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転生勇者と魔剣編
第四十八話 綻び(6)
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「うっわぁ……」
鉱山の内部は、まさにグチャグチャになっていた。
岩肌は大きく抉り取られ、採掘場ということでツルハシやスコップ、トロッコを運ぶ線路も敷かれていたはずだが、ほとんど跡形もなく消し飛んでいる。やはり、むしろ崩落しなかったのが不思議なくらいだ。
現に、レッドたちは鉱山入り口から地図通りに進んでいるはずだが、正直目印になる物がほとんど消失してしまっているためちゃんと進めている自信が無い。マッピングの使えるアレンや、冒険者として一流のマータもいるし帰れなくなる心配は皆無だが、肝心のアトラスの杭を持って帰れる気がしなかった。
勿論、そのアトラスの杭が無事ならの話だが。
「……すいません、僕のせいでむがっ」
謝罪を口にしようとしたアレンを、無理やり手で塞いだ。
「馬鹿、黙ってろって言ったろ」
「レッド様、でも……」
小声で制するが、アレンは未だに不満げである。理由も何も説明されず口止めされれば無理も無いが、説明できるような物でもないため仕方ない。諦めてもらうしかないのだがこの正直者には難しいようだ。
「いいから今は誰にも言うな。落ち着いたら話すときも来るから」
「――はい」
首肯はしたものの、やはり飲み込めてはいない様子。しかし今はこれで収まってくれるしかなかった。
とにかく今はアトラスの杭の確認が最優先、と思考を切り替えて前へ進むことにした。
「…………」
「…………」
ザッザッザッザッ……と十人ほどの歩く音と、アレンに照らして貰っているライトの輝き。それだけが空間を支配していた。
一応ミノタウロスは倒したものの、まだ他の魔物がいる可能性もある。そのため警戒を怠らない、というのが理由ではなく、そもそもレッドたち勇者パーティとスケイプ率いる近衛騎士団、雑談して道中楽しむような仲でもないからである。
したがって、喋ることもなくただ歩くだけ――なのだが、どうしても黙っていられない輩はいるようだ。
「……はぁ」
なんて、ため息が時たま聞こえてくる。
しかもその頻度はどんどん増えてきて、各々のイラつきが溜まっていっていた。
とうとう我慢できずに、レッドが怒声を上げた。
「――ロイ、いい加減にしろ! いつまで嘆いてんだよ!」
「……あん?」
怒られたロイは、ポカンとした顔をしている。どうも今まで呆けていたらしい。
実は、ロイは先ほどミノタウロスに力負けして、その上アックスを奪われたことに落ち込んでいるのだ。今もアックスを手に悲しそうな瞳をしている。正直、レッドは気持ち悪がっていた。
「んなこと言っても……こいつは俺と長年苦楽を共にした相棒だぞ? それをあんなケダモノに触られて……はぁ」
「何回同じこと言ってんだよ! それに、そんな凄い斧なのかそれ? バルバ家に先祖代々伝わる宝とかか?」
「いや、これは俺が拾ったものだけど」
「盗品かよっ!」
思わずツッコミを入れてしまうが、ロイはそれを否定する。
「違う違う、盗品じゃない。これは俺が倒した敵から頂いた戦利品だ」
「戦利品……? 戦場で手に入れたって言うのか?」
レッドは眉をひそめる。
戦場での略奪、および暴行などは基本的に禁止されていた。兵士が略奪に夢中になると、そちらに気が行って命令に従わなくなったり、奪った土地や民衆の統治に支障を来す場合があるからだ。
そう決められている――が、それは建前というもので、実際のところ略奪や敵国市民への暴行は見逃されているのが現状だった。それ目当てで戦う兵も多いので、下手に止めれば反攻される恐れだってある。それ故前線の指揮官は見て見ぬふりをするのが通例だった。
しかし、あくまで証拠を残さないようするのが暗黙のルールとして存在する。あまり大きなものだったり、盗むと足が着きそうなものは奪わないのが常識として存在する。こんな馬鹿でかいアックスなど、盗むのを許されるとは思えなかった。
「いや、昔戦場で倒したお偉いさんが使ってた奴だ。その時の俺の指揮官が持ってけって俺にくれた。いいんだぞこのアックス、硬いし曲がりもしない。当時使ってた安物アックスなんて、俺が使ったら簡単に壊れたからな」
「――それ、将軍クラスだったんじゃないのか?」
つまりは、敵の将軍を討ち取った褒美代わりとして、そいつのアックスを渡されたということだろう。この手の戦利品も珍しくないが、将軍クラスの武器を頂けるとは騎士にとって凄い名誉なことだ。
このようにして、戦果を得て貧乏貴族から近衛騎士団の副団長にまでのし上がったと思うと、改めてロイはとんでもない奴なのだろうなと感じた。
「お喋りはそこまでにしろ。我々の役目を忘れたのか」
なんて話していたら、スケイプに釘を刺されてしまう。自分たちは何もしなかったクセに、とは言えなかった。
その理由は、どうせまた怒り出すだけだから、ではなかった。
――こいつ、なんか様子変だな。
実は先ほどから、そう、ミノタウロスを倒した時からスケイプの顔色が悪いのだ。
体調不良、というわけでも無さそうで、とにかくこちらを見る目がおかしい。それが敵意とか怒りならば、別に再会してからずっとなので慣れたものだが、それとも違う気がした。
どちらかと言えば、疑念とか不信感というか、最近どこかで覚えがある感じで……
「……あった」
などと考えを巡らせていたら、先行していたラヴォワが急に声をかけてきた。
「うん? あった?」
思わず前を見つめてみるが、いくら目を凝らしても前方には闇しかなかった。
「……ラヴォワ、何にも無いけど」
「違う……ちゃんとある」
そうしてラヴォワが、ライトによって作った光の球を前に飛ばす。
その光が、闇しかなかった空間を照らし出した。
「これは……」
照らされた先には、確かに真っ白い物体があった。
図で示されたように、巨大な柱や牙に見える白無垢の杭だった。半分以上地面に埋まっていたが、その半分ほどにもびっしりと古代文字が刻まれているのが分かる。
間違いなく、情報にあった『アトラスの杭』そのものだ。レッドたちは確信した。
「どうだ? ラヴォワ」
「……無事みたい。傷の類も無い」
ラヴォワにアトラスの杭を確認させたが、どうやら破壊は免れたようだった。任務失敗とはならずホッと胸を撫で下ろす。
「なら良かった。んじゃ、とりあえず運ぶか……ロイお前持てるか? 何人かがかりで――」
「待て、運ぶのはこちらでやる」
と、そこで横槍がまた入った。スケイプの取り巻きたちが、無事が確認されたアトラスの杭を引き抜こうとしてきたのだ。
「おい、誰のおかげでここまで来れたと思ってる。礼も無しに……!」
そうロイが怒って突っかかろうとしたが、レッドが引き止めた。
「いいだろ別に。どっちにしろ運び役は必要だったんだ。進んでしてくれるなら結構なことだ」
「しかしだな……」
まだ不満げなロイだったが、なんとか宥めている間に引き抜き作業は終わったようで、アトラスの杭はその巨大さを露わにした。
「すごい……」
アレンが言うでなく、三メートルはあるというアトラスの杭は、閉鎖空間である鉱山内ではよりその巨大さを見せつけていた。
情報通りの純白の姿と刻まれた古代文字、そして下部には杭の名に違(たが)わず、万物を突き刺さんばかりに鋭く尖っている。
なるほど、これなら確かにベヒモスの肌にも容易に突き刺さるだろう、とその場にいた皆にも感じさせた。
ただ一人の例外を除いては。
「……?」
引き抜かれたアトラスの杭の前に座り、古代文字の部分を見ながら、ラヴォワは怪訝な表情を作っていた。
「ラヴォワ? どうしたんだ?」
「…………」
しばらく黙っていたラヴォワだったが、やがてゆっくり立つと「なんでもない」とだけ言って下がってしまった。
レッドは違和感を覚えたが、自分でなんでもないと言った以上、問い質したところで答えたりはしまい。ラヴォワもあれで頑固者だ。
それより今は、アトラスの杭回収が先だとして、スケイプの取り巻きたちに運ばせる。結構重たそうな代物なのに、一応近衛騎士団として鍛えられてはいるようだ。
そうして運搬も終わり、ようやく鉱山から出た時には夕暮れになっていた。夜になりつつある空が、赤く輝いている。つい先ほどまで雷雨が降っていたとは信じられないくらい晴れやかな天気だった。
「やっぱ、さっきのはミノタウロスが生み出していた雨だったのかね……」
「……ミノタウロスが雷雨を生み出すなんて、聞いた事無いけど……」
独り言のつもりだったが、ラヴォワが返してくれた。『迷宮の魔物』と称されるミノタウロスに、天候を操る力など持つはずが無い。やはりあのミノタウロスは、通常あり得ない異常な個体だったようだ。
ブルードラゴンと――かつてのレッド自身のように、黒い靄を出した魔物は、肉体と共に性質も変貌するのだろうか。聞いた事の無い話だが、そう推測も可能ではある。原因は、やはり魔王が放つという邪気だろうか。
――なら。
ふと、レッドは自らの腰に下げた聖剣に目をやる。
あの黒い靄、邪気を取り込んだ魔物が変貌するならば、どうしてレッドが聖剣を使うと黒い靄が出てくるのか?
そして、どうしてアレンが使うと靄が晴れるのか?
何も――何も分からなかった。むしろレッドは、知っていることの方が少ないと言うべきだろう。
記憶を取り戻したあの日以外、レッドが手にしたものなど皆無に等しいのだから。
「――ああ、くそっ」
頭がこんがらがってどうにかなりそうで、思わず悪態をついてしまった。
「レッド様、どうかしましたか?」
「ん? ああ、何でもないよ。それより――」
そう言って振り返ると、スケイプ及び近衛騎士団の方々に対して、
「で、その杭どうやって運ぶんだ? このまま担いで運んでいくのか?」
と問いかけた。
道中一応道はあるとはいえ、山道なので杭の運搬は困難を極めるだろう。最初に聞いた時は、心配ないとだけ答えて何も言ってくれなかった。存在の確認をするだけで後から運搬係を呼ぶのかと思っていたが、こうして担いできた以上それとは違うらしい。
なんて思い尋ねたのだが、スケイプは不敵にふっと笑うと、
「心配するな。運び屋はもう呼んである」
と言い、右腕を天高く掲げた。その右腕には、腕輪がはめられていた。
なんのつもりだ? と思っていたところ、空から打ち付けるように風が吹き込んできた。
「うわっ!」
突然のことに慌てて退けると、そこにグリフォンが翼をはためかせて降りてきた。
「お前……グリフォン連れてきてたのか!?」
「ああ。安全な後方で待機させていた。いつでも呼べるようにな」
そうニヤリと笑う。驚いたこちらがよほど面白いらしい。
恐らく、あの腕輪はテイマーが魔物を使役するのに使う魔道具なのだろう。あの魔道具を介してスケイプはグリフォンを操っているようだ。
グリフォンにアトラスの杭を括り付け、浮かして運ぶつもりに違いない。
「しかし……どうして最初から連れてこなかったんだ? というか、飛んで来ればよかったじゃないか」
「馬鹿か貴様、ミノタウロスと戦闘になるかもしれんところにグリフォンを置いておけと?」
「――なるほど、確かにな」
納得して頷く。だいぶ腐ってしまったのかと思っていたが、そこまで馬鹿でもないらしい。
――それに。
レッドは思い出す。あの時、殺されかけているレッドを助けに、駆けつけてくれたスケイプを。
本人の心境など知らないが、あそこで来てくれなければ怯えたままミノタウロスに殺されていたろう。
あの日以来、何もかも変わってしまったと思っていた、スケイプ・G・クリティアス。
だけど――実は、変わっていない部分もあるのかもしれない。誤解かもしれないが、そう思えるだけでも嬉しかった。
などと考えていたら、グリフォンへの括り付け作業が終わったようだ。グリフォンにスケイプが乗り、大きな羽を広げて少しずつ浮き上がる。
「では私はこの杭を届けに先行する。お前たちも早く戻れよ」
「――ああ、気を付けてな」
「誰に向かって口を利いている。目的は必ず果たすさ」
それだけ言って、グリフォンに乗ったスケイプは一人飛んでいった。
後に残ったのは、レッドたち勇者パーティと奴の取り巻き近衛騎士団だけだった。
「……さてと、俺たちも帰るとするか」
一人だけ楽に帰れてずるいとか、先輩を置いていくとは何事だとかマータやロイが騒いでいたが、相手にせず帰り道を進んでいった。
何にせよ、目的は果たした。ベヒモス討伐作戦もこれで助かるだろう。そう安堵する。
危うく殺されかけたというのに、足取りが少し軽い気がした。
――ミノタウロスが死んだ、からかな。
ずっと悪夢に苦しんでいた。あのミノタウロスも、その一つ。殺されかけた恐怖と傷の記憶は、今は存在しなくとも実在の物として心に刻まれている。
しかし、ミノタウロスはもういない。ならばあの恐怖の記憶も、段々と薄れていくことだろう。
今まで未来を、前回の自分が味わった絶望の最後を変えたいと思い、戦ってきた。
しかし、多少の差異はあるものの、イマイチ変化した気がしなかった。
だが――今日初めて、未来をいい方に変えられた気がした。
少しはマシな未来を築けるかも、そんな希望を、レッドは初めて感じられたのだ。
しかし、レッドはこの時、
残酷な未来を、既に自分自身で選択してしまっていたことに、気付いていなかった。
己が破滅するその綻びに気付かず、希望などとうの昔に崩壊してしまっていることを、悟れていなかったのである。
鉱山の内部は、まさにグチャグチャになっていた。
岩肌は大きく抉り取られ、採掘場ということでツルハシやスコップ、トロッコを運ぶ線路も敷かれていたはずだが、ほとんど跡形もなく消し飛んでいる。やはり、むしろ崩落しなかったのが不思議なくらいだ。
現に、レッドたちは鉱山入り口から地図通りに進んでいるはずだが、正直目印になる物がほとんど消失してしまっているためちゃんと進めている自信が無い。マッピングの使えるアレンや、冒険者として一流のマータもいるし帰れなくなる心配は皆無だが、肝心のアトラスの杭を持って帰れる気がしなかった。
勿論、そのアトラスの杭が無事ならの話だが。
「……すいません、僕のせいでむがっ」
謝罪を口にしようとしたアレンを、無理やり手で塞いだ。
「馬鹿、黙ってろって言ったろ」
「レッド様、でも……」
小声で制するが、アレンは未だに不満げである。理由も何も説明されず口止めされれば無理も無いが、説明できるような物でもないため仕方ない。諦めてもらうしかないのだがこの正直者には難しいようだ。
「いいから今は誰にも言うな。落ち着いたら話すときも来るから」
「――はい」
首肯はしたものの、やはり飲み込めてはいない様子。しかし今はこれで収まってくれるしかなかった。
とにかく今はアトラスの杭の確認が最優先、と思考を切り替えて前へ進むことにした。
「…………」
「…………」
ザッザッザッザッ……と十人ほどの歩く音と、アレンに照らして貰っているライトの輝き。それだけが空間を支配していた。
一応ミノタウロスは倒したものの、まだ他の魔物がいる可能性もある。そのため警戒を怠らない、というのが理由ではなく、そもそもレッドたち勇者パーティとスケイプ率いる近衛騎士団、雑談して道中楽しむような仲でもないからである。
したがって、喋ることもなくただ歩くだけ――なのだが、どうしても黙っていられない輩はいるようだ。
「……はぁ」
なんて、ため息が時たま聞こえてくる。
しかもその頻度はどんどん増えてきて、各々のイラつきが溜まっていっていた。
とうとう我慢できずに、レッドが怒声を上げた。
「――ロイ、いい加減にしろ! いつまで嘆いてんだよ!」
「……あん?」
怒られたロイは、ポカンとした顔をしている。どうも今まで呆けていたらしい。
実は、ロイは先ほどミノタウロスに力負けして、その上アックスを奪われたことに落ち込んでいるのだ。今もアックスを手に悲しそうな瞳をしている。正直、レッドは気持ち悪がっていた。
「んなこと言っても……こいつは俺と長年苦楽を共にした相棒だぞ? それをあんなケダモノに触られて……はぁ」
「何回同じこと言ってんだよ! それに、そんな凄い斧なのかそれ? バルバ家に先祖代々伝わる宝とかか?」
「いや、これは俺が拾ったものだけど」
「盗品かよっ!」
思わずツッコミを入れてしまうが、ロイはそれを否定する。
「違う違う、盗品じゃない。これは俺が倒した敵から頂いた戦利品だ」
「戦利品……? 戦場で手に入れたって言うのか?」
レッドは眉をひそめる。
戦場での略奪、および暴行などは基本的に禁止されていた。兵士が略奪に夢中になると、そちらに気が行って命令に従わなくなったり、奪った土地や民衆の統治に支障を来す場合があるからだ。
そう決められている――が、それは建前というもので、実際のところ略奪や敵国市民への暴行は見逃されているのが現状だった。それ目当てで戦う兵も多いので、下手に止めれば反攻される恐れだってある。それ故前線の指揮官は見て見ぬふりをするのが通例だった。
しかし、あくまで証拠を残さないようするのが暗黙のルールとして存在する。あまり大きなものだったり、盗むと足が着きそうなものは奪わないのが常識として存在する。こんな馬鹿でかいアックスなど、盗むのを許されるとは思えなかった。
「いや、昔戦場で倒したお偉いさんが使ってた奴だ。その時の俺の指揮官が持ってけって俺にくれた。いいんだぞこのアックス、硬いし曲がりもしない。当時使ってた安物アックスなんて、俺が使ったら簡単に壊れたからな」
「――それ、将軍クラスだったんじゃないのか?」
つまりは、敵の将軍を討ち取った褒美代わりとして、そいつのアックスを渡されたということだろう。この手の戦利品も珍しくないが、将軍クラスの武器を頂けるとは騎士にとって凄い名誉なことだ。
このようにして、戦果を得て貧乏貴族から近衛騎士団の副団長にまでのし上がったと思うと、改めてロイはとんでもない奴なのだろうなと感じた。
「お喋りはそこまでにしろ。我々の役目を忘れたのか」
なんて話していたら、スケイプに釘を刺されてしまう。自分たちは何もしなかったクセに、とは言えなかった。
その理由は、どうせまた怒り出すだけだから、ではなかった。
――こいつ、なんか様子変だな。
実は先ほどから、そう、ミノタウロスを倒した時からスケイプの顔色が悪いのだ。
体調不良、というわけでも無さそうで、とにかくこちらを見る目がおかしい。それが敵意とか怒りならば、別に再会してからずっとなので慣れたものだが、それとも違う気がした。
どちらかと言えば、疑念とか不信感というか、最近どこかで覚えがある感じで……
「……あった」
などと考えを巡らせていたら、先行していたラヴォワが急に声をかけてきた。
「うん? あった?」
思わず前を見つめてみるが、いくら目を凝らしても前方には闇しかなかった。
「……ラヴォワ、何にも無いけど」
「違う……ちゃんとある」
そうしてラヴォワが、ライトによって作った光の球を前に飛ばす。
その光が、闇しかなかった空間を照らし出した。
「これは……」
照らされた先には、確かに真っ白い物体があった。
図で示されたように、巨大な柱や牙に見える白無垢の杭だった。半分以上地面に埋まっていたが、その半分ほどにもびっしりと古代文字が刻まれているのが分かる。
間違いなく、情報にあった『アトラスの杭』そのものだ。レッドたちは確信した。
「どうだ? ラヴォワ」
「……無事みたい。傷の類も無い」
ラヴォワにアトラスの杭を確認させたが、どうやら破壊は免れたようだった。任務失敗とはならずホッと胸を撫で下ろす。
「なら良かった。んじゃ、とりあえず運ぶか……ロイお前持てるか? 何人かがかりで――」
「待て、運ぶのはこちらでやる」
と、そこで横槍がまた入った。スケイプの取り巻きたちが、無事が確認されたアトラスの杭を引き抜こうとしてきたのだ。
「おい、誰のおかげでここまで来れたと思ってる。礼も無しに……!」
そうロイが怒って突っかかろうとしたが、レッドが引き止めた。
「いいだろ別に。どっちにしろ運び役は必要だったんだ。進んでしてくれるなら結構なことだ」
「しかしだな……」
まだ不満げなロイだったが、なんとか宥めている間に引き抜き作業は終わったようで、アトラスの杭はその巨大さを露わにした。
「すごい……」
アレンが言うでなく、三メートルはあるというアトラスの杭は、閉鎖空間である鉱山内ではよりその巨大さを見せつけていた。
情報通りの純白の姿と刻まれた古代文字、そして下部には杭の名に違(たが)わず、万物を突き刺さんばかりに鋭く尖っている。
なるほど、これなら確かにベヒモスの肌にも容易に突き刺さるだろう、とその場にいた皆にも感じさせた。
ただ一人の例外を除いては。
「……?」
引き抜かれたアトラスの杭の前に座り、古代文字の部分を見ながら、ラヴォワは怪訝な表情を作っていた。
「ラヴォワ? どうしたんだ?」
「…………」
しばらく黙っていたラヴォワだったが、やがてゆっくり立つと「なんでもない」とだけ言って下がってしまった。
レッドは違和感を覚えたが、自分でなんでもないと言った以上、問い質したところで答えたりはしまい。ラヴォワもあれで頑固者だ。
それより今は、アトラスの杭回収が先だとして、スケイプの取り巻きたちに運ばせる。結構重たそうな代物なのに、一応近衛騎士団として鍛えられてはいるようだ。
そうして運搬も終わり、ようやく鉱山から出た時には夕暮れになっていた。夜になりつつある空が、赤く輝いている。つい先ほどまで雷雨が降っていたとは信じられないくらい晴れやかな天気だった。
「やっぱ、さっきのはミノタウロスが生み出していた雨だったのかね……」
「……ミノタウロスが雷雨を生み出すなんて、聞いた事無いけど……」
独り言のつもりだったが、ラヴォワが返してくれた。『迷宮の魔物』と称されるミノタウロスに、天候を操る力など持つはずが無い。やはりあのミノタウロスは、通常あり得ない異常な個体だったようだ。
ブルードラゴンと――かつてのレッド自身のように、黒い靄を出した魔物は、肉体と共に性質も変貌するのだろうか。聞いた事の無い話だが、そう推測も可能ではある。原因は、やはり魔王が放つという邪気だろうか。
――なら。
ふと、レッドは自らの腰に下げた聖剣に目をやる。
あの黒い靄、邪気を取り込んだ魔物が変貌するならば、どうしてレッドが聖剣を使うと黒い靄が出てくるのか?
そして、どうしてアレンが使うと靄が晴れるのか?
何も――何も分からなかった。むしろレッドは、知っていることの方が少ないと言うべきだろう。
記憶を取り戻したあの日以外、レッドが手にしたものなど皆無に等しいのだから。
「――ああ、くそっ」
頭がこんがらがってどうにかなりそうで、思わず悪態をついてしまった。
「レッド様、どうかしましたか?」
「ん? ああ、何でもないよ。それより――」
そう言って振り返ると、スケイプ及び近衛騎士団の方々に対して、
「で、その杭どうやって運ぶんだ? このまま担いで運んでいくのか?」
と問いかけた。
道中一応道はあるとはいえ、山道なので杭の運搬は困難を極めるだろう。最初に聞いた時は、心配ないとだけ答えて何も言ってくれなかった。存在の確認をするだけで後から運搬係を呼ぶのかと思っていたが、こうして担いできた以上それとは違うらしい。
なんて思い尋ねたのだが、スケイプは不敵にふっと笑うと、
「心配するな。運び屋はもう呼んである」
と言い、右腕を天高く掲げた。その右腕には、腕輪がはめられていた。
なんのつもりだ? と思っていたところ、空から打ち付けるように風が吹き込んできた。
「うわっ!」
突然のことに慌てて退けると、そこにグリフォンが翼をはためかせて降りてきた。
「お前……グリフォン連れてきてたのか!?」
「ああ。安全な後方で待機させていた。いつでも呼べるようにな」
そうニヤリと笑う。驚いたこちらがよほど面白いらしい。
恐らく、あの腕輪はテイマーが魔物を使役するのに使う魔道具なのだろう。あの魔道具を介してスケイプはグリフォンを操っているようだ。
グリフォンにアトラスの杭を括り付け、浮かして運ぶつもりに違いない。
「しかし……どうして最初から連れてこなかったんだ? というか、飛んで来ればよかったじゃないか」
「馬鹿か貴様、ミノタウロスと戦闘になるかもしれんところにグリフォンを置いておけと?」
「――なるほど、確かにな」
納得して頷く。だいぶ腐ってしまったのかと思っていたが、そこまで馬鹿でもないらしい。
――それに。
レッドは思い出す。あの時、殺されかけているレッドを助けに、駆けつけてくれたスケイプを。
本人の心境など知らないが、あそこで来てくれなければ怯えたままミノタウロスに殺されていたろう。
あの日以来、何もかも変わってしまったと思っていた、スケイプ・G・クリティアス。
だけど――実は、変わっていない部分もあるのかもしれない。誤解かもしれないが、そう思えるだけでも嬉しかった。
などと考えていたら、グリフォンへの括り付け作業が終わったようだ。グリフォンにスケイプが乗り、大きな羽を広げて少しずつ浮き上がる。
「では私はこの杭を届けに先行する。お前たちも早く戻れよ」
「――ああ、気を付けてな」
「誰に向かって口を利いている。目的は必ず果たすさ」
それだけ言って、グリフォンに乗ったスケイプは一人飛んでいった。
後に残ったのは、レッドたち勇者パーティと奴の取り巻き近衛騎士団だけだった。
「……さてと、俺たちも帰るとするか」
一人だけ楽に帰れてずるいとか、先輩を置いていくとは何事だとかマータやロイが騒いでいたが、相手にせず帰り道を進んでいった。
何にせよ、目的は果たした。ベヒモス討伐作戦もこれで助かるだろう。そう安堵する。
危うく殺されかけたというのに、足取りが少し軽い気がした。
――ミノタウロスが死んだ、からかな。
ずっと悪夢に苦しんでいた。あのミノタウロスも、その一つ。殺されかけた恐怖と傷の記憶は、今は存在しなくとも実在の物として心に刻まれている。
しかし、ミノタウロスはもういない。ならばあの恐怖の記憶も、段々と薄れていくことだろう。
今まで未来を、前回の自分が味わった絶望の最後を変えたいと思い、戦ってきた。
しかし、多少の差異はあるものの、イマイチ変化した気がしなかった。
だが――今日初めて、未来をいい方に変えられた気がした。
少しはマシな未来を築けるかも、そんな希望を、レッドは初めて感じられたのだ。
しかし、レッドはこの時、
残酷な未来を、既に自分自身で選択してしまっていたことに、気付いていなかった。
己が破滅するその綻びに気付かず、希望などとうの昔に崩壊してしまっていることを、悟れていなかったのである。
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