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転生勇者と魔剣編

第三十五話 暗雲立ち込めり(4)

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 サラマンダーを討伐したその日、王都へワイバーンですぐさま戻ってきた。
 これも勿論王国からの提供だ。王都を守護するため各地で奮闘している勇者パーティに対しせめてもの礼……などと言っているが、なるべくベヒモスのいる王都から離れて欲しくないという魂胆が丸見えなのだから、わざわざ建前使うなと言い捨てたかった。

 それはともかく、サラマンダーを討伐して帰ってきたのは昼前だった。サラマンダーというのは夜行性の生物で、前日の夜から張って巣から湧き出たところを、全部叩き潰した時にはもう朝日が昇っていた。

 討伐が終わってワイバーンに乗り、王城に戻ったレッドが一目散に向かったのは、食堂でもなければ借りている部屋でも浴場でもなく、訓練場だった。

 この王城に併設して近衛騎士団の本部があり、そこには専門の訓練場もあった。一応ここも王城の敷地内なので、移動が制限されているレッドも向かえた。

 そしてレッドが移動できるということは、他の勇者パーティも移動できるということだ。

「……いた」

 レッドが目的の人物を見つけたのは、訓練場の外れも外れ、奥まった場所にある壁際だった。
 目立つのを避けたかったのだろう。何しろ、そこで教官に訓練されている相手は、

「せいっ! せいっ! せいっ!」

 木剣を何度も何度も素振りする、軽快な声がする。
 素振りの音と掛け声自体は、本人の真剣さを感じさせる力のこもったものだが、何しろ素の力が弱すぎてどこか頼りなさを抱いてしまう。声だって、少年の高い声質では幼さが出てしまい、まるで子供の剣術ごっこみたいだ。

 そんな失礼極まる感想を持ちつつ、声の主である少年に近づく。少年は訓練に夢中でこちらの接近に気付いてない様子なので、脅かすつもりで声をかけた。

「アレン」
「うわあああああああああぁっ!!」

 不意を打たれてよほど驚いたのだろう。アレンは悲鳴を上げて木剣をポロリと落としてしまう。

「ゆ、勇者様!? どうしてこちらに……」
「それを聞きたいのはこっちなんだがな……」

 頭をポリポリ掻く。アレンも相当驚いているようだが、レッドも驚きは同様だった。

 あの飲んだ日に、アレンが剣を習っていると聞いた時は信じられなかった。しかし、詳しく尋ねるとどうも王城内では有名な話だったらしい。知らなかったのはレッドくらいなのだと言われた時は妙に悲しくなった。

 近衛騎士団にアレンの訓練を頼んだのは、なんとロイだった。どうもかなり強引に頼んだらしく、勢いに負けて仕方なしに自分の所属する近衛騎士団に紹介したとのこと。

 訓練と言ってもまだ一週間に過ぎないので、今しているのはせいぜい走り込みと腕立てなど基本的な体力と筋力をつけることと、せいぜい素振り程度らしいが、とんでもなく熱心に訓練を受けていると教官越しに教えられた、とロイから伝えられた時は開いた口が塞がらなかった。

 そのいった理由から自分でも確認に行ったが、木剣で素振りをしている姿と汗ダラダラな顔を見れば、その噂というか話が事実なのは疑いようもなかった。

「……とりあえず休憩といこうか。話もあるしな」
「は、はい。あ、待ってください。ぼくちょっとトイレに……」

 そう言って駆け出していった。どこかでアレンと離れたいと思っていたところだったので、丁度良かった。
 アレンの姿が見えなくなった途端、レッドは今までアレンに特訓をさせていた騎士団の教官の首に左腕を絡ませ、引っかける形で自分の下に引きずり込んだ。

「うわっ、ちょっと何するんですか!」

 教官はびっくりして目を白黒させる。教官というには随分若い。せいぜい二十代半ばくらいではなかろうか。

「しっ。静かにしろ……正直に言え。あいつの剣の腕どうなんだ?」
「え、え……」

 耳元で囁く形で聞いてみる。
 その質問に対し、教官は目を逸らして「ええと……」と言い淀んでしまった。なんて言うべきか困っているのだろう。

「世辞なんか要らん。正直に言えばいいんだ」

 レッドはそう答える。事実、レッドは本当の実力だけが知りたくて聞いているのだからそれでいいのだ。

 レッドのその意思を悟ったのか、教官はだいぶ苦労しつつ話しだした。

「そ、そりゃ、まだ一週間程度ですから、腕と呼べるほどの実力なんてありませんよ」
「……だよな」

 当たり前の返答に当たり前の返答で返す。一週間では基礎的な訓練に片足も突っ込めておるまい。腕がどうなんて言える段階ではなかった。
 こちらの反応をガッカリしたと思ったらしく、教官は何とか話を絞り出そうとして、そして一つ付け加えた。

「ただ……強いて上げるとすれば体力は凄いですね。新米兵士がへばる量の訓練もこなすし、ホントに真剣にやってますよ。毎日朝から晩まで必死ですからね。こっちが驚くくらいで……」
「……新米兵士が倒れる量の訓練やらせてんの?」
「い、いえ! あっちが頼んできてるんですよ! もっと訓練させてくれって!」

 教官がアレンを苛めているのではと疑われたと思ったに違いないが、慌てて否定し出した。別にそんな疑惑は抱いてなかったのに恐縮されまくるのに、レッドは何か嫌気が差してしまった。

 ――まあ、それくらい奴なら余裕でこなすだろうしな……

 攻撃魔術や武術が一切使えないと言ったアレンだったが、魔術師というのも結構体力を使うものである。
 膨大な魔力やマナを取り込み、魔術として自らの意のままに操作し行使するというのはかなり繊細で、なおかつ大胆な作業である。魔力に加えて大変な精神力、集中力、そして体力が必要となる。単なる弱々しい少年では扱い切れるものではない。

 その上、アレンはこの五か月近く魔物討伐の旅を行ってきたのだ。いくら戦闘には直接関わらないとはいえ、荷物持ちや各雑務などをこなしてきた。ただ歩くだけでも苦労するこの旅に同行できた男が、その程度のしごきに耐えられないわけがない。

 しかし、だからこそ理解できなかったのだ。
 どうして今更、剣術など習い始めたのか?
 その質問にこの教官は答えられそうもないので、戻ってきたアレンに聞いてみることにした。

「申し訳ありません勇者様、お待たせしてしまって……」
「気にするな。それより汗凄いぞ。ちょっと休憩しろ」
「え? いえ、僕はまだ訓練がありますから……」
「いいから。とっとと座れ」

 休めと言って休む奴ではないので、半ば強引に座らせた。近くにあった井戸から汲んできた水も飲ませる。

「さてと……ちょっと聞きたいんだが、いいか?」
「あ、はい。構いません。なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないよ。どうしていきなり剣なんか習い出したんだ?」

 いの一番にそう切り出した。どういった心境の変化があったのか、気になって仕方なかったのだ。

「え、ええと、それは……」

 しかし、その質問に対してのアレンの反応は、予想外のものだった。

「……?」

 レッドも思わず眉をひそめてしまう。

 なんと、アレンは顔を赤らめて、照れ臭そうに目を明後日の方向に向けているのだ。
 あからさまに奇妙な態度を取った彼に、意味が分からず首を傾げるしか出来ない。どうにも心境を察することが不可能だったため、適当なことを言って様子を見ることにした。

「……なあ、もしかしてモテたくてとか考えてないだろうな」
「っ!! い、いえいえ全然! 全然そんなこと考えてませんっ!!」

 首を乱暴なまでに振り続け、両手を前に出しブンブンさせるというオーバー過ぎる反応に、流石のレッドでも見当がついてしまう。

「――なに、本当に女にモテるためにやってんのか? 城のメイドにでもキャーキャー言われたいとか? お前も一応男だったんだな」
「違います! 違います! そんな不埒な事考えてません! 僕はベル様に……あ」
「――おい、ちょっと待て」

 動揺したのかポロリと漏らした言葉に、殴られたような衝撃を受けた。アレンの方も、言っちまったとばかりに全身を硬直させている。
 思わずアレンはその場からゆっくりと離れようとしたが、レッドはその肩を両手でガッシリと掴み逃がさなかった。

「今なんて言った。なんて言ったお前?」
「あ、いや、その……」
「『ベル様』って言ったか? ベル様ってまさか、あの第三王女様じゃないよな」

 嫌な汗をかきつつ問い質すと、肯定はしなかったもののまた顔を赤らめて目を逸らした。その時点で認めているようなものだった。

「はぁ~……」とレッドは深々とため息をついた。頭を抱えたくなる。

「お前、あの方のせいで謹慎食らったようなものなのに、どうしてまた……」
「なっ……! べ、ベル様は悪くありませんよ!」

 そう愚痴を零したところ、アレンは激昂する。耳も尻尾も逆立てて怒りを露わにするのは、温厚なアレンには珍しい事だ。

「亜人である僕をいつも気遣ってくれるし、贈呈された他国の高級な菓子だって分けてくれるんですよ! ほら、この傷だってベル様が手当してくれたんですから……!」
「――待て。仲良くなりすぎてないか? 傷の手当って、会ったのあの中庭だけじゃないだろ」

 二の腕にある包帯を見せつけてきたアレンが、再び硬直する。素直過ぎるこの男が、隠し事など無理らしい。

「あ、あ……」と二の句が継げなくなったアレンを横目に、レッドは少し考える。

 ――そういや、あの日なんで抱きついたか聞いてなかったな……

 スケイプとアレンの謹慎処分があって頭から失念していた。そもそもどうして、アレンは第三王女に抱きつくなんて真似をしたのか。その理由を聞くのをすっかり忘れていたのだ。

 訓練場の端、休憩として座っていた石からレッドはゆっくり立ち上がると、

「とりあえず、詳しく聞かせてくれるか」

 と有無を言わせぬ笑顔でアレンにそう命じた。
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