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転生勇者と魔剣編

第四十六話 綻び(4)

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「……!?」

 押し出されたレッドは、最初何が起きたか分からなかった。
 しかし、すぐに気付くことが出来た。誰かか身を挺して自分を庇ったのだ。
 そして、その人物は彼の代わりにアックスの斬撃を受けることになった。

「づぅ……っ!」
「アレンッ!」

 レッドは思わず叫ぶ。アレンは背中を斬りつけられてしまった。
 そのままアレンは、地面に倒れ伏す。背中に開いた赤色の傷をまざまざと見せつけられる。

 恐怖心で動けなかったレッドも、思わず飛び出して彼を抱き起こした。

「アレン、しっかりしろ! アレンッ!」
「……レッド様」

 レッドの呼びかけに応じ、虚ろな目でアレンはこちらを見つめてきた。

「レッド様、僕は……」

 そして何かを言おうとしたが、そこで意識を失ってしまう。一瞬死んだのかと思ったが、どうも気絶しただけらしい。ホッと胸を撫で下ろす。

 そのままアレンを抱きかかえたまま、彼の体に聖剣を押し当てる。回復魔術が使えないレッドだが、聖剣には癒やしの力もある。このように直接当てれば、傷の手当くらい簡単にできるのだ。
 時間的余裕が、あればの話だが。

「……ちっ」

 眼前に、ミノタウロスが迫ってくる。こんな無防備な相手を放っておく気は無いらしい。止む無く聖剣をアレンの身から外し、彼の体を傍に横たえて迎撃の構えを取る。

 剣はまだカタカタ震えていたが、今戦えるのは自分だけだ。恐怖心を無理やり押さえつけ、何としても倒すと肩ひじを張った。

 しかし、その瞬間、全く予想だにしない方から声がした。

「止まれ、この化け物が!」

 聞き覚えのあるその声に、ギョッとしたレッドは思わず振り返る。

 そこには、スケイプが剣を手に戻ってきていた。

「ば、馬鹿、なんで戻ってきた! とっとと逃げろ!」
「やかましい! 腰の抜けた貴様が言える台詞かっ!」

 スケイプの言い様ももっともだったが、彼も人のことを言える立場ではなかった。
 腰は引けていて足もガクガク、両手に握った剣も、先が小刻みに震えていた。
 無理もない。近衛騎士団に入って流石に実戦経験が皆無とは思えないが、これほどの魔物と対峙することなど無かったはずだ。こうして立ち向かえるだけ、彼の勇気は称賛に値するだろう。

 だが、それは蛮勇と言うべきものだった。愚行と言ってもいい。
 ミノタウロスはこの愚か者に興味を抱き、その凶刃を彼に向けたのだから。

「――っだぁ!!」

 レッドが抜けた腰を強制的に活を入れて立ち上がったのと、ミノタウロスがスケイプに襲い掛かったのはほぼ同時だった。

 スケイプは「ひっ」と怯えた声を出すだけで、逃げもしない。恐怖で足は凍りつき、ただ食われるのを待つ棒立ちの人形と化した。

 そして死を自覚する間もなく、大きく開いた口で齧り付かれる――と思ったが、ミノタウロスは突然スケイプの視界から消えた。

「うおおおおおおおおおおぉっ!!」

 今まさに食われる直前、ミノタウロスの真横から、聖剣の光を纏ったレッドが突進してきたのだ。

「あああああああああああぁっ!!」

 光を纏い、ミノタウロスに突進したレッドは、その身を流れ星のように走らせ、ミノタウロスをその場から離した。
 偶然にも、レッドとミノタウロスが飛び出した先には鉱山の入り口があり、両者とも鉱山の中へ突っ込んでしまった。

「ぐあっ……!」

 内部の岩肌に激突した衝撃で、思わずミノタウロスの身から離れてしまう。
 ゴツゴツした地面を、思い切り転がり回され、ようやく止まった。

「はぁ、はぁ……」

 幸いというか何というか、採掘中の鉱山であるためか、壁のそこらに取り付けられている魔光石入りの魔道具のおかげで、光源は確保されていた。
 しかしながら、そのために目の前の怪物にいる怪物の姿がより鮮明に写ってしまう、という点は否めないのだが。

 目の前のミノタウロスは、横腹を刺されたというのに、まるで平然としていた。ロイのアックスは、今先ほどの激突でつい落としたようで無くなっていた。
 レッドとしては先ほどの一撃で仕留められれば幸いと思っていたが、ダメージの無い様子からすると怒らせただけだったようだ。

「……くそっ」

 そう言ってその辺に唾を吐き捨てる。どこかで口の中でも切ったのか、唾は赤色に染まっていた。

 ミノタウロスは、自分にふざけた真似をした小さな猿に対して怒りの頂点に達していた。鉱山中を照らすライトが無くても、その赤く血走った目を見れば明白だろう。

「――却って好都合だ」

 レッドはニヤリと笑い、聖剣を手に立ち上がる。手に構えると、聖剣の刀身が光り出した。
 恐怖心は無い。いつの間にか、自分でも信じられないくらい気持ちが落ち着いている。震えも収まり、彼にとってトラウマの相手であるミノタウロスも睨みつけることが出来た。

 ――あいつに感謝する日が来るとはね。

 脳裏をよぎったのは、二人の男の顔。
 先ほどわが身を省みず助けてくれたアレンと、わざわざ戻ってくれたスケイプだった。――もっともスケイプの場合、助けるというより黙って逃げられなかっただけかもしれないが、別にそれでも構わなかった。

「ビビってられるかよ、畜生……」

 散々打ち付けられた体が悲鳴を上げるが、気にしている余裕はなかった。かつて自分を殺しかけた魔物相手に、レッドは挑発の笑みを浮かべた。

 ミノタウロスは、そんなレッドの態度が気に入らなかったのだろう。アックスを失った代わりに、自らの右腕を以てレッドに襲い掛かった。

「来いやぁ!」

 レッドの威勢のいい叫びと、ミノタウロスの右手が彼の頭を捉えようとしたのは、ほぼ同時だった。
 しかしレッドはそれをギリギリで避け、避けるその刹那に、今度は先ほどと反対側の脇腹を斬った。

「っ……!」

 不意の一撃を食らったミノタウロスは苦悶の声を上げるものの、斬りつけたレッドも舌打ちする。

 浅い、と感じたのだ。
 今まで斬り裂いてきたどの魔物とも違う。斬ったはいいがダメージが深く入っていない、そう経験則で感じた。

 信じられなかった。この旅の中で、聖剣が持つ光の刃で斬れなかった敵などいない。あのブルードラゴンですら、足を斬れば落ちたのだ。レッドはそう思っていた。

 ――なら!

 レッドは聖剣に力をぐっと込める。
 瞬間、聖剣から光の輝き、だけでなく、黒い靄のような闇が噴出した。

「さあ……一気に吹き飛ばしてやる……!」

 ミノタウロスはその白と黒の二色に輝く光と闇を見て、どこか怯えたように見えた。気のせいかもしれないが、それがレッドを昂らせる。

 レッドにも原理は不明な、黒い靄を噴き出させるこの状態。理屈は分からないが、今ここで頼れるのはこの力のみである。命がけならば、惜しむことは許されない。

 そうしてレッドが剣を大きく振り上げ、縦一閃に斬り裂こう、としたその時、

「なっ……!?」

 今まさに振り下ろそうという一瞬で、ミノタウロスがレッドに突撃を敢行し、内懐に入ろうとした。
 向こうも馬鹿ではない。聖剣の光の刃など知るはずも無いが、野獣の本能でレッドから攻撃が放たれる前に叩こうとしたのだろう。

「ちぃっ!!」

 レッドは慌てて剣を振り下ろした。カウンターで向こうが来るのなら、その前に斬ろうというつもりだ。

 だが急いで振り下ろしたために、目測を誤った。
 放たれた光と闇の刃は、ミノタウロスの頭部ではなく、左腕を肩口から切断した。

 左腕が斬り落とされたその瞬間、ミノタウロスは絶叫するが、突進の勢いはほとんど変わらず、レッドにぶつかってくる。

「うわっ!」

 咄嗟にレッドも横に飛んで回避する。ミノタウロスは止まることが出来る、鉱山の岩肌にぶつかり体ごと埋まる。

「畜生っ!!」

 体勢を立て直し、振り返ったレッドの目に飛び込んできたのは、片腕一つ奪われたというのに、少しも臆せずに岩肌から力ずくで抜け出し、こちらを睨んでくるミノタウロスだった。

「くっ……こんのぉ!」

 一瞬怯んだレッドだったが、追撃の光刃をまた放った。今までのダメージで消耗が激しいこの形態は長く続けられない。一撃で仕留める気だった。

 だが、その刃もミノタウロスの急所を完全に捉えることは出来ず、今度は右腕を落とした。
 グオオオォォォ……ッ! という断末魔のような咆哮を上げ、ミノタウロスはその場に倒れ込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ミノタウロスが倒れた途端、レッドは肩で息をし、光と闇を打ち消して戦闘態勢を解除した。額からは大粒の汗が零れている。

「やった……のか……?」

 そう思いたかった。何せこちらは散々痛めつけられ半死半生の身。これ以上戦いたくなど無かった。

「こいつ、こんなに強かったっけ……?」

 レッドが最初に抱いた疑問はそこだった。
 前回の時は天候を操るなんて技使えなかったし、前回やられたのは全員が弱体化していたからで、今回はむしろ力が強まっている聖剣も会わせれば、こちらの攻撃が一切効かないほど強くも無かったはずだ。正直今でも信じられない気持ちで一杯である。
 やはり前回と今回とは、色々なものが違い過ぎるらしい。その原因は、レッドには見当すらつかなかったが。

「まあ、なんにせよ勝てただけマシか……」

 そう思うことにした。どの道、こいつに勝てなかったら全てが終わりだったのだから。
 なんて開き直ることにして、とりあえずミノタウロスが本当に死んだかどうか確かめようとして近づいたところ、

 聖剣が、ピクピクと脈動し、魔物がいるいつもの反応を示した。

「……っ!?」

 レッドが驚愕する、まさにその時、
 ミノタウロスから流れ出た黒い靄が、彼の体を握り潰した。
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