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転生勇者と魔剣編
第三十六話 暗雲立ち込めり(6)
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レッドは、どう言おうか少し悩んでしまった。
だがはっきり言うべきと思い、そんな夢を見るような目で明後日の方向に意識が行ってしまっているアレンに、苦言を呈すことにした。
「アレン……その話、他の奴にしたか?」
「え? いえ、別に誰にも話してはいませんが」
「なら絶対言うな。あと、こうして軽々しく喋るものな」
そう言うと、アレンは驚愕して目を見開いた。
「ど、どうしてですか。別に悪いことを考えているわけじゃないのに……」
「悪いことを考えているように聞こえるんだよ。そう勘繰る奴がいるってこと」
アレンは意味が分からないらしく首をひねってしまう。その姿に苛立ちすら感じてしまいつつも、「あのな」と話を続ける。
「第三王女様は王族だぞ? そんな王女様が世界を変えたいだの世の中をどうこうしたいなんて考え抱いているなんて、聞く人によっては政治的野心があると思われるぞ。ましてや第三王女様は王室内では疎まれている輩だ。その立場が気に入らず、王位の簒奪を目論んでいると察されるかもな」
「そんな……ベル様はそんなこと考えてませんよ!」
「本人が考えてなくても、そんな下衆の勘繰りする奴はいるってことだ。王族ってのは言動一つ一つに気使わなきゃダメなんだよ。変な誤解を受けたり、相手を陥れようなんて企む奴に利用されたりしないようにな」
「そんな……ベル様がそんな誤解を受けるだなんて……」
レッドの発言にショックを受けているアレンだったが、誤解でも何でもないだろ、と言うのは躊躇われた。
正直、これでもだいぶ気遣って言葉を選んだつもりだった。
もっとはっきりと、お前らの思想は国家に対する反逆も同然だと言うべきかとも思ったが、自覚が無いアレンに言っても無駄だろうから、こんな話し方をするしかなかった。
それと、もう第三王女に会うのは止めた方がいいとも言いたかったが、それも控えることにする。どうせ、反発を喰らうだけだと思ったからだ。
第三王女は、かなり危険だった。
自覚が無いだけ、恐ろしい。下手すれば反逆罪で首を切られてもおかしくない思想を軽々しく語るなんてどうかしている。いや、そんな恐ろしい考えではないと思っているから軽々しく語ったのだろうが、レッドからすれば自殺も同然だ。
――子供なんだろうなあ。
あの日、王妃に厳しく叱られていたことを思い出す。彼女は人々のためと献身に励んでいたのだろうが、あの程度の施しで救える者などおるまい。自己満足に過ぎないと言われて当然だ。
結局、世の中の事も知らない子供のまま、ただ表面上の救いを行い助けたつもりでいるだけ。彼女はそれも分からぬまま、壮大な理想と言う名の妄想に浸っている子供でしかないのだろう。
一人で夢見るなら構わないが、それに他人を巻き込むのは勘弁してもらいたいところだ。
「――とにかく、第三王女様にも他人に漏らさないよう言っておけ。下手に知れ渡ったら大変なことになるってな」
「あ、はい。いえ、ベル様も誰にも内緒と言っていましたけど……」
「じゃ俺にも言うなよっ! それと、『ベル様』も止めろ。第三王女様をそんな風に呼んだら変に思われるどころか不敬罪扱いだぞ」
「え、でも勇者様はスケイプ様に……」
「あれは別! 状況上仕方ないからあんな態度しただけだ! 王侯貴族に生意気な態度取るとどうなるかわからんぞ、肝に銘じておけ」
「は、はい!」
こちらの命令にアレンが思わず直立で了解する。こちらの言うことを聞くのを確認したところで、もう一つ付け加えることにした。
「それとな、剣の修行も悪いとは言わんが、でもあまり根を詰めるなよ」
「え……」
失望したような悲しそうな顔をしたアレンに、レッドはまたからかうように口元を歪めた。
「なんだ、やっぱり悲劇の姫様を救う聖剣の勇者様の方がカッコいいか?」
「い、いえいえいえ、そんなこと思ってません! それに、聖剣の勇者は勇者様じゃないですか!」
「――まあ、そうだな。それはともかく、剣の訓練受けるのは良いけど明日に残るほど続けるのは控えろと言ってるんだ。いつ出番が来るか分からんからな」
出番、と聞いてアレンが「え?」と驚いた声を出した。まったく想像だにしていなかったらしい。
「出番――ですか? それって、僕をパーティに戻してくれるってこと、ですか? でもまだ一か月経ってませんけど……」
「別にそんな期日を明確に立てた覚えはないさ。こちらの気分次第で一か月が二か月にも、あるいは二週間にも一週間にもなることだってあるだろうさ」
そう言うと、アレンの顔が晴れていくのが見て取れた。一応こちらの使命も忘れてはいないようだ。立ち上がりつつ、そろそろ帰るかとアレンに対して背を向ける。
「ま、とにかくいつでも出れるよう準備だけはしておけ。それをちゃんとするのなら、愛しの姫君を守る騎士ごっこも別に構わないからさ」
「だから、僕は単に強くなりたいだけでそんなつもりは……!」
「ならもう少し腕を磨くんだな。でないと……」
その刹那、レッドは聖剣を一瞬で抜くと、アレンが持つ木剣を振り向きざまに弾いた。
聖剣の腹の部分で叩いたため、木剣は斬れることなくアレンの手をすっぽ抜け、後ろの方に飛んでいった。
「……何も守れんぞ?」
そう、呆気に取られているアレンにまた背を向けると、聖剣を鞘に収めてその場を去っていった。
――今のままじゃ強くなれるとは思えんけど。
などと、レッドは訓練場から王城に戻る帰路で考えていた。
アレンの訓練役として付き合っていた騎士は、かなり若かった。流石にスケイプ程ではないが、恐らく近衛騎士団に入ったばかりの新米だろう。
明らかにアレンの訓練を面倒に思った連中から押し付けられたに違いない。まともに訓練出来るのかすら怪しいと思えてしまう。
別の人物を紹介した方がいいのでは、とも思ったが、そんなことをすれば近衛騎士団に不快な感情を抱かれるのは明白だった。第一、レッド自身にそんな人物に心当たりがなかった。
幼少期に家庭教師を雇っていたこともあるが、剣術の教師は何故かすぐ辞めてしまっていた。記憶が定かだと、十人くらいはいた気がする。あまりに続かないため、学園に入るまでは剣術書を仕入れて独学で覚えていたくらいだ。
その学園でも、剣術を習えていたかと言うと微妙だ。学園にある剣術のクラブに入っていた事もあるが、何しろ大貴族の息子なため、何処に行っても腫物扱い。必然指導も厳しくされるなんてあり得ない。生ぬる過ぎて物足りなくなり、すぐに馬術クラブなど別のクラブに色々入ってしまったくらいだ。
まあ、自分としてはただ疲れ切って眠れるようになれさえすれば何でも良かったというのもあるが……とそこまでレッドが思い出していると、いつの間にか訓練場の外、王城付近まで来ていた。
これからどうするか、と少し悩んでしまう。
実は、自分たちが行かねばならないほどの上級の魔物は居なくなったというのと、流石にこの一週間働きづめだったからと言うことで、数日の間休暇を貰っていた。しかし予定もないし、ちょっと部屋で休むか、と思っていたのだが、
「よう、勇者様」
なとど、後ろから声をかけられた。
「…………」
レッドは休みを楽しもうかと上がっていた気分が、一気に低下するのを感じた。
その声の主を、振り返りもせず見当が付いたからだ。
本音は走って逃げたかったが、逃げても面倒なことになるのが明白だったため、仕方なく声の方を向いた。
「……なんでしょうか?」
目の前にいたのは、予想通り人物だった。
四人ほど取り巻きを連れ、近衛騎士団の鎧を身に着けた男――スケイプ・G・クリティアス副団長だった。
「これはこれは副団長様、ご機嫌麗しゅう御座います。騎士団の仕事、お疲れ様であります」
舐め切った視線で見られているのにムカついたので、わざと恭しく丁重過ぎる挨拶とお辞儀をした。こういうことをすると、この男は余計に機嫌を悪くすると知っての行動である。
案の定、眉間にしわを寄せて怒りに目を血走らせる。こんなにも簡単に激情を露わにして、よく貴族社会で生きれるなと呆れたくなった。
「なんだその態度は。貴様、誰に向かって話していると思って……!」
「勿論で御座います。アトール王国王妃にして正室のカトリア・クリティアス様のご子息であるスケイプ・G・クリティアス第四王子様ですよね? そしてこの度近衛騎士団の副団長にも着任なされたとか。充分存じ上げております」
「な……っ!」と顔を赤らめる。王室で自分たちの立場が低い事、そしてごり押しで副団長になったことを同時に馬鹿にされたので、怒りの度合いがさらに上がった。少しやり過ぎたかとも思ったが、これぐらいしなければ理解できない奴だろうから適切と判断した。
「お前、ふざけたことを……!」
また激昂し、剣に手をかけようとしたので、こちらも聖剣を抜こうかとしたその時、
「……ん? うわっ!」
突然、強い風が吹いたかと思うと、レッドとスケイプたちの間に巨大な影が割り込んだ。
「こいつは……」
その影は、大きさはワイバーンより一回り小さいくらいだろうか。
上半身は鷹の姿をしており、鋭い目と嘴、そして巨大な羽を持つ。
下半身はライオンあたりか、特徴的な四足歩行の体に、両足の部分には力強く尖った爪を有している。
レッドは、この魔物を知っていた。
しかし、知っていたが故に、今自分の目の前にいるのが信じられなかった。
「グリフォン……!?」
思わずそう呟いてしまう。
グリフォンはこの大陸でも、一部地方にしか存在しない珍しい魔物だ。優雅に空を飛ぶ姿は古来より人々に憧れを抱かせ、空の覇者とされたこともある。空の覇者と呼ばれるだけあって、肉体自体はワイバーンより小さいものの、飛行能力はワイバーンより優れているという。
けれども、そんなグリフォンがワイバーンのように移動用、あるいは軍事用として人間に飼われるということは無い。
理由は、グリフォンは恐ろしいほど気性が荒く、手懐けるなど不可能と言われているからだ。かつて幾人もの人が試したそうだが、ただの一人とて成功した者はいないという。
だから、目の前にいるグリフォンにレッドは驚愕せざるを得なかった。
「いい子だ、グリフォン。私の姿を見て駆けつけてきたか。本当にいい子だなお前は――」
なんと、スケイプに首を撫でられるのをそのまま応じているのだ。誇り高き魔物として知られるグリフォンとしてはあり得ない姿だった。
仮にあるとすれば、方法はたった一つしかない。
「お前……グリフォンを使役したのか?」
テイムとは、魔物使いが使う魔物を使役させる方法だった。
テイマーと呼べば聞こえはいいが、要するに専門の魔術式を魔物に埋め込んで、魔力で操っているに過ぎない。魔力による使役なら、グリフォンとて意のままに操るのは難しくないだろう。
だが、テイマーとはなろうとしてなれるものではない。専門の教育と、なにより天性の素質が重要視されるので、テイマーの数は非常に少ない。それに、テイマーとてあらゆる魔物を使役できる訳ではなく、人それぞれ限界というものはある。
そしてグリフォンを使役できるというのは、相当優秀なテイマーと言えるのだ。
などとレッドが驚愕していると、スケイプはその姿に勝ったような笑みを浮かべ、
「驚いたか。私にも優れた才と言うのはあるのだよ、勇者様。こんな剣一本振るしか能がない無能と思ったか? 随分と見くびられたものだ」
そう嘲笑しながらこちらを見下す様を見て、
「――変わったな、お前」
レッドは怒るよりも、悲しい気分になってしまった。
「――なんだと?」
眉をひそめたスケイプに対し、レッドは苦笑しながら、
「昔は、本気で剣の道に邁進して、馬鹿にするようなことはしなかったのにさ」
「――っ!!」
その途端、スケイプは先ほどまでとは比べ物にならないほどの怒りと憎しみを顔に出して、
「だ、誰のせいでこうなったと思っている!!」
そう叫んだ。
――やっぱり、そうかい。
レッドは、かつて最後に見たスケイプの顔を思い出していた。
あの日の、怒りも悲しみも越えて、絶望一色に染まった顔を。
やはり、彼をこんな風に変えてしまったのは自分だったのだと思いながら。
だがはっきり言うべきと思い、そんな夢を見るような目で明後日の方向に意識が行ってしまっているアレンに、苦言を呈すことにした。
「アレン……その話、他の奴にしたか?」
「え? いえ、別に誰にも話してはいませんが」
「なら絶対言うな。あと、こうして軽々しく喋るものな」
そう言うと、アレンは驚愕して目を見開いた。
「ど、どうしてですか。別に悪いことを考えているわけじゃないのに……」
「悪いことを考えているように聞こえるんだよ。そう勘繰る奴がいるってこと」
アレンは意味が分からないらしく首をひねってしまう。その姿に苛立ちすら感じてしまいつつも、「あのな」と話を続ける。
「第三王女様は王族だぞ? そんな王女様が世界を変えたいだの世の中をどうこうしたいなんて考え抱いているなんて、聞く人によっては政治的野心があると思われるぞ。ましてや第三王女様は王室内では疎まれている輩だ。その立場が気に入らず、王位の簒奪を目論んでいると察されるかもな」
「そんな……ベル様はそんなこと考えてませんよ!」
「本人が考えてなくても、そんな下衆の勘繰りする奴はいるってことだ。王族ってのは言動一つ一つに気使わなきゃダメなんだよ。変な誤解を受けたり、相手を陥れようなんて企む奴に利用されたりしないようにな」
「そんな……ベル様がそんな誤解を受けるだなんて……」
レッドの発言にショックを受けているアレンだったが、誤解でも何でもないだろ、と言うのは躊躇われた。
正直、これでもだいぶ気遣って言葉を選んだつもりだった。
もっとはっきりと、お前らの思想は国家に対する反逆も同然だと言うべきかとも思ったが、自覚が無いアレンに言っても無駄だろうから、こんな話し方をするしかなかった。
それと、もう第三王女に会うのは止めた方がいいとも言いたかったが、それも控えることにする。どうせ、反発を喰らうだけだと思ったからだ。
第三王女は、かなり危険だった。
自覚が無いだけ、恐ろしい。下手すれば反逆罪で首を切られてもおかしくない思想を軽々しく語るなんてどうかしている。いや、そんな恐ろしい考えではないと思っているから軽々しく語ったのだろうが、レッドからすれば自殺も同然だ。
――子供なんだろうなあ。
あの日、王妃に厳しく叱られていたことを思い出す。彼女は人々のためと献身に励んでいたのだろうが、あの程度の施しで救える者などおるまい。自己満足に過ぎないと言われて当然だ。
結局、世の中の事も知らない子供のまま、ただ表面上の救いを行い助けたつもりでいるだけ。彼女はそれも分からぬまま、壮大な理想と言う名の妄想に浸っている子供でしかないのだろう。
一人で夢見るなら構わないが、それに他人を巻き込むのは勘弁してもらいたいところだ。
「――とにかく、第三王女様にも他人に漏らさないよう言っておけ。下手に知れ渡ったら大変なことになるってな」
「あ、はい。いえ、ベル様も誰にも内緒と言っていましたけど……」
「じゃ俺にも言うなよっ! それと、『ベル様』も止めろ。第三王女様をそんな風に呼んだら変に思われるどころか不敬罪扱いだぞ」
「え、でも勇者様はスケイプ様に……」
「あれは別! 状況上仕方ないからあんな態度しただけだ! 王侯貴族に生意気な態度取るとどうなるかわからんぞ、肝に銘じておけ」
「は、はい!」
こちらの命令にアレンが思わず直立で了解する。こちらの言うことを聞くのを確認したところで、もう一つ付け加えることにした。
「それとな、剣の修行も悪いとは言わんが、でもあまり根を詰めるなよ」
「え……」
失望したような悲しそうな顔をしたアレンに、レッドはまたからかうように口元を歪めた。
「なんだ、やっぱり悲劇の姫様を救う聖剣の勇者様の方がカッコいいか?」
「い、いえいえいえ、そんなこと思ってません! それに、聖剣の勇者は勇者様じゃないですか!」
「――まあ、そうだな。それはともかく、剣の訓練受けるのは良いけど明日に残るほど続けるのは控えろと言ってるんだ。いつ出番が来るか分からんからな」
出番、と聞いてアレンが「え?」と驚いた声を出した。まったく想像だにしていなかったらしい。
「出番――ですか? それって、僕をパーティに戻してくれるってこと、ですか? でもまだ一か月経ってませんけど……」
「別にそんな期日を明確に立てた覚えはないさ。こちらの気分次第で一か月が二か月にも、あるいは二週間にも一週間にもなることだってあるだろうさ」
そう言うと、アレンの顔が晴れていくのが見て取れた。一応こちらの使命も忘れてはいないようだ。立ち上がりつつ、そろそろ帰るかとアレンに対して背を向ける。
「ま、とにかくいつでも出れるよう準備だけはしておけ。それをちゃんとするのなら、愛しの姫君を守る騎士ごっこも別に構わないからさ」
「だから、僕は単に強くなりたいだけでそんなつもりは……!」
「ならもう少し腕を磨くんだな。でないと……」
その刹那、レッドは聖剣を一瞬で抜くと、アレンが持つ木剣を振り向きざまに弾いた。
聖剣の腹の部分で叩いたため、木剣は斬れることなくアレンの手をすっぽ抜け、後ろの方に飛んでいった。
「……何も守れんぞ?」
そう、呆気に取られているアレンにまた背を向けると、聖剣を鞘に収めてその場を去っていった。
――今のままじゃ強くなれるとは思えんけど。
などと、レッドは訓練場から王城に戻る帰路で考えていた。
アレンの訓練役として付き合っていた騎士は、かなり若かった。流石にスケイプ程ではないが、恐らく近衛騎士団に入ったばかりの新米だろう。
明らかにアレンの訓練を面倒に思った連中から押し付けられたに違いない。まともに訓練出来るのかすら怪しいと思えてしまう。
別の人物を紹介した方がいいのでは、とも思ったが、そんなことをすれば近衛騎士団に不快な感情を抱かれるのは明白だった。第一、レッド自身にそんな人物に心当たりがなかった。
幼少期に家庭教師を雇っていたこともあるが、剣術の教師は何故かすぐ辞めてしまっていた。記憶が定かだと、十人くらいはいた気がする。あまりに続かないため、学園に入るまでは剣術書を仕入れて独学で覚えていたくらいだ。
その学園でも、剣術を習えていたかと言うと微妙だ。学園にある剣術のクラブに入っていた事もあるが、何しろ大貴族の息子なため、何処に行っても腫物扱い。必然指導も厳しくされるなんてあり得ない。生ぬる過ぎて物足りなくなり、すぐに馬術クラブなど別のクラブに色々入ってしまったくらいだ。
まあ、自分としてはただ疲れ切って眠れるようになれさえすれば何でも良かったというのもあるが……とそこまでレッドが思い出していると、いつの間にか訓練場の外、王城付近まで来ていた。
これからどうするか、と少し悩んでしまう。
実は、自分たちが行かねばならないほどの上級の魔物は居なくなったというのと、流石にこの一週間働きづめだったからと言うことで、数日の間休暇を貰っていた。しかし予定もないし、ちょっと部屋で休むか、と思っていたのだが、
「よう、勇者様」
なとど、後ろから声をかけられた。
「…………」
レッドは休みを楽しもうかと上がっていた気分が、一気に低下するのを感じた。
その声の主を、振り返りもせず見当が付いたからだ。
本音は走って逃げたかったが、逃げても面倒なことになるのが明白だったため、仕方なく声の方を向いた。
「……なんでしょうか?」
目の前にいたのは、予想通り人物だった。
四人ほど取り巻きを連れ、近衛騎士団の鎧を身に着けた男――スケイプ・G・クリティアス副団長だった。
「これはこれは副団長様、ご機嫌麗しゅう御座います。騎士団の仕事、お疲れ様であります」
舐め切った視線で見られているのにムカついたので、わざと恭しく丁重過ぎる挨拶とお辞儀をした。こういうことをすると、この男は余計に機嫌を悪くすると知っての行動である。
案の定、眉間にしわを寄せて怒りに目を血走らせる。こんなにも簡単に激情を露わにして、よく貴族社会で生きれるなと呆れたくなった。
「なんだその態度は。貴様、誰に向かって話していると思って……!」
「勿論で御座います。アトール王国王妃にして正室のカトリア・クリティアス様のご子息であるスケイプ・G・クリティアス第四王子様ですよね? そしてこの度近衛騎士団の副団長にも着任なされたとか。充分存じ上げております」
「な……っ!」と顔を赤らめる。王室で自分たちの立場が低い事、そしてごり押しで副団長になったことを同時に馬鹿にされたので、怒りの度合いがさらに上がった。少しやり過ぎたかとも思ったが、これぐらいしなければ理解できない奴だろうから適切と判断した。
「お前、ふざけたことを……!」
また激昂し、剣に手をかけようとしたので、こちらも聖剣を抜こうかとしたその時、
「……ん? うわっ!」
突然、強い風が吹いたかと思うと、レッドとスケイプたちの間に巨大な影が割り込んだ。
「こいつは……」
その影は、大きさはワイバーンより一回り小さいくらいだろうか。
上半身は鷹の姿をしており、鋭い目と嘴、そして巨大な羽を持つ。
下半身はライオンあたりか、特徴的な四足歩行の体に、両足の部分には力強く尖った爪を有している。
レッドは、この魔物を知っていた。
しかし、知っていたが故に、今自分の目の前にいるのが信じられなかった。
「グリフォン……!?」
思わずそう呟いてしまう。
グリフォンはこの大陸でも、一部地方にしか存在しない珍しい魔物だ。優雅に空を飛ぶ姿は古来より人々に憧れを抱かせ、空の覇者とされたこともある。空の覇者と呼ばれるだけあって、肉体自体はワイバーンより小さいものの、飛行能力はワイバーンより優れているという。
けれども、そんなグリフォンがワイバーンのように移動用、あるいは軍事用として人間に飼われるということは無い。
理由は、グリフォンは恐ろしいほど気性が荒く、手懐けるなど不可能と言われているからだ。かつて幾人もの人が試したそうだが、ただの一人とて成功した者はいないという。
だから、目の前にいるグリフォンにレッドは驚愕せざるを得なかった。
「いい子だ、グリフォン。私の姿を見て駆けつけてきたか。本当にいい子だなお前は――」
なんと、スケイプに首を撫でられるのをそのまま応じているのだ。誇り高き魔物として知られるグリフォンとしてはあり得ない姿だった。
仮にあるとすれば、方法はたった一つしかない。
「お前……グリフォンを使役したのか?」
テイムとは、魔物使いが使う魔物を使役させる方法だった。
テイマーと呼べば聞こえはいいが、要するに専門の魔術式を魔物に埋め込んで、魔力で操っているに過ぎない。魔力による使役なら、グリフォンとて意のままに操るのは難しくないだろう。
だが、テイマーとはなろうとしてなれるものではない。専門の教育と、なにより天性の素質が重要視されるので、テイマーの数は非常に少ない。それに、テイマーとてあらゆる魔物を使役できる訳ではなく、人それぞれ限界というものはある。
そしてグリフォンを使役できるというのは、相当優秀なテイマーと言えるのだ。
などとレッドが驚愕していると、スケイプはその姿に勝ったような笑みを浮かべ、
「驚いたか。私にも優れた才と言うのはあるのだよ、勇者様。こんな剣一本振るしか能がない無能と思ったか? 随分と見くびられたものだ」
そう嘲笑しながらこちらを見下す様を見て、
「――変わったな、お前」
レッドは怒るよりも、悲しい気分になってしまった。
「――なんだと?」
眉をひそめたスケイプに対し、レッドは苦笑しながら、
「昔は、本気で剣の道に邁進して、馬鹿にするようなことはしなかったのにさ」
「――っ!!」
その途端、スケイプは先ほどまでとは比べ物にならないほどの怒りと憎しみを顔に出して、
「だ、誰のせいでこうなったと思っている!!」
そう叫んだ。
――やっぱり、そうかい。
レッドは、かつて最後に見たスケイプの顔を思い出していた。
あの日の、怒りも悲しみも越えて、絶望一色に染まった顔を。
やはり、彼をこんな風に変えてしまったのは自分だったのだと思いながら。
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