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転生勇者と魔剣編
第四十一話 古傷(5)
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「……っだぁ!!」
レッドはグラスを一気に空にすると、机の上に乱暴に叩きつけた。グラスの中で氷がカランと揺れる。
「あー……くそっ。少しも気が晴れん……」
などと言いながら、瓶からブランデーをまた一気に注ぐ。新品のブランデーを貰ったのに、もう半分は越えようとしていた。
一週間以上留まりすっかり見慣れた王城の部屋で、寝間着姿のままレッドは一人酒をかっ喰らっていた。メイドに用意させたブランデーと氷で、グダグダ管を巻きながら夜中に酒をひたすら飲み続けている。
レッドは基本、酒は飲まない。アトール王国では酒は十五歳以上から飲み始めることと推奨されていたが、住んでいる地域が水に乏しく、弱い酒を水代わりに飲んでいる地域も珍しくない。
だいぶ昔、違法に作られた悪質な酒が国に広まった際に、耐性の低い子供が数多く死んだ事件が起きた時にそんな通達が出されたのだが、あくまで推奨に過ぎず別に罰則も無い。であるから、大概子供の頃から軽い酒を飲むのが普通であった。
レッドは水に不自由などしない大貴族出身であったが、パーティなどで酔った親類などに薦められ、一口飲まされる経験はいくらでもある。そのため、こちらも十五歳以前から酒を飲む機会は多かった。そして今では、酒を飲むのに何の問題もない年齢になっている。
だが、どうにも酒は好きになれなかった。
特別弱いというわけではない。飲めはするが、大して美味いと思えなかった。一度深酒煽れば眠れるのではと思って飲んだこともあったが、かえって夢見が悪くなり、酷い二日酔いとなった。それ以来、自分から積極的に飲むことは無くなった。
飲むのは会合の席や飲みの席、あるいはよほど嫌なことがあった時くらいだ。
「……前回は浴びるほど飲んでいたのに、信じられんな……」
少し落ち着いてからそう呟いた。
記憶を取り戻してみると、今の自分が酒を苦手とするのは、前回散々飲んで嫌気が差したからだろうと思える。どうも、前回の記憶が幼少期からこびりついて、今の人格形成に多大な影響を与えてしまっているようだ。
前回の自分は賭博や女だけでなく、酒にも狂っていた。家や会食の場どころか学園でも酒を持ち込んで、空き部屋で宴会を楽しんだこともある。勿論咎めなど無い。カーティス家の人間に逆らうなんてリスクを冒す阿呆などいるわけがなく、余計に調子に乗ったわけだ。
とにかく(親の)金にものを言わせて、世界中の豪勢な酒を買い漁り飲み漁った。――味なんか、分かりもしないのに。
無論、親からそんな様を叱責されたこともほとんど無かった。流石にパーティであまりに醜態を晒せば怒られるが、大したことは無い。理由は簡単で、父親自身が同様の酒乱だからだ。鏡の自分を殴る馬鹿などいるものか。
「――くっそ、どうにも気が晴れないから試しに飲んでみたが、却って気分悪くなっちまった。こんなに飲んだのいくら振りかな……」
『――何故だ! 私は栄光あるカーティス家の子にして聖剣の勇者だぞ! それが……それが何故こんなことにっ!!』
「――ああ、畜生」
嫌なことを思い出してしまった。やはり、深酒はするものじゃないと今更ながらの後悔をした。
そう言えばあの日、前回のレッドも酒を飲んでいたと回想した。
***
あれは、アレンを追放して一か月が過ぎたくらいだったか。
その頃は、以前より起こっていた謎の弱体化のせいで魔物が倒せなくなってしまっており、討伐依頼を果たせず敗走することが増えてしまっていた。
勇者パーティが、普通の冒険者程度でも勝てる魔物に負けて逃げたという噂は既に話題となっていて、冒険者ギルドや酒場、道を歩いているだけでクスクス笑われる日々だった。逆上して聖剣を抜いて襲い掛かりたかったが、その聖剣が弱体化しているので返り討ちに遭うだけだ。
当時は聖剣の本来の持ち主であるアレンが離れたから、なんて想像もつかず、困惑し不甲斐ない剣を罵りパーティの仲間に八つ当たりした。あの気の強いメンバーのことだからただ罵倒されるだけで収まらず、揉み合いつかみ合いの大喧嘩へと発展し、パーティは分解寸前と化していた。
このままではまずい、と思いつつ、どうすればいいのかも皆目分からずただヤケ酒を煽るだけの日々が続いた。
そしてついに、王国からの使者が書状を持ってきた。
内容は、これ以上討伐依頼が達成されない状況が続けば、一切の支援を終了するという、要は最後通告だった。
これが当時のレッドを決定的に打ちのめした。
ただ最後通告を出されただけではない、お前は無能な人間だと明言されてしまった事がショックだったのだ。
実際無能だから仕方ないのだが、当時は名門貴族出身の選ばれし聖剣の勇者という、自ら掴み取った訳ではない虚飾の栄光に浸りきり、異常なほど高いプライドと誇大妄想を抱いていたレッドにとって、その全てを否定されることはレッド・H・カーティスという人物そのものを否定された気分だったのだ。
しかしそのような事態になっていたにもかかわらず、どう対処すべきかも分からずまたヤケ酒を煽っていたところに、例のミノタウロスの話が飛び込んできた。ミノタウロスという上級の魔物が鉱山に出没し、暴れていると。
これこそ千載一遇のチャンスと当時のレッドは喜び勇んだ。この討伐を達成すれば皆が自分を見直し、聖剣の勇者としてまた全世界に勇名を轟かせるだろう。上級どころか中級の魔物すら倒せなくなっているのも忘れて、そんな甘美な夢を抱えパーティを無理やり同行させて、ミノタウロスの巣へ向かった。
結果は――まあ言うまでもなかろう。返り討ちどころか、嬲り殺しにされた。
ロイのアックスも、マータのナイフも、強靭な皮膚どころか毛の一本すら切り取ることが出来ず蹴り飛ばされた。ラヴォワの攻撃魔術もダメージどころか怯ませることすら叶わず、こちらもパンチで叩きのめされる。
味方がそんなことになっている中、聖剣の勇者レッドは、ミノタウロスの恐ろしい容姿とその強さに怯えて剣を構えたままガクガク震えて泣いているだけだった。記憶が正しければ、失禁していたかもしれない。
そのようなみっともない様を見せているレッドを、ミノタウロスは逃がしはしなかった。殴られ蹴られ踏まれ、最後にはロイから奪ったアックスで袈裟懸けに斬られてしまう。
ついにレッドも死を覚悟したその時、丸い球のようなものがミノタウロスに投げつけられ、目に当たった途端破裂した。すると、ミノタウロスが苦しみだしたのだ。
丸い球の正体は、マータが用意した魔物用の猛毒を仕込んだ毒だった。咄嗟にそれを投げつけ、ミノタウロスに命中させたのだ。
通常の魔物なら殺せるほどの毒のようだが、ミノタウロスには耐性があるのか毒の量が少ないのか、完全には殺せず時間稼ぎにしかならない。すぐに復活して襲い掛かってくると思った皆は、撤退することにした。
レッドはその時、全身を痛めつけられ半死半生の状態だった。聖剣の加護が完全に失われていれば、助からなかったろう。ロイに抱えられ、なんとか鉱山からの脱出に成功した。
逃げきれはしたものの、勇者パーティで無事なものは一人もおらず、病院行きを余儀なくされた。無謀な討伐を決意し結局また恥の上塗りをしたレッドが、一番の重症者だった。
そして、その病院で痛みと周囲からの侮辱に苦しんでいる中、アレン・ヴァルドの噂を聞きつけたのだが……
***
「――ああ、やだやだ」
そこまで記憶を遡ると、嫌になってしまってベッドに倒れ込んでしまう。柔らかいベッドに身を預け仰向けになった。
思い出しただけで腹立たしくなる。前回の自分は本当に救いようが無いほど馬鹿だった。
仮にミノタウロスが現れなくても、いずれパーティは何らかの形で崩壊していたか、あるは全滅していただろう。それくらい、当時の勇者パーティはどうしようもなくなっていた。
しかし――その前回勇者パーティを全滅させるきっかけを作った魔物が、どうして今再びレッドの前に現れたのか。前回ミノタウロスが出現したのは、時間で言えば半年も先の事。何がミノタウロス出現を早めたのか、皆目見当もつかなかった。
「アトラスの杭なんて前回は聞いたことも無いし、関係が無いのかね……?」
もう、ここまで展開が変わり過ぎているのだから、前回の記憶と照らし合わせることも無意味かもしれない。スケイプもベルも、前回は絡みなどしなかったから。
「……ん?」
と、そこまで考えて、ふと妙な感覚を抱いた。
前回のことを思い出し、何か記憶に引っかかるものを持ったのだ。
「あれは――王都に戻って酒飲んでた時だったかな」
そういえば前回も、王都の近くで出現した魔物を討伐するのに呼び出された事があった。
討伐を済ませ酒盛りへ行ったのだが、当時アレンを嫌っていたレッドは店へ入れず、外で時間潰していろと追い払ったのだ。
そうして四人で散々酒を飲んで店を出たところで、アレンが誰かと話し込んでいるのを見つけた。
何をしているんだと怒鳴ると、その小さな影は驚いて一目散に逃げてしまった。アレンにも誰だと聞いてみたが、ただ道を尋ねられただけと答えたためレッドもそれ以上気にはしなかった。
そのアレンと話していた小さな影は、王城の方へ走って行った気がする。
そして姿は、顔は見えなかったがフードを被っていて……
「まさか――あれが第三王女だったってのか?」
上半身だけを起き上がらせる。今までの鬱屈とした気持ちは吹き飛んでいた。
前回のアレンも、第三王女と出会っていたのかもしれない。確証は無いが、どうしてだかそんな気がしてならなかった。
前回とあらゆることが違っている、そう思っていた。
しかし変わらない、変わらず同じことが起こった部分もある。
であるなら、その両者の違いは何なのか――
「――づぅっ!」
頭に猛烈な痛みが生じた。深酒の上に考え事をしたせいで、悪酔いしたかもしれない。
「やっぱ、酒は飲むもんじゃないな……」
今更ながらの後悔をして、レッドはとりあえずトイレに行こうと部屋を出た。
少しふらつきながらも歩いていき、ようやくトイレが間近に迫ったかと思った時、
「……うん?」
ふと、廊下の向こうから話し声がした。
「この、声は……」
話し声に聞き覚えがあったレッドは、足を止め、廊下の曲がり角から声の主を探るように覗き見た。
覗いた先にいたのは、
「……!?」
レッドはそこで驚愕する。
覗いた先にいたのは、アレンと枢機卿長ゲイリー・ライトニングだったのだ。
レッドはグラスを一気に空にすると、机の上に乱暴に叩きつけた。グラスの中で氷がカランと揺れる。
「あー……くそっ。少しも気が晴れん……」
などと言いながら、瓶からブランデーをまた一気に注ぐ。新品のブランデーを貰ったのに、もう半分は越えようとしていた。
一週間以上留まりすっかり見慣れた王城の部屋で、寝間着姿のままレッドは一人酒をかっ喰らっていた。メイドに用意させたブランデーと氷で、グダグダ管を巻きながら夜中に酒をひたすら飲み続けている。
レッドは基本、酒は飲まない。アトール王国では酒は十五歳以上から飲み始めることと推奨されていたが、住んでいる地域が水に乏しく、弱い酒を水代わりに飲んでいる地域も珍しくない。
だいぶ昔、違法に作られた悪質な酒が国に広まった際に、耐性の低い子供が数多く死んだ事件が起きた時にそんな通達が出されたのだが、あくまで推奨に過ぎず別に罰則も無い。であるから、大概子供の頃から軽い酒を飲むのが普通であった。
レッドは水に不自由などしない大貴族出身であったが、パーティなどで酔った親類などに薦められ、一口飲まされる経験はいくらでもある。そのため、こちらも十五歳以前から酒を飲む機会は多かった。そして今では、酒を飲むのに何の問題もない年齢になっている。
だが、どうにも酒は好きになれなかった。
特別弱いというわけではない。飲めはするが、大して美味いと思えなかった。一度深酒煽れば眠れるのではと思って飲んだこともあったが、かえって夢見が悪くなり、酷い二日酔いとなった。それ以来、自分から積極的に飲むことは無くなった。
飲むのは会合の席や飲みの席、あるいはよほど嫌なことがあった時くらいだ。
「……前回は浴びるほど飲んでいたのに、信じられんな……」
少し落ち着いてからそう呟いた。
記憶を取り戻してみると、今の自分が酒を苦手とするのは、前回散々飲んで嫌気が差したからだろうと思える。どうも、前回の記憶が幼少期からこびりついて、今の人格形成に多大な影響を与えてしまっているようだ。
前回の自分は賭博や女だけでなく、酒にも狂っていた。家や会食の場どころか学園でも酒を持ち込んで、空き部屋で宴会を楽しんだこともある。勿論咎めなど無い。カーティス家の人間に逆らうなんてリスクを冒す阿呆などいるわけがなく、余計に調子に乗ったわけだ。
とにかく(親の)金にものを言わせて、世界中の豪勢な酒を買い漁り飲み漁った。――味なんか、分かりもしないのに。
無論、親からそんな様を叱責されたこともほとんど無かった。流石にパーティであまりに醜態を晒せば怒られるが、大したことは無い。理由は簡単で、父親自身が同様の酒乱だからだ。鏡の自分を殴る馬鹿などいるものか。
「――くっそ、どうにも気が晴れないから試しに飲んでみたが、却って気分悪くなっちまった。こんなに飲んだのいくら振りかな……」
『――何故だ! 私は栄光あるカーティス家の子にして聖剣の勇者だぞ! それが……それが何故こんなことにっ!!』
「――ああ、畜生」
嫌なことを思い出してしまった。やはり、深酒はするものじゃないと今更ながらの後悔をした。
そう言えばあの日、前回のレッドも酒を飲んでいたと回想した。
***
あれは、アレンを追放して一か月が過ぎたくらいだったか。
その頃は、以前より起こっていた謎の弱体化のせいで魔物が倒せなくなってしまっており、討伐依頼を果たせず敗走することが増えてしまっていた。
勇者パーティが、普通の冒険者程度でも勝てる魔物に負けて逃げたという噂は既に話題となっていて、冒険者ギルドや酒場、道を歩いているだけでクスクス笑われる日々だった。逆上して聖剣を抜いて襲い掛かりたかったが、その聖剣が弱体化しているので返り討ちに遭うだけだ。
当時は聖剣の本来の持ち主であるアレンが離れたから、なんて想像もつかず、困惑し不甲斐ない剣を罵りパーティの仲間に八つ当たりした。あの気の強いメンバーのことだからただ罵倒されるだけで収まらず、揉み合いつかみ合いの大喧嘩へと発展し、パーティは分解寸前と化していた。
このままではまずい、と思いつつ、どうすればいいのかも皆目分からずただヤケ酒を煽るだけの日々が続いた。
そしてついに、王国からの使者が書状を持ってきた。
内容は、これ以上討伐依頼が達成されない状況が続けば、一切の支援を終了するという、要は最後通告だった。
これが当時のレッドを決定的に打ちのめした。
ただ最後通告を出されただけではない、お前は無能な人間だと明言されてしまった事がショックだったのだ。
実際無能だから仕方ないのだが、当時は名門貴族出身の選ばれし聖剣の勇者という、自ら掴み取った訳ではない虚飾の栄光に浸りきり、異常なほど高いプライドと誇大妄想を抱いていたレッドにとって、その全てを否定されることはレッド・H・カーティスという人物そのものを否定された気分だったのだ。
しかしそのような事態になっていたにもかかわらず、どう対処すべきかも分からずまたヤケ酒を煽っていたところに、例のミノタウロスの話が飛び込んできた。ミノタウロスという上級の魔物が鉱山に出没し、暴れていると。
これこそ千載一遇のチャンスと当時のレッドは喜び勇んだ。この討伐を達成すれば皆が自分を見直し、聖剣の勇者としてまた全世界に勇名を轟かせるだろう。上級どころか中級の魔物すら倒せなくなっているのも忘れて、そんな甘美な夢を抱えパーティを無理やり同行させて、ミノタウロスの巣へ向かった。
結果は――まあ言うまでもなかろう。返り討ちどころか、嬲り殺しにされた。
ロイのアックスも、マータのナイフも、強靭な皮膚どころか毛の一本すら切り取ることが出来ず蹴り飛ばされた。ラヴォワの攻撃魔術もダメージどころか怯ませることすら叶わず、こちらもパンチで叩きのめされる。
味方がそんなことになっている中、聖剣の勇者レッドは、ミノタウロスの恐ろしい容姿とその強さに怯えて剣を構えたままガクガク震えて泣いているだけだった。記憶が正しければ、失禁していたかもしれない。
そのようなみっともない様を見せているレッドを、ミノタウロスは逃がしはしなかった。殴られ蹴られ踏まれ、最後にはロイから奪ったアックスで袈裟懸けに斬られてしまう。
ついにレッドも死を覚悟したその時、丸い球のようなものがミノタウロスに投げつけられ、目に当たった途端破裂した。すると、ミノタウロスが苦しみだしたのだ。
丸い球の正体は、マータが用意した魔物用の猛毒を仕込んだ毒だった。咄嗟にそれを投げつけ、ミノタウロスに命中させたのだ。
通常の魔物なら殺せるほどの毒のようだが、ミノタウロスには耐性があるのか毒の量が少ないのか、完全には殺せず時間稼ぎにしかならない。すぐに復活して襲い掛かってくると思った皆は、撤退することにした。
レッドはその時、全身を痛めつけられ半死半生の状態だった。聖剣の加護が完全に失われていれば、助からなかったろう。ロイに抱えられ、なんとか鉱山からの脱出に成功した。
逃げきれはしたものの、勇者パーティで無事なものは一人もおらず、病院行きを余儀なくされた。無謀な討伐を決意し結局また恥の上塗りをしたレッドが、一番の重症者だった。
そして、その病院で痛みと周囲からの侮辱に苦しんでいる中、アレン・ヴァルドの噂を聞きつけたのだが……
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「――ああ、やだやだ」
そこまで記憶を遡ると、嫌になってしまってベッドに倒れ込んでしまう。柔らかいベッドに身を預け仰向けになった。
思い出しただけで腹立たしくなる。前回の自分は本当に救いようが無いほど馬鹿だった。
仮にミノタウロスが現れなくても、いずれパーティは何らかの形で崩壊していたか、あるは全滅していただろう。それくらい、当時の勇者パーティはどうしようもなくなっていた。
しかし――その前回勇者パーティを全滅させるきっかけを作った魔物が、どうして今再びレッドの前に現れたのか。前回ミノタウロスが出現したのは、時間で言えば半年も先の事。何がミノタウロス出現を早めたのか、皆目見当もつかなかった。
「アトラスの杭なんて前回は聞いたことも無いし、関係が無いのかね……?」
もう、ここまで展開が変わり過ぎているのだから、前回の記憶と照らし合わせることも無意味かもしれない。スケイプもベルも、前回は絡みなどしなかったから。
「……ん?」
と、そこまで考えて、ふと妙な感覚を抱いた。
前回のことを思い出し、何か記憶に引っかかるものを持ったのだ。
「あれは――王都に戻って酒飲んでた時だったかな」
そういえば前回も、王都の近くで出現した魔物を討伐するのに呼び出された事があった。
討伐を済ませ酒盛りへ行ったのだが、当時アレンを嫌っていたレッドは店へ入れず、外で時間潰していろと追い払ったのだ。
そうして四人で散々酒を飲んで店を出たところで、アレンが誰かと話し込んでいるのを見つけた。
何をしているんだと怒鳴ると、その小さな影は驚いて一目散に逃げてしまった。アレンにも誰だと聞いてみたが、ただ道を尋ねられただけと答えたためレッドもそれ以上気にはしなかった。
そのアレンと話していた小さな影は、王城の方へ走って行った気がする。
そして姿は、顔は見えなかったがフードを被っていて……
「まさか――あれが第三王女だったってのか?」
上半身だけを起き上がらせる。今までの鬱屈とした気持ちは吹き飛んでいた。
前回のアレンも、第三王女と出会っていたのかもしれない。確証は無いが、どうしてだかそんな気がしてならなかった。
前回とあらゆることが違っている、そう思っていた。
しかし変わらない、変わらず同じことが起こった部分もある。
であるなら、その両者の違いは何なのか――
「――づぅっ!」
頭に猛烈な痛みが生じた。深酒の上に考え事をしたせいで、悪酔いしたかもしれない。
「やっぱ、酒は飲むもんじゃないな……」
今更ながらの後悔をして、レッドはとりあえずトイレに行こうと部屋を出た。
少しふらつきながらも歩いていき、ようやくトイレが間近に迫ったかと思った時、
「……うん?」
ふと、廊下の向こうから話し声がした。
「この、声は……」
話し声に聞き覚えがあったレッドは、足を止め、廊下の曲がり角から声の主を探るように覗き見た。
覗いた先にいたのは、
「……!?」
レッドはそこで驚愕する。
覗いた先にいたのは、アレンと枢機卿長ゲイリー・ライトニングだったのだ。
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