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転生勇者と魔剣編

第三十三話 暗雲立ち込めり(2)

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「何をしている!」

 中庭の光景を目にした途端、レッドは走り出していた。

 こちらが叫んだため、今まさに剣を振り下ろそうとしたスケイプも、そしてアレンもベルもこちらを振り返る。
 レッドはスケイプとアレンの間に滑りこむと、目の前の第四王子を睨みつけた。

「貴様……何してやがる!」

 そう怒声を上げるが、スケイプは平然とした様子で、こちらを嘲ったような笑みを浮かべる。

「『貴様』だと? 貴様こそ誰のつもりだ? たかだか公爵家の息子程度が、第四王子にして近衛騎士団の副団長に随分不遜な態度を取るではないか」

 そう人を見下し切ったスケイプの目が、レッドの癇に障った。

 確かに、カーティス公爵家とはいえ、アトール王国の王族に仕える貴族でしかない。身分の差というものは歴然としたものがある。
 そんな王族の血統に、公爵家の息子が粗相を働いたとなれば、本人どころか家を巻き込む事態になってもおかしくは無い。最悪、家そのものが潰される危機もあった。

 そのことを十分理解しているレッドは、スケイプに対し、

「……貴様こそ誰のつもりなんだよ」
「は?」

 と不意を打たれキョトンとしたスケイプの鎧、襟首の部分を左手で掴んで自身にグイと引き寄せると、一瞬で抜いた聖剣の刃を首元に突きつける。

「……!!」

 スケイプどころか、その場にいたアレンやベルまで息を呑んでしまう。

「き、貴様何をする……! 私は……!」
「『私は』? 第四王子で近衛騎士団の副団長だろ? たかがその程度の奴が偉ぶっていいと思ってるのか?」
「な、なんだと!?」

 喉元に剣を突き付けられて怯えながらの抵抗の言葉だったが、予想すらしていない返しを喰らって驚愕する。

「王妃様の話まるで聞いてなかったんだな。一応とは言え騎士になったんだったら敬意くらい持て。アトールというたった一国の、まともに戦ったことも無いくせに王都周辺を警護する近衛騎士団に、コネで無理やり入っただけの奴と、五か国の代表として前線で戦っている奴のどっちが立場が上なんて考えなくても分かるだろ。はっきり言って、ここで俺がお前の首飛ばしたところで無かったことにされると思うぞ?」

 そう言い切ると、怖気が走ったらしく体を震わせた。あまりに情けない姿に思わず笑みが零れてしまう。

 さらに剣に力を込め首の皮を少し切ってやろうかとおもったところで、アレンに制されてしまう。

「ゆ、勇者様、それ以上は……!」

 なんて必死にしがみついてきたので、血が上った頭が少々下がり、レッドはスケイプを突き飛ばす形で解放した。地面に尻もちを付ける姿を見せるスケイプだが、まだ目には敵意が剥き出しとなっていて懲りないなと呆れてしまった。

「で、なんでいきなり斬りかかったりしたんだ?」

 どうせこいつのことだから、くだらない理由だろうと思い、一応聞いただけのつもりだった。

 ところが、今の今まで怯えていたスケイプが、その途端息を吹き返したように元気になった。
 様子がおかしいのに気付いたレッドが眉をひそめていると、

「そ、そいつがベルに、私の妹に襲い掛かったんだ!」
「……はあ?」

 全く予想外の事を言われた。

 何馬鹿ほざいてるんだ、とレッドは呆れるしかなかった。あのアレンが、よりにもよってそんなことをする訳ない。
 そう思ってアレンの方を振り返ると、

「…………」

 なんと、アレンはものすごくバツが悪そうな顔をして目を背けていた。

「……アレン?」

 信じられないことだが、あからさまに大量の汗をかき「いや、その……」と言い訳を考えている姿は明らかに変だった。

「……やったの?」

 レッドは聖剣を持ったまま、顔をアレンの前にずいと近づけて問い質した。ほとんど触れるくらいの距離から低い声で再び問う。

「やったのお前? やったのかホントに?」
「ち、ち、違います! 襲ってなんかいません! 絶対に!」

 ものすごい勢いで首を横に振って否定した。一応アレンの他にベルの方も伺うが、彼女は首を縦に振っているが、多分これはアレンの否定の方を肯定しているのだろう。
 が、レッドは納得できなかった。

「じゃ、何したんだよ?」
「そ、それは……」

 完全な濡れ衣なら、はっきり否定すれば良かっただけである。だというのにあんなに動揺するということは、まるきり冤罪でもないからだろう。アレンの性格からすれば、そう考えるのが妥当だ。

 そう思い、ずいともう一段顔を近づけて脅すと、恐る恐るながら口を開いた。

「そ、その……襲ってはないんですけど……こう、ぐいと抱きしめはしたというか……抱きついたといいますか……」
「抱きついたのかよっ!」

 思わずそう叫んでしまった。頭を抱えてしまいたくなる。

 二人の様子からして、アレンが暴行目的で襲ったというのは当然無いのだろう。

 しかし、『王族に抱きついた』ということそのものがかなりまずい。場合によっては、確かにその場で斬られてしまっていても不思議ではない事態だった。

 その上、アレンは亜人。亜人差別が酷いアトールでは貴族の馬車の前を気付かず通過したとか、たまたま目に付いただけで殺されるなど日常的に起こっている。それが王族に手を出したなんて大義名分があれば、誰もスケイプを責める輩などいないだろう。

 つまりそれは、アレンを庇ったレッドもかなりまずい立場になるということだ。

「…………」

 頭を掻いて悶絶しそうになるレッドを見て、尻もちついたままスケイプが笑みを浮かべている。その姿に腹が立ったが、それどころではない。

 実際のところ、これがスケイプの腹いせ目当ての難癖というのは間違いでは無かろう。
 先ほど王妃に叱られた憂さ晴らしに、元凶となったレッドたち含む勇者パーティに汚名を着せて辱しめたかったに違いない。だから一番弱そうなアレンを狙ったのだ。

 だが、だとしても抱きついたこと自体が嘘でないのならば、スケイプを咎められない。王族に無体を働こうとした不届き者を処罰しようとした事が、罪になる訳が無いからだ。むしろ、咎めを受けるべきはアレンの方だ。

 そしてもう一つ、このままで済ませられない事情があった。

 ――やばい、人が集まってきた。

 そう、実はこうしている間に、ぞろぞろと野次馬たちが集まってきていたのだ。

 いくら広い王城とはいえ、剣まで取り出して騒いでいる奴らがいるなんて、衛兵や使用人たちが集まらないわけがない。気付けばロイたちまで来てしまっており、一部始終を見聞きされていた。
 これでは、スケイプに条件を付けて内々で終わらせるなんて手も使えそうにない。レッドは弱り果ててしまった。

 となると、解決策は一つしか残っていなかった。

「――事情は分かりました。アレンが誤解を招くような事をしでかしたことは彼に代わって私が謝罪しましょう。ですが、アレンは私の部下という立場です。上官の私に無許可で勝手に処罰することは控えていただきたい」
「なんだと、貴様身内だからといって庇うつもり……」
「誰が庇うと言いました。処罰するのは上官である私の仕事だと言っているのです」

 そう答えると、聞いていたアレンが驚愕に目を見開いた。
 仕方ないだろ、とアレンに目で伝えたかったが、恐らく届いてはおるまい。アレンは素直過ぎるからとレッドは思った。

 事実、こうするしかなかった。
 本当に王族に対し不敬に値する行為をしたのであれば、今ここでレッドが罰を与えなければ別の咎めを誰かから食らうだけだ。今ここで、何かしらの処分を与えるしかない。

「アレン、お前は……」

 アレンに向かって指差した。その瞬間、

 前回追放を突きつけた時と、今回の同じ絶望したような顔が一致してしまい、つい黙ってしまった。

「……っ」

 一瞬、躊躇する。本当にすべきなのかどうかと。
 しかし、レッドは迷いを振り切ってこう告げた。

「――謹慎だ。期限は一か月。俺の気が変わるまでパーティに戻ることは許さん」



 こうして、アレン・ヴァルドは一か月の謹慎処分となった。
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