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転生勇者と魔剣編

第六十話 闇に堕ちし者(5)

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「は……?」

 聖剣を突きつけられながら、思いもよらないことを言われてしまい、レッドは阿呆みたいな声を出してしまった。

「何言ってんだ……お前……」

 状況についていけず、ただ困惑するばかりだが、どうやらそれは彼一人だけらしかった。聖剣と、何らかの魔術で出来たいくつもの光球が、闇を照らして顔を一つ一つ伺うことが出来た。

 スタスタと、後ろから一人の鎧姿の男が歩いてくる。近衛騎士団団長のガーズ・オルデンだった。こちらから距離を取りつつ、手に持った何かの書状を開き、読み上げる。

「レッド・H・カーティス。
 貴様に――偽勇者の嫌疑がかかっている」
「な……!?」

 偽勇者、などと呼ばれて面食らってしまう。
 自分が勇者で無いこと自体、レッドが一番よく知っていた。
 けれど、それをこいつらが分かるはずは無い。そのはずだった。

「な、どういう意味だ、偽勇者って……」

 状況の異常さに、ついていけない。ただ馬鹿みたいに言われたことを問うのみだったが、ガーズはそんな困惑する彼に何の感慨の余地もなく、ただ淡々と詳細を述べる。

「既に、貴様らカーティス家と内通したとおぼしき、ラルヴァ教の神官は拘束済みだ。貴様が金でその男を買収し、選定の儀で偽りの結果が出るよう小細工したと証言は取れている」
「な……なに?」

 買収? 神官と内通てなんだ? と頭はこんがらがっておかしくなりそうだった。どれもこれも身に覚えが無いどころか聞いた事も無い。しかも、どうしてカーティス家の名前が出てくるのか。一切中身が理解できなかった。

 おかしい。何かが、どうしようもなく捻じ曲がっている。

 まるで――そう、誰かが書いた、三文芝居を見ているような、そんな不自然で不細工な空気がその場を支配していた。

「――お前と、いや、正確にはこの偽勇者劇の主犯である、カーティス家当主リャヒルト・カーティスとその親族も、今時分は拘束されていることだろう。勇者の偽証など、反逆罪に相当する。全員処刑は避けられんな」
「んなっ……!」

 絶句してしまう。全く身に覚えのない罪を掛けられただけでなく、家族すらその罪で処刑されるなど、想像だにしていなかった。前回の時でさえ、自分は捕まったが家は格下げ程度で済んだ。それが、今度は家族共に処刑されろというのだ。

 狂っている。そう感じた。
 この場の、今置かれているレッドの状況は、酷く歪んでいる。そう感じた。
 何より、その狂気を当然と受け入れている、自分以外の全ての連中に、レッドは怖れを抱いた。

「レッド・H・カーティス。貴様も拘束する。心配するな、大罪人でも裁判を受ける権利はある。言い訳はそちらで申すといい。さあ、大人しく捕まれ」

 ガーズのその命を受けて、近衛騎士団の兵たちがレッドを取り押さえに来た。何人もで囲ってくる彼らを、

「――嫌だね」

 とレッドは腰を一瞬で落とすと、一番近づいてきた近衛騎士団の兵一人の足を払い、転倒した彼の顔面にかかと落としを喰らわせた。

「なっ――!」

 捕まえようとした兵たちが動揺している隙に、今昏倒させた兵から剣を奪い、残った彼らの頭部、首などに剣を叩きこむ。ただし斬ることはせず、剣の腹で殴って昏倒させただけだ。

 あっという間に、レッドの足元に兵たちが無様に転がってしまう。

「き、貴様、抵抗する気か!」
「――身に覚えの無いことで捕まる気はない」

 そうギロリと睨みつける。団長含め、近衛騎士団や浄化部隊の連中もその眼光に震えあがった。

 確かに、ここで下手に暴れたところで、余計不利になるだけだ。大人しく捕まった方が身のためかもしれない。
 しかし――前回の時、同じ偽勇者として逮捕され裁判で有罪の結果、ほぼ無実の罪で投獄されたレッドとしては、そんな行儀よく捕まるなど論外だった。

 先ほどの話の内容から言って、これがまともな逮捕でないことは明白である。素直に従ったところで、また罪を被らされるに決まっている。ならば、せいぜい抵抗しようと決めた。

「おのれ、反逆者が……」
「――団長様、下がっていてください」

 ガーズが怒りを露わにしたところ、そんな彼を退けて新たに現れた男が一人。

 聖剣を手に、レッドを冷徹な瞳で睨みつけるアレンだった。

「アレン……!」
「…………」

 レッドの呼びかけにも、アレンは答えようともせずただ敵意を向けてくるだけだった。こんなアレンは、到底アレンとは思えなかった。

「アレン……お前まで、あんな馬鹿げた話信じているのか?」
「…………」

 アレンは、しばらく黙っていた。
 しかし、突然ポツリと、一言呟く。

「……僕だって、貴方を信じたかった」
「なに?」

 その言葉には、嘘は無いように聞こえた。
 悲しいような、怒っているような、そんな複雑な感情が、ひしひしと感じられた。

「貴方は良い人だって、故郷の大人たちが言っていた、残忍で僕たちを差別して痛めつける人族とは違う人だって、信じたかった……信じていました……けど、違った」

 またしても聖剣でこちらを指差して、言葉を続ける。

「貴方は言った――自分は、聖剣の勇者ではないと」
「――っ!」

 ――こいつ、聞いてたのか!?

 先ほどベヒモスの背で、スケイプに告げた一言。確かに亜人の耳ならば、あの距離で聞かれていても不思議ではない。

 しかし――かと言って、それだけでいきなり自分が勇者ではないと信じるはずも無い。そもそも、この様子からして元々全員内通していたのだろう。ならばどうして、アレンはレッドが勇者ではないと確信を持ったのか。

「――そして、黒い靄」

 アレンが次に差したのは、レッドではなく、レッドの体。正確には先ほどまで流れ出ていた黒い靄だった。

「悪しき心を持つ者が、聖剣を手にすれば、その内なる闇が溢れ、魔物が発する靄として湧き出す――黒い靄こそが、貴方が本当の勇者ではない証」
「は、はぁ?」

 何を言っているのかさっぱりだった。意味が分からなかった。

 確かに、黒い靄、ブルードラゴンやミノタウロスなどの魔物が変貌するときに生じたこの闇は、異常には違いないだろう。自分でも何故出るのか不明だが、これがまともな力でないことは同意する。

 だが――悪しき心が、心に闇を持つ者が聖剣を手にすれば発生するというのは、全く信じられなかった。完全な嘘だと断言できた。

 理由は、非常に簡単だった。

 ――そんなことがあるのなら、

 という、非常に単純な理屈だった。

 かつての、傲慢で尊大で、ひたすら愚かだった自分。
 金と酒と女に狂い、他者を傷つけ犯し、苦しめることに何の躊躇もなかった自分。
 虚栄心と自己掲示欲ばかりで、己を顧みずただ我が儘放題振る舞い、結果誰からも見放され、しまいには自ら作った墓穴に落ちて死んでいった惨めな自分。

 そんな、悪意と邪心の塊だった自分の時、一年以上聖剣を持っていたにもかかわらず、聖剣は靄一つ出さなかった。あの時より今の自分の方が邪心を持っているなど、断固として否定したい。まあそんな理由を告げても納得してくれるわけがないので、レッドは言わないことにしたが。

「……誰から吹き込まれた、それ?」
「……誰でもいいでしょう」
「良くねえから言ってんだ、アレン」

 怒気を露わにして、睨みつける。普段のアレンならばここで縮こまるだろうが、聖剣を手にした彼が怯むことはなかった。

「貴方は偽物の勇者だった――それだけは間違いない事実。それだけで、充分です」
「はっ。なら……真の勇者は、お前だって言うのか、アレン?」
「――ええ」

 その答えに、周囲は何の反応も示さなかった。
 それだけで、この一連の動きが茶番だということが容易に判明する。

 ただでさえ亜人差別の厳しいアトール王国の、近衛騎士団や浄化部隊の面々。
 それが国や教会の誇る、伝説の勇者の聖剣を、よりによって亜人が持ち、そして自らが勇者だと断言されて、騒いだり怒ったりしないなど、天地がひっくり返るよりあり得ない事だろう。
 つまり、彼らは最初から知らされていたということだ。

 対峙しているアレンは、その事に全く気が付いていない。自分が、誰かのシナリオ通り踊っているなんて想像もしておるまい。

「残念です、レッド様――いや、レッド・H・カーティス。僕は……」

 その時、レッドはとある光景を思い出していた。
 状況も、台詞も全く別だが、内容だけは、一致している。そう思い出していた。



「僕は――貴方を追放するっ!!」



 その姿は、かつてアレン・ヴァルドを追放した自分の姿と重なって見えた。
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