The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

第四十九話 黄昏時の別れ(1)

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「う、ん……」

 陽光が目に入り、閉じられた瞼をゆっくり開けていく。
 レッドは、もう一月は世話になっているベッドから起き上がった。

 ――あれから二週間、か。

 レッドはそう思い直した。つい今しがたまで夢を見ていた気がする。
 今日は、あのミノタウロス討伐から二週間経っていた。

 あの後、いくらアレンから回復魔術を受けたとはいえ、流石にダメージが激し過ぎたため休暇が認められた。一週間ほど。
 幸い、ミノタウロスのような上級の魔物は近辺に現れなかったのでゆっくり静養できた。回復した途端、また別の魔物退治に連れていかれたが。

「――過剰労働過ぎる……」

 レッドはため息をついた。正直、本来近衛騎士団や第一方面軍が向かうべき、中級程度の魔物まで狩らされている。まあ近衛騎士団としては、ベヒモス討伐の前に兵力が減るリスクを下げたいのであろうが、肝心の勇者に任せきりな現状はいかがなものかと言いたい。

「――ま、昨日と今日は休みなのは良かったけどね」

 レッドはそう呟いた。
 確かに、昨日と今日は魔物退治に派遣されることはなく、休みが許可されていた。
 ただし、それは単なる休暇ではなく、力を蓄えておけという事だった。
 明日起こる、ベヒモス討伐作戦に備えての。

「とうとう明日か……」

 レッドは窓の外に目をやる。レッドが泊まっているこの場所は城の外れの方にあり、窓からは角度的な都合で街並みが見えづらいが、一つよく見えるものがあった。

 王都から離れて少しのところに在る、まるで空の色を写したような青々とした美しい湖――ヘスペリテ湖。
 伝説の魔物、ベヒモスが沈んでいる湖がそこにあった。

「――まさか、わざとここに置いたわけじゃないだろうけど」

 湖は、静かなものだった。何分王族以外出入りが禁じられているので、レッドもほとんど遠景しか見たことが無かった。ワイバーンで近づこうにも、上空を通ることも禁止なので近づいたら魔術で撃たれるのだ。
 最初それを聞いた時、なんでそこまで他人を寄せ付けないのかと思っていたが、まさかそんな化け物が潜んでいるなんて想像だにしなかった。

 こうして遠くから見ていると、明日あそこが戦場になるなんて、到底信じられない。

「――へっ。俺としたことが、どうも感傷的になっちゃってるな」

 自分に合わないことを考えている自分が恥ずかしくなって、つい笑ってしまう。こんな自分は、前回でも今回でも似合わないだろう。

 なんて思っていたら、メイドが部屋に入ってきた。朝食の準備が出来たらしい。早速支度をすることにした。

   ***

「あ、おはようございますレッド様」
「ん」

 朝食を取りに向かっていると、アレンが現れた。また早朝から鍛錬していたらしく、汗をタオルで拭っていた。

「あ、すいませんこんな姿で。呼ばれたので急いで行こうとして――」
「いや恰好は良いけど、また鍛錬してたのか。明日は遠征行くんだから、今日ぐらい止めとけって言ったろう?」

 そう咎める。メイドの前ではベヒモス討伐作戦のことは内緒なので、遠征というのが暗号となっていた。

「それは分かってますが、でも、僕もっと強くなりたくて……」
「そんなの知ってるさ。でも明日にまで支障出されたらこっちが困るんだよ。別にそんな今すぐ強くなる必要があるわけであるまい?」
「――はい」

 そう返事をすると、アレンはこちらから目を逸らした。

 最近、アレンはよくこうなっていた。どこかよそよそしいというか、こちらへの態度があからさまに変なのだ。
 少し前から何か怪しいところはあったが、ここのところはそれがより顕著になっている。丁度二週間――そう、ミノタウロスを討伐した辺りから、こちらを避けるようになってきたとレッドは感じていた。

 ――あの事気にしてるのかね。

 レッドに思い当たる節は一つしかなかった。
 ミノタウロス戦で見せた、アレンが放った光の一閃。
 後で説明すると言ったが、実は何も話していなかったりする。

 理由は、勿論説明のしようが無いからだ。
 まさか、自分は前世の記憶を持っていて、本物の勇者はお前だなんて言われたところで、信じるはずがあるまい。気が変になったと思うのが普通だ。
 人のいいアレンのことだ、一応信じるようなリアクションは取るだろう。しかし、到底納得させられる自信は無い。

 それに――自分自身、信じられていないというのも大きい。
 前回の記憶が有るだなんて、過去に戻ってきたなんて、たとえ自分の事でもそう簡単に信じられる方がおかしいだろう。
 記憶を鮮明に思い出せるレッド自身でも、ただの夢ではないかとか妄想ではないかと言われれば、完全に否定しきることは難しい。あまりにも突飛な話だ、当然ではある。

 ――どうすっかなあ。

 レッドは何度も考えていた。ちゃんと話すべきか、このまま黙っておくべきか。
 レッドの目的は真実を知ること、そして前回の時自分を嵌めたゲイリー・ライトニングや他の奴らに対し復讐すること。
 そのことを話せば、気のいいアレンの事だ。反対するに違いない。だからこそ言えないというのもある。
 しかし――そこを抜かせば、話してもいいかもとは思った。いずれにしろ疑念を持っているアレンをこのまま放っておいてはいけないだろうと結論付けた。

 ――ま、今はベヒモス討伐に傾注するか。

 この作戦が終わったら話してみるか、そう考えていたのだが、

「よう、レッド。久しぶりに会ったな」

 なんて、酔ったオッサンの声が後ろからした。

「…………」

 レッドは、振り返りもせず声の主が分かってしまったので、このまま走り去りたくなってしまった。
 一人ならそうしたろうが、隣にはアレンもいるのだ。逃げるのは無理と判断し、仕方なく酷くぎこちない作り笑いをしながら振り返った。

「お久しぶりです、お父様。お元気でおられましたか?」

 後ろにいたのは、案の定こんな朝から酒臭い匂いを放つオッサンだった。

 髪と目こそ王族の血統を証明する金髪碧眼ではあるが、頭髪がだいぶ薄くなっており寂しいものだった。他国の貴族はウイッグを付ける風習もあるが、アトール王国の大貴族は金髪を尊ぶのでわざわざそれを隠したりは滅多にしない。

 髪が薄いのはしょうがないが、体もブクブクと肥え太り肌も脂ぎっている。衣装も貴族特有のキンキラキンに輝き勲章や宝石なども惜しみなく使い、眩しくて目が痛いくらいだった。

 そんなアトール王国の、典型的な貴族そのものな姿のオッサン――それが、レッドの父、リャヒルト・カーティスだった。

「おう、元気も元気だ。昨日も外遊から帰ってきたばかりだからな。お前こそ、この前の戦いで大変だったと聞いたが、元気そうで何よりだ。がっはっはっは!」

 なんて、肩をバンバンと叩いてくる。流石に兄弟だけあって、こういった部分は叔父とそっくりだった。

「私の事はご心配なく。それより、お母様や兄たちはお元気で居られますか? 最近顔を見れていないのでどうしているかと思っていまして……」
「おいおい、勇者なんて大役してるお前が一番身を案じるべきだろ。あいつらなら心配するな。カーティス家の仕事をきちんとしているよ。というか、こんな近くにいるんならお前から来ればいいじゃないか。あっはっは!」
「申し訳ありません、魔物討伐に関して色々多忙なもので……」

 お前俺が別邸やあんたらのこと嫌ってるの知ってるだろ、と吐きたいのを堪えて、なんとか作り笑いを維持する。ホントこうしたところがレッドが父を苦手とする理由だった。

 傍にいたアレンは、完全に置いてけぼりを喰らい呆気に取られていた。レッドたちと各地を点々としたアレンだが、こんな典型的な馬鹿貴族は滅多に見なかったので、彼からすれば父は珍獣同然だろう。

 そんなアレンを、父が初めて気付いたように視線を移した。「んん~……?」と訝かしるように見てきた父に、アレンが怯えてしまう。

「君か、レッドと同じパーティにいるという亜人とは」
「は、初めまして、アレン・ヴァルドと申します! リャヒルト様、お初にお目にかかれて光栄で……!」
「誰が名前で呼んでいいと言った?」

 射るような視線で睨まれ、アレンは「ひっ」と震えた。そのままアレンへ顔を近づけ、値踏みするように見つめてくる。

「王国も変わったものだ。王城に亜人を入れるなんて、一昔前まではあり得なかったが。おかげで最近は改革だ共存だ言うおかしな輩が居て困るよ。
 そうだ、王族にもそんな夢みたいなことを騒ぐ阿呆がいると聞いたなぁ……」

 「な……っ!」とアレンが顔を歪める。誰のことを言っているのか、見当が付いたのかもしれない。
 毛を逆立てて、何か言おうとしたアレンと、父の間にレッドがスッと割り入る。

「――お父様、彼は今私のパーティの者です。何かご不満があれば、私にどうぞ」

 などと言ったら、父は先ほどまでの不機嫌はどこへやら、突然大爆笑し出した。

「あっはっはっは! ホント、変わり者だなあお前は。カーティス家の人間とはとても思えんよ。金髪碧眼でなければ、妻の浮気を疑うところだよ!」
「……浮気ならお父様とてしているでしょう」
「おいおい、誤解されるようなことを言うな。私のは遊びと仕事だよ。肉体関係を抱いてところで、他の女に愛情注いだりせんわい。妻だってそうだろう?」
「――まあ、そうでしょうね」

 大貴族が愛人を持つことが、非難されるものではないのが王国での常識だ。父どころか、母にだって愛人はいるらしい。もっとも、子供を作ったらまずいので避妊は徹底しているとは思うが。

 そんな話を、アレンはドン引きで聞いていた。純粋なアレンにとっては、内容が過激すぎて恐怖すら抱いていることだろう。レッドからすれば当たり前すぎて何の感慨も湧かないのだが。

 なんて話をしていると、奥の方からロイたち三人が来た。どうやら向こうも朝食を取ろうとしたらたまたまかち合ったらしい。
 それに気付いた父が、喜色満面の笑みを浮かべてそちらへ歩き出した。

「おお、これは勇者御一行様方! いつも息子がお世話になっております。私はカーティス公爵家当主、リャヒルト・カーティスという者です。お嬢様方、以後お見知りおきを」

 などと言いながら、マータやラヴォワに抱きつこうとしたので、レッドが慌てて襟首掴んで止めた。

「おい、息子よ何をする。私は紳士として挨拶を――」
「紳士がいきなりお嬢様に抱きつくか! いいから、お父様にも御政務があるでしょう。いい加減行かないと怒られますよ」
「おおっと、そうだった。今日はオルデン家の嫡男に夜会へ呼ばれているのだ。あそこの料理は絶品でな。しかも給仕も美人ばかりなのだ。お前も行くか? 楽しいぞ」
「行きませんよ。とにかく、とっととお仕事行ってくださいな」

 なんて無理やりその場から追い出した。「なんだ、人がお付きを振り切って労いに来たのに……」とかグチグチ言いながら消える父の背を見ながら、レッドは深々とため息をついた。

「……あれが、レッドのお父様?」

 ラヴォワの問いに、レッドも頭を抱えながら肯定する。

「そうだよ。カーティス家の現当主。祖父が十年ほど前に亡くなってるから、今は父がカーティス家の一番の位にいるよ」

 あんなのが父なんて恥ずかしいけど、と言いたいのを堪えていた。前回の時は父を特に何とも思っていなかったが、今となっては記憶を引き継いだせいもあって嫌悪感しか抱いていなかった。

「なんか――貴族って感じだったなあ。レッドとはだいぶ違うわ」
「――ロイ、それ下手すると不敬罪にされるから余所で言うなよ」

 そう言ったらロイは慌てだした。貧乏貴族のせいかこの男、貴族社会のタブーを理解していない。よく副団長まで来れたなと感心してしまう。

「カーティス家ねえ。アトール王国の闇を司る家だなんて聞いた事はあるけれど」
「よしてくれ。与太話の聞き過ぎだよ。カーティス家にそんな力あるもんかい」
「じゃ、何の仕事してるのよ?」
「――茶会に呼ばれたり茶会を開いたり、盛大な夜会に呼ばれたり夜会を催したり、あと高級な着物や宝石を貰ったり」
「――それ、仕事なんですか?」
「仕事だよ。一応」

 アレンの疑問ももっともだが、実際カーティス家は代々そんなことを仕事にしていた。

 カーティス家の最大の武器は、貴族のみならず王族や他国にも渡る横の繋がりだった。
 だから、その繋がりを求めて大商人が他国への交易ルートを構築するための口利きを頼んだり、高級服飾店が新製品を宣伝するための夜会を開くよう頼んだり。勿論、それらにはカーティス家にもそれなりの賄賂が渡されるが。
 それは商人たちだけでなく、貴族間のトラブル解決にカーティス家が間に立ったり、果ては国同士の裏取引にカーティス家のルートを使うなど、仕事は多岐に亘る。

 まあ、そうした裏仕事を専門に行ってきた故に目立つことは他の貴族に比べて比較的少ないが、実際の権力は大きいという点が、カーティス家がアトール王国の本当の支配者だなんて語られる所以だが、そんな与太話は笑うしかない。そこまでの力があるなら、もっと恐れられているはずだ。

 なんて、話をしたところで誰も理解してくれないだろう。マータはともかく、他の三人には難しいと思う。貴族社会というドロドロした世界にいないと、意味を把握するのは困難なはずだ。

 とにかく、そんな話はいいとして、五人揃った事だし朝食へ向かうことにした。食事の場も隔離されており、会食用の部屋で朝は全員別々に起きた時間で食べていたが、なんの偶然か分からずも揃ったので一緒に行くことにした。
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