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転生勇者と魔剣編
第四十話 古傷(4)
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「やあやあこれは勇者様、突然の来訪をどうかお許しください」
通された部屋に入り、開口一番そんなことを言われ、レッドは「うげっ」と嫌な声を思わず出しかけた。
その場にいたのはラルヴァ教の神官たち、そして彼らを率いたゲイリー・ライトニング枢機卿長だったのだ。先に部屋で着席して待っており、レッドたち勇者パーティ(アレンは不在だが)が入ると笑顔で立ち上がり歓待した。
「枢機卿長様が、どうしてこのようなところに? もしかして、ベヒモスに関しての事柄ですか?」
レッドは何とか平静を装い、枢機卿長にそう尋ねた。
「いえ、今日はベヒモスのことではありません。まあ無関係ではないのですが――と、それはともかく」
そう言うと、枢機卿長は再び座り直し、こちらに笑顔を向けて、
「とりあえず、立ち話も何ですし座りましょうか。お茶も用意させましたし」
などと着席するように促した。レッドたちがそれに従い座ると、丁度良く紅茶が運ばれてくる。この前の会合の時とは違う茶葉らしく、色も少し薄くて香りも弱く感じた。
枢機卿長は前回と同じくまずは紅茶の香りを楽しみ、続いて味を堪能――するかと思いきや、香りを嗅いだところで「あれ?」と険しい顔をする。
「おかしいですね。レムリー帝国のこの茶畑は気に入っていたのですが、今年は出来があまり良くないようです。そういえば向こうは例年より気温が低かったと聞いてますし、それが影響しましたかね。紅茶というのも難しいですねえ――おっと」
また語り出したことに、こちらが面倒そうな顔をしているのに気付いたのか、カップを戻し笑いかける。
「失礼しました。どうも紅茶になると気が逸れてしまうところがありまして。勿論、皆さまをわざわざお呼びしたのは理由がございます」
「……どのような、ですか?」
レッドは尋ねてみる。この男が何の目的も無しに来るなんてあり得ないから、悪い企てでもしているのかと思った。
「アリアちゃん、あれを」
そう言って、傍にいる眼鏡をかけた赤髪の女性神官に指示すると、「はい」と応じた彼女は勇者たちの前に一枚の紙を広げた。
「これは――?」
前回も似たようなことがあったが、あの時とは違い、地図ではなく全然別の物が描かれていた。
描かれていたのは、一本の筒のようなものだった。
いや、筒というのも少し違う。絵から判断するに白の表面に古代文字がびっしりと書かれているようだが、下の部分が尖っている。
筒というよりは、杭のように見えた。
「『アトラスの杭』ですよ」
枢機卿長は、レッドたちにそう答えた。
「アトラスの――杭?」
「ラヴォワ、聞いた事あるか?」
「いや……でもアトラスって確か……」
ラヴォワはアトラスの杭自体は知らないようだが、アトラスという単語は心当たりがあるらしい。レッドも、昔どこかで聞いた事があった。
「ええ。太陽神ラルヴァがこの世界の闇を晴らす前、大地を支えていたという古い神です。神話でその名は聞いた事があるのでは?」
そこで思い出した。授業でも習った、古代の神話だ。
かつて魔物が跋扈する時代、世界は闇に覆われていた。
その闇を払い世界を救ったのが、太陽神ラルヴァとその神に選ばれ聖剣を与えられた勇者というが――その太陽神ラルヴァの父が、大地の神アトラスだ。
大地の神アトラスは大地を統べて世界を支えていたが、人々の心が荒廃し闇を作り、そこから生まれた魔物が世界を乱し壊れていった。そのせいでアトラスも傷つき、やがてその命を終えようとしていた。
そこでアトラスは最後の力で太陽神ラルヴァを産み落とし、世界を救う使命を与え、やがてその身は大地を支えたまま石となった――というのが、アトラスの神話の内容だ。
「そのアトラスの名が付いた杭ということは、まさか聖剣のようにアトラスが与えたもうた物ですか?」
「まさか。単に名前として付いてるだけですよ」
枢機卿長にフッと失笑された。なんだか恥ずかしくなってしまい、質問を続ける。
「では、どういった代物なのですか? これが今回我々を呼び出した理由とどういう関係が?」
「大いにありますよ。このアトラスの杭を、回収して欲しいということなのですから」
回収、という言葉に皆で怪訝な顔を浮かべる。
「回収……とはどういうことです? そもそも、これはいったいどのような物品なのか説明をお願いしたいのですが」
「当然、説明いたしますよ。そうですね。この道具は――平たく言うと、失われた技術で作られた古代の魔道具です」
古代の魔道具、という言葉にラヴォワがピクっと反応した。やはり魔術師とは研究者の側面があるから、この手の話は興味深いのだろうか。
「アトラスの杭は五百年前――そう、初代国王様が魔王を討伐する以前、強大な魔物を封印、あるいは討伐するために用いられた道具です。
その名の通り杭として魔物に打ち込み、魔力を阻害させ魔物を弱体化させる役割があります。そうやって、動きを封じたところでトドメを刺すか封印するか。それが主だった使用法ですね」
「……随分便利な道具ですね。それがどうして、今は失われてしまったのですか?」
「ああ。それは単純な話で初代国王様――いや、初代勇者様の方が適切ですかね? まあそのお方が、魔王を討伐したため魔物の脅威が減り、アトラスの杭を使う必要が無くなったからです。この杭は一回限りしか使えなかったそうですしね。
それと――この杭は製造がかなり大変らしく、当時でも作るのは非常に困難だったのがあります。この資料にも書かれていますが……」
そう言って、広げられた紙の一部分を指差した。
「この杭、三メートル以上はあるんですよ」
絵で描かれている情報からは信じられない大きさに、みんな仰天してしまう。
「すげえデカい杭だなおい。こんなもん刺したら普通の魔物はすぐ死んじまうんじゃないのか?」
「その通り。ですので当然、アトラスの杭が使用されるのはこれ以上の大きさの、そして恐ろしいほど強い魔物だけです」
その言い様にレッドは違和感を覚えた。大きく、そして恐ろしいほど強い魔物。
今のレッドに、思い浮かべられるのは一匹だけだった。
「たとえば――ベヒモスとかですか?」
などとレッドが聞いてみると、三人も戦慄したらしい。対して枢機卿長はニヤリと笑うと、
「理解が早くて助かりますな。その通りです。このアトラスの杭は五百年前、ベヒモス封印の際にも使用されました」
そして今、そのベヒモスが復活しようとしている。
ならば、五百年も経ってこんな古い遺物の話を持ち込んできた理由は一つだろう。
「なるほど、そのアトラスの杭を、ベヒモス討伐作戦に使用したいので回収しろ――ということですね?」
「ご明察です、勇者様」
またニコリと笑いかけてきた。こいつの笑顔ほど胡散臭いものは無いと思う。
「んん……? ちょっ、ちょっと待ってくれ。今無いんだろその杭? どうやって探せって言うんだ?」
そう、またロイが当たり前の疑問を尋ねてくる。この男はアホだが、こういう時はなんだかんだ有り難く感じてしまう。話が進みやすいのだ。
「ええ。現在では製造は不可能です。ですが、アトラスの杭そのものが失われたわけではない、という意味です」
「……まだ、ある?」
ラヴォワの疑問に、枢機卿長は「はい」と答えた。
「伝承では、未使用のアトラスの杭が、いつか再び魔物の脅威が迫った時のために、このアトール王国のどこかに封印されたとあります。我々教会は長年その杭を探していました。しかし、肝心の杭の場所を記した地図が失われてしまっており、手がかり無しで結局見つけられませんでした。――今までは、ね」
そこで枢機卿長は指をピンと鳴らすと、それに応じて先ほどの女性神官が再び机に紙を広げる。
次に描かれていたのは、地図だった。王都ティマイオからそれほど離れてもいない、山間部。四人共立ち上がり、その地図を注視する。
「つい先だって、ここの鉱山にアトラスの杭が埋められていたのが発見されました。まあ、実際は発見したというより、たまたま鉱山夫たちが穴を掘っていたら見つけ出しただけですがね。しかしながら、その鉱山夫たちの証言からすると、アトラスの杭であることは間違い無いかと」
つまり偶然の発見であるということだが、ベヒモス討伐を目前に控えたこの時期にこれは幸運としか言えなかった。かつてベヒモスを封印した魔道具があれば心強い。
だからこそ、話の奇妙さを口出さないわけにはいかなかった。
「……証言? そこまでアトラスの杭の場所が分かってるなら、どうして回収しないの……」
ラヴォワの言う通り、これはおかしな話だ。大事なものであればとっとと回収すればいいのに、わざわざ勇者たちまで呼び出して回収させるなど面倒なことのはずだ。
だがその質問に対し、枢機卿長は困ったような顔をして頭をすると、
「そこが厄介なことになりましてね、その鉱山夫たちは山を掘っている最中に偶然杭を見つけ出したのですが、同時に別のものも掘りだしてしまったんですよ」
「何よ、別のものって」
「魔物ですよ。しかも上級のね」
その言葉にロイも、マータも、ラヴォワも息を呑んだ。枢機卿長ははそのまま続ける。
「発見した鉱山夫たちも襲われて鉱山は壊滅状態。命からがら逃げ出した者たちから情報を聞きつけて派遣された討伐部隊も、返り討ちに遭いました。
ベヒモス討伐が目前に迫っている現状、これ以上の犠牲は出せません。ですので、皆様にお越しいただいた、ということです。お分かりになりますか?」
まあ、そこまで聞けば事情は理解できる。こちらが必要とされる理由も、行かねばならない意味も。説明された皆がそれを飲み込んだ。
一人を除いては、だが。
「まぁた厄介な仕事ねホント。でも、それを言ったら私たちの旅で大変じゃない相手なんていなかったと思うけど……レッド?」
と、マータはそこで、
レッドの様子がおかしいことに気付いた。
「レッド……?」
ラヴォワも不安そうに顔を覗き込んでくる。無理もない。
何しろレッドは、瞳孔を開かせ、呼吸は荒く絶え絶えで、机の上に水たまりが出来るほどの大量の汗をかいてしまっているのだ。
「おい、お前どうし……」
不審に思ったロイが声をかけようと肩に手をかけると、
バタンと、レッドはその力に押されるように床へ倒れてしまった。
「レッド!?」
慌てたラヴォワが、床へ伏せたレッドを抱き起こしに来る。
「レッド、大丈夫!?」
「――大丈夫だ」
レッド本人はそう言って立ち上がるが、傍目からは全然大丈夫そうに見えない。
全身は小刻みに震え、歯をカチカチ鳴らす音まで聞こえてくるのだ。
「ちょっとレッド、あんたホントに変よ? いったい……」
「――マータ、アレンの奴はどこにいる?」
突然の質問に、マータも意味が分からず困惑する。
「え? ええと……今の時間だったら部屋に戻ってるかまだ練習中じゃないの?」
「なら今から言って連れ戻してくる。アレンの謹慎は解除、今回の討伐に同行させる」
「はい?」
突然そんなことを言い出し、誰の許可も得ず部屋の外へ出ようとしてしている。困惑がその場の全員に広がった。
「それと、討伐は明後日にさせてください。明日は準備と体を休ませるのに使いたいので。別に今すぐ討伐に行かなきゃいけないって訳じゃないでしょ?」
「え? いえ、鉱山からの避難は完了していますし、確かに急ぐ必要はありませんが――」
枢機卿長の方もいきなり予定を決めてしまったことに戸惑いを隠せないようだ。急に様子がおかしくなったかと思えば勝手なことを言い出して、訳が分からないらしい。
「ちょっと、あんたアレンを今戻すのはマズいって昨日言ってたばかりじゃないの。近衛騎士団のあいつがどうとか……」
「んなもん知るかぁ!!」
突如怒号を上げ、部屋の壁を乱暴に叩いた。その場にいた皆がビクッと体を震わせる。
そんなことには構わず、ドアを開けて部屋を出ようとした――ところで、不意に止まって枢機卿長の方に顔を向ける。
「ああ、一つ聞き忘れてましたね」
真っ青になった顔で、レッドはこう問いかけた。
「その魔物、名前なんて言うんです?」
聞きたくない、知りたくない。そんな内心を押さえつけて、恐怖に震えながらの問いに、枢機卿長は異様な態度に疑問を抱きつつも答えた。
「え? ――ミノタウロス、ですけど」
ドクン、とただでさえ早鐘のように鳴っていた鼓動がより激しく振動した。
そのままふらついた足で、ゆっくりとその場を去っていく。アレンを連れていくというより、その場にいられなくて逃げただけだった。
――なんで……なんで……!
レッドは、同じ言葉を頭の中で何度も何度も繰り返していた。
地図を、あの鉱山の場所を見せられた見せられた時から、嫌な予感はしていた。
レッドにとって忘れられない、忘れられるはずもない場所だったからだ。
――くそっ。
ズキリと、右肩に痛みを感じた。
そっとその部分をさするが、別に何の怪我も負ってないし何の跡もない。無くて当然なのだ。
その部分は、今回は何の怪我もしていないのだから。
――どうして、どうしてだ……!
思い返すのは、三メートルはあるかという巨人の姿。
ただの巨人ではない。そこらの鎧よりはるかに強靭な皮膚と毛に覆われ、頭頂部には特徴的な二本の角を生やしていた。
その巨人に、袈裟懸けに斬られ危うく命を落としかけた記憶が、無いはずの傷となって痛みを出しているのだろう。
「何故……またあいつが出てくるんだよ……!」
そう呻いた。
ミノタウロス。
忘れない。忘れられようもない。その名は、
前回の勇者パーティを、全滅させた魔物なのだ。
通された部屋に入り、開口一番そんなことを言われ、レッドは「うげっ」と嫌な声を思わず出しかけた。
その場にいたのはラルヴァ教の神官たち、そして彼らを率いたゲイリー・ライトニング枢機卿長だったのだ。先に部屋で着席して待っており、レッドたち勇者パーティ(アレンは不在だが)が入ると笑顔で立ち上がり歓待した。
「枢機卿長様が、どうしてこのようなところに? もしかして、ベヒモスに関しての事柄ですか?」
レッドは何とか平静を装い、枢機卿長にそう尋ねた。
「いえ、今日はベヒモスのことではありません。まあ無関係ではないのですが――と、それはともかく」
そう言うと、枢機卿長は再び座り直し、こちらに笑顔を向けて、
「とりあえず、立ち話も何ですし座りましょうか。お茶も用意させましたし」
などと着席するように促した。レッドたちがそれに従い座ると、丁度良く紅茶が運ばれてくる。この前の会合の時とは違う茶葉らしく、色も少し薄くて香りも弱く感じた。
枢機卿長は前回と同じくまずは紅茶の香りを楽しみ、続いて味を堪能――するかと思いきや、香りを嗅いだところで「あれ?」と険しい顔をする。
「おかしいですね。レムリー帝国のこの茶畑は気に入っていたのですが、今年は出来があまり良くないようです。そういえば向こうは例年より気温が低かったと聞いてますし、それが影響しましたかね。紅茶というのも難しいですねえ――おっと」
また語り出したことに、こちらが面倒そうな顔をしているのに気付いたのか、カップを戻し笑いかける。
「失礼しました。どうも紅茶になると気が逸れてしまうところがありまして。勿論、皆さまをわざわざお呼びしたのは理由がございます」
「……どのような、ですか?」
レッドは尋ねてみる。この男が何の目的も無しに来るなんてあり得ないから、悪い企てでもしているのかと思った。
「アリアちゃん、あれを」
そう言って、傍にいる眼鏡をかけた赤髪の女性神官に指示すると、「はい」と応じた彼女は勇者たちの前に一枚の紙を広げた。
「これは――?」
前回も似たようなことがあったが、あの時とは違い、地図ではなく全然別の物が描かれていた。
描かれていたのは、一本の筒のようなものだった。
いや、筒というのも少し違う。絵から判断するに白の表面に古代文字がびっしりと書かれているようだが、下の部分が尖っている。
筒というよりは、杭のように見えた。
「『アトラスの杭』ですよ」
枢機卿長は、レッドたちにそう答えた。
「アトラスの――杭?」
「ラヴォワ、聞いた事あるか?」
「いや……でもアトラスって確か……」
ラヴォワはアトラスの杭自体は知らないようだが、アトラスという単語は心当たりがあるらしい。レッドも、昔どこかで聞いた事があった。
「ええ。太陽神ラルヴァがこの世界の闇を晴らす前、大地を支えていたという古い神です。神話でその名は聞いた事があるのでは?」
そこで思い出した。授業でも習った、古代の神話だ。
かつて魔物が跋扈する時代、世界は闇に覆われていた。
その闇を払い世界を救ったのが、太陽神ラルヴァとその神に選ばれ聖剣を与えられた勇者というが――その太陽神ラルヴァの父が、大地の神アトラスだ。
大地の神アトラスは大地を統べて世界を支えていたが、人々の心が荒廃し闇を作り、そこから生まれた魔物が世界を乱し壊れていった。そのせいでアトラスも傷つき、やがてその命を終えようとしていた。
そこでアトラスは最後の力で太陽神ラルヴァを産み落とし、世界を救う使命を与え、やがてその身は大地を支えたまま石となった――というのが、アトラスの神話の内容だ。
「そのアトラスの名が付いた杭ということは、まさか聖剣のようにアトラスが与えたもうた物ですか?」
「まさか。単に名前として付いてるだけですよ」
枢機卿長にフッと失笑された。なんだか恥ずかしくなってしまい、質問を続ける。
「では、どういった代物なのですか? これが今回我々を呼び出した理由とどういう関係が?」
「大いにありますよ。このアトラスの杭を、回収して欲しいということなのですから」
回収、という言葉に皆で怪訝な顔を浮かべる。
「回収……とはどういうことです? そもそも、これはいったいどのような物品なのか説明をお願いしたいのですが」
「当然、説明いたしますよ。そうですね。この道具は――平たく言うと、失われた技術で作られた古代の魔道具です」
古代の魔道具、という言葉にラヴォワがピクっと反応した。やはり魔術師とは研究者の側面があるから、この手の話は興味深いのだろうか。
「アトラスの杭は五百年前――そう、初代国王様が魔王を討伐する以前、強大な魔物を封印、あるいは討伐するために用いられた道具です。
その名の通り杭として魔物に打ち込み、魔力を阻害させ魔物を弱体化させる役割があります。そうやって、動きを封じたところでトドメを刺すか封印するか。それが主だった使用法ですね」
「……随分便利な道具ですね。それがどうして、今は失われてしまったのですか?」
「ああ。それは単純な話で初代国王様――いや、初代勇者様の方が適切ですかね? まあそのお方が、魔王を討伐したため魔物の脅威が減り、アトラスの杭を使う必要が無くなったからです。この杭は一回限りしか使えなかったそうですしね。
それと――この杭は製造がかなり大変らしく、当時でも作るのは非常に困難だったのがあります。この資料にも書かれていますが……」
そう言って、広げられた紙の一部分を指差した。
「この杭、三メートル以上はあるんですよ」
絵で描かれている情報からは信じられない大きさに、みんな仰天してしまう。
「すげえデカい杭だなおい。こんなもん刺したら普通の魔物はすぐ死んじまうんじゃないのか?」
「その通り。ですので当然、アトラスの杭が使用されるのはこれ以上の大きさの、そして恐ろしいほど強い魔物だけです」
その言い様にレッドは違和感を覚えた。大きく、そして恐ろしいほど強い魔物。
今のレッドに、思い浮かべられるのは一匹だけだった。
「たとえば――ベヒモスとかですか?」
などとレッドが聞いてみると、三人も戦慄したらしい。対して枢機卿長はニヤリと笑うと、
「理解が早くて助かりますな。その通りです。このアトラスの杭は五百年前、ベヒモス封印の際にも使用されました」
そして今、そのベヒモスが復活しようとしている。
ならば、五百年も経ってこんな古い遺物の話を持ち込んできた理由は一つだろう。
「なるほど、そのアトラスの杭を、ベヒモス討伐作戦に使用したいので回収しろ――ということですね?」
「ご明察です、勇者様」
またニコリと笑いかけてきた。こいつの笑顔ほど胡散臭いものは無いと思う。
「んん……? ちょっ、ちょっと待ってくれ。今無いんだろその杭? どうやって探せって言うんだ?」
そう、またロイが当たり前の疑問を尋ねてくる。この男はアホだが、こういう時はなんだかんだ有り難く感じてしまう。話が進みやすいのだ。
「ええ。現在では製造は不可能です。ですが、アトラスの杭そのものが失われたわけではない、という意味です」
「……まだ、ある?」
ラヴォワの疑問に、枢機卿長は「はい」と答えた。
「伝承では、未使用のアトラスの杭が、いつか再び魔物の脅威が迫った時のために、このアトール王国のどこかに封印されたとあります。我々教会は長年その杭を探していました。しかし、肝心の杭の場所を記した地図が失われてしまっており、手がかり無しで結局見つけられませんでした。――今までは、ね」
そこで枢機卿長は指をピンと鳴らすと、それに応じて先ほどの女性神官が再び机に紙を広げる。
次に描かれていたのは、地図だった。王都ティマイオからそれほど離れてもいない、山間部。四人共立ち上がり、その地図を注視する。
「つい先だって、ここの鉱山にアトラスの杭が埋められていたのが発見されました。まあ、実際は発見したというより、たまたま鉱山夫たちが穴を掘っていたら見つけ出しただけですがね。しかしながら、その鉱山夫たちの証言からすると、アトラスの杭であることは間違い無いかと」
つまり偶然の発見であるということだが、ベヒモス討伐を目前に控えたこの時期にこれは幸運としか言えなかった。かつてベヒモスを封印した魔道具があれば心強い。
だからこそ、話の奇妙さを口出さないわけにはいかなかった。
「……証言? そこまでアトラスの杭の場所が分かってるなら、どうして回収しないの……」
ラヴォワの言う通り、これはおかしな話だ。大事なものであればとっとと回収すればいいのに、わざわざ勇者たちまで呼び出して回収させるなど面倒なことのはずだ。
だがその質問に対し、枢機卿長は困ったような顔をして頭をすると、
「そこが厄介なことになりましてね、その鉱山夫たちは山を掘っている最中に偶然杭を見つけ出したのですが、同時に別のものも掘りだしてしまったんですよ」
「何よ、別のものって」
「魔物ですよ。しかも上級のね」
その言葉にロイも、マータも、ラヴォワも息を呑んだ。枢機卿長ははそのまま続ける。
「発見した鉱山夫たちも襲われて鉱山は壊滅状態。命からがら逃げ出した者たちから情報を聞きつけて派遣された討伐部隊も、返り討ちに遭いました。
ベヒモス討伐が目前に迫っている現状、これ以上の犠牲は出せません。ですので、皆様にお越しいただいた、ということです。お分かりになりますか?」
まあ、そこまで聞けば事情は理解できる。こちらが必要とされる理由も、行かねばならない意味も。説明された皆がそれを飲み込んだ。
一人を除いては、だが。
「まぁた厄介な仕事ねホント。でも、それを言ったら私たちの旅で大変じゃない相手なんていなかったと思うけど……レッド?」
と、マータはそこで、
レッドの様子がおかしいことに気付いた。
「レッド……?」
ラヴォワも不安そうに顔を覗き込んでくる。無理もない。
何しろレッドは、瞳孔を開かせ、呼吸は荒く絶え絶えで、机の上に水たまりが出来るほどの大量の汗をかいてしまっているのだ。
「おい、お前どうし……」
不審に思ったロイが声をかけようと肩に手をかけると、
バタンと、レッドはその力に押されるように床へ倒れてしまった。
「レッド!?」
慌てたラヴォワが、床へ伏せたレッドを抱き起こしに来る。
「レッド、大丈夫!?」
「――大丈夫だ」
レッド本人はそう言って立ち上がるが、傍目からは全然大丈夫そうに見えない。
全身は小刻みに震え、歯をカチカチ鳴らす音まで聞こえてくるのだ。
「ちょっとレッド、あんたホントに変よ? いったい……」
「――マータ、アレンの奴はどこにいる?」
突然の質問に、マータも意味が分からず困惑する。
「え? ええと……今の時間だったら部屋に戻ってるかまだ練習中じゃないの?」
「なら今から言って連れ戻してくる。アレンの謹慎は解除、今回の討伐に同行させる」
「はい?」
突然そんなことを言い出し、誰の許可も得ず部屋の外へ出ようとしてしている。困惑がその場の全員に広がった。
「それと、討伐は明後日にさせてください。明日は準備と体を休ませるのに使いたいので。別に今すぐ討伐に行かなきゃいけないって訳じゃないでしょ?」
「え? いえ、鉱山からの避難は完了していますし、確かに急ぐ必要はありませんが――」
枢機卿長の方もいきなり予定を決めてしまったことに戸惑いを隠せないようだ。急に様子がおかしくなったかと思えば勝手なことを言い出して、訳が分からないらしい。
「ちょっと、あんたアレンを今戻すのはマズいって昨日言ってたばかりじゃないの。近衛騎士団のあいつがどうとか……」
「んなもん知るかぁ!!」
突如怒号を上げ、部屋の壁を乱暴に叩いた。その場にいた皆がビクッと体を震わせる。
そんなことには構わず、ドアを開けて部屋を出ようとした――ところで、不意に止まって枢機卿長の方に顔を向ける。
「ああ、一つ聞き忘れてましたね」
真っ青になった顔で、レッドはこう問いかけた。
「その魔物、名前なんて言うんです?」
聞きたくない、知りたくない。そんな内心を押さえつけて、恐怖に震えながらの問いに、枢機卿長は異様な態度に疑問を抱きつつも答えた。
「え? ――ミノタウロス、ですけど」
ドクン、とただでさえ早鐘のように鳴っていた鼓動がより激しく振動した。
そのままふらついた足で、ゆっくりとその場を去っていく。アレンを連れていくというより、その場にいられなくて逃げただけだった。
――なんで……なんで……!
レッドは、同じ言葉を頭の中で何度も何度も繰り返していた。
地図を、あの鉱山の場所を見せられた見せられた時から、嫌な予感はしていた。
レッドにとって忘れられない、忘れられるはずもない場所だったからだ。
――くそっ。
ズキリと、右肩に痛みを感じた。
そっとその部分をさするが、別に何の怪我も負ってないし何の跡もない。無くて当然なのだ。
その部分は、今回は何の怪我もしていないのだから。
――どうして、どうしてだ……!
思い返すのは、三メートルはあるかという巨人の姿。
ただの巨人ではない。そこらの鎧よりはるかに強靭な皮膚と毛に覆われ、頭頂部には特徴的な二本の角を生やしていた。
その巨人に、袈裟懸けに斬られ危うく命を落としかけた記憶が、無いはずの傷となって痛みを出しているのだろう。
「何故……またあいつが出てくるんだよ……!」
そう呻いた。
ミノタウロス。
忘れない。忘れられようもない。その名は、
前回の勇者パーティを、全滅させた魔物なのだ。
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