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転生勇者と魔剣編

第五十一話 黄昏時の別れ(3)

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 会議が解散となり、作戦開始時刻まで参加戦力たちはそれぞれ待機となった。
 教団の浄化部隊は、既にヘスペリテ湖に向かい、ベヒモス戦で使われる術式の準備をすることになっている。規模が規模なので、時間と人手が必要な作業なのだろう。

 近衛騎士団は、夕刻頃に通常の魔物討伐のフリをして出発する。王都には、最低限度の戦力しか残さないそうだ。

 そしてレッドたち勇者パーティは、夜中にこっそりと王城の裏口から向かうことになっていた。有名な面々であるため、出発にも気を使わなければいけない。

 それもこれも、極秘作戦であるが故だ。ここまで絶対バレないようにするのは理解できるが、ラヴォワの言う通り失敗した場合、市民を避難させることなど考えているのだろうか。



『失敗は、絶対に許されません』

『皆さまには、万が一にも勝っていただきます。それだけです』



「――気軽に言ってくれる」

 会議室から出て、自室に戻っていたレッドはそう呟いた。

 ゲイリーの、枢機卿長の布切れの裏に隠された、血のような赤い瞳を思い出す。まるで悪魔のような、冷たい瞳だった。

 あの男、何を考えているのか――嫌な予感はしつつ、具体的な事は何も分からないので、頭がこんがらがってしまい、ベッドに倒れ込むように飛び乗った。

「はぁ……」

 思えば、枢機卿長のみならず、他の連中の態度もおかしい、とまた思っていた。
 アレンは言うまでもなく、ロイも何か怪しかったし、マータも読めないタイプだがどこか違和感を覚えた。

「それに――」

 ポケットから、銀細工のネックレスを取り出した。ラヴォワからもらった片翼しかない鳥のペンダントが付いている物だ。

「あいつこそ変だよなあ……いや元から変と言えば変だが、こんなもん貰ったこと無いぞ」

 今回でも前回でも、と付け加える。
 思えば、前回は抱かせてくれなかったせいもあるが、ラヴォワとは全然話すらしなかった気がする。あの弱体化によるパーティ解散の危機の時だって、ラヴォワは我関せずと黙っていただけだった。

 まあ、それを言えば前回のパーティでは会話なんか誰ともしていなかったろう。自尊心と自己掲示欲ばかり強かったかつての自分は、自慢話は延々と出来るが他人の話を聞こうといういう気は一切無かった。ひたすら、自分の事を(百パーセント誇張して)喚き散らしていただけである。

「――少しはあいつらとも、会話というものをしてみるかね」

 自分らしくない、と思いつつ、そんな気になれることを面白く感じていた。

 すると、部屋をノックする音が聞こえてきた。

「? はい」

 答えたものの、返事は無い。いつものメイドなら、用件をすぐに言ってくるはずなのだが。

「……?」

 レッドは不審なものを感じた。返事もしないのも変だが、ここに人が来るなど限られている。ベヒモス関連の情報統制もあって、王城の人間でもここに勇者パーティがいる事を知っている人間は少ない。今朝の父の来訪が初めてなくらいだ。

 ここまで返事をしないなら、アレンたちでもないだろう。第一、その前にメイドは常に控えているのだから、彼女を通してくるはずだ。いきなり誰かがノックするなんておかしい。

「誰だ?」

 警戒してそう尋ねるも、また返事は無かった。いよいよ危ない気配を感じ、傍らにあった聖剣を手に取り、扉に警戒しつつ近寄る。

 そして様子を窺いつつ、ドアを勢い良く開けると――

「え――?」

 そこには信じられない人間がいた。

「久しぶりだな、レッド」

 そんな冗談めかして言うが、別に久しぶりではない。
 何しろ、先ほどの会議でも顔を見たばかりだ。

「スケイプ――?」

 目の前には、近衛騎士団の鎧を纏った副団長がいた。

   ***

「何のつもりだ。こんな時にこんな場所で――」
「そう警戒することも無いだろう、聖剣の勇者様。こちらは丸腰なんだ、その聖剣で私など真っ二つにできるはずではないか?」
「いや、別に襲われるなんて思っちゃいないが……」

 思わず反応したら、スケイプが笑って応じられる。また冗談のつもりだったらしい。

 今二人は、レッドの部屋で話していた。レッドの部屋には元々あった装飾以外ベッドと一人用のテーブルと椅子しか無いので、スケイプには椅子で座ってもらい、レッドはベッドに腰掛ける形となった。

 ちなみにメイドは、スケイプが追い払っていた。王国の第四王子から席を外すよう命じられれば断れまい。気の毒に、と同情したくなった。

 そんな部屋をキョロキョロすると、スケイプは鼻で笑いだす。

「殺風景だな。趣味らしい趣味も無いお前らしい。――いや、あったか。女遊びは最近も激しいのか?」
「何馬鹿言ってんだ。学園の時だって激しくは無かったよ。そりゃ、求められれば応じたことはあったけど……あ」

 ついつい敬語を忘れてしまう。向こうは第四王子で近衛騎士団の副団長というのに、どうにも二人きりだと緩んでしまう。昔でも一応敬意ある話し方をしていたのだが。
 しかし、スケイプはそんなレッドの心境を悟ったのか、「気にするな」とニヤけながら答えた。

「お前に変に敬語使われるなんて気持ち悪い。しかも今はお前こそが五か国を体表する聖剣の勇者様だ。むしろ一国の第四王子程度が気軽に話していい相手ではなかろう」
「――そこまで卑下することないと思うけどね」

 レッドは戸惑ってしまった。どうにも様子がおかしい。

 今までの権威を鼻にかけ、威張り腐っているのとは違う。何か達観したような、どこか遠くを見ているような、とにかく不思議な様だった。

 こいつまで変になったのか……? などとレッドが困惑していたところ、いきなり「――レッド」と話しかけられた。

「な、なんだ……?」

 質問したというのに、スケイプはこちらを見ていなかった。
 何故か、窓の外に目をやっている。昼過ぎなので、外の景色は良く見えた。
 当然、明日の深夜決戦が始まるヘスペリテ湖も。

「――何故、お前が勇者なんだ?」
「え……!?」

 一瞬言葉を失ってしまった。まさか、そんな質問をされるとは夢にも思っていなかった。
 そんなレッドの姿をおかしく思ったのか、口角を緩ませながら、スケイプは話を続ける。

「お前……気が付いていたか? お前が勇者として認定されたあの儀式の時、私もその場に居たんだぞ?」
「え?」

 突然の話に動揺する。
 儀式とは、レッドが聖剣を抜いた勇者選定の儀だろう。確かにあの場所には、国王含め王族も多数参席していたから、スケイプも居たとして何ら不思議はない。気分が悪すぎて、全然気付かなかったのだが。

 そして、王族であるスケイプがただ着座だけで、公爵家のレッドが剣を試せたということは、スケイプには抜けなかったということだ。

「それは……っ」

 今更ながら、レッドはスケイプにとって、とんでもない侮辱を与えてしまったことに気付いた。

 武で成り上がり、世間に自分を認めさせると息巻いていた彼に、武術大会という機会を踏みにじってしまったのはレッドだった。

 ならば彼が次に希望を抱いたのは、勇者選定の儀だったに違いない。
 そこで聖剣の勇者に選ばれれば、国王や国の重鎮たち、のみならず五か国が、教会が自分を認め、讃えるだろう。そんな素晴らしい未来を思い描いたに違いない。

 だが、聖剣は彼を選ばなかった。

 仮にそれだけなら、まだ諦めもついたかもしれない。

 しかし、聖剣が選んだのは、よりによって……

「スケイプ、俺は……!」

 言いたかった。
 言ってしまいたかった。

 自分は、聖剣の勇者などではない。
 真の聖剣の勇者は、アレン・ヴァルドなのだと。
 自分は、レッド・H・カーティスは、罠に嵌められた仮初めの勇者なのだと。

 しかし、スケイプはレッドの答えを待ってはいなかった。
 こちらに背を向け立ち上がり、部屋から出ようとしてしまう。慌ててレッドは引き止めようとした。

「待ってくれ、スケイプ、俺は……!」
「――結局、最後まで戦う機会は無かったな」

 そうして手を伸ばそうとしたところ、背を向けたままスケイプはそんなことを言い出し、レッドは思わず止まってしまう。

「なに――?」
「いつか、本気で戦おうと言っていたが、そんな機会は最後まで作れなかったな」

 振り返らないのだから、レッドにスケイプの顔は見えなかった。
 が――レッドには、どうしてだが彼が、悲しそうな顔をしているように感じた。

「――最後なんて、機会なんかいくらでもあるだろう。明日、ベヒモス戦が終わった時でも……」
「無理だな。お互い、立場が変わり過ぎた。お前とて、それは分かっているだろう」
「それは……」

 確かに、それは否定できなかった。
 かたや近衛騎士団の副団長、かたや聖剣の勇者様。ただ遊びで剣を振るうならまだしも、本当に勝負などしてしまえば面倒事になりかねない。特にスケイプは、平素でも王宮内の立場が厳しい男なのだ。

 そして、この男がただの遊び程度の戦いではもう満足できないのだろう、ということはレッドでも理解できた。

 言葉に詰まってしまったレッドに対し、スケイプはまた失笑したような声を漏らした。

「聖剣の勇者様、か……俺がそうなれていれば、随分気が楽になったかもしれんがな」
「――っ!」

 もう、我慢できなかった。
 吐き出してしまおう、全てを。
 そう決意して、レッドはスケイプを引き止めようとした。

「待ってくれ、違うんだスケイプ。俺は――!」

 と、ドアノブに手をかけようとしたスケイプの肩を掴んだ次の瞬間、
 スケイプの裏拳が、レッドの顔を直撃した。

「が……っ!?」

 モロに右の拳を喰らい、レッドは鼻血を出しながらその場に尻をついてしまった。

「――失礼。手が滑ってしまったようですね」

 口では謝罪しているものの、少しも悪いと感じていない様子で、スケイプは手の甲と手首の腕輪に付いたレッドの血を見せつける。
 そして、そのままドアを開けて去ろうとする。

「ま、待てスケイプ、話が……」
「――ああ、そうそう」

 こちらの制止も聞かず部屋から出ようとしたスケイプだが、何か忘れ物があるように、ふと止まって一言口にした。

「昨日、レムリー帝国へ外遊していた政務官が、ワイバーンで帰国中に墜落事故で死んだそうだ」
「……なに?」

 突然何を言い出すのか、レッドは理由が分からず混乱してしまう。

「この三か月ほどに入ったばかりの新人政務官だったそうで、随分残念がられているそうだ。何しろ、大貴族のご子息だからな」
「は、はぁ……」

 何の話をしているのか、少しも判然としなかった。そんな政務官の事故死が、自分やスケイプと何の関係があるというのか。

 しかし、レッドは何か引っかかるものを覚えた。今まで聞いた内容に、頭の中で感じるものがあったのだ。

 三ヶ月ばかりに入った新人の、政務官で、大貴族の息子――

「……っ!」

 レッドは、声にならない悲鳴を上げた。
 そして、未だ振り返らない男の背に対して、恐る恐る尋ねた。

「――なあ。その、新人政務官て……名前、なんて言うんだ?」

 心臓が早鐘を打っている。聞きたくない、知りたくないと叫んでいる。
 だがスケイプは、何でもないように、あっさりと、その問いかけに応じた。



「――ギュンダー・ヴィルベルグ公爵家子息様ですよ」



 戦慄するレッドを尻目に、スケイプは去っていった。
 閉じられたドアを、起き上がることも出来ずにレッドは、しばらく見つめていた。

 そしていくらの時間が過ぎて、ようやくポツリとこう漏らした。

「スケイプ――お前、なんでそんな話俺にしたんだ……?」

 答えるものは、誰も居なかった。

 ただ、沈みそうな太陽だけが、空を赤く照らしていた。
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