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転生勇者と魔剣編

第三十五話 暗雲立ち込めり(5)

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 一応、この訓練場のさらに奥、人気の無さそうな場所へアレンを連行した。
 理由は言うまでもなく、かなりまずい話になりかねないからだ。少しでもリスクを避けるために、二人は壁際の日陰へ足を運んだ。

「……で?」

 そこら辺にあった適当な石に座ったレッドは、同じく対面に座らせたアレンにまずそう聞いてきた。

「で……って、なんです? 勇者様」
「決まってるだろ。お前、第三王女様とどういう関係なんだよ」

 そう詰問する。レッドなりに威圧感を出し、嘘も誤魔化しも通じさせないという迫力を見せる。
 アレンはもう観念したらしく、だいぶ言い辛そうにしながらも話し始めた。

「……あの日、城でベヒモスの話を聞かされた後戻るというところで、僕は泣いている声を耳にしました」

 丁度、ロイの奴を追おうと向かった時の事だ。犬族であるアレンの鋭い耳に聞こえたその声が、どうしても気にかかり、ついその元へ訪れてしまったという。

「そこで泣いていたのがベル様だったんです。中庭で一人寂しそうに泣いている姿を見て、僕はどうしても放っておくことが出来ずに声をかけました」

 一瞬、また嫌な目で見られるかも、と不安になったという。アレンからすれば王都に来てから、いや、この旅の中でも人族から散々見られてきた侮蔑の眼差し。しかも彼女は王族である。彼女がスラム街で施しをしていたという話は覚えていたが、どうしてもそんな思いが拭えなかったそうだ。

「でも、ベル様は全然そんなこと無かったんです。あの方は、自分が泣いていたにもかかわらず、亜人の僕に笑いかけてくれたんですよ」

 そしてそこから二人は話し込み始めたという。そこで、アレンはベルがどうして貧困に苦しむ人々を助けているのか尋ねた。

 彼女が答えた理由はただ一つ、『どうしても放っておけなかったから』だという。

 幼い頃から病弱で気が小さく、大国アトール王国を率いる者として認められなかった第三王女。周囲からも上辺だけの敬意は表されているものの、内心では嘲笑われているのは子供の自分でも容易に理解できたとか。

「それに、勇者様ご存知ですか? ベル様とスケイプ様、王妃様の子供だというのに王位継承権が低いんですよ」
「……ああ、それは知ってる」

 スケイプ・G・クリティアスとベル・クリティアス。
 二人は間違いなくこの国の王妃にして正室のカトリア・クリティアスの子であったものの、実は次の王になれる可能性はほぼゼロと言われている。
 というのも、アトール王国において正室の子か否かというのは、王位継承権においてあまり重要な問題ではないからだ。

 一番重要視されるのは、初代国王の血統の証、金髪碧眼であるか否かだ。
 実際そんな法律が定められているわけでは決して無いが、正室だろうが金髪碧眼でない者は事前に跳ねられるものとなっており、大概大貴族の養子になるか女児ならどこかの家に婚姻ということで王城からは居なくなる。レッドのカーティス家も、何代か前の当主が王族の息子だったはずだ。

 そして今、正室の子二人の上に、金髪碧眼の王位継承権を持つ者たちがいる。無論側室の子だが、彼ら彼女らはみな美しい金髪碧眼で、国王としての素質も問題が無いとされていて、大体第一王子か第二王子辺りが次の国王だろうと噂されている。

 その上彼らの立場を難しくしているのは、王妃であるカトリア・クリティアスが金髪碧眼でなく、第一王子と第二王子を生んだ側室が金髪碧眼であるということだ。金髪碧眼でないカトリア・クリティアスが王妃になれたのは、無論貴族間の権力争いの結果なのだが、それに納得して無い者が側室を送り込んだ結果、見事に王妃より先に金髪碧眼の子を産んだわけだ。

 そのため、王妃の立場はかなり危うくなっており、同時にその子供である二人も王室では軽く扱われるものになってしまった。

「だから、スケイプ様……ベル様のお兄様は周囲を見返そうと躍起になって剣に励んでいるそうなんです。でも自分は体も弱いし魔術の才も無いし、何も出来ないと悲しんでいたそうです」

 そんな中、寂しさを紛らわせようと城下へ勝手に行ったという。最初は華やかな通りを眺めて見とれていただけだったが、ふと道に迷い、スラム街に入ってしまった。

 そこで見たのは、明日どころか今日の生きる糧すら無い貧しい人々。ボロ布すらまともに着れない、怪我すらまともに治療してもらえない哀れな人々。

「それに、衝撃を受けたそうです。王室で軽んじされ蔑まれ、辛い日々を送っていたベル様ですが、こんな身近にずっと、自分よりはるかに苦しい生活を強いられている人たちがいることを初めて知ったと。
 自分がどれだけ恵まれて、何も知らずに過ごしてきたかをその日分かったのだそうです」
「……それで、スラム街で無料奉仕を始めたのか?」
「いいえ、あの方がしているのはあくまで手伝いだそうです。スラムの人たちに炊き出ししたり怪我の治療を行っている方々がいて、身分を隠してその人たちの施しを手伝っているのだとか」
「……ふうん」

 王城から滅多に出ない『幻の姫君』に、そんな事情があるとは知らなかった。スケイプ含め王妃たちの話は噂話で耳に入っていたが、彼女に関しては表に出ないこと以外はまるで聞いた事が無い。

 もしかしたら彼女が表舞台に滅多に出ないのは、この事情を隠すためかもしれない、とも思った。身分差別が激しい王国で、王族の血統が貧困層に施しを与えているなど変に思われるに決まっている。先ほどの態度から見ても何度窘めても懲りずに行ってしまうようだから、存在自体隠し通すしかない、と判断されたのだろう。

 ――ん?

 と、そこまで考えて、ふと引っかかるものを感じた。

「ちょっと待て、今までの話からすると、第三王女様はちょくちょく抜け出してるんだよな? どうやってるんだ? 傍付きの従者とか衛兵とかいるだろ」

 思えば当たり前の疑問である。彼女がスラム街へ行くのが気に入らないなら、部屋にでも閉じ込めておけば済む話だ。そこまで行かなくても、王城から抜け出すこと自体容易ではないはず。にもかかわらず、そんな何度も脱走を繰り返されているというのは変だ。

「あ、ベル様はマッピングが使えるそうですよ。それで抜け道を探して出ているそうで」
「マッピング……? 第三王女様は魔術がダメって言ってなかったか?」
「いえ、攻撃魔術の類は一切使えないそうです。あとは回復魔術と防御魔術をちょっと程度だとか。ただ、僕はこの城ではマッピングが上手くいかないのですが、ベル様は別に不自由しないそうです。どうしてでしょうね?」
「…………」

 どうしてなのか、説明するかどうか悩んでしまった。どうも、この城にマッピングを阻害する魔術式が組まれていることを知らないらしい。

 しかしそれでも彼女がマッピング出来るというのは、普通なら考えられない。
 あるとすればただ一つ、彼女の魔力量とマッピング能力の素質がずば抜けているからだ。

 マッピングを阻害する魔術式と言えど、所詮は魔力で魔力を邪魔するというものに過ぎない。だから、その魔術式が阻害できる限界を超えた魔力で行えば、理論上可能ではある。

 が、それはあくまで理論上の話。実際そんなことが出来る魔力というのは、かなり膨大な物のはずだ。簡単に魔力で無効化できる程度の魔術式なら、防衛の役には立たない。
 ならば、第三王女は素質に限れば、恐ろしいほど高位の魔術師になれる才があることになる。

 ――どの口で魔術の才が無いなんて言ってるんだ……

 なんて呆れたくなったが、仕方ないかもとも思った。

 魔術師というのは、攻撃魔術が使えて一人前と認められる風潮がある。これはアトール王国に限らずどこもそうで、アレンのように攻撃魔術がダメで、その他支援魔術が優秀でもなかなか認められないことが多い。

 回復魔術、感知魔術、マッピングのような索敵魔術を専門とする魔術師を俗に白魔術師と呼ぶが、専門職として認められているものの、立場は攻撃魔術の使い手である通常の魔術師と比べるとイマイチ低い。確かに、攻撃魔術を使える者と回復魔術を使える者二人用意するより、どちらも使える者一人の方が便利であるから当然と言えば当然だが。

 何より、魔術師というのは戦争で使うものだった歴史が拍車をかけていた。今でこそ各国での戦争は収まっているが、魔物に限らず盗賊や違法な組織など荒事の種は尽きない。戦争の武器として攻撃魔術が必要とされる時代に、攻撃魔術が使えない魔術師は軽んじられるのは無理からぬことかもしれなかった。

 ――そうか。なんとなく似てるんだなこの二人って。

 アレンと第三王女が、会ってすぐさま心が通い合った理由が理解できた気がした。
 互いに身近な者から愛されずに疎まれ、認められたいと努力しても受け入れられることは無く、むしろないがしろにされる毎日。どれだけの孤独と悲しみを抱いたことだろう。
 そんな二人にとって、お互いこそが初めて自らの痛みを分かってくれる相手だったのかもしれない。

「――で、そんな話聞いてるうちにたまらなくなって、抱きついちゃったってことか?」
「ま、まあ、そうなりますかね……」

 再び顔を赤らめる。もうこれは同情とかのレベルではないんだろうなとレッドでも悟ることが出来た。

「なるほど――それで、どうして剣を習うなんて気になったんだ? 愛しの姫君の騎士になりたいってか?」
「い、いえいえそんな! 僕とベル様はそんな関係じゃありませんよ!」

 先ほどまでよりもっと顔を赤らめてまた否定する。恐らくそんな関係ではないというのば事実だろうが、アレンとしては単なる友人とかの感情ではないのは容易に判断できた。

「じゃあ、どうしてだよ。争いごとは嫌いだってあんだけ言ってたのに」
「――ただ、強くなりたいんです」

 アレンはすくっと立ち上がり、手にした練習用の木剣を見つめつつ答えた。

「ベル様は立派です。たとえ小さいことかもしれませんが、自分に出来る範疇で人々を救いたいと思い行動しています。
 それに比べて僕は、争いごとが嫌いと言って、怖いことから逃げてきました。この旅でもサポートと言えば聞こえはいいですが、結局皆さん任せにしていただけです。勿論僕の仕事も大事だって、分かってます。
 でも――僕はせめて、ほんの少しでも、強くなりたいんです。せめてあの方に何かあった時、ちゃんと守れるような力が欲しいんです」

 そう言って、今度はこちらに向かって笑いかけてきた。

「ベル様は言ってくれました。いつか貴族も平民も関係無い、
 人族も亜人族も関係ない、みんなが笑って暮らせる世界を作りたいって。僕も同じ気持ちです。
 僕は――ただあの方を守りたいんです。あの方の理想を叶えてあげたいんです。ベル様も、みんなも幸せに暮らせる平和な世界を作る為に。
 だから、強くなりたいんです。おかしいですかね?」
「――変では、ないだろうさ」

 そう返答すると、アレンは屈託のない笑顔をこちらに向ける。同意してくれたと、本当に幸せそうだった。
 朗らかな笑みを浮かべるアレンに対し、レッドは背中に嫌な汗が流れるのを覚えていた。

 ――まずいだろ、これ……

 変ではない。確かにそんな理想を持つのは変ではないだろう。
 だがそれはあくまで持つだけの話だ。実際に理想の為に行動したり、その理想を語るなんて言語道断だった。

 なにしろ彼女はアトール王国の王女様。アトール王国では、身分差別や亜人差別が当然として行われ、それが社会に定着している。
 それを正すというのは、その社会の常識や価値観、ひいては社会そのものを壊すと言っているのと同じことだ。

 恐らく、第三王女本人にそんな気は無いだろう。あるならそんなことを軽々しく口にしたりしない。多分ただ純粋に、そんな世界を夢見ているだけなのだ。

 しかし、だからこそ恐ろしい。
 自分の発言がどういう意味か、どういう意味に捉えられるか、全く理解していない。

 既存の社会を、今ある秩序と安定を、壊したいと言っているのとほぼ同じであると気付かないのだろう。

 すなわち――彼女は、そしてアレンは、
 自分が反動勢力としての意思と、野心を持っていると公言しているようなものなのだ。
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