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転生勇者と魔剣編

第五十七話 闇に堕ちし者(2)

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「ぐわっ……!」

 閃光に、目が潰されそうなほどの衝撃を受けた。
 しかしその光は一瞬で、何も無かったように消えてしまう。

 チカチカする視界に苦しみつつ、なんとか目を開けると、そこにはスケイプが相も変わらず突っ立っていた。

「スケイプ……?」

 何事も、何事も変わった様子は見受けられなかった。
 失敗したのか? なんて淡い期待を寄せた。しかし、

「……よう、レッド」

 そんな期待は、彼の満面の笑みが、打ち砕いてしまった。

「スケイプ……!」

 レッドの絶望になど構わず、スケイプは右手をアトラスの杭にかざすと、

「さあ……行くぞ、ベヒモス」

 そう命令した。

 その途端、地震か何かか、ベヒモスの巨体が大きく揺れた。
 否、違った。地震ではない。動いているのはベヒモスそのものだ。

「これは……!」

 倒れていた四つ足を、ゆっくりと動かし、立ち上がっていく。
 閉じられていた両の瞼がカッと見開かれ、血走ったどす黒い瞳を晒した。
 そして顔をブルブルと動かしたかと思えば、ラヴォワが魔術で作り出した氷が剥がれ落ち、その巨大な口を自由にする。

 解放された口から、グオオオオォォ……という、大地を震わせるような咆哮がまた放たれる。
 ベヒモスが、完全復活した。

「いいぞ……いいぞベヒモス! その力を俺に見せてみろ!」
「くっ……!」

 動きは遅いものの、歩き出したベヒモスにレッドはしがみついているので精一杯だった。なんとか奴を止めたいが、振り払われないようにするので必死なくらいだ。

「おのれ……!」
(レッド……! レッド!)

 歯がゆく思っていたところ、またラヴォワからの念話が入る。向こうも相当動揺しているらしい。

「ラヴォワか!? やばいぞ、スケイプがベヒモスの使役テイムに成功した!」
(そんな……信じられない!)
「信じられなくても、目の前で起きてるんだよ! だから……!」

 一瞬、躊躇する。その次の台詞を言うのを、どうしても怯んでしまった。
 しかし、目の端に、王都ティマイオの光が見えた時、決意した。

「――構うな、俺ごとベヒモスを攻撃しろ!」
(え、そんな……!)

 ラヴォワも面食らったような声を上げたが、その間にもベヒモスは歩きから走りへと、どんどん速度を増していく。一刻の猶予も無いと悟ったレッドは、彼女の迷いを打ち消すように声を張り上げた。

「いいから早くしろ! スケイプはベヒモスで王都に突っ込む気だ! このままだとやばい! 今すぐ止めないと……!」

 と、そこまで言おうとしたところ、
 ベヒモスの走りが急に鈍くなったのに気付いた。

 何事か? と思い辺りを伺うと、レッドの顔が青ざめる。

 先ほどまで、咆哮を上げていたベヒモスの口が閉じている。
 そして、その口の端から、緑色に輝く霧が漏れだしていたのだ。

「……! い、いや、今すぐ全員下がらせろ! 早く、逃がすんだ!」
(え!? どういうこと、逃げろって……)
「いいから今すぐ逃がせ! でないと……!」

 そうこう言っている間にも、漏れだす緑色の霧は増える一方だ。しかも、ベヒモスの閉じられた口が少しばかり膨らんだ気がする。

「アシッドブレスが来るぞ!!」
(――っ!!)

 叫んだその瞬間かあるいは後か、そんな刹那のタイミングで、伝説の魔物は全てを溶かす毒の霧を吐き出した。

 周囲に容赦なくぶち撒けられたアシッドブレスは、再び動き出したベヒモスを包囲しようとした部隊を次々と飲み込み、ドロドロの液状へと変貌させていった。

「くっそ……!」

 幸い、その毒の霧は風の都合か何かで、レッドの方へ向かうことはなかった。
 しかし、口から大量のアシッドブレスを放った際体が大きく脈動し、その時に危うく振り落とされそうになった。
 咄嗟に聖剣をベヒモスの体に突き刺してなんとか落下は防げたものの、彼は聖剣を支えに宙ぶらりんの状態で浮いてしまっている。

「この、やろ……っ!」

 また走り出したベヒモスの体を、死ぬような思いでまた登り、なんとか背中に戻ってくることが出来た。

 レッドがようやく背中の上で立ち上がれた時は、既に王都の輝きも近づいてきていた。

 ヘスペリテ湖と王都ティマイオまで、人間の歩きでは一日程度かかる。このベヒモスも巨体なため動きは鈍重だが、歩幅が違い過ぎるので一日などかかるまい。遅くとも、数時間もすれば王都に辿り着く筈だ。

 つまり、あと数時間もしないうちに、目の前にこの男、スケイプ・G・クリティアスによる王都襲撃が起きるということだ。

「――本気なのか、スケイプ」

 自分の前に立つ男に対して、レッドはそう尋ねた。
 尋ねられたスケイプは、「ああ」とこれまた嬉しそうに応じる。

「このためにここまで来た。このために待ちわびた。僅か半年程度で事を起こせるとは思ってなかったが……まあ、それも運命という奴だろう。
 今まで随分神様というのを恨んだが……初めて感謝したくなったよ」

 ドクン……と、胸の鼓動が強くなった気がした。
 神様という言葉に、思わず反応してしまう。

「――神様なんて、いるかよ」

 つい、そう口走ってしまった。
 それを聞くとスケイプは、「ほう?」と面白そうに笑った。

「神から聖剣を与えられた身とは思えんな、レッド」
「そんな与太……本気で信じてるのか?」

 スケイプを睨みつける。ただならぬ気配を感じたのだろう、彼も一瞬臆した。

「本当に神様がいるかは知らんが……少なくとも、俺の味方ではないと思うよ」

 スケイプにしては意味が分からないだろう。前回の神に騙され、裏切られた経験を知らない彼が理解できるはずも無い。

「ならば、何故止める? レッド」
「――なに?」
「何故止めると聞いた。お前に、止める理由があるのか?  
 あの街を――守る理由があるのか?」

 ニヤニヤしながら、後方に見える王都を指差した。
 明らかに、こちらを揶揄った様子で。

「…………」

 レッドは、少し意外だった。
 スケイプも気付いていたらしい。レッドの中にある、王都や王国に対する憎悪を。
 記憶を取り戻す前は、自分でも分かっていなかったはずだが、心の奥底にある感情が知らず滲み出ていたのかもしれない。もしくは、レッド自身は諦めていたつもりだが、家族から冷遇され周囲からも疎まれている現状に、己が思う以上に不平不満が抱え込んでいたか。

 ならば、スケイプにとってレッドは、唯一自分の憎しみを理解してくれる相手だったのかもしれない。

「――無いよ」
「うん?」

 しかしレッドは、そのスケイプに対してそう返事をした。

「無いよ。あの場所に、あの国に。この世界に――守りたい物なんて、守ろうと思ったものなんて、何も無いよ」
「――ほう」

 一つを除いては、とは言わないでおいた。
 それを言うのは、流石に気恥ずかしかったからだ。

「ならば、どうして止める。どうして邪魔をする。何も無いんだろう? 守りたい物なんて、大事な者なんて。
 じゃあ、どうして立ち塞がる。守る価値があるものが、この国にあるとでも――」
 「無いよ、そんな価値がある物なんて」

 そこでレッドは、今まさに巨獣が向かっている、光り輝く王都を指差した。

「あの街に、この国に、そんな価値がある物なんてねえよ。
 そんな――わざわざお前が壊す価値があるような代物なんて、ありゃしないんだよ」

 レッドは、ゆっくりと手を下ろすと、聖剣を両手で構え直した。

「だから――やらせない。あんな奴らに、お前が罪を犯すほどの価値なんて、無いんだからな」
「――可笑しなことを言う奴だ」

 レッドの答えに、スケイプは今までとは違う、フッとした優しい笑みを返した、気がした。

 そして、アトラスの杭にまた右手を添える。すると、

「――!?」

 レッドは思わず目を見開いてしまう。

 なんと、深々と突き刺さっていたアトラスの杭が、ゆっくりと浮かぶように抜けていったのだ。
 やがて杭は完全に引き抜かれると、スケイプの右手に貼り付くように浮かび、そのまま天を突くように持ち上げられた。
 そこで、また杭は信じられない変化をする。

「んな……!?」

 三メートルほどの杭だったはずの白い物体は、グネグネと生物のように激しく動いたかと思うと、その姿を変質させていく。

 尖った頭頂部は、鋭い刃先を持った刀身へ。
 太く硬く、ハンマーを打ち付けられる部分として滑らかに整えられたいたはずの底部は、人の手で握られる程度の太さしかないグリップに。

 あっという間に、巨大な杭としか呼べなかったそれが、二メートルほどの長さを持つ両手剣へと生まれ変わった。

「なんだ、その姿は……!?」

 何が起きているか分からず、レッドはつい説明を求める声を上げるが、返ってきたのは、

「――知らん」

 の一言だけだった。

 そうしてスケイプは、その巨大な剣を横に構える。あちらも臨戦態勢に入った。

 ベヒモスの様子は、先ほどまでと変化なく走り続けている。あの剣への変化は分からないが、どうやら杭が抜けても使役への影響は無いらしい、とレッドは推測した。

 つまり、やはりベヒモスを止めるには、スケイプをなんとかしなければいけないということだ。

「――スケイプ」

 一瞬、レッドの脳裏に、スケイプと初めて会った時の記憶が蘇る。
 あれ以降、ちょくちょく絡まれるようになり、非常に迷惑していた。それは事実だ。

 しかし――あの退屈で眠ることしか考えていなかった学園時代、あれより色濃い記憶など、一つとてあるだろうか?

 いや、無い。レッドはそう断言できた。あんなに覚えている記憶は――覚えていたい記憶は、他に無いだろう。

 だけど――いや、だからこそ。

 その記憶を、裏切る訳にはいかない。レッドはそう決意した。

「――行くぞ」

 覚悟を決めたレッドは、スケイプへ突撃を敢行した。
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