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転生勇者と魔剣編
第三十七話 古傷(1)
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「貴様、そんな一人で訓練して何が楽しいんだ?」
確か、学園に入学して少し経った頃、最初スケイプに出会った時に、開口一番そんなことを言われた。
「……?」
初め、学園に併設されている運動場で一人素振りをしていたレッドは、返事もせず何事か分からずキョトンとしてしまった。
何しろ、こんな運動場の外れで、何人もの取り巻きを連れた男に、初対面でそんなふてぶてしい態度を取られる覚えなど無かったからだ。
だから、ついこう尋ねてしまった。
「あの……すみませんが前にお会いした方でしょうか……」
すると、「な……っ!」と怒りと羞恥心で顔を赤くしてしまった。
はて、やはりどこかで会ったことがあるのかと思い出そうとしていたら、取り巻きの一人である男が前に出てきた。
「この無礼者! この方がどなたか分からないのか!」
分からないから困っているのだが、どうもやはり普通の貴族ではないらしい。貴族しか通えないこの学園だが、もしかしたら自分と同じ公爵家辺りかもしれない。
「この方は、偉大なるアトール王国の初代国王様の血を受け継いだ、スケイプ・G・クリティアス第四王子様だぞっ!」
「……!?」
やばい、と思った。慌てて膝をついて敬意を示す。
「し、失礼しました!」
ほとんど社交界などに出ないレッドでも、この手の礼節くらいは習っている。王族に対して無礼な態度を取ると命が危うい、ということも。
しかし完全にやらかしてしまった。レッドはパーティの類が嫌いで最近ロクに顔を出していなかったが、それでも公爵家として王族と謁見したことくらいはある。そういえば、その時にこの顔を見たことがあった。あの程度で覚えていろと言うのも難しいと内心愚痴りたかったがそれどころではない。
最悪殺されるかもな……と頭を下げつつ考えていたが、意外なことにスケイプは「……まあいい」と無礼を咎めることなく簡単に許してしまった。
え? と驚いて顔を見上げると、スケイプは特に気にもしてない様子で小馬鹿にしたように口元を歪ませていた。
「別にそれぐらいで腹を立てたりなどしない。私の顔も知れないような、弱小貴族だってこの学園にはいるだろう。王の血統たるもの、寛大な心を持たなくてはな」
「あ、ありがとうございます!」
などとお礼を言い、周囲の取り巻きたちがスケイプを褒め称えていたので、自分が公爵家の息子とは言わない方がいいと思いそのままにした。
***
それから一年か二年経った時だろうか。
その当時レッドは剣術クラブに行っていなかった。正確には籍を残していたものの、ほとんど通ってはいなかった。
というのも、レッドとしては夜眠れるようにとの理由で運動がしたいだけなので、別に運動系に限らずクラブならなんでも良かったのである。だから他の武術クラブや馬術クラブ、あと魔術に関する研究を主とする魔術研究クラブなど様々なところに顔を出していた。
が、実を言うと基本的にどこへ行っても厄介者扱いされるので、嫌になって出てしまうというのを繰り返しているのが本当のところだった。
気持ちは理解出来なくはない。レッドは王国でも屈指の名門貴族カーティス家の人間だ。下手に機嫌を損ねられたり何か不始末をしてしまえば、自分に処罰が下るかもしれない。なるべく関わりたくないのだろう。
この前も魔術研究クラブの実験を手伝っていたら、魔術が暴発して危うく怪我をさせかけたことで顧問の教師が解任になったことがある。平たく言ってしまえば、周囲から死に神扱いなのだ。
それは勿論分かっていたが、だからと言ってクラブ通いを辞める気はなかった。こちらも自分の睡眠不足と戦っているのだ。部屋で勉強するだけではいつもの悪夢を見てしまう。この当時のレッドは悪夢を見ないことを他の何よりも優先していた。
そして今日も、剣術クラブにがある訓練場へ向かうと、周囲から「また来やがった」と渋い顔をされた。普通なら公爵家子息にこんな態度取るだけで不敬罪に当たりそうなものだが、レッドが何も言わないため結構あからさまになっていた。
まあ別にいいけどと、今日も自主練に励もうとしたところ。
「久しぶりだな。レッド・H・カーティス」
そう声をかけられ、またかと頭が痛くなってきた。
「これはこれは。ご無沙汰しております、第四王子様」
「止めろ。スケイプでいいと言ったろう。貴様に言われると逆に腹が立つ」
そんな苦虫を嚙み潰したような顔で嫌がられる。
あの日はすぐに別れたものの、後日レッドが公爵家の人間だとすぐバレてしまった。発覚した時は、「貴様、何故すぐ言わなかった」と怒られたものだ。
基本的に王族以外の貴族を下に見ているスケイプだが、流石に公爵家ともなれば話は違う。
公爵家の人間は、代々国の重臣として仕えていることも多く、また他の公爵家、あるいは地方の国境付近で国防の要を担っている辺境伯とも繋がりが深い。さらには他国との政治的関係を構築している者も多く、下手に扱えば大変なことになる。
正直言って、最近のカーティス家にそこまで強い権力があるかと言われれば微妙だが、これでも一応建国時から存在する由緒ある名家なためどこにも一目置かれている。王族としても事を構えたくない相手だろう。
そんな公爵家の息子に無礼な態度を取ったと、どうも学園内で悪い噂が立った。実際は別に大した騒ぎなど起こしていないのだが、悪い噂とは無限に尾鰭が付くもの。しまいには王宮まで話が通って怒られたらしい。
その結果で、スケイプはレッドに謝罪せざるを得なくなってしまった。当然レッドはすぐに許したものの、不本意に謝らせられたこの一件のせいで、スケイプからかなりの不評を買う結果となってしまう。
以来、スケイプはレッドを目にするとやたら絡んでくるようになってしまった。レッドとしてはいい迷惑なのだが、何分レッドも第四王子を無下にするのはまずい。よって、ほんの少し挨拶して逃げる機会を窺うのが毎度のことになってしまった。
「お前、最近見なかったがまた別のクラブに通っていたのか? そんなどれもこれもと随分強欲なことだ。そんな風に半端な気持ちで学んだところで、何も得られんと思うがな?」
「――私は、在学中に色々と学びたいだけです」
何度目か分からんこの質問と言うか嫌味に、レッドはいつもこの返答を行っていた。実際は単に眠りたいだけなど言ったところで、理解できるはずが無いだろうからだ。
「ふん、優柔不断な奴め。私はお前とは違う。剣一筋に全てを注いでいる。私はいずれ王国を守る騎士として、その名を大陸全土に轟かせることだろう」
こちらも何度目か分からん宣言に、周囲の取り巻きが褒め称えるのもいつものことだった。正直、疲れてしまう。
スケイプが、騎士になるため剣術に励んでいるのはレッドも当然知っていた。
が、何故剣に力を注ぐのか、その本当の理由も風の噂で聞いていた。
実は、スケイプはレッドたちの入学時に新入生主席になれなかった。
王族、あるいは大貴族の子が学園に入れば主席、それが無くても入学試験の上位に組まれるのが暗黙の了解で、事実レッドもスケイプも上位には入っていたものの、主席にはなれなかった。
というのも、別の公爵家の息子が主席の座を持って行ってしまったからだ。
相手はカーティス家と同じく、建国当初から続く由緒ある家柄のヴィルベルグ家。その家の、天才と称されていたご子息が主席の座を勝ち取った。なにしろ、入学試験はほぼ満点だったという。
実際のところ、プラトーネ王立学園の入学は大貴族の場合入学試験など形だけで、成績如何に問わず入ることが出来る。でなければ、前回のレッドなど絶対入れなかったろう。入学試験上位など、勿論ほとんどでっち上げだ。
が、そのヴィルベルグのご子息は堂々と試験を受け、そして全問正解で合格したという化け物だった。学園側もこのご子息を無視してスケイプを主席にするのは躊躇われたのかもしれない。
しかし、何よりの理由は、スケイプが王族とはいえ、立場の低い王妃様の子であることに違いない。ほとんど王室で孤立している王妃様より、大貴族様に媚びを売った方が学園にとっても益があったと思われる。
当然、プライドの高いスケイプのこと。学園主席になれなかっただけでなく、学園からも馬鹿にされたようなこの扱いに納得するはずわけもなく、学園にも主席の座を奪ったヴィルベルグ家の子息にも憎悪を抱いたのは想像に難くない。
だが、それではこの負けず嫌いが勉学ではなく剣術に没頭しているかと言うと、理由は簡単。
勝てる訳が無いからだ。そのヴィルベルグ家の子息に。
入学以前から貴族の間で「ヴィルベルグ家の子息は生まれながらにしての天才」などという噂が流れていたが、実際蓋を開けてみれば本当の天才、どころか十年に一人か百年に一人くらいの大天才だったのだ。
入学してから半年もかからず必須単位を全て習得。本来は繰り上がり卒業も可能なのだが、学園にある研究施設で魔術関連の研究を行うために居残っているらしい。
そもそも学園で学ぶ程度の知識は入学以前に持ち合わせており、学園へ入ったのは貴族の嗜みとして家に強制的に入れられたか、もしくは学園の施設使い放題の権利と引き換えだとか噂でも判然としていない。
とにかく、そんな相手に勉学で挑んで勝てる訳が無いとスケイプは悟ったのだろう。
だから勉学ではなく武術で学園において一番となり、見返してやろうとしているのだ――と風の噂でレッドは聞いていた。正確には、学園にある図書庫で口さの無い生徒が話していたのを耳にしただけだが。
まあ、別にそこはいいと思っている。目的はどうあれ、努力することと自らを高めようとするのは悪い事ではあるまい。自分のように、ただ眠る為に疲労出来ればなんでもいいという努力を除けばの話だが。
が、このスケイプという男の問題は、最強になることを、学園で一番であることを示そうとやたら他の生徒に挑みたがるのだ。いきなり因縁を付けられて決闘の体で襲われ、大怪我した生徒は結構いる。当然だが、王族の彼に咎めが下ることなどは無かった。
どうも強くなることを、自分以外の生徒をブチのめすことと勘違いしているのではないかと言いたかったが、誰もそんなこと口に出せなかった。
第一、王族の直系に挑まれて本気で戦う者などいるだろうか? 勝ったら何をされるか分からないくらいなら、その場で痛めつけられた方がいいとみんな思って負けてやっていた。一応立場上指導しなければならない教師以外は全員がそうだった。
否、一人だけ例外がいた。
「さあ、剣を持て」
そう言って、取り巻きに訓練用の木剣をレッドに投げつけさせる。
「おっと……!」
つい手で受け止めると、スケイプが同じく木剣を手にして突っ込んできた。
「うわっ!」
思わず相手の木剣を受け止める。木製なので音は金属のように響かないが、衝撃は手に伝わり痺れさせる。
「さあ、このスケイプ様の鍛錬に付き合え、臣下としてなっ!」
「だから、やめてくださいってば……!」
そのまま鍛錬という名で打ち合いをさせられる。いつもこうだった。
レッドはこの訓練場でかち合うと、必ずスケイプに練習相手として戦わされていたのだ。
確か、学園に入学して少し経った頃、最初スケイプに出会った時に、開口一番そんなことを言われた。
「……?」
初め、学園に併設されている運動場で一人素振りをしていたレッドは、返事もせず何事か分からずキョトンとしてしまった。
何しろ、こんな運動場の外れで、何人もの取り巻きを連れた男に、初対面でそんなふてぶてしい態度を取られる覚えなど無かったからだ。
だから、ついこう尋ねてしまった。
「あの……すみませんが前にお会いした方でしょうか……」
すると、「な……っ!」と怒りと羞恥心で顔を赤くしてしまった。
はて、やはりどこかで会ったことがあるのかと思い出そうとしていたら、取り巻きの一人である男が前に出てきた。
「この無礼者! この方がどなたか分からないのか!」
分からないから困っているのだが、どうもやはり普通の貴族ではないらしい。貴族しか通えないこの学園だが、もしかしたら自分と同じ公爵家辺りかもしれない。
「この方は、偉大なるアトール王国の初代国王様の血を受け継いだ、スケイプ・G・クリティアス第四王子様だぞっ!」
「……!?」
やばい、と思った。慌てて膝をついて敬意を示す。
「し、失礼しました!」
ほとんど社交界などに出ないレッドでも、この手の礼節くらいは習っている。王族に対して無礼な態度を取ると命が危うい、ということも。
しかし完全にやらかしてしまった。レッドはパーティの類が嫌いで最近ロクに顔を出していなかったが、それでも公爵家として王族と謁見したことくらいはある。そういえば、その時にこの顔を見たことがあった。あの程度で覚えていろと言うのも難しいと内心愚痴りたかったがそれどころではない。
最悪殺されるかもな……と頭を下げつつ考えていたが、意外なことにスケイプは「……まあいい」と無礼を咎めることなく簡単に許してしまった。
え? と驚いて顔を見上げると、スケイプは特に気にもしてない様子で小馬鹿にしたように口元を歪ませていた。
「別にそれぐらいで腹を立てたりなどしない。私の顔も知れないような、弱小貴族だってこの学園にはいるだろう。王の血統たるもの、寛大な心を持たなくてはな」
「あ、ありがとうございます!」
などとお礼を言い、周囲の取り巻きたちがスケイプを褒め称えていたので、自分が公爵家の息子とは言わない方がいいと思いそのままにした。
***
それから一年か二年経った時だろうか。
その当時レッドは剣術クラブに行っていなかった。正確には籍を残していたものの、ほとんど通ってはいなかった。
というのも、レッドとしては夜眠れるようにとの理由で運動がしたいだけなので、別に運動系に限らずクラブならなんでも良かったのである。だから他の武術クラブや馬術クラブ、あと魔術に関する研究を主とする魔術研究クラブなど様々なところに顔を出していた。
が、実を言うと基本的にどこへ行っても厄介者扱いされるので、嫌になって出てしまうというのを繰り返しているのが本当のところだった。
気持ちは理解出来なくはない。レッドは王国でも屈指の名門貴族カーティス家の人間だ。下手に機嫌を損ねられたり何か不始末をしてしまえば、自分に処罰が下るかもしれない。なるべく関わりたくないのだろう。
この前も魔術研究クラブの実験を手伝っていたら、魔術が暴発して危うく怪我をさせかけたことで顧問の教師が解任になったことがある。平たく言ってしまえば、周囲から死に神扱いなのだ。
それは勿論分かっていたが、だからと言ってクラブ通いを辞める気はなかった。こちらも自分の睡眠不足と戦っているのだ。部屋で勉強するだけではいつもの悪夢を見てしまう。この当時のレッドは悪夢を見ないことを他の何よりも優先していた。
そして今日も、剣術クラブにがある訓練場へ向かうと、周囲から「また来やがった」と渋い顔をされた。普通なら公爵家子息にこんな態度取るだけで不敬罪に当たりそうなものだが、レッドが何も言わないため結構あからさまになっていた。
まあ別にいいけどと、今日も自主練に励もうとしたところ。
「久しぶりだな。レッド・H・カーティス」
そう声をかけられ、またかと頭が痛くなってきた。
「これはこれは。ご無沙汰しております、第四王子様」
「止めろ。スケイプでいいと言ったろう。貴様に言われると逆に腹が立つ」
そんな苦虫を嚙み潰したような顔で嫌がられる。
あの日はすぐに別れたものの、後日レッドが公爵家の人間だとすぐバレてしまった。発覚した時は、「貴様、何故すぐ言わなかった」と怒られたものだ。
基本的に王族以外の貴族を下に見ているスケイプだが、流石に公爵家ともなれば話は違う。
公爵家の人間は、代々国の重臣として仕えていることも多く、また他の公爵家、あるいは地方の国境付近で国防の要を担っている辺境伯とも繋がりが深い。さらには他国との政治的関係を構築している者も多く、下手に扱えば大変なことになる。
正直言って、最近のカーティス家にそこまで強い権力があるかと言われれば微妙だが、これでも一応建国時から存在する由緒ある名家なためどこにも一目置かれている。王族としても事を構えたくない相手だろう。
そんな公爵家の息子に無礼な態度を取ったと、どうも学園内で悪い噂が立った。実際は別に大した騒ぎなど起こしていないのだが、悪い噂とは無限に尾鰭が付くもの。しまいには王宮まで話が通って怒られたらしい。
その結果で、スケイプはレッドに謝罪せざるを得なくなってしまった。当然レッドはすぐに許したものの、不本意に謝らせられたこの一件のせいで、スケイプからかなりの不評を買う結果となってしまう。
以来、スケイプはレッドを目にするとやたら絡んでくるようになってしまった。レッドとしてはいい迷惑なのだが、何分レッドも第四王子を無下にするのはまずい。よって、ほんの少し挨拶して逃げる機会を窺うのが毎度のことになってしまった。
「お前、最近見なかったがまた別のクラブに通っていたのか? そんなどれもこれもと随分強欲なことだ。そんな風に半端な気持ちで学んだところで、何も得られんと思うがな?」
「――私は、在学中に色々と学びたいだけです」
何度目か分からんこの質問と言うか嫌味に、レッドはいつもこの返答を行っていた。実際は単に眠りたいだけなど言ったところで、理解できるはずが無いだろうからだ。
「ふん、優柔不断な奴め。私はお前とは違う。剣一筋に全てを注いでいる。私はいずれ王国を守る騎士として、その名を大陸全土に轟かせることだろう」
こちらも何度目か分からん宣言に、周囲の取り巻きが褒め称えるのもいつものことだった。正直、疲れてしまう。
スケイプが、騎士になるため剣術に励んでいるのはレッドも当然知っていた。
が、何故剣に力を注ぐのか、その本当の理由も風の噂で聞いていた。
実は、スケイプはレッドたちの入学時に新入生主席になれなかった。
王族、あるいは大貴族の子が学園に入れば主席、それが無くても入学試験の上位に組まれるのが暗黙の了解で、事実レッドもスケイプも上位には入っていたものの、主席にはなれなかった。
というのも、別の公爵家の息子が主席の座を持って行ってしまったからだ。
相手はカーティス家と同じく、建国当初から続く由緒ある家柄のヴィルベルグ家。その家の、天才と称されていたご子息が主席の座を勝ち取った。なにしろ、入学試験はほぼ満点だったという。
実際のところ、プラトーネ王立学園の入学は大貴族の場合入学試験など形だけで、成績如何に問わず入ることが出来る。でなければ、前回のレッドなど絶対入れなかったろう。入学試験上位など、勿論ほとんどでっち上げだ。
が、そのヴィルベルグのご子息は堂々と試験を受け、そして全問正解で合格したという化け物だった。学園側もこのご子息を無視してスケイプを主席にするのは躊躇われたのかもしれない。
しかし、何よりの理由は、スケイプが王族とはいえ、立場の低い王妃様の子であることに違いない。ほとんど王室で孤立している王妃様より、大貴族様に媚びを売った方が学園にとっても益があったと思われる。
当然、プライドの高いスケイプのこと。学園主席になれなかっただけでなく、学園からも馬鹿にされたようなこの扱いに納得するはずわけもなく、学園にも主席の座を奪ったヴィルベルグ家の子息にも憎悪を抱いたのは想像に難くない。
だが、それではこの負けず嫌いが勉学ではなく剣術に没頭しているかと言うと、理由は簡単。
勝てる訳が無いからだ。そのヴィルベルグ家の子息に。
入学以前から貴族の間で「ヴィルベルグ家の子息は生まれながらにしての天才」などという噂が流れていたが、実際蓋を開けてみれば本当の天才、どころか十年に一人か百年に一人くらいの大天才だったのだ。
入学してから半年もかからず必須単位を全て習得。本来は繰り上がり卒業も可能なのだが、学園にある研究施設で魔術関連の研究を行うために居残っているらしい。
そもそも学園で学ぶ程度の知識は入学以前に持ち合わせており、学園へ入ったのは貴族の嗜みとして家に強制的に入れられたか、もしくは学園の施設使い放題の権利と引き換えだとか噂でも判然としていない。
とにかく、そんな相手に勉学で挑んで勝てる訳が無いとスケイプは悟ったのだろう。
だから勉学ではなく武術で学園において一番となり、見返してやろうとしているのだ――と風の噂でレッドは聞いていた。正確には、学園にある図書庫で口さの無い生徒が話していたのを耳にしただけだが。
まあ、別にそこはいいと思っている。目的はどうあれ、努力することと自らを高めようとするのは悪い事ではあるまい。自分のように、ただ眠る為に疲労出来ればなんでもいいという努力を除けばの話だが。
が、このスケイプという男の問題は、最強になることを、学園で一番であることを示そうとやたら他の生徒に挑みたがるのだ。いきなり因縁を付けられて決闘の体で襲われ、大怪我した生徒は結構いる。当然だが、王族の彼に咎めが下ることなどは無かった。
どうも強くなることを、自分以外の生徒をブチのめすことと勘違いしているのではないかと言いたかったが、誰もそんなこと口に出せなかった。
第一、王族の直系に挑まれて本気で戦う者などいるだろうか? 勝ったら何をされるか分からないくらいなら、その場で痛めつけられた方がいいとみんな思って負けてやっていた。一応立場上指導しなければならない教師以外は全員がそうだった。
否、一人だけ例外がいた。
「さあ、剣を持て」
そう言って、取り巻きに訓練用の木剣をレッドに投げつけさせる。
「おっと……!」
つい手で受け止めると、スケイプが同じく木剣を手にして突っ込んできた。
「うわっ!」
思わず相手の木剣を受け止める。木製なので音は金属のように響かないが、衝撃は手に伝わり痺れさせる。
「さあ、このスケイプ様の鍛錬に付き合え、臣下としてなっ!」
「だから、やめてくださいってば……!」
そのまま鍛錬という名で打ち合いをさせられる。いつもこうだった。
レッドはこの訓練場でかち合うと、必ずスケイプに練習相手として戦わされていたのだ。
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