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転生勇者と魔剣編
第三十四話 暗雲立ち込めり(3)
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「追放すべきじゃない? あいつ」
マータが発した一言に、レッドは思わず肉や野菜を思いっきり噴き出した。
「ちょっ、あんた何すんのよ!」
「げほっ、げほっ、げほっ……」
マータの咎める声がするが、それどころではない。
夕飯のスープが入った鍋を囲んだ四人、飲み屋のテーブルで食べていた中、レッドは呼吸困難になるくらいむせていた。こんな時アレンが居れば介抱してくれるのだが、生憎今はそんな優しい奴は誰もいなかった。
やがて少し収まってくると、ようやく口が利けるようになったレッドは開口一番、
「……誰を?」
と問いかけた。
「誰って……決まってるでしょ。教会から派遣されたあいつよ。役立たないじゃない全然」
「ああ、あいつね……」
ホッと一安心する。どうも前回の体験から、『追放』というキーワードに敏感になっている気がする。前回言ったのは自分だが。
「別にこっちから追放しなくても、明日には何かと理由付けて辞めるか逃げるかするだろ……今までの奴らだってそうだったじゃないか」
そうして樽のジョッキでビールを飲み込む。王都の飲み屋で、二階にある個室を借り四人だけで飲んでいたのだが、あの神官は雑事がありますのでと参加しなかった。多分、自分たちが怖くて逃げたのだろうと思っている。
実は、この一週間の間に王都周辺の魔物討伐に三回ほど向かったが、その三回ともアレンの代わりを務めるパーティメンバーは違った。
というか、その代理メンバーは一回の魔物討伐で全員逃げた。
一度目は冒険者ギルドから寄越された、支援魔術師として優秀という触れ込みの男だったのだが、ジャイアントスパイダーの糸に巻かれ危うく喰われそうになったら「割に合わない」と言ってその日に脱退した。
二回目も冒険者ギルドに支援魔術師と新米パーティを補佐する仕事を専任するギルド所属の補佐官を雇ったのだが、ロック鳥の大群についばまれかけたその翌日の朝、気付いたら居なくなっていた。
そんなことが続いたため、冒険者ギルドでも「あのパーティはやべえ」という噂が流れたのだろう。新しい人材を補充しようとしたら誰も来なくなってしまった。仕方ないので、教会から優秀な人間を寄越して欲しいと願ったところ来たのがあの怪しげな奴だった。まあ、実力という点は他の奴らと大して変わりなかったが。
――まあ、逃げたくなる気持ちも、ついていけないって気持ちも分かるけどね。
今日も討伐が終了して、王都へ戻ったため慰労も兼ねて飲んでいるのだが、明日にも魔物討伐の辞令が来ている。確か相手は、王都近辺にある火山の火口付近に巣を作ったサラマンダー百匹くらいだったか。
アトール王国から渡される、続発する魔物討伐の依頼は、どれも上級魔物ばかりだった。上級といってもピンからキリまであるが、いずれにしろ普通の冒険者や教会所属の魔術師が勝てる相手ではない。場合によっては、正規軍が召集される相手だ。
そんな化け物たちと連日戦う奴らと組みたい者など、当然いる訳が無い。感覚が麻痺しているけれど、本当は自分たちが異常なのだ。正直、逃げた奴らを責める気にはどうしてもなれなかった。
――ま、あの頃とは違うからね。
大振りに斬られた肉のローストを頬張りつつ、レッドはまた前回の旅を思い出していた。
あの頃も、アレンが抜けて以降別な人員をあの手この手で集めて人手不足を埋めようとした。
が、全員流石に即日ではないがすぐに逃げてしまった。
理由は明白であり、自分や他のメンバーがあまりに粗暴に振る舞ったからだ。
むしろ、あの連中の我が儘に付き合い応じられていたアレンが異常であり、まともな人間なら誰も耐えられるレベルではない横暴を押し付けてきたのだと今なら理解できる。当時は生まれてこの方、自分が暴れて騒げば誰かが解決してくれた自分勝手な子供のままだったため、その程度の事すら分からなかったが。
もう一つ、これは今も存在する問題だが、アレンがあまりに優秀すぎるからだ。
攻撃魔術が使えないこと以外はほぼ万能と言っていい彼を、埋められる人材などいる訳が無い。勿論一人ではなく何人か連れて来たりもしたが、防御魔術一つとってもアレンとは雲泥の差があり、とてもカバーしきれる者などいなかったのだ。
結果、アレンという損失を埋められず悪評ばかり持ち上がった前回の勇者パーティは、聖剣の弱体化も相まって破滅したわけだが――今回もその轍を踏みそうになっている事は否定できなかった。
「……アレン、連れ戻す?」
「ん?」
と、そんな風に悩んでいたレッドの気持ちを察したのか、ラヴォワがそう尋ねてきた。
「…………」
正直、意外過ぎて驚いていた。
前回の自分たちは、魔物との戦いに連戦連敗しても、それがアレンがいないからだなんて思わなかった。互いに互いを無能と罵り、責任を擦り付け合っただけだった。そもそも、アレンの能力など誰も評価していなかったから当然と言える。
前回の記憶を持っている自分ならともかく、持っていないラヴォワの方からそんなことを言うとは思いもよらなかった。前回の彼女と今回の彼女で、何か変わった事でもあったのだろうか。
しかし今は、それよりも質問に答えることを優先しようと思った。
「ん~……」
しばし考える仕草をする。レッドとしては本音を言うと、すぐにでも連れ戻したいと思っていた。やはりアレンの穴を埋められる人材などいる訳が無いと考えていたから。
が、そうもいかない事情があった。
「と言ってもな……あれから一週間しか経ってないじゃないか。たった一週間で謹慎解くのは、少しばかり早すぎると思うぞ」
そう、あくまでアレンに与えたのは『謹慎処分』である。
あの一件が、スケイプのこちらに対する嫌がらせでしか無いのは充分理解しているものの、一度処分を受けさせた以上、容易に撤回するわけにはいかなかった。またスケイプが難癖付けてくることも考えられる。
「あら、あんた謹慎一か月て言ってなかった?」
「……俺の気が変わるまでと言ったんだ。変わるのが一か月か二か月か、あるいは二週間か一週間かなんて誰にも分かるまい」
あら都合がいい、なんてマータに鼻で嗤われた。事実、そういうつもりで「気が済むまで」と言ったのだ。何かあった時、すぐに謹慎を解けるように。
「まあスケイプのこともあるし、ほとぼりが冷めるまで謹慎しておいた方がいいな。ベヒモスの件を考えれば、近衛騎士団のお偉いさんを敵に回すのは面倒だし」
「そっちは心配する必要無いと思うわよ。あいつ、近衛騎士団でも鼻つまみ者らしいし」
「なに、そうなのか?」
マータの意外な言葉に驚いていると、冒険者ギルドなどで聞いたという話を語り出した。流石に情報が命の冒険者、耳の早さは一流だ。
そのマータの話だと、やはりスケイプの近衛騎士団入り、しかも副団長就任はかなり強引なコネだったらしい。
実戦経験も無い子供を、その上スケイプは入団の際取り巻きまで共に入れて貰っているらしく、そいつらとつるんで横柄に振る舞っているという。はっきり言って騎士団にとって迷惑以外の何物でもないが、王族の人間というのがどこまでも面倒さに拍車をかけている。無下に扱うわけも、追い出すわけにもいかない。
「ってわけだから、はっきり言って人望は無いも同然みたいだし、あいつ一人騒いだって大して問題にならないと思うわよ」
「……そうか」
話を最後まで聞いたレッドだったが、スケイプの事情を伺ったレッドにあったのは喜びではなく戸惑いだった。
――あいつそんな奴だったかな……
思い出すのは、ほんの半年くらい前の学生時代、レッドとスケイプがまだ学園に通っていた頃のことだった。
当時から身分差別が酷く、特権階級というのを鼻にかけて、下の者に対する当たりが非常に厳しかったのは事実である。
しかし、こと剣に関しては本気で鍛錬していたはずだった。騎士になるという夢も本気だった。そんな血統を振りかざして騎士団で遊び惚けるような奴だったろうか? かつての彼を知るレッドとしては違和感しかなかった。
――仮に、理由があるとすれば……
レッドは、彼と事実上最後会った時のことを思い出す。
あの、怒りも悲しみも越えて、絶望一色に染まった顔。
あの時の事が原因とするなら、その元凶は――
「……まあ今のところ、四人でも何とかなってるし、そう急いで謹慎を解く必要も無いかな。あいつだって、今は王城で魔術書でも読んで楽しんでるかもしれんし」
かぶりを振って、考えを払うように話を変えた。
アレンは謹慎とはいえ、割と自由に王城を歩けていた。
正確には、王城以外の出入りをほぼ禁じられていたが正しいのだが。
これはレッドたち勇者パーティも同様であり、魔物討伐以外の用事で王城から外へ出るのは禁止だった。今いる酒場だって、王国が指定した店の二階を貸し切って飲むのがギリギリのラインである。
理由は、当然ベヒモスだ。ベヒモスに関する情報は国家機密であり、それを知っている自分たちの行動は著しく制限されることになった。万一ベヒモスのことが世間一般に漏れれば大変な事態になるからだ。勇者パーティだけでなく近衛騎士団、教会所属の浄化部隊、加えて各組織の重鎮たち全員に緘口令が敷かれていた。
故に外へ漏らす機会を減らすためと、移動の自由すら殆ど無い。息抜きの酒盛りすら難しいくらいだ。この店とて、店の中や外に監視の者がいることだろう。
まあ、仕方ないと思うしかないのだが、こうしていると謹慎の名目で王城に籠もっていられるアレンが羨ましくも感じてしまう。魔術師として、王城の図書庫に所蔵されている魔術書は興味深い代物だろう。好きに読めばいいと思っていた。
「……は? あんた知らないの?」
ところが、そんな軽い気持ちで言ったはずの台詞に、マータが変な顔をして反応した。
「うん? 知らないってどういう事だ?」
何かの魚の塩焼きを、そのままフォークで刺して齧り付こうとしたところでそんなことを言われ、レッドは怪訝な表情を浮かべる。
が、その疑問に答えたのはマータではなく、酒は一切飲まないため特別に淹れて貰った紅茶を飲んでいたラヴォワだった。
「……レッド。アレンは今、剣術を習ってる」
「……はあ!?」
あまりの衝撃に、魚が刺さったままのフォークを落としてしまった。
マータが発した一言に、レッドは思わず肉や野菜を思いっきり噴き出した。
「ちょっ、あんた何すんのよ!」
「げほっ、げほっ、げほっ……」
マータの咎める声がするが、それどころではない。
夕飯のスープが入った鍋を囲んだ四人、飲み屋のテーブルで食べていた中、レッドは呼吸困難になるくらいむせていた。こんな時アレンが居れば介抱してくれるのだが、生憎今はそんな優しい奴は誰もいなかった。
やがて少し収まってくると、ようやく口が利けるようになったレッドは開口一番、
「……誰を?」
と問いかけた。
「誰って……決まってるでしょ。教会から派遣されたあいつよ。役立たないじゃない全然」
「ああ、あいつね……」
ホッと一安心する。どうも前回の体験から、『追放』というキーワードに敏感になっている気がする。前回言ったのは自分だが。
「別にこっちから追放しなくても、明日には何かと理由付けて辞めるか逃げるかするだろ……今までの奴らだってそうだったじゃないか」
そうして樽のジョッキでビールを飲み込む。王都の飲み屋で、二階にある個室を借り四人だけで飲んでいたのだが、あの神官は雑事がありますのでと参加しなかった。多分、自分たちが怖くて逃げたのだろうと思っている。
実は、この一週間の間に王都周辺の魔物討伐に三回ほど向かったが、その三回ともアレンの代わりを務めるパーティメンバーは違った。
というか、その代理メンバーは一回の魔物討伐で全員逃げた。
一度目は冒険者ギルドから寄越された、支援魔術師として優秀という触れ込みの男だったのだが、ジャイアントスパイダーの糸に巻かれ危うく喰われそうになったら「割に合わない」と言ってその日に脱退した。
二回目も冒険者ギルドに支援魔術師と新米パーティを補佐する仕事を専任するギルド所属の補佐官を雇ったのだが、ロック鳥の大群についばまれかけたその翌日の朝、気付いたら居なくなっていた。
そんなことが続いたため、冒険者ギルドでも「あのパーティはやべえ」という噂が流れたのだろう。新しい人材を補充しようとしたら誰も来なくなってしまった。仕方ないので、教会から優秀な人間を寄越して欲しいと願ったところ来たのがあの怪しげな奴だった。まあ、実力という点は他の奴らと大して変わりなかったが。
――まあ、逃げたくなる気持ちも、ついていけないって気持ちも分かるけどね。
今日も討伐が終了して、王都へ戻ったため慰労も兼ねて飲んでいるのだが、明日にも魔物討伐の辞令が来ている。確か相手は、王都近辺にある火山の火口付近に巣を作ったサラマンダー百匹くらいだったか。
アトール王国から渡される、続発する魔物討伐の依頼は、どれも上級魔物ばかりだった。上級といってもピンからキリまであるが、いずれにしろ普通の冒険者や教会所属の魔術師が勝てる相手ではない。場合によっては、正規軍が召集される相手だ。
そんな化け物たちと連日戦う奴らと組みたい者など、当然いる訳が無い。感覚が麻痺しているけれど、本当は自分たちが異常なのだ。正直、逃げた奴らを責める気にはどうしてもなれなかった。
――ま、あの頃とは違うからね。
大振りに斬られた肉のローストを頬張りつつ、レッドはまた前回の旅を思い出していた。
あの頃も、アレンが抜けて以降別な人員をあの手この手で集めて人手不足を埋めようとした。
が、全員流石に即日ではないがすぐに逃げてしまった。
理由は明白であり、自分や他のメンバーがあまりに粗暴に振る舞ったからだ。
むしろ、あの連中の我が儘に付き合い応じられていたアレンが異常であり、まともな人間なら誰も耐えられるレベルではない横暴を押し付けてきたのだと今なら理解できる。当時は生まれてこの方、自分が暴れて騒げば誰かが解決してくれた自分勝手な子供のままだったため、その程度の事すら分からなかったが。
もう一つ、これは今も存在する問題だが、アレンがあまりに優秀すぎるからだ。
攻撃魔術が使えないこと以外はほぼ万能と言っていい彼を、埋められる人材などいる訳が無い。勿論一人ではなく何人か連れて来たりもしたが、防御魔術一つとってもアレンとは雲泥の差があり、とてもカバーしきれる者などいなかったのだ。
結果、アレンという損失を埋められず悪評ばかり持ち上がった前回の勇者パーティは、聖剣の弱体化も相まって破滅したわけだが――今回もその轍を踏みそうになっている事は否定できなかった。
「……アレン、連れ戻す?」
「ん?」
と、そんな風に悩んでいたレッドの気持ちを察したのか、ラヴォワがそう尋ねてきた。
「…………」
正直、意外過ぎて驚いていた。
前回の自分たちは、魔物との戦いに連戦連敗しても、それがアレンがいないからだなんて思わなかった。互いに互いを無能と罵り、責任を擦り付け合っただけだった。そもそも、アレンの能力など誰も評価していなかったから当然と言える。
前回の記憶を持っている自分ならともかく、持っていないラヴォワの方からそんなことを言うとは思いもよらなかった。前回の彼女と今回の彼女で、何か変わった事でもあったのだろうか。
しかし今は、それよりも質問に答えることを優先しようと思った。
「ん~……」
しばし考える仕草をする。レッドとしては本音を言うと、すぐにでも連れ戻したいと思っていた。やはりアレンの穴を埋められる人材などいる訳が無いと考えていたから。
が、そうもいかない事情があった。
「と言ってもな……あれから一週間しか経ってないじゃないか。たった一週間で謹慎解くのは、少しばかり早すぎると思うぞ」
そう、あくまでアレンに与えたのは『謹慎処分』である。
あの一件が、スケイプのこちらに対する嫌がらせでしか無いのは充分理解しているものの、一度処分を受けさせた以上、容易に撤回するわけにはいかなかった。またスケイプが難癖付けてくることも考えられる。
「あら、あんた謹慎一か月て言ってなかった?」
「……俺の気が変わるまでと言ったんだ。変わるのが一か月か二か月か、あるいは二週間か一週間かなんて誰にも分かるまい」
あら都合がいい、なんてマータに鼻で嗤われた。事実、そういうつもりで「気が済むまで」と言ったのだ。何かあった時、すぐに謹慎を解けるように。
「まあスケイプのこともあるし、ほとぼりが冷めるまで謹慎しておいた方がいいな。ベヒモスの件を考えれば、近衛騎士団のお偉いさんを敵に回すのは面倒だし」
「そっちは心配する必要無いと思うわよ。あいつ、近衛騎士団でも鼻つまみ者らしいし」
「なに、そうなのか?」
マータの意外な言葉に驚いていると、冒険者ギルドなどで聞いたという話を語り出した。流石に情報が命の冒険者、耳の早さは一流だ。
そのマータの話だと、やはりスケイプの近衛騎士団入り、しかも副団長就任はかなり強引なコネだったらしい。
実戦経験も無い子供を、その上スケイプは入団の際取り巻きまで共に入れて貰っているらしく、そいつらとつるんで横柄に振る舞っているという。はっきり言って騎士団にとって迷惑以外の何物でもないが、王族の人間というのがどこまでも面倒さに拍車をかけている。無下に扱うわけも、追い出すわけにもいかない。
「ってわけだから、はっきり言って人望は無いも同然みたいだし、あいつ一人騒いだって大して問題にならないと思うわよ」
「……そうか」
話を最後まで聞いたレッドだったが、スケイプの事情を伺ったレッドにあったのは喜びではなく戸惑いだった。
――あいつそんな奴だったかな……
思い出すのは、ほんの半年くらい前の学生時代、レッドとスケイプがまだ学園に通っていた頃のことだった。
当時から身分差別が酷く、特権階級というのを鼻にかけて、下の者に対する当たりが非常に厳しかったのは事実である。
しかし、こと剣に関しては本気で鍛錬していたはずだった。騎士になるという夢も本気だった。そんな血統を振りかざして騎士団で遊び惚けるような奴だったろうか? かつての彼を知るレッドとしては違和感しかなかった。
――仮に、理由があるとすれば……
レッドは、彼と事実上最後会った時のことを思い出す。
あの、怒りも悲しみも越えて、絶望一色に染まった顔。
あの時の事が原因とするなら、その元凶は――
「……まあ今のところ、四人でも何とかなってるし、そう急いで謹慎を解く必要も無いかな。あいつだって、今は王城で魔術書でも読んで楽しんでるかもしれんし」
かぶりを振って、考えを払うように話を変えた。
アレンは謹慎とはいえ、割と自由に王城を歩けていた。
正確には、王城以外の出入りをほぼ禁じられていたが正しいのだが。
これはレッドたち勇者パーティも同様であり、魔物討伐以外の用事で王城から外へ出るのは禁止だった。今いる酒場だって、王国が指定した店の二階を貸し切って飲むのがギリギリのラインである。
理由は、当然ベヒモスだ。ベヒモスに関する情報は国家機密であり、それを知っている自分たちの行動は著しく制限されることになった。万一ベヒモスのことが世間一般に漏れれば大変な事態になるからだ。勇者パーティだけでなく近衛騎士団、教会所属の浄化部隊、加えて各組織の重鎮たち全員に緘口令が敷かれていた。
故に外へ漏らす機会を減らすためと、移動の自由すら殆ど無い。息抜きの酒盛りすら難しいくらいだ。この店とて、店の中や外に監視の者がいることだろう。
まあ、仕方ないと思うしかないのだが、こうしていると謹慎の名目で王城に籠もっていられるアレンが羨ましくも感じてしまう。魔術師として、王城の図書庫に所蔵されている魔術書は興味深い代物だろう。好きに読めばいいと思っていた。
「……は? あんた知らないの?」
ところが、そんな軽い気持ちで言ったはずの台詞に、マータが変な顔をして反応した。
「うん? 知らないってどういう事だ?」
何かの魚の塩焼きを、そのままフォークで刺して齧り付こうとしたところでそんなことを言われ、レッドは怪訝な表情を浮かべる。
が、その疑問に答えたのはマータではなく、酒は一切飲まないため特別に淹れて貰った紅茶を飲んでいたラヴォワだった。
「……レッド。アレンは今、剣術を習ってる」
「……はあ!?」
あまりの衝撃に、魚が刺さったままのフォークを落としてしまった。
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