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転生勇者と魔剣編

第三十二話 暗雲立ち込めり(1)

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「うおりゃああああああああああああぁっ!!」

 ロイの渾身のアックスが、オーガの肉体に斬り裂くどころか叩き潰す勢いで落とされ、実際その巨体は周りの木々ごと容易に圧殺された。

「そぅおらぁ!」

 マータが疾風の如く駆けたかと思えば、その直線上にいた五匹のオーガの頸動脈が裂かれ、大量の血を辺りにぶち撒ける。

「……そい」

 妙に力なく発された声と共に、ラヴォワが杖から発した稲妻が、十匹以上のオーガを一瞬で黒焦げにしてしまった。

「――最後は俺だな」

 その活躍に対して腕を組んでただ黙って見ていたレッドも、オーガが残り二十匹になったあたりで腕を解き、聖剣を抜いた。

 聖剣の刃をオーガたちに向けると、オーガたちは怯えたように身をすくめる。
 その様にニヤリと笑うと、レッドは聖剣に力を込める。
 聖剣が光輝き、周囲を照らす。
 そのまま突きの構えをすると、本来届かないであろうオーガたちに向けて剣を突き出した。

「おらぁ!」

 掛け声と共に、聖剣から光の玉が発射され、残ったオーガたちを粉微塵にする。

「ふう――」

 全てのオーガをせん滅したことを確認すると、レッドは安堵の息を漏らした。

「あー疲れた。何よあの豚ども、メチャメチャに湧いて出てきて。五十匹以上はいなかった?」
「……オーガは近似種と言われるオークに比べると繫殖力が低いと言われている……あんなに大量発生するなんて異常……」
「てことは、例のベヒモスのせいとやらか? 困ったぞ、ここまで戦いが続くとアックスを磨いている暇がない」

 全員思い思い喋っている。戦いが終わったからか気楽そうだった。

 ――相手、上級の魔物なんだけどね、一応。

 前回の時は、オーガ一匹でも苦戦していたなとレッドは思い出した。
 こんなに湧いて出てきて平然と倒せるとは、勇者パーティも随分強くなったなあと自分で感心してしまっていた。

 すると、そこに第五の人物が現れた。
 戦いには参加せず、遠く離れたところで見守っていただけの人物。

「――素晴らしい。流石は神託により選ばれし勇者様とそのお仲間たちであります。その力、圧倒的としか言い様がありませんな」

 出てきたのは、神官服を着た男だった。ヒョロヒョロして何か貼りついたような笑顔ばかりしている、怪しげな奴。
 一応教団から派遣された神官なのだから、回復魔術の類は使えるものの、どうにも胡散臭い感じが抜けなかった。
 第一、回復魔術も索敵魔術も、アレンに比べればだいぶ落ちた。罠感知やマッピングなど最初から無理。武具の手入れも料理も拒絶した。

 こう言ってしまうと何だが、大して使えない。

 ――アレンが優秀過ぎるだけだけど。

 レッドはため息をついて、アレンを呼び戻そうかなと何度目かの考えを抱いた。



 そう、実はアレン・ヴァルドは勇者パーティにいなかった。

   ***

 遡ると、一週間程前になる。

 レッドがベヒモス討伐作戦参加を表明し、他に二、三の確認事を終えると、秘密の会合は終わり解散が告げられた。
 しかし、そうして解散していく重鎮たちの一人を、無理やり引き留めようとする輩がいた。

「ちょっ、ちょっと団長!」

 言うまでも無く、後回しにされたロイである。スタスタ帰ろうとするガーズに追いすがろうとした。
 その姿にガーズは呆れたようなため息をしつつ、顎で付いて来いと促すと、また歩いていった。
 ロイがそれに従っていくと、なんだか興味を持ったレッドたちも後を尾行することにした。

 そんな風にガーズが連れてきたのは、会議の場所から少し離れた廊下だった。
 隠れて話すようなことでもない、ということだろうか。多分、ロイが騒ぐから邪魔にならない位置に移動しただけと思われた。
 などというガーズの意思が伝わったかはともかく、二人は廊下で話し始めた。

「ちょっと、どういうことなんですか、団長! なんであんなガキが俺を差し置いて副団長になっちまってるんです!?」

 そうロイが凄い勢いで問い詰めたが、ガーズは慣れたものなのかまるで動じる気配も無く、はあとまたため息をつくとこう返した。

「……決まってるだろ。騎士団に居ない人間に副団長の仕事が出来るか。当然、他の人間を用意するさ。何かおかしいか?」

 先ほどレッドが言ったこととほぼ同じ内容を言われ、一瞬納得しかけたロイだったが、やはり先ほど同様「いやいやいやいや!」と首と手のひらを横に振りまくった。

「聞いてない! 聞いてないですよそんな話! 副団長は俺なんだから、その副団長を別の奴にするって話なら俺に言うはずでしょ!」
「言ったらお前、王都に死ぬような勢いで戻ってきてたろ」

 うっ、と言葉に詰まってしまうロイ。流石は上司、部下の性格を良く把握している。

「うぅ……じゃ、じゃあ、なんであんな奴が副団長なんです!? 俺が居た頃見たこと無いですよあんなガキ! どっから連れてきたんですか!?」

 最後の悪あがきのような質問をする。しかし、やはりスケイプはほんの数か月前まで近衛騎士団に所属すらしていなかったようだ。
 その質問に対し、ガーズは今まで以上に深々とため息をついて、

「――好きであんな奴を副団長に据えたと思うか?」

 そう、疲れたような口調で答えた。

「え、てことは団長も……」
「当たり前だろ。ごり押しで入れられたんだよ上の方からな。あんな青臭いガキ、副団長になんかしたくなかったよ。しかも副団長なんて地位に立ってから、調子に乗って偉ぶりやがって、ほとほと迷惑してるんだ」

 やはり、とレッドは納得する。
 いかにも怪しい出世と思っていたが、思った通りかなり強引なコネだったらしい。その上傍若無人に振る舞って厄介者扱いされているとか。予想通りの事ではあるが、ガーズが気の毒になってきた。

「じゃ、じゃあ、俺が魔王を倒して戻ったら、また副団長に戻してくれんすか!?」

 つい今しがたまだの不機嫌さはどこへやら、喜色満面の笑みで問うロイだったが、ガーズはそんなロイの頭をバシッとはたくと、

「馬鹿、そんなことは実際倒してから言え。お前はまだ騎士団に在籍はしてるがな、魔王討伐にあんまり手こずってると、そのうち奴に団長の座奪われるかもしれんぞ?」
「な、なにぃ!? 冗談じゃねえ、次の団長はこの俺だ!」
「だったら一日も早く魔王を倒せるように頑張るんだな……ま、俺もこの件の成功を祈ってるよ。じゃ、元気でな」

 そう言ってその場を去るガーズと対称的に、「うおおおおおおおおおっ!!」と闘志を燃やしまくるロイ。正直あそこまでテンションが上がると何しでかすか分からん奴なので、とんだお荷物を残してくれたもんだとガーズを呪いたくなった。

 他の二人も同じようで、後ろからため息が零れる声がする。

 ――しかし、今の、何か引っかかるようなものがあるような……

 どこか違和感を抱いて考え込んでいると、ふとまた違和感に気付いた。

 ――あれ、今ため息二人しか聞こえなかったような……

 ギョッとして振り返ると、その場にはマータとラヴォワがいた。

 そして、もう一人ついてきたはずのアレンがいなかった。

「あれ……あいつどこ行った?」

 そうして、ロイも参加させて行方をくらましたアレン捜索隊が結成された。

   ***

 アレンの特技として回復魔術、防御魔術の他に、索敵魔術から来るマッピングというものがある。

 これは魔力を波のように周囲に飛ばし、その反応を感知することで周囲の状況を認識、頭の中で地図として記憶するというものだ。上級者だと魔力で紙に地図を浮かび上がらせることも可能だというが、残念ながらアレンにそこまでの力は無かった。

 この能力を使えば、どんな場所でも一瞬で詳細な地図を作製できるので、いかに初見の場所でもアレン含めたマッピング能力者が、道に迷うということは無い。

 しかし、王城のような特別な施設だと話は変わる。

 王城や砦など軍事施設などの場合、敵や賊の侵攻を防ぐために、マッピングを阻害する魔力術式が壁や柱などに刻まれていることが多い。この術式があれば、マッピングが機能しなくなるが故に、理論上迷うことも十分可能だった。

 だが、それでもアレンが失踪したことに納得いかないレッドがいた。

「……あいつが迷子になるなんてあるかね……」

 城の中を探し回りながら、レッドはそんな独り言を呟いた。

 アレンはのほほんとしている部分もあるが、あれで結構しっかり者だ。同行しろと言っておいたのに、どこかへ離れてしまうとは思い難かった。
 仮に迷子になったとして、アレンは犬族の亜人である。人族をはるかに上回る鼻と耳を持つ彼なら、すぐにでもこちらを見つけ出せるはず。だというのに失踪するとは、到底思えなかった。

 考えられるとすれば、彼自身が自分の意志でどこかへ離れたか、あるいは何者かに攫われたかである。

「……いや、あいつを攫うなんてそれこそ簡単じゃないと思うけどな……」

 とにかく考えても仕方ないので、四人で手分けして探すことにした。レッドは何度もこの城を訪れているから大体の道筋は把握しているし、他の三人も子供じゃあるまいし大丈夫だろう。最悪迷子になったとしても、周りの衛兵辺りに連れてってもらえばいい。

 そんな風に考えながら城の中を歩いていると、ふと開けた場所に出た。月の光が直接真下に落ちる、昼間ならさぞかし美しいであろう植物たちが生い茂る場所。
 どうやら中庭らしい場所に辿り着いたレッドは、入ってみようとしたところ、

「きゃああああああああっ!!」

 という少女の悲鳴が聞こえ、驚いて駆けて行った。

 声の主は、中庭の噴水にいた。そこでレッドが目にしたのは、

「なっ……!」

 今にも斬りかからんとするスケイプに、襲われ怯えているベル。そしてそのベルを守らんと盾になっているアレンだった。
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