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転生勇者と魔剣編

第五十話 黄昏時の別れ(2)

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 朝食も終わり、五人は揃って部屋から出た。

「アレン、今日ぐらいは鍛錬は止めて体を休めとけ。明日は早いんだから」
「…………」
「アレン?」
「え、は、はいすいませんレッド様!」
「いや別に何も怒ってないけど……」

 またボケっとしていたようだ。どうも日増しに――どころか、時間が経つたびに酷くなっている気がする。先ほどの食事でもどこか上の空だった。妙に思いつめたような、そんな表情を浮かべるようになっていった。

 討伐作戦が目前ということで緊張している、なら分かるのだが、それだけでは無い気もする。何か不明だが、引っかかるものを感じていた。

「ま、明日というよりは今日の夜だけどね。ったく、なんであんな真夜中に討伐作戦なんてしなきゃいけないのよ」
「まったくだ。あんなこそこそ倒すなんて、せっかく俺様の強さを王都の連中に見せられるかと思ったものを、実に残念だ」
「――ダメに決まってるだろそんなもん。この討伐作戦は極秘なんだから」

 マータとロイの愚痴をレッドは否定する。ロイの奴目立ちたがり屋なのは知っていたが、そんな展望抱いていたのかと呆れてしまった。

 事実、このベヒモス討伐作戦は、明日というより今日の真夜中行われる予定になっていた。
 理由は、無論この作戦自体が極秘で行われるからだ。ベヒモスと超大規模結界魔術、どれもこれも一つ漏れただけで大騒ぎになりかねない代物。一大作戦にも拘らず戦力が少数なのも、無論情報漏洩を防ぐため。世界的危機というのに、体面ばかりするのは実に貴族らしいと言いたくなってしまう。

「そういうのは魔王を倒した時に取っておくんだな。別に今回で戦いが終了するわけじゃないんだし」

 そう、レッドとしては特に深い意味もなく、軽い気持ちで言った台詞だった。しかし、

「お、おう……」

 ロイが、いきなりバツが悪そうな顔をして目を逸らしてしまう。

「……?」

 レッドが怪訝な表情を浮かべる。何か困っているようだが、今の会話に何かおかしなことでもあったのか。思い返しても特に何も浮かばなかった。

「はいはい、話は今回の作戦が終わってからにしな。ほら、行くよ」

 そこでマータが、ロイの背を押してスタスタ去っていく。ロイも「あ、ああ……」と妙な感じのまま連れられて行く。仲の悪い二人というのに、珍しい事ではあった。

「そ、それじゃレッド様、僕も行きますね」
「あ? ああ、また素振りなんかするんじゃないぞ。きっちり休んどけ」
「わかりました。それでは失礼します」

 と言ってお辞儀をすると、アレンは廊下を走って行ってしまう。アレンらしくもなく、どこか落ち着きがない。

 ――やっぱ、なんか変だな。

 アレンだけではない、ロイもどこか奇妙だった。マータは読めない性格をしているが、こちらも例に漏れず何か隠している印象がある。どこか空気全体に違和感を覚えていた。

 どうにも気になるが、今はベヒモスのことを考えるべきだろう。そう切り替えることにした。アレンにも、どう話すかちゃんと決めておかなくては、と思った。

 すると、袖を引っ張られる感覚がした。

「…………」
「ラヴォワ? どうかしたか?」

 ラヴォワがこちらをじっと見つめてくる。いつも通りの無表情で、内面が一切読めない。
 こちらはいつも変なので逆に様子がおかしいということがない……などと考えていたら、突然ラヴォワがぐいと手を突き出してきた。

「え、な、なに?」
「…………」

 突き出した右手にあったのは、小さなネックレスだった。銀細工だろうか、先の部分にペンダントが付いている。鳥の細工物らしいが、レッドはこういう物に疎いので分からなかった。

「え……と、なんだ、これ?」
「……あげる」
「へ?」

 突然のプレゼントにレッドは驚いてしまった。こんなものをラヴォワがくれたことなど、ただの一度として無い。

「これ……あげる。着けてて……」
「着けててって……あ、もしかして魔道具か何かか? 危ない時結界を張るとか」
「……違う。ただのお守り」
「違うのかよっ!」

 レッドは思わず叫んでしまった。どうせなら役立つ物が欲しいのに、と。いや、役立つ物も役立たない物もくれたことが無いラヴォワにとって初めての出来事だが、むしろただのお守りをどうしてくれたのかより理解不能だった。

「それじゃ……ちゃんと身に着けててね……」
「あ、おい……」

 とだけ言って、ラヴォワはこちらの制止も聞かずに去っていった。

「なんなんだ……うん?」

 と、そこでレッドは、渡されたペンダントを改めて見てみると、少しおかしいことに気付いた。

 鳥の銀細工かと思ったが、変わったところがあった。
 鳥の羽が、片側しか無いのだ。

「これじゃ飛べないだろ……」

 なんで右羽しかないペンダントなんか送ったのか、前回も今回も贈り物など散々貰ったが、詳しい意味など知らないレッドには分からなかった。

 あいつもやはりどこかおかしいな、と思いつつ、レッドは一人廊下で取り残されていた。

   ***

 作戦開始前の最後の会議は、昼過ぎに行われた。今までの机を囲った部屋での討論ではなく、少し広い会場を使って、参加者全員揃ってのものとなった。

 レッドたち勇者パーティは、壇上に対面して最前列に立っていた。
 次に陣取るは、戦力の主役たるガーズ・オルデン公爵率いる近衛騎士団。当然スケイプも参加していた。

 それと、ラルヴァ教教団所属の浄化部隊。浄化部隊とは、邪気に汚染された土地や魔物などを浄化する、いわば教団直属の軍隊だった。当然魔物退治は通常、その土地の軍隊が担当するのだが、軍隊が近づき難い無法地帯や、軍隊では難しい邪気そのものの浄化などに呼ばれる専門家たちだった。全員目や口にも穴が開いていない無地の仮面を被っていて、レッドは少し怖かった。

 何しろ、作戦開始が深夜なのでこの時間になったが、とうに作戦の流れや人員配置など詳細まで詰められているので、今更議論することなど無い。
 あくまで、最終確認に過ぎない。別にやる必要あるのかと言いたかったが、こういった手順が優先されるのが社会というものなのだろう、と思って黙っていた。

 そんなことを考えていると、国王陛下以下、国の政務を司る重鎮たちが現れた。彼らが登壇し着席すると、対面した実働部隊の兵たちが一斉に膝をつき、敬礼する。
 
 そして――その中には、当たり前の如く、ゲイリー・ライトニング枢機卿長がいた。

 レッドたち勇者パーティも、いつもは結構自由に振る舞っているが、流石に今日ばかりは緊張した面持ちで礼を示している。

「面(おもて)を上げよ」

 そう国王から許可がおり、ようやく皆は顔を上げる。

「まず、今回の作戦に参加する皆に敬意を表する。このベヒモス討伐作戦は、アトール王国の長い歴史でも最大の作戦となることだろう。
 それ故に、皆の力全てが協力し結集しなければならない。でなければ、伝説の魔物を倒すことは叶わない。勿論ここにいる誰もが承知していることだろうがな。
 では、作戦の最終確認に入ろう。お願いしたい」

「はい」とその命に応じて立ち上がったのは、やはりゲイリー・ライトニング枢機卿長だった。やはりこの男は、この作戦において真の主導者らしい。いくらラルヴァ教教団の人間とは言え、ここまで完全に場を支配しているのはレッドに違和感しか持たせなかった。

「作戦内容としては、非常に簡単ではあります」

 そう言うと枢機卿長は、傍らから紙を取り出し、それを空中に放り投げた。
 投げられた紙は、空中で静止し、大きく広がる。何の魔術か知らないが、紙はかなり巨大に広がり、その場にいる全員が容易に内容を確認できるまでになった。

「まずは我々ラルヴァ教の浄化部隊が、超大規模結界魔術に使用される術式を解除します。この際、出来るだけベヒモス内の魔力を吸収するよう術式を操作します。これが上手く行けば、ベヒモスの力はかなり減退するはずです」

 広げられた紙には、湖とその中に沈むベヒモスの姿が描かれていた。その絵が説明と共に微妙に変わり、魔力が放出される図柄が追加される。

「更に、浄化部隊が魔術でヘスペリテ湖の水を全部放出させ、ベヒモスを剥き出しの状態にします。その後、近衛騎士団が『アトラスの杭』を刺し、ベヒモスの魔力をより減退させ、動きを封じます」

 絵柄はさらに変わり、ベヒモスを覆っていた湖の水が全部消え、その姿がさらけ出される。次に、アトラスの杭を模したであろう杭がベヒモスに刺さる姿が追加された。

「ここまで来れば、作戦は終わったようなものです。拘束されたベヒモスに対し、近衛騎士団、浄化部隊、そして勇者様方で一斉攻撃をかけます。そして撃破する――はい、作戦自体は、このように実に簡単であります」

 枢機卿長は、そうニコリと笑って締めくくった。頭上の紙も、最後一斉攻撃でベヒモスが爆発する絵で終わっている。実に簡単な作戦であった。

「何か、ご質問は御座いますか?」

 枢機卿長がまた笑顔でその場の全員に尋ねてくるが、そもそも教団のナンバー2など口を利くのも恐れ多いのだ。そんな質問など、容易に申し立てられる人間などいない。――と思ったが、レッドの隣の人物が手を上げた。

 アレンも「え?」と驚いた声を上げ、マータも目を見開き、作戦を飲み込めていない様子のロイも固まった。レッドも仰天してしまう。

 手を上げたのは、ラヴォワだった。いつもの三角帽子を脱いだまま、枢機卿長に目を向ける。

「――おや」

 すると枢機卿長は、それに気づいた途端含み笑いをした。いつもどこか楽しそうな様子をしているが、今はさらに面白い物を見ている気配があった。

「貴方は、勇者パーティきっての魔術師様でしたね。何か聞きたいことが?」

 そう問われると、ラヴォワはポツリと呟くように、しかしはっきりと誰の耳にも聞こえるように言った。

「……失敗したら、どうするんです?」

 その場にいた全員が、その一言にギョッとする。

「作戦失敗したら……どうするんです? 深夜じゃ、王都の民を逃がすのも無理があるでしょう。第一方面軍はいないし、近衛騎士団も出払って……ベヒモスから……誰が逃がすんです?」

 その質問は、誰もが分かっていたことである。
 しかし、誰も聞けなかった。考えられなかったというのが正しい。
 事実、これまでの作戦会議でも、その問題に触れた者はただの一人とていなかったのだ。

「――なるほど」

 枢機卿長は笑顔のまま、ラヴォワに答える。

「それは、簡単なことですよ」

 そこで区切ると、枢機卿長はラヴォワ、のみながずその場にいた全員に対して一言だけ告げた。

「失敗は、絶対に許されません」

 その瞬間、皆が一斉に背筋を震えさせた。

「皆さまには、万が一にも勝っていただきます。それだけです」

 笑顔のまま、凍りつかせるような冷たい響きを持つ言葉を、枢機卿長は何の気なしに言い放ったのである。
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