振った程度で、何剣士気取りしてるんだよ」
地面に転がり呻くアレンを、見下して嘲笑しながら言う。
そもそも、あの第三王女と出会って剣の修業を始めてから、僅か一か月しか経っていない。教わる相手が誰であれ、多分基礎中の基も学べていない段階。本当の素人から、毛の一本も生える前の筈だ。
対してレッドは――不眠対策とはいえ――幼少期より剣の腕を磨いて十年は経っている。お世辞にも一流とも優秀とも言えない程度の実力しか無いが、それでもズブの素人よりは上だと自負している。
聖剣は、確かに使い手の攻撃力、防御力、スピードなど全ての力を上げる魔力を有している。
しかし、別に剣の腕を上げたりはしない。まあ前回の自分も気付かなかったことだが――それ故、正面から立ち向かえば死ぬだろうが、軽くいなすぐらいは楽勝なのだ。
「くっ、くそっ……」
しかし流石は聖剣の勇者といったところか、腹にモロに喰らったにもかかわらず、意外にあっさりと起き出した。まあ聖剣の加護が効いているだけと思うが、根性は大したものである。
「まだやる気か、アレン」
「――っ、当たり前だ!」
そう叫ぶと、構えた聖剣がより強く輝き出した。その光に、レッド含めた周囲の皆も身じろぎしてしまう。
レッドが使う時とは違う、一切の闇も無い、はるかに強烈で眩しい輝き。
まるで、本物の持ち主の下へ戻ったのを、聖剣が歓喜しているかのようであった――前回と、同様に。
「……ちっ」
分かっていたことだが、その様にまた舌打ちしてしまう。前回と変わらず、クソ剣はクソ剣のようだった。
そんなレッドの心中などまるで察せないアレンは、聖剣の光を無駄に輝かせながら、一人で熱くなっていく。
「僕は勇者なんだ……! 世界のため、正義のため、皆のため……ベル様の理想を叶えるため、僕は戦うんだ!」
「――結局、それかい」
またしても、挑発の軽口のつもりだった。大義を掲げながら、実際のところ愛する女性のためという恥ずかしい内心を、笑いものにしたつもりだった。
しかし、それを聞いてアレンが答えたのは、フッとした笑みであった。
様子が変わったことに、レッドが眉をひそめると、
「……流石親子と言いますが、貴方も随分下世話ですね」
「あん?」
なんて言い返された。そこでレッドは納得する。
――こいつ、父様に愛しの姫様侮辱されたのムカついてたのか。
そう言えば昨日、そんなこともあった気がする。レッドからすれば馬鹿親父の下品なジョーク程度の認識だったが、この男には腹立たしくて堪らなかったらしい。
「――僕は貴方がたとは違う」
「ほう?」
「僕とベル様なら、世界を変えられる――いや、救える。こんな、歪み切った世界を、正しく直してみせる――!」
また何か語り出した。こちらに対して言っているというより、自分に言い聞かせている気がする。
彼の頭に、何がよぎっているだろうか?
いや――考えるまでも無いことだろう。
この半年ほどの旅で見た、あらゆるもの、あらゆる場所。
差別や偏見。迫害する者される者。家族同士同族同士殺し合い、明確な格差をつけて蔑み辱しめ、傷つけ苦しめる者。
つまり――彼の言う、下品で汚らしいものたちだ。
そんな世界を変えたい。彼は言っていた。
みんな笑って暮らせる世界を作りたいという、ベル様の理想を叶えたいと。
そんな彼の気持ちを、おかしいかと聞かれた時は、
「――確かに、変ではないと言ったけどさ」
頭をポリポリかいて呟いた。
そんなレッドには構わず、アレンはまた突撃してくる。
「はあああああああああぁっ!!」
さらに聖剣の光を強め、いっそ眩しいくらいになっている。まだ太陽も昇っていない夜中だというのに、その聖剣の輝きだけで昼間のようだった。
そして聖剣の勇者は、今度はレッドに聖剣を横薙ぎで喰らわせようとする。さっきの一撃で正面からは避けられると判断したのだろう、今度は逃げられない太刀を浴びせる気だ。
そのままその一閃は、レッドの体を半分にしてしまう。はずだった。
「――けどな」
「!?」
が、その横薙ぎはあっさり空中へと飛んで躱される。
その空中でレッドは体勢を変え、アレンの首元に手を掛けながら彼を地面に叩きつける。
「が、はっ……!」
「そんな大言壮語、軽々しく喋るなとも言ったんだけどな」
地面に顔を押さえつけたまま、彼の背に乗り完全に身動きを取れなくする。アレンの小さ過ぎる体では、こうして乗られてしまえば身じろぎすら出来ない。
咄嗟に周りを囲っていた兵たちが駆けつけようとするが、アレンの顔の真横に剣を突き刺すと全員動きを止めた。それ以上近づけば、こいつはただでは済まさないという脅しだ。
「大人しくしろ。お前の負けだ」
「ま、まだだ……!」
「この状況でよくそんな戯言がほざけるな。感心するよ。――それと」
犬族特有のピンと跳ねた耳元へ顔を寄せ、ドスの利いた声で囁く。
「――お前ら如きがカーティスを語るな、このクソガキが」
レッドの囁きに、アレンはその身を震わせた。
――俺からこんな台詞が出るとはね。
実は、レッド自身が己の言った台詞に驚いていた。
カーティス家など、前回の経験や今回の家庭環境から、嫌悪感はあっても愛着や誇りなど無いと考えていた。いや、思っていた。
しかし、他人に侮辱されるとこうも機嫌が悪くなるとは……意外と自分にも、貴族としてのプライドというものがあったのかもしれないと内心びっくりしていた。
結局、こいつらは調子に乗ったクソガキでしかない。レッドはそう確信した。
お子様みたいな理想と、世界という大人社会への忌諱感から、あらゆるものを嫌悪し無くそうとしているだけ。なまじ聖剣なんて強大な力を手にしたから、その全能感で調子に乗っている。非常に面倒くさい。
まあ、前回誰よりも調子に乗った自分が言える台詞ではないのだが――と、馬鹿だった己を思い出し泣きそうになるのを堪えて、こうして拘束した目的を果たすことにした。
「さて、と――聞きたいことがあるんだけど、いいかいアレン君?」
「な、なに?」
背に乗ったレッドに話しかけられて、アレンは困惑する。まさかこんな体勢で会話しようなんて奴がいるなんて想像もつかないだろうから当然だ。
「――誰が、お前が真の勇者だと言った? 誰が、俺を偽物だと言った?
誰が――お前を唆した?」
そう尋ねてはいるものの、レッドは答えを求めてはいなかった。
というより、その唆した人物の当てが付いていた。アレンやベルに、孤独で絶望を抱え苦しんでいる人間に、希望や使命などという大義を与えその心を歪めた相手。
それは、かつてレッドに復讐という大義を与え、上手い事利用した相手のやり方に酷似していた。
だから、これはあくまで確認に過ぎない。次にその名前を告げて、反応を見ようとしただけだった。しかし、
「……まだだ」
と、彼は背に乗られる苦しさに呻きつつも、アレンは闘志を消していなかった。
「僕は……僕は、勇者アレン・ヴァルドだっ!!」
「――!?」
その瞬間、聖剣が放つ光がより強大になり、アレンの身自体が眩く輝き出した。
「あ、あちっ、あちちっ……!!」
しかも、全身の輝きが高熱まで生じさせて、座っていられなくなり思わず飛び退いてしまう。
その上、腰にぶら下げていた聖剣の鞘が、何故か外れてアレンの下へ飛んでいった。
「な、なんだ!?」
距離を取ったレッドは、アレンの身に生じた異常事態を見て驚愕する。
全身の輝きが、より強く、より激しさを増していく。
しかもただの輝きだけでなく、彼の周囲を包むように、古代文字が次々と浮かんでいった。ラヴォワが魔術を使う時とは、また違う。赤、青、緑……あらゆる色彩がその文字を綴っていく。
「なに、これ……」
アレン自身も驚いているようだ。聖剣の勇者に、こんな不思議な現象が起こるなど聞いていなかったろうから当然だ。
しかし、レッドは知っていた。
今の彼に何が起きているか、何が起きたか。
「これは……!」
あまりの衝撃に目を見開き、愕然としてしまう。
この光景には、見覚えがあった。
忘れもしない、前回の時。病院から脱走して、アレンへ復讐しようと襲った時だ。
あの時、レッドは聖剣を振り下ろしたが、彼が手にした安物の盾で止められた。
そして、そのまま聖剣はレッドの下から逃げ、アレンの手に入った。
何事が起きたか分からずレッドは混乱するも、とにかく奪い返そうと思い、またしても襲い掛かる。
しかしその時、聖剣はアレンを守るかのように輝き、周囲に古代文字を浮かべ、そして……
「……分かる」
そう、アレンはそう呟いた。
「出来る。今の僕なら、この剣の、聖剣アークの本当の力を――!」
そう、前回のアレンもそう呟いた。
アレンは、聖剣を手に仁王立ちすると、自らの輝きを聖剣に集束させ、自分の頭上に集める。
集められた光は小さな球体となり、周辺にはとても読み切れないほどの古代文字が埋め尽くされていた。
そんな振りを前と同じく行うと、聖剣の刃先を天に掲げ、言葉を綴っていく。
「――古より光をもたらし、闇を打ち滅ぼす聖なる剣よ――!」
前回と同じ詠唱を、誰に教わるでもなく述べていく。彼が唱える呪文一つ一つごとに、球体はその体積を増大させ、より輝いていった。
「今こそその真の姿を現し、世界を救う希望と成れ――!」
そこで、アレンの頭上で肥大化した球体はいよいよその身を膨れ上がらせ、今にも弾けそうになった。
その神々しい様に誰もが魅せられているところ、アレンはかつてのように高らかに告げた。
「我が名は『ノア』! 世界を包む純白の光なりっ!!」
アレンの呼び声に応じ、膨らみきった球体は勢いよく爆ぜた。
それと同時に、何かが光の球から飛び出す。
「あれは……!」
その驚愕が、誰が言ったものかは誰にも分からない。
あるいは、その場に居た全員が言ったことかもしれない。
飛び出したのは、真っ白い金属の塊だった。
いや、正確にはただの金属の塊ではない。
それらは全て形状は違っていたが、その一つ一つが同じ物を作るためのパーツだった。
兜、手甲、籠手、胸当て――それらは間違いなく、全身鎧を構成する部品たちである。
「――っ!!」
レッドはもう、言葉を出すことすら出来なかった。
思い出してしまったからだ。かつて見た、あの恐怖を。
そのパーツたちはアレンの傍を囲うように回る。自らの主人を守護するように。
そして、その主は剣を掲げ、また高らかに叫んだ。
「鎧着っ!!」
アレンの叫びが響いた瞬間、パーツたちはアレンに襲い掛かる。
いや、正確には襲い掛かるような速度で飛び込んだ。
知らぬ者が見たら、アレンにぶつかって彼が死ぬと思うだろう。
だが、レッドは知っていた。これから何が起こるかを。
「なん、で……」
絶句する彼の前で、光り輝くパーツたちは、瞬きもしない間に、彼の身に纏われていった。
そしてそので彼が立っていた場所に居たのは、アレンではなかった。
その場に居たのは、天使。
いや、天使のような輝きを身に着けた、長身の人間だった。
先ほどまで浮かんでいたパーツたちが、一つになり全身鎧、プレートアーマーを構築する一部へと変化していた。
影の一つも無い、純白に輝く鎧姿は、傍目からすれば現世に降臨した白い翼の天使のようである。
誰もがこの姿を見れば、想う事であろう。
この美しき姿を持つ神々しい存在こそが、世界を救う勇者なのだと。
「……くそっ」
唯一の例外は、この美しき全身鎧を、恐らくただ一人見たことがある男だけだった。
そして、彼だけが、恐らくその場で、その鎧姿の勇者の名を知るものだった。
「またその姿を拝むとはな……白き鎧」
そう、前回の時教わった名前を呟いていた。
鼻で笑ってやる。呆れたような小馬鹿にしたような態度に、アレンも眉間に皴を寄せて怒気を強くした。
「……っ。大人しく捕まって下さい。悪いようにはしません。だから……っ!」
「悪い様にするから捕まえるんだろうが。馬鹿かお前」
「~~~っ、あああああああああああっ!!」
アレンとしては必死の想いで説得しているのだろうが、こちらが揶揄するような目で笑っているのがよほど癪に障ったようで、激昂すると聖剣を構えて襲い掛かってきた。
真に聖剣に選ばれた勇者、亜人アレン・ヴァルドの縦一直線の刃を、
「……遅っ」
余裕で躱すと、レッドはガラ空きになった腹へ蹴りをぶちかました。
「げはっ……!?」
小さくて軽い少年そのもののアレンの肉体は、まるで球技に使用されるボールの如く軽々と蹴飛ばされていった。
「が、がはっ……!?」
「馬鹿かお前。たかが一か月剣振った程度で、何剣士気取りしてるんだよ」
地面に転がり呻くアレンを、見下して嘲笑しながら言う。
そもそも、あの第三王女と出会って剣の修業を始めてから、僅か一か月しか経っていない。教わる相手が誰であれ、多分基礎中の基も学べていない段階。本当の素人から、毛の一本も生える前の筈だ。
対してレッドは――不眠対策とはいえ――幼少期より剣の腕を磨いて十年は経っている。お世辞にも一流とも優秀とも言えない程度の実力しか無いが、それでもズブの素人よりは上だと自負している。
聖剣は、確かに使い手の攻撃力、防御力、スピードなど全ての力を上げる魔力を有している。
しかし、別に剣の腕を上げたりはしない。まあ前回の自分も気付かなかったことだが――それ故、正面から立ち向かえば死ぬだろうが、軽くいなすぐらいは楽勝なのだ。
「くっ、くそっ……」
しかし流石は聖剣の勇者といったところか、腹にモロに喰らったにもかかわらず、意外にあっさりと起き出した。まあ聖剣の加護が効いているだけと思うが、根性は大したものである。
「まだやる気か、アレン」
「――っ、当たり前だ!」
そう叫ぶと、構えた聖剣がより強く輝き出した。その光に、レッド含めた周囲の皆も身じろぎしてしまう。
レッドが使う時とは違う、一切の闇も無い、はるかに強烈で眩しい輝き。
まるで、本物の持ち主の下へ戻ったのを、聖剣が歓喜しているかのようであった――前回と、同様に。
「……ちっ」
分かっていたことだが、その様にまた舌打ちしてしまう。前回と変わらず、クソ剣はクソ剣のようだった。
そんなレッドの心中などまるで察せないアレンは、聖剣の光を無駄に輝かせながら、一人で熱くなっていく。
「僕は勇者なんだ……! 世界のため、正義のため、皆のため……ベル様の理想を叶えるため、僕は戦うんだ!」
「――結局、それかい」
またしても、挑発の軽口のつもりだった。大義を掲げながら、実際のところ愛する女性のためという恥ずかしい内心を、笑いものにしたつもりだった。
しかし、それを聞いてアレンが答えたのは、フッとした笑みであった。
様子が変わったことに、レッドが眉をひそめると、
「……流石親子と言いますが、貴方も随分下世話ですね」
「あん?」
なんて言い返された。そこでレッドは納得する。
――こいつ、父様に愛しの姫様侮辱されたのムカついてたのか。
そう言えば昨日、そんなこともあった気がする。レッドからすれば馬鹿親父の下品なジョーク程度の認識だったが、この男には腹立たしくて堪らなかったらしい。
「――僕は貴方がたとは違う」
「ほう?」
「僕とベル様なら、世界を変えられる――いや、救える。こんな、歪み切った世界を、正しく直してみせる――!」
また何か語り出した。こちらに対して言っているというより、自分に言い聞かせている気がする。
彼の頭に、何がよぎっているだろうか?
いや――考えるまでも無いことだろう。
この半年ほどの旅で見た、あらゆるもの、あらゆる場所。
差別や偏見。迫害する者される者。家族同士同族同士殺し合い、明確な格差をつけて蔑み辱しめ、傷つけ苦しめる者。
つまり――彼の言う、下品で汚らしいものたちだ。
そんな世界を変えたい。彼は言っていた。
みんな笑って暮らせる世界を作りたいという、ベル様の理想を叶えたいと。
そんな彼の気持ちを、おかしいかと聞かれた時は、
「――確かに、変ではないと言ったけどさ」
頭をポリポリかいて呟いた。
そんなレッドには構わず、アレンはまた突撃してくる。
「はあああああああああぁっ!!」
さらに聖剣の光を強め、いっそ眩しいくらいになっている。まだ太陽も昇っていない夜中だというのに、その聖剣の輝きだけで昼間のようだった。
そして聖剣の勇者は、今度はレッドに聖剣を横薙ぎで喰らわせようとする。さっきの一撃で正面からは避けられると判断したのだろう、今度は逃げられない太刀を浴びせる気だ。
そのままその一閃は、レッドの体を半分にしてしまう。はずだった。
「――けどな」
「!?」
が、その横薙ぎはあっさり空中へと飛んで躱される。
その空中でレッドは体勢を変え、アレンの首元に手を掛けながら彼を地面に叩きつける。
「が、はっ……!」
「そんな大言壮語、軽々しく喋るなとも言ったんだけどな」
地面に顔を押さえつけたまま、彼の背に乗り完全に身動きを取れなくする。アレンの小さ過ぎる体では、こうして乗られてしまえば身じろぎすら出来ない。
咄嗟に周りを囲っていた兵たちが駆けつけようとするが、アレンの顔の真横に剣を突き刺すと全員動きを止めた。それ以上近づけば、こいつはただでは済まさないという脅しだ。
「大人しくしろ。お前の負けだ」
「ま、まだだ……!」
「この状況でよくそんな戯言がほざけるな。感心するよ。――それと」
犬族特有のピンと跳ねた耳元へ顔を寄せ、ドスの利いた声で囁く。
「――お前ら如きがカーティスを語るな、このクソガキが」
レッドの囁きに、アレンはその身を震わせた。
――俺からこんな台詞が出るとはね。
実は、レッド自身が己の言った台詞に驚いていた。
カーティス家など、前回の経験や今回の家庭環境から、嫌悪感はあっても愛着や誇りなど無いと考えていた。いや、思っていた。
しかし、他人に侮辱されるとこうも機嫌が悪くなるとは……意外と自分にも、貴族としてのプライドというものがあったのかもしれないと内心びっくりしていた。
結局、こいつらは調子に乗ったクソガキでしかない。レッドはそう確信した。
お子様みたいな理想と、世界という大人社会への忌諱感から、あらゆるものを嫌悪し無くそうとしているだけ。なまじ聖剣なんて強大な力を手にしたから、その全能感で調子に乗っている。非常に面倒くさい。
まあ、前回誰よりも調子に乗った自分が言える台詞ではないのだが――と、馬鹿だった己を思い出し泣きそうになるのを堪えて、こうして拘束した目的を果たすことにした。
「さて、と――聞きたいことがあるんだけど、いいかいアレン君?」
「な、なに?」
背に乗ったレッドに話しかけられて、アレンは困惑する。まさかこんな体勢で会話しようなんて奴がいるなんて想像もつかないだろうから当然だ。
「――誰が、お前が真の勇者だと言った? 誰が、俺を偽物だと言った?
誰が――お前を唆した?」
そう尋ねてはいるものの、レッドは答えを求めてはいなかった。
というより、その唆した人物の当てが付いていた。アレンやベルに、孤独で絶望を抱え苦しんでいる人間に、希望や使命などという大義を与えその心を歪めた相手。
それは、かつてレッドに復讐という大義を与え、上手い事利用した相手のやり方に酷似していた。
だから、これはあくまで確認に過ぎない。次にその名前を告げて、反応を見ようとしただけだった。しかし、
「……まだだ」
と、彼は背に乗られる苦しさに呻きつつも、アレンは闘志を消していなかった。
「僕は……僕は、勇者アレン・ヴァルドだっ!!」
「――!?」
その瞬間、聖剣が放つ光がより強大になり、アレンの身自体が眩く輝き出した。
「あ、あちっ、あちちっ……!!」
しかも、全身の輝きが高熱まで生じさせて、座っていられなくなり思わず飛び退いてしまう。
その上、腰にぶら下げていた聖剣の鞘が、何故か外れてアレンの下へ飛んでいった。
「な、なんだ!?」
距離を取ったレッドは、アレンの身に生じた異常事態を見て驚愕する。
全身の輝きが、より強く、より激しさを増していく。
しかもただの輝きだけでなく、彼の周囲を包むように、古代文字が次々と浮かんでいった。ラヴォワが魔術を使う時とは、また違う。赤、青、緑……あらゆる色彩がその文字を綴っていく。
「なに、これ……」
アレン自身も驚いているようだ。聖剣の勇者に、こんな不思議な現象が起こるなど聞いていなかったろうから当然だ。
しかし、レッドは知っていた。
今の彼に何が起きているか、何が起きたか。
「これは……!」
あまりの衝撃に目を見開き、愕然としてしまう。
この光景には、見覚えがあった。
忘れもしない、前回の時。病院から脱走して、アレンへ復讐しようと襲った時だ。
あの時、レッドは聖剣を振り下ろしたが、彼が手にした安物の盾で止められた。
そして、そのまま聖剣はレッドの下から逃げ、アレンの手に入った。
何事が起きたか分からずレッドは混乱するも、とにかく奪い返そうと思い、またしても襲い掛かる。
しかしその時、聖剣はアレンを守るかのように輝き、周囲に古代文字を浮かべ、そして……
「……分かる」
そう、アレンはそう呟いた。
「出来る。今の僕なら、この剣の、聖剣アークの本当の力を――!」
そう、前回のアレンもそう呟いた。
アレンは、聖剣を手に仁王立ちすると、自らの輝きを聖剣に集束させ、自分の頭上に集める。
集められた光は小さな球体となり、周辺にはとても読み切れないほどの古代文字が埋め尽くされていた。
そんな振りを前と同じく行うと、聖剣の刃先を天に掲げ、言葉を綴っていく。
「――古より光をもたらし、闇を打ち滅ぼす聖なる剣よ――!」
前回と同じ詠唱を、誰に教わるでもなく述べていく。彼が唱える呪文一つ一つごとに、球体はその体積を増大させ、より輝いていった。
「今こそその真の姿を現し、世界を救う希望と成れ――!」
そこで、アレンの頭上で肥大化した球体はいよいよその身を膨れ上がらせ、今にも弾けそうになった。
その神々しい様に誰もが魅せられているところ、アレンはかつてのように高らかに告げた。
「我が名は『ノア』! 世界を包む純白の光なりっ!!」
アレンの呼び声に応じ、膨らみきった球体は勢いよく爆ぜた。
それと同時に、何かが光の球から飛び出す。
「あれは……!」
その驚愕が、誰が言ったものかは誰にも分からない。
あるいは、その場に居た全員が言ったことかもしれない。
飛び出したのは、真っ白い金属の塊だった。
いや、正確にはただの金属の塊ではない。
それらは全て形状は違っていたが、その一つ一つが同じ物を作るためのパーツだった。
兜、手甲、籠手、胸当て――それらは間違いなく、全身鎧を構成する部品たちである。
「――っ!!」
レッドはもう、言葉を出すことすら出来なかった。
思い出してしまったからだ。かつて見た、あの恐怖を。
そのパーツたちはアレンの傍を囲うように回る。自らの主人を守護するように。
そして、その主は剣を掲げ、また高らかに叫んだ。
「鎧着っ!!」
アレンの叫びが響いた瞬間、パーツたちはアレンに襲い掛かる。
いや、正確には襲い掛かるような速度で飛び込んだ。
知らぬ者が見たら、アレンにぶつかって彼が死ぬと思うだろう。
だが、レッドは知っていた。これから何が起こるかを。
「なん、で……」
絶句する彼の前で、光り輝くパーツたちは、瞬きもしない間に、彼の身に纏われていった。
そしてそので彼が立っていた場所に居たのは、アレンではなかった。
その場に居たのは、天使。
いや、天使のような輝きを身に着けた、長身の人間だった。
先ほどまで浮かんでいたパーツたちが、一つになり全身鎧、プレートアーマーを構築する一部へと変化していた。
影の一つも無い、純白に輝く鎧姿は、傍目からすれば現世に降臨した白い翼の天使のようである。
誰もがこの姿を見れば、想う事であろう。
この美しき姿を持つ神々しい存在こそが、世界を救う勇者なのだと。
「……くそっ」
唯一の例外は、この美しき全身鎧を、恐らくただ一人見たことがある男だけだった。
そして、彼だけが、恐らくその場で、その鎧姿の勇者の名を知るものだった。
「またその姿を拝むとはな……白き鎧」
そう、前回の時教わった名前を呟いていた。
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